魔法少女のぬいぐるみは百合の花を眺めているだけでよくないですか? 作:苔茎花
意を決して扉を開けるとそこにはミノムシみたいに毛布に包まった鏡花ちゃんがいた。
「鏡花ちゃん」
そんなに具合でも良くないのだろうか?
「・・・・・・」
多分寝ているわけではなかった。ピクリとも動かないのは逆に起きているのだと思う。
「大丈夫?」
私の副作用のは迷惑を掛けているのは申し訳なく思うが、私自身はフワフワとした気持ちになっているだけなので、苦しいとかの気持ちはない。でも、鏡花ちゃんの場合、もしかしたら風邪みたいに苦しかったり、寂しかったりするのかもしれない。風邪の時とか、大丈夫だって言うけど、大丈夫じゃない時もあるし、きっと鏡花ちゃんもそういった感じかもしれない。ゴンちゃんが言ってたことは結局よくわからなかったけど、今は付き添うべきだ。
「———出て行って」
ベッドの隣まで近寄るとか細い声でそう言われた。
「大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「私拒絶したりしないから、鏡花ちゃんが苦しいなら一緒にいるから」
どうにか安心させてあげようと少しずつ近づいてベッドに座った。こういう時どうすればいいのかな? いや、私だったらどうして欲しいか考えよう。風邪の時とかやっぱり撫でてもらったりとか、手を握ってもらうほうが落ち着く。そうやって鏡花ちゃんに手を触れようとした時だった。
「わっ」
鏡花ちゃんが起きて、私の手首を握った。鏡花ちゃんの手は暖かいを越して熱かった。
「言ったでしょ。近づかないでって」
顔も真っ赤で本当に調子がよくなさそうだった。
「大丈夫。一緒にいるから」
最早、なんて声を掛けていいかわからず、必死に宥めようとしていた。
「一緒に居たくないから出てけって言ったんでしょ」
「本心ではそう思ってないんでしょ!」
そこだけは確信があった。
「———!」
私がそんなこと思われないという自信ではなく、鏡花ちゃんはそんな酷いこと思わないって知っている。だから、遠ざけるためにこんなことを言うのだ。
「鏡花ちゃんの副作用に付き合うよ。私だって付き合って貰ったもん」
鏡花ちゃんの表情はとてもイライラしていた。私が一歩も引かないで鏡花ちゃんが言葉を考えているとき、いつもこんな表情になる。
「じゃあ、じゃあさ」
興奮が抑えきれないとばかりに鏡花ちゃんの鼻息が荒くなった。
「嫌いにならないって約束してよ」
手を引っ張られると柔道の技でも掛けられたようにベッドに横たわってしまった。鏡花ちゃんは横たわった私の上に馬乗りになった。
「え?」
「ベッドに足乗っけて」
「え?」
「乗っけて!」
「はい・・・」
言われた通りにすると不思議な光景が広がっていた。私はベッドに横たわって、鏡花ちゃんが馬乗りになっている。私が鏡花ちゃんを見上げていて、鏡花ちゃんは私を見下している。
「真昼が言ったんだよ。付き合うって。途中でギブアップしたら、赦さないから」
「あっ、わかりました」
勿論何もわかっていない。
でも、鏡花ちゃんの軽い体重で乗っかられるのは嫌いじゃなかった。
「何しよっか」
そう悪戯する子供みたいに笑う鏡花ちゃんは怖いというよりも惚れそうだった。
「手始めにこちょこちょでもしよっか」
それが鏡花ちゃんから聞こえてきた言葉だとは思えなかった。
鏡花ちゃんはスキンシップが好きではない。私がスキンシップをしても、適当に受け流して、やり返したりしないので、昔鏡花ちゃんにエスカレートしてしまった時があった。それで昔くすぐられたのだが、何故かその日を思い出した。
「真昼って本当に脇弱いよね」
