魔法少女のぬいぐるみは百合の花を眺めているだけでよくないですか? 作:苔茎花
真昼視点④:
———ジリジリジリジリ
目覚まし時計が鳴ったと錯覚するような奇妙な【存在感】が現れる。
「嘘!」
驚いたのは私だけではなかった。
「こんなに早く!?」
鏡花ちゃんも琉奈ちゃん、それにゴンちゃんも同様に驚いていた。普通あの泥人形は周期的に大体二週間ほどの頻度で表れる。反対に一カ月ほど発生しないこともあるが、基本的には二週間以内の範囲で発生することはない。一昨日発生したことを考えるとあと二週間弱は発生しないはずだった。
「う~ん。普通に考えれば、私が移動してきたからっぽいけど」
確かに何かしらの外的な要因があるとすれば、その可能性は否定できない。
「それは———」
琉奈ちゃんの言ったことを咄嗟に否定できなかった。でも、否定するべきだった。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
だから、私が言うことができなかったことをできる鏡花ちゃんに憧れる。
「泥人形の出現について説明してくれる都合のいい悪役なんて存在しないんだから、疑ってもしょうがないでしょ」
いつも鏡花ちゃんは正しいことを言ってくれる。
「うん。その通りだよ」
「それよりも現場に行きましょう。いつもと様子が違う可能性も考えて注意深くね」
明らかな異常事態だが、泥人形を対応しないという手はない。
「うん」
「仕方ない。パンケーキは僕が処分しておくダモ」
「あんたも来るの!」
ゴンちゃんが鏡花ちゃんに引っ叩かれて、地面に激突した。私はそれを見て笑うと少しだけ緊張がほぐれた。流石にゴンちゃんも気を遣ってボケてくれたんだと思う。
「行くよ」
「「「変身」」」
私たちは変身するとすぐに【存在感】へと向かった。足が遅い私に合わせて二人はいつもよりゆっくり行ってくれる。
「一番怖いのは、こうやって最初は警戒して、二回目、三回目まで何もなくて、気が緩んだ時にドンッてやつだよね」
「そうね。これが終わったら今後の対応についても話し合いましょう」
「うん」
二人はやっぱり頭の回転が速い。いつもと違う違和感をきちんと認識できる人は意外と稀だ。さらにそれを一々対策して、もしもに備える人はもっと少ない。私と違ってやっぱり優秀だ。
「———? どうしたのマヒル?」
「ううん。なんでもない」
鏡花ちゃんは優しい。
優しいからこそ私には強く言わないところもある。
私はずっと鏡花ちゃんの背中を見ていた。でも、それは追いついているということではなく、ペースを合わせてくれているのだ。私がどれだけ周回遅れで、どれだけ足が遅くても、彼女は彼女のペースを落としてまで、一緒に走ってくれる。
だけどそれだけじゃ駄目だ。
彼女たちに追いつかないと。
【存在感】まで辿り着くといつも通りの砂漠が広がっていた。
「辿り着いたな」
「でも、いつもより少し多い?」
泥人形達はいつもは20体前後、今回はその倍ほどの数がいる。
「能力使って一掃してもいいけど?」
琉奈ちゃんがそう提案するが、あまり鏡花ちゃんは乗り気ではなさそう。
「いや、今回は止めておこう。危なくなったら使う感じで」
鏡花ちゃんは相変わらずの安定志向だった。
「能力は能力じゃん、使わない理由もそんなにないんじゃないの?」
「いや、ちょっと副作用が酷いし、パッと見、私たちだったら倒せないほどじゃないから」
チラリと鏡花ちゃんが私を見た。
鏡花ちゃんには能力を使わないようにと言われた。正確には能力を使う状況に陥らないようにと言われたんだ。私の能力は使いづらい上に、そもそも使うような状況に陥ることが危ないのだと。出現ごとに倒していれば、そういった状況に陥らない。
「まあ、そういうことならそっちの方針に合わせるよ。ちぇ~、私がいかに強いか見せてやろうと思ったのに」
「既にあなたが強いことはわかっているわ」
「そうだ。誰が沢山倒すか競争しない?」
「しない」
そう言って二人は左右に別れ、散開した。だとすると正面を任されたのは私である。基本的に魔法少女は固まって戦うのは弱い。密集すると敵に囲まれて身動きがしづらいし、仲間を気遣って満足に武器を触れないことが起こってしまうためだ。
「真昼、後ろで見ているから頑張るんダモ~」
「うん!」
私の武器である鉤爪は二人の武器と違って特徴的な武器だ。取っ手に四本の刃が付いた形状であり、取っ手を握ると指の間から爪のように刃が出る。まあ、〇ルヴァリンみたいな武器と言ったほうがわかりやすいかもしれない。それを両手で握りしめると獣の爪みたいになる。これじゃあ、赤ずきんというよりも狼みたいだ。ちょうどフードの部分も耳みたいになっているし。
