尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第九話 清洲城へ

 朝の空気はまだ涼しかった。

 

 セララは釘を口に咥えて屋根の端まで翼で浮き上がった。翼があれば脚立も梯子も要らない。補修が必要な場所に直接近づいて、手を伸ばして作業できる。

 

 木槌で釘を打ちながら、セララは鼻歌を歌っていた。

 

 釘が手に入ってから、できることが増えた。板と板をしっかり固定できるから、家具の強度が上がる。壁の隙間を板で塞ぐのも、釘があればずっとやりやすい。昨日は五兵衛の家の雨戸を直した。一昨日は子供たちのために小さな棚を作った。

 

 もう一本釘を打ち込んだとき、下から声が聞こえた。

 

「水神様、お客様がいらっしゃっております」

 

「お客さん?誰だろう」

 

「見慣れない旅の方で。織田家からの使いと名乗っておられます」

 

 セララは木槌を持ったまま、地面に降りた。

 

「分かった。すぐ行くよ」

 

 広場に出ると、一人の男が立っていた。

 

 年は二十前後だろうか。小柄で、体つきはそれほど大きくない。落ち着かない様子で周囲を見回していたその目が、セララを捉えた瞬間に止まった。

 

 翼を見て、ヘイローを見た。それからセララの顔を見た。

 

 一瞬驚愕した表情を見せたものの、すぐに男は頭を下げた。

 

「水神様。お会いしてくださってありがとうございます。私は織田家より遣わされた木下藤吉郎と申します」

 

「藤吉郎さん、こんにちわ。ボクはセララだよ」

 

 セララは笑顔で答えながら、内心では全く別のことを考えていた。

 

 木下藤吉郎。

 

 その名前を聞いた瞬間、前世の記憶が一気に押し寄せてきた。木下藤吉郎といえば、後の羽柴秀吉。さらに後の豊臣秀吉だ。天下を統一した人物。戦国時代で最も有名な人物の一人と言っても過言ではない。

 

 その人が、今目の前にいる。

 

 嬉しくて翼がちょこちょこと動いた。抑えようとしたが、興奮が体に出てしまった。

 

「ボクにどんな用事かな?」

 

 藤吉郎はセララの翼が動いているのに気づいたようだったが、表情を崩さなかった。むしろ一つ息を吸ってから、まっすぐに言葉を続けた。

 

「水神様の前でごまかしたり、嘘をつく事は致しません。正直に申し上げます」

 

 その出だしに、セララは少し興味を持った。

 

「織田家の信長様のご命令は、水神様が本物の神様か確かめる事。そして、本物であれば清洲城まで招く事です」

 

 藤吉郎は続けた。

 

「水神様に直接会い、本物だと確信いたしました。これまで神様であるかを疑っていた事を謝罪いたします。どうか寛大な心でご容赦頂き、清洲城まで来ていただけないでしょうか」

 

 セララは藤吉郎の顔を見ていた。

 

 疑っていたと、自分の口ではっきり言った。それを謝って、清洲城への招待を正直に頼んでくる。この人は嘘をつかない人だとセララは思った。

 

 清洲城には行くべきかどうか、瞬時に考えた。

 

 正直なところ、少し怖かった。信長という人物がどういう人間かは前世の記憶で知っている。この時代の尾張を治める実力者で、話が早く、気に入らなければ容赦しないとも聞く。何を言えばいいのか、どう振る舞えばいいのか、全く自信がない。

 

 でも、行かない理由もなかった。

 

 織田家に認識されていない方が、後々何かあったときに困る可能性がある。ここで断れば、いつか別の形で向き合う羽目になるかもしれない。だったら今、自分から出向いた方がいい。それに藤吉郎が誠実に頼んでくれている。その誠意を無駄にしたくなかった。

 

「うん、もちろんいいよ。きっと早い方が良いよね。それなら飛んでいく?」

 

 セララが提案すると藤吉郎が目を丸くした。

 

「飛んでいく……とは?」

 

「ボクが藤吉郎さんを抱きかかえて、この翼で清洲城まで飛んでいくんだ。かなり早く到着できるよ」

 

 藤吉郎はセララの提案について考えているようだった。神様に抱きかかえられるという状況を処理しようとしているのか、あるいは別のことを考えているのか。

 

「それは……ぜひお願いいたします」

 

 即座ではなかったが、迷いは感じなかった。

 

「じゃあ早速出発しようか」

 

 セララは広場を振り返って声を張った。

 

「村の皆!ちょっと殿様の所まで行ってくるね!帰ってくるまで何日かかかるかも!」

 

 作業をしていた村人たちが手を止めて振り返った。五兵衛が驚いた顔で出てきた。

 

「水神様、お気をつけて!」

 

「行ってらっしゃいませ!」

 