「ちょ、ちょっと、待って! あはははは」
鏡花ちゃんはベッドと両足で私の腕を挟み込むように座って、私の腕を動かなくした。
「付き合うっていったじゃん。抵抗しないで」
絶対に無理。無理。
割と本気で抵抗すると鏡花ちゃんは怒ったように言った。
「嘘つき」
そういって前のめりになると思わず胸元に目が行ってしまう。しかし、胸元に目が行った私を嘲笑うかのように肩を手で抑えた。
「こうすると身動きできないでしょ」
「あっ」
鏡花ちゃんの右手が私の右肩を抑えるとそのまま右脇腹をくすぐった。
「あっはははっははは」
思わず腰が浮いてしまうのだが、それも鏡花ちゃんのお尻で抑えられてしまう。私は抵抗もできずくすぐられ放題だ。
最早笑いすぎて痛い。
「はあ、はあ、はあ」
息が切れると流石に鏡花ちゃんも止めてくれる。
「参った?」
「え?」
一瞬なんて言ったかわからないで聞き返した。
「参った?」
そう手を空中でこちょこちょをするように動かすので、大声で弁明する。
「参ったから! 参った!」
流石にこちょこちょはもうこりごりだ。
「ふ~ん。付き合うって言ったのに、もうギブアップするんだ」
残念そうに言うが、顔は全然残念そうじゃない。どっちかというと悪戯が成功した子供みたいだ。
「え? あっ、これは違くて」
「罰ゲーム! 今度は左こちょこちょ」
そうして今度は左肩を押さえつけて、左わき腹をくすぐり始めた。
「いーはっはははは」
電撃に襲われたみたいに身体が跳ねた。
鏡花ちゃんが満足するとやっとこちょこちょは止まった。涙は出るし、鼻水もでるし、汗も出る。全身は穴が開いたみたいに弱点だからになったみたいだ。
「真昼、顔がぐちゃぐちゃだよ」
そう言われてやっと気づいた。そんな体中から液体が噴き出していたら、不細工になるに決まっている。
「拭いたあげる」
「うう~」
なんだか涙が出てきた。だって好きな人にこんな不細工な顔を見られている。
「あら~どうしてそんなに泣いちゃったの~。可愛い顔が台無し~」
その好きな人が今目の前でクスクスと笑いながら、ティッシュで顔を拭いてくれているのだから、最早よくわからない。
「これで綺麗になった。また美人さんだよ~」
いい子、いい子と撫でられると暖かな気持ちになってしまう。どうしよう総合的にみたら結構ひどいことをされている気がする。まるで鏡花が別人になったみたいだ。
そこでやっと気づいた。これが副作用か。
「次もこちょこちょがいい?」
「え!? こちょこちょは嫌、違うのがいい!」
咄嗟にこちょこちょを断った。そうすると小悪魔みたいな笑顔で鏡花が言った。
「ええー。でも、真昼が付き合ってくれるって言ったじゃん」
「うっ」
でも、彼女の副作用の間、ずっとくすぐられたら気が狂ってしまう。
「真昼の嘘つき、また、罰ゲームしよっか?」
「うっ」
そう身構えるが、鏡花ちゃんは口を押えて笑った。
「嘘、嘘。今日はもうしないよ。真昼も嫌がってるし」
そう言って私の頭を撫でた。
「もう嫌だったもんね~」
どうしよう。自分でもよくわからないのだが、嫌なことされているにも関わらず、撫でられるとそれが帳消しになるくらい嬉しい。
「罰ゲームは別のにしよっか」
「え?」
鏡花ちゃんがベッドの上で座るとポンポンと膝を叩いた。
膝枕をしてくれるってこと? そう思い、横になろうとした。
「なんでそうなるの!」
「え!?」
「もっと前」
「え?」
「そう、もっとも~っと」
そうやって指示された通りに動くとちょうど鏡花ちゃんの膝の上にお尻が位置するあたりに仰向けに寝転がった。
「次はお尻叩きね」
「え!?」
「何? 嫌なの? だったらこちょこちょに戻すけど」
「これでいいです!」