泥の巨体を動かす音がした。
泥人形が近づいてきた。
「【クロッシング・クロウ】」
泥人形の高さまで跳躍すると爪をクロスさせて斬撃を飛ばした。泥人形の首に爪痕のように四本の切り傷が残るも、切断するまでには至らなかった。
「一発じゃ駄目か」
それでも泥人形は動き続けた。この爪は実は空中に向かって振るうと斬撃が飛ぶようになっている。多分本来のリーチだったら、私は戦えていない。これはこれで強いのだが、鏡花ちゃんの硝子の大剣のように一発で仕留めきることができない。
もう一度跳躍して爪を振り下ろすと今度は首に当たり、泥人形は倒れた。
チラリと横を見ると鏡花ちゃんが既に五体倒したのが見え、同じく琉奈ちゃんも五体倒していた。
私が一体倒しきる間でだ。
「——————」
何を落ち込んでいるんだ。わかり切ったことじゃないか。
もう一度跳躍し斬撃を放つ。
それでも倒しきれないからもう一度。
やばい。倒しきれなかった。もう一度だ。
こういう時、能力が使えたらもっと私も強くなれるんだけどなと考えてしまう。それが駄目な発想だと思い返し、無理やりにでも思考の端に追いやる。
「【クロッシング・クロウ】」
私がもう三体倒す頃には彼女たちは端にいた泥人形達を倒してしまって、中央に向かうように倒していた。
「私、いらないんじゃないかな?」
これは別に嫉妬でもなんでもなく、純粋に思った。
今は残りの泥人形も十数体だろう。
———ジリジリジリジリ
その時だった。
「え?」
また別の【存在感】が発生した。
多分これは二人も感じたんじゃないかと思う。一瞬、【存在感】の方を見たが、目の前の敵に集中し直した。
泥人形をどんどんと倒していく二人を見ていると私も何かしなければという焦りに駆られる。だが、目の前の泥人形は二人の早さならもう倒しきってしまいそうだ。
「二人とも! 私別の【存在感】の方に行くからね!」
多分、聞こえたと思う。
「あっ、ちょっと真昼!?」
ゴンちゃんに声を掛けられるが、どう考えてももう私はいらないだろう。
「大丈夫!? 先に見てくるだけだから」
私は別の【存在感】の方に向き直ると私は走り出した。もし、倒したら褒めてもらえるかもしれない。
泥人形が現れると砂漠が出現して、泥人形がいなくなると砂漠が消える。だから、私たちは砂漠の奥まで進んだことはなかった。
「意外と広い」
砂漠は砂丘が広がっているため、視界の邪魔をしてその全貌が見えない。それに加えて建築物がないため、いまいち距離感が掴めない。それでも【存在感】があるためどこに向かえばいいかわかりやすい。しばらく走り抜けると【存在感】が増していた。あの丘を越えたらおそらく泥人形がいるのだろう。
「うそ———」
丘を越えるとそこには巨大な泥人形がいた。
普通泥人形は3mから5m。二階建ての一軒家くらいの大きさだ。しかし、この泥人形はその倍あった。
小さなビルくらいの高さをしている。
——————!
泥人形が音もなく吠えた。こちらに気づいたようだ。それと同時に巨大な手を振り回してくる。普通の泥人形もそうだが、手を振り回す攻撃にまともに当たってしまうとかなり厄介だ。負傷を避けられない。速度はさほど早くないのだが、それよりも泥人形は手が大きいため、ちゃんと避けないと当たってしまう。普通の泥人形でさえ、そんな風に苦労するのだ。この巨大な泥人形だと苦労は避けられない。巨大なダンプカーでも通るかのように、巨大な手が迫ってくる。地面を削りながら手を振り下ろすのを全速力で走って避ける。泥人形の手はちょっとした怪我で済むが、これを食らうのは冗談じゃない。全速力で砂漠を走り切ると巨人の手は目の前で大きく空ぶった。強い風が私に襲い掛かるが、こんなのは目じゃない。これは大きなチャンスだ。
「【クロッシング・クロウ】」
泥人形の攻撃範囲外から斬撃を飛ばす。
「【クロッシング・クロウ】!」
「【クロッシング・クロウ】!!」
「【クロッシング・クロウ】!!!」
「【クロッシング・クロウ】!!!!」
五回。泥人形はのろまなので一度攻撃を避けると攻撃のチャンスがやってくる。だから五回も技を放つことができた。しかし、その一方でわずかに手を傷つけただけで手を切り落とすにも至らない。傷口から血のように砂が流れるが、たいして痛そうにも辛そうにも見えない。
鏡花ちゃんなら、いや、琉奈ちゃんでも多分今の間があれば、倒せないまでも腕を切り落とすか叩き潰すことができただろう。
私だけがここにいて何の意味があるのか?