「ご無事で!」

 

 声が次々と上がった。太助が人垣の隙間から顔を出して手を振っていた。セララも手を振り返してから、藤吉郎の体を両腕でしっかりと抱えた。藤吉郎が緊張で体を固くしているのが伝わってきたが、声は出さなかった。

 

 翼を大きく動かして、地面を蹴った。

 

 一息で上昇する。村が小さくなっていく。子供たちが下で手を振っているのが見えた。

 

「大丈夫?」

 

 とセララは聞いた。

 

「は、はい。問題ありません」

 

 と藤吉郎は言った。声が少し震えていたが目は開いていた。

 

「清洲城はどっちの方向?」

 

「あちらです」

 

 と藤吉郎は片手で方角を示した。風に煽られながらも、しっかりと指を向けた。

 

 セララは翼の角度を変えて方向を合わせた。高度を一定に保ちながら、巡航速度で進む。地上では街道が細い線のように見えた。田んぼと畑が広がり、その向こうに森があり、また開けた土地が現れる。

 

「素晴らしい景色ですな」

 

 慣れて来たのか、藤吉郎の声はもう震えていなかった。

 

「でしょ」

 

「これほど高いところから地を見下ろすのは、生まれて初めてでございます」

 

「気持ちいい?」

 

「怖いか気持ちいいかで言えば……両方ですな」

 

 セララは少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 清洲城が見えてきたのは、出発からそれほど時間が経たないうちだった。街道を歩けば3日以上かかる距離が、翼ではあっという間だった。城の輪郭が地平線の先に現れ、近づくにつれてその大きさが分かってきた。

 

 セララは内心でどきどきし始めていた。

 

 信長に会ってどうしよう。殿様に向かって何を話せばいいのかが全く分からない。礼儀作法も知らない。前世で時代劇を見ていたくらいの知識しかない。変なことを言って怒らせたら困る。

 

 うわあ、どうしよう。

 

 考えていたら翼が少し乱れた。

 

 城に近づくにつれて、城壁の上に人影が見えてきた。警備の兵だ。空から何かが近づいてくるのに気づいたらしく、動きが慌ただしくなっているのが見えた。

 

 藤吉郎が声を張り上げた。

 

「射るな!こちらは水神様だ!空を飛ぶ本物の神様だ!これから清洲城の入り口に降りる!」

 

 大きな声だった。よく通る。城壁の上の兵たちの動きが止まった。弓を持った者が何人かいたが、構えることはしなかった。

 

 セララはバリアの魔法の発動準備をしておいたが、使う必要はなさそうだった。それよりも信長に会うことへの緊張の方がずっと大きかった。

 

 城の入り口に向かってゆっくりと高度を下げ、地面に着地した。砂利が足の下で鳴った。

 

 藤吉郎を地面に下ろすと、藤吉郎は着地の衝撃を確かめるように一度足踏みしてから、すぐに姿勢を正した。

 

 城の入り口から、大慌てで走ってきたと思われる武将が現れた。息を切らしながら、それでも礼を失わないようにしながら頭を下げた。

 

「水神様!お越しいただき光栄でございます!案内いたします!」

 

「よろしくお願いします」

 

 セララは落ち着いた声で答えたが、翼は緊張でかすかに震えていた。

 

 城の中に入ると、廊下は板張りで磨き込まれており、足音がよく響いた。柱は太く、天井は高い。すれ違う武士たちが一様に立ち止まって頭を下げた。翼とヘイローを見た瞬間に目を丸くする者、顔色が変わる者、驚きを飲み込んで平静を保とうとしている者、反応は様々だったが、誰も声を荒げず、セララ達が歩みを止める事もなかった。

 

 藤吉郎が隣に並びながら、小声で言った。

 

「水神様、信長様は率直に物事をおっしゃる方です。怖い方に見えますが、筋の通った言葉には耳を傾けてくださると知られています」

 

「ありがとう。参考にするよ」

 

「水神様ならきっと大丈夫かと」

 

 藤吉郎はセララが緊張している事にきっと気が付いていたのだろう。藤吉郎の一言は、少しだけ気持ちを楽にしてくれた。

 

 案内の武将が廊下の先で立ち止まり、大きな戸の前で頭を下げた。

 

「準備がありますので、しばしこちらでお待ちください」

 

 案内されたのは客間であり、中には誰もいなかった。いきなり信長と対面と言うことが無いのはありがたかった。信長もこちらと話す前に準備時間が欲しかったのかもしれない。

 

 信長に何を話せばいいか。まだ分からない。でも藤吉郎が言ったように、筋の通った言葉を話せばいい。嘘をつかない。ごまかさない。それは藤吉郎が最初にやってみせてくれたことだ。

 

 自分もそうしたいと思った。

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