山も谷もない。オチもない。軽いラブコメ。
社会にあんま馴染めてない、けど、なんか生きてはいける
そういう人たち同士気が合うよなぁって話です。
遅刻した。
時計は9:05分。既に最終防衛ラインは突破されてる。もはや急ぐこともないだろう。
ひとりで机に置かれた菓子パンをゆっくり食む。リビングのカーテンがちらちらと光を漏らしてる。
齢16。高校一年生もいよいよ夏に差し掛かる頃、思えば俺の人生ずっとこんな感じだ。
大倉 尚冬、趣味はゲームと音楽、好きな物は米、友達は数人、成績は中の下、動物が怖い。最近新発売のジュースを気になって買ってみたけれど、全然おいしくない。
「まっず……」
朝食から飲むもんじゃないなこれ……。
朝食じゃなくても飲みたかないが、勿体無いので庭のみかんにでもあげようか。清涼飲料水って植物にあげていいのか?
テキスト教科書類はすべて学校に置いて行ってるので、体裁としての黒バックを背負う。
中身はお弁当だけ。生存のための最低限を伴った、この空っぽ具合がどことなく性に合う。
いや、ぬかしおる。
はきなれたくつはクロックスのように扱われてる。目もくれずフィットした足で、通学路を歩んで行くたび思う。
なんで快晴だ。
しかも最寄駅の電車は遅延。からの停止。最初から言え。社会人。
あげく二駅歩かされる俺の、がらがら腹から頭にかけて沸いてきた不満。2時限も間に合わんぞ。
ふと、路傍に知らない公園が見えた。
入り口前に、印字が色褪せた自販機がある。
パッケージのポップなフォントが俺を笑ってる。
なんだお前、やんのか。
『ピッ』
がたん。
がちゃ、かこっ、
っぱんっ。
かちっ、プシッ!
ごくごくと喉を通る炭酸水。
これだねこれ、クソまずいアレなんか目じゃない。
俺は勝ったな。実感がある。
もはや授業なんてどうでもいい気がした。あんなの大抵自分でやった方が早いだろう。そうだそうだ。
ベンチに腰をかけ、その勢いのまま、炭酸水がばっと喉にかける。
「がほげえっ」
むせた!
当たり前だ。炭酸水は滝飲みするもんじゃない。
その時気づいた。
隣で笑う声がした。
くすっ、なんて言うもんじゃない。
そりゃ、もう、げらげらと笑う女の子がいた。
○
「ジュースなんて飲んで。遅刻だよ。よくないなぁ」
缶ジュースを手に持ってげらげらと笑う。これは俺のことじゃない、目の前のアホがブーメランを投げているだけだ。
「なんなんだよお前」
「んー」
とぼけた彼女の着ている制服はうちの学校のもの。差し詰め、俺と同じような状況なのだろうが。
「君の遅刻仲間、ってとこかな?」
だり……。
「だるそうにしないで、仲良くしようぜ、兄弟!」
「なにが兄弟だ。ブロだ。アメリカ人かおのれは」
げら。
「なにそれ、そのツッコミ。なに、結構変な人だ」
だり!!
「鬼畜米英、ってか!?」
だり!!!!!
ギャグセンが親父と変わらん。
まず言葉のパワーを上げたがる。無闇に。
そして古かったり遠かったりな言葉を使いすぎだ。
パワーワードとしても色が褪せすぎなんだ。
一息つくように、ジュースを飲んでから彼女は言う。
「な、兄弟、名前はなんだね?」
「……大倉」
「大臣?」
「だり……」
やべ口に出た。
「冗談だよぉ!大臣!よろしくっ!」
「冗談じゃなかったらなんだよ。てかお前は誰だ」
「となっちゃ!」
となっちゃ、となっちゃ?
なんでお前はそんなにつまらん冗談を擦るんだ。
あんまりよろしくない。よろしくしない。
というかマジで馴れ馴れしすぎだろ。何がしたいんだ?暇か?いや暇ではあるか。
となっちゃ(?)は構わずごくごくとジュースを飲んでいる。
無邪気に滝のみをしてがほっと吐き出す。
「んくっ」
「あっ」
「いや、」
「笑ったな大臣!」
そりゃ笑うだろ。
「炭酸水じゃなきゃいけると思ったのか?」
「悪い?」
「趣味が」
「あ?」
俺は彼女の手元を指差す。
「いやだってそれ、そのジュース、アレじゃん」
「アレって、私わりと好きなんだけど」
さっき気付いたけど、となっちゃ(??)が飲んでいるのは例のクソまずジュースだった。
そんなん滝飲みしたら、そりゃ吐くわ。
「俺はクソまずいと思う」
「まずくはある」
まずいんじゃねえか。
「マジカル杏仁豆腐って感じがしないか」
「超最悪のお汁粉!」
ベンチが鳴く。
「……てかまずいってより、嫌だ」
「わかる!変なえぐみ、なにあれ?」
じゃ、
「なんで好きなんだ」
「この絶妙な嫌さが唯一無二で好き!」
なるほど?
「趣味が悪いな」
「いい趣味してるでしょ」
となっちゃ(???)がけらけら笑う。
まあ……なんか……いいか…………。
ふおっと空を仰ぐ。雲ひとつはある。その筋を辿ると、どっかの洗濯物が揺れてる。七色の布団。七色の布団??レインボー??
「レインボー布団!??なぜ?」
こいつも同じものを見てた。なんか腹立つ。
「おばあちゃんの家か?」
「おばあちゃんは花柄でしょ。ピンクでしょ」
「じゃあアメリカンか……」
「本場のアメリカンだろうね……」
向こうのジェンダー意識は大したものだ。
とはいえポリコレ云々は肯定し難い。自分ごとだから。
今日は陽射しが強い。そういえば、久しぶりにこんな晴れた気がする。心なしか目覚めも良かった。
いやそれはいっぱい寝たからか。
ごくごくと
俺が炭酸水を飲み切る瞬間に、彼女も缶ジュースを飲み切った。というか、お互いなんとはなしに、タイミングを合わせていた。
カン、とん、と少しの誤差でベンチを鳴らした。
その瞬間、妙に涼しい風が吹いた。
「……ちゃんと教えてくれないか?」
「なにを?」
「名前」
空き缶を持ったとなっちゃんを、なんとなく引き留めるように言う。立ちあがろうとしてた訳でも無いのに。
「フルネーム?」
「苗字でいいだろ」
「名前って言った」
「だり……」
てか、そう言えば俺は遅刻をしてるんだった。今思い出したというか、なぜ今まで忘れてた。
いやこいつも遅刻してるんだよ。余裕すぎるだろ。やっぱ意味わからんやつだ。
心の中でそういう風に唱え、大倉はせかせか立ち上がる。
「お前もはよ学校行け」
からん、手からこぼれるように缶は捨てられた。
「大臣」
なんでそんなつまらん冗談を擦るんだ。
二、三歩足を動かした。
上手く動かなかったので止まった。
「………………違うが」
彼女は口を開いて、何かを言いかける。
「なんだお前……」
そして誤魔化すように踊り出した。(しかも上手い)
「なんだお前……??」
困惑する俺を指差すために踊りを止める。
げらげら笑う。
「また遅刻したら来い!」
どうだか。
公園を出て、学校に向かう。まあ、やっぱのんびり向かおう。
遠くで電車の音が聞こえた。
踏切も鳴ってる。
動いたのかよ。
そう思った反面、
でも、彼女と話すまでは止まっていた気がした。