そもそも泥人形一体すらまともに倒せないのに、欲を掻いてしまったと反省する。最初に鏡花ちゃんが言っていたのだ。普段と様子がおかしいから固まっていようと。それを無視して、手柄が欲しいから離れたんだ。
なんとか挽回しないと。
能力でもなんでも使っていい。早く倒さないと。
もう一度泥人形が腕を振り上げる。
大丈夫。一回目は避けれた。
今度は隕石でも落ちてくるんじゃないかというくらい大きな手が振り下ろされた。だが、全速力で走れば、そんなのろまな攻撃当たるはずもなかった。それを見て真後ろに全速力で走る。避けられると言っても私の足の遅さでは全速力で走らないと避けられなかった。だが、危なっかしいとは言え、避けられるはずだった。
ゴンッ———ベキベキ
だが、気づいた時には遅かった。後ろを確認しようと振り向こうと思った時だった。人から鳴ってはいけない音がした。まるで街角でばったり大砲を打たれたような衝撃が走る。左手は子気味良く骨が折れる音がして、壁に押しつぶされるように強く全身を打った。
避けられたはずなのにどうして?
まるで手が伸びたような錯覚を受けた。吹き飛ばされながら、偶然後ろを見ると泥人形は遠くにいた。それならば、手が届くはずがない。じゃあ、なんでと思えば巨大な岩が私に当たったのだと分かった。泥人形の指が取れて私に当たったのだ。避けるのに必死で泥人形の手を見る余裕もなかった。だから気づかなかったのだ。私が切った泥人形の指が取れかかっていたことなど。それが振り下ろされた遠心力で取れたことなど。
一回、二回、三回、四回。
身体が地面にバウンドしながら激突した。吹き飛ばされると砂漠の砂が口に入り、砂と血の味を堪能できる。
「がっ」
魔法少女は丈夫だ。
普通ミンチになって終わるところが致命傷で済んでいる。血反吐を吐いただけで済んでいる。咄嗟に庇った左手が複雑骨折し、その裏にあったあばら骨が折れたただけで済んでいる。まだ、右手はそれほど怪我をしていなく、立てないほどじゃない。魔法少女は丈夫だから立たないといけない。飛ばされたおかげで、少しだけ泥人形との距離が離れた。それでもその巨大な足ですぐにこちらまでたどり着いてしまう。
「ははっ」
なんでかわからないが笑いがでる。身体はアドレナリンが効いているおかげか、あんまり痛くない。全身が熱いだけだ。
「ちょうどいいじゃん」
これで能力の条件を満たした。
【能力発動———】
泥人形は機械的に腕を振り上げた。今度こそ私を潰すために。ただ不意に飛んだ指だけでこの威力なのだ。あれをまともに食らったらどうなるかなんて子供でもわかる。しかも、さっきの攻撃は怪我をしていない状態全力疾走してギリギリ避けられた。でも、今回は無理だ。怪我を庇ってじゃ、全速力では走れない。泥人形に意志はない。さっきの指を飛ばしたのだって、別に意図された行為じゃない。本当にただ偶然切れかかっていた指が取れて、私に当たっただけだ。それだけなのに、あれだけ強い。そのNPCみたいな無機質な強さに恐怖する。だけど、恐怖していたら、何もできない。全身はズタボロ。今の状態じゃもう逃げられない。鏡花ちゃん達が都合よく来ていないかと見回したが、まだ来ていない。
仕方ない。
私が悪いんだ。
左手はもう駄目なので、比較的傷ついていない右手を泥人形に向かって振り上げた。
「絶対に倒してやるから」
泥人形はそんな戯言は聞かない。関係ないとばかりに腕を振り下ろした。
それなら大丈夫。あなたが痛いって言っても私も聞かないから。
【———獣王無尽】