流石にもうこちょこちょは嫌だ。
「これでいいって何? これがいいんじゃないの?」
「これがいいです!」
同級生にお尻を叩かれてこれがいいって馬鹿みたいだ。でも、もうくすぐりは本当に無理。
「そう、じゃあ20回ね」
そう聞いた時、私は安堵した。なんだ20回かと。
「じゃあ、行くよ」
その言葉と共にお尻を叩かれたとき、私の安堵はどこか吹き飛んだ。
「いった!」
叩かれたら恥ずかしいくらいだと思っていたけど、そんなことない。物理的に痛い。
「じゃあ、二回目」
「タンマ、タンマ」
そういって両手でお尻をガードするのだが、むしろ両手をクロスされたまま、背中で固定され、より身動きが取れなくなった。
「何?」
「いや、痛すぎるよ」
「痛くないとお仕置にならないじゃん」
そうかもしれないけど。
「それともくすぐりがいいの?」
「うっ」
それはくすぐりの方が嫌だ。
「じゃあ、二回目」
「ちょ、いったい!」
「三回目、四回目、五回目」
今度は間髪入れずに叩かれた。思わず耐えきれなくなって手でガードする。
「大丈夫? 痛い?」
まるで心配そうな声色で聞いてくるが、やったの鏡花ちゃんだよ。
「痛いの、痛いの飛んでけ~」
ふざけているのか、本気でやっているのかわからないが、お尻をさすられると余計ヒリヒリして痛い。
「さて、頑張って」
ガードしていた手を外され、また叩かれた。
「六、七、八、九、十」
また、途中で止められることなく叩かれた。もはやお尻が何もしてなくても痛い。最初は奥にズンと来る痛みだったのが、今度は表面が痛い。ずっと涙が出そうだ。
「真昼えらい」
そうやって頭を撫でられる。
「あともう半分だよ。ここまで耐えられて偉いよ」
鏡花ちゃんがやっているにも関わらず、何だか本当に偉いんじゃないかと錯覚しそうになった。実際もう折り返しだ。
「大丈夫? 耐えられそう?」
「大丈夫だから」
「痛かったら止めていいからね」
「・・・・・・」
悪魔の囁きのようだった。でも、多分、ここで止めたりしたら鏡花ちゃんはまた別のお仕置をするだろうし、止められない。
「大丈夫だから」
そう言うとまるで本音のような声色でこう言うんだ。
「真昼はいつもえらいよ。抱え込んで潰れるんじゃないかって心配しそうになるくらいには。本当に偉いと思っているんだよ。本当だよ」
「鏡花ちゃ———って痛い!」
「あと九回」
う~。本当に鏡花ちゃんが褒めてくれているみたいで嬉しかったのに。
「八」
「七」
「六」
「五」
あと五回、あと五回耐えれば終わりだ。
「四」
そのお尻叩きからお尻叩きまでの感覚の間に急に冷や汗がどわっと出た。
あっ、これ無理。
「さ———」
私が必死にガードした手を鏡花が叩いた。
「真昼?」
「無理、本当に無理なものは無理だから」
「あと三回だよ」
「無理」
「三回だよ?」
「無理~」
本当に涙が出てくる。これ以上は本当に死んじゃうよ。
「真昼」
「無理」
「話だけでいいから聞いて」
「・・・・・・」
そう言って私の頭を撫でてくる。今度は頭だけじゃなくて、背中も撫でてくれる。
「ぐすっ」
なんだかみっともない話だが、涙が出てきた。鏡花ちゃんの副作用に付き合うとは言ったものの思ったものと違ったから止めようとしている。あれだけ豪語したにもかかわらずだ。
「痛かった?」
「痛いよ」
「もう耐えられない?」
「耐えられない」
「でも、あと三回じゃない」
「絶対に無理」
「ここまで十七回耐えたのは本当に凄いよ。でも、二十回までできたら真昼は約束を守れてもっと偉いよ。ここで諦めちゃうの?」
「いや、それは」
さっきまで絶対に無理だと思っていたのに、迷いが生じている。でも、お尻はジンジンとして痛かった。
