魔法少女のぬいぐるみは百合の花を眺めているだけでよくないですか? 作:苔茎花
鏡花視点①:
違和感には途中で気づいていた。
「琉奈! 真昼がどこに行ったか知らない?」
ガラスの大剣を振り下ろし、泥人形を真っ二つにする。改めて数を確認すると残り六体。
すぐに終わる数だ。
一度地面に降りて着地をする隙を泥人形が狙って攻撃する。しかし、攻撃が遅い。攻撃範囲を正確に理解し、最小限の動きで避けると今度は振り下ろされた腕を足場に頭部まで近づく。泥人形はもう片方の腕を振り上げる暇もなく、首から上が無くなった。
「申し訳ないんだけど知ってる。さっきもう一つの【存在感】に行くって言ってた」
もう一つの【存在感】。
それは泥人形を倒している間も感じていた。
「私、今日は一緒に行動しようって言ったじゃん」
想定通りにならないと少しだけイラついてしまう。別に柔軟性があることは良いことだと思う。しかし、魔法少女の仕事は予想外のことが多い。命の危機に関しては特に気を付けているつもりだ。だが、予想外のことで取り返しのつかないことだって起こりえる。
「ごめん。私は別にいいかなと思っちゃった」
その怒りは当然泥人形に向かう。硝子の大剣でまた泥人形を真っ二つにする。
「良いけど! 私に一言あるべきでしょ!」
「あ~、私には一応聞こえてたというのは、怒りを鎮める要素にはならないかな?」
「ならない!」
琉奈も倒してくれたおかげで思ったよりは早く倒せた。最後に残った泥人形を真っ二つにすると琉奈の方へ向かって言った。
「早く行きましょう。【存在感】は多少走れば遠くないわ」
「おっけい!」
そうして砂漠を駆け抜けようとしたときにそれは起こった。
砂漠が突如引いていったのだ。
「は?」
まるで一仕事終えたかのように砂漠は消えた。当然といえば、当然だ。いつも泥人形を倒したら消えるのだ。
だが、明らかにおかしなことが起こりえた。
「ゴン!」
あの記憶喪失のマスコットが何かを記憶していることを期待して、声を掛けた。
「【存在感】が遠ざかったんダモ」
そんなことはわかっている。
琉奈も同様に感じたようだ。
「鏡花も感じた?」
「ええ」
「どうなっているか。わからないんダモ。今まで試したことがないことをしたから。でも、もしかしたら、砂漠と砂漠の距離と実際の距離は大きく違うかもしれないんダモ」
さっきまで感じていた【存在感】の距離は明らかに近かった。しかし、今感じている【存在感】の距離は遠い。今まで検証したことも、考えたこともなかった。どこかゲームのバグでよくある裏世界のように考えていたのだ。つまり、私たちの世界の影に入り込んでしまったように、私たちの世