「あと三回だけだから、頑張ろう」
「・・・うん」
自分でもなんでかわからないが、頷いてしまった。
「行くよ。三回目」
そうやって叩かれると確かに痛かったが、想像していた以上ではない。多分鏡花ちゃんが優しく叩いているのだ。
「真昼、偉いよ! あと二回」
そうやって油断していたところを思いっきり叩かれた。
「痛い!」
鏡花ちゃんの嘘つき! 手でガードするが、押しのけられる。
「ラスト一回!」
あまりの痛さに意識が一瞬飛んだ。
「本当に偉い! 真昼偉いよ! 約束も守ってくれたし、本当に大好き」
そう言われたとき、なんだか全てが報われたような気がしてしまった。何故だかわからないけど、鏡花ちゃんがありえないほど喜んでくれるのだ。もしかして自分が偉業を達成したのではないかと錯覚してしまうほどに。
鏡花ちゃんは褒める時は本当に褒めている時なのだ。あんまり人を気遣って褒めたりはしないし、忖度もしない。だから、それが嬉しくって嬉しくってしかたがないのだ。
それがお尻を叩かれたことと言えど。
「真昼、本当にごめんね」
今度は本当に膝枕をしてくれた。
「こんなに酷いことをする人でごめん。こんな酷い人間が黙って友達を続けてごめん」
「そんなことないよ」
これはさっきみたいな演技じゃない。おそらくは副作用からある程度覚めたのだろう。
「私、本当に人間として腐っている。これが私が隠していた副作用なの。誰かが傷つく様子が嬉しいのが私。誰かを自分の手で傷つけて喜んでいるのが私」
彼女の副作用を名付けるのなら、サディストとなるのだろう。
「そんなことないよ」
「ううん」
「そんなことないって」
「違うの!」
彼女は意固地になって、聞いてくれない。
「そんなことない」
「だから———ん」
それでも否定しようとする彼女を物理的に手で口を閉じた。
「私ずっと鏡花ちゃんが友達で良かったと思っているよ」
むしろ最低なのは私だ。漫画みたいに唇でその口を閉じられたらよかったと思ってしまう自分がいる。
「私、結構ダメダメだから———」
「そんなことない」
「鏡花ちゃんが私のこと叱ってくれてありがたいなって思っているよ。私一人じゃどうにもできない」
「私のこれは叱っているとか、そういうのじゃなくて———」
「それくらいわかるよ」
そう言って笑った。
「でも、鏡花ちゃんいっぱい甘えさせてくれるじゃん。私の副作用の時もそうだし、いつもの日常だって変わらない。だったら鏡花ちゃんの副作用も私に負担させてよ」
鏡花ちゃんが自己嫌悪に陥っているのはわかる。
だって鏡花ちゃんは優しい子だから。
「よいしょ」
お尻が痛いのをできるだけ隠しながら、起き上がった。
「鏡花ちゃんも甘えてよ」
そう言って私は鏡花を抱き寄せた。
「真昼———」
ああ、私はなんてズルい女なんだろう。
鏡花ちゃんの自己嫌悪に乗じて鏡花ちゃんを触っている。
きっと今鏡を見たら、悪い女の顔が映っているに違いない。
「鏡花ちゃんごめんね」
鏡花ちゃんごめんね。
「なんであなたが謝るの」
いやいや、私が悪いんだよ。
「鏡花ちゃんの支えになれなくて」
鏡花ちゃんの支えになっているフリをして
「そんなことない!」
「そうかな」
私は途中で気づいちゃったんだよ。この関係性ならずっと繋がれるって。例え彼女に好きだと伝えられなくても。
「でも、本当にごめんね」
きっと本当に悪いのは私だ。私はこれをどうやって利用しようか考えている。今、彼女の自己嫌悪に私という毒を流し込んでいる。
ごめんね。独占欲が強くて。
ごめんね。好きになっちゃって。
ごめんね。嫌われる勇気がなくて。
でも、あなたのことを絶対に拒絶しないと約束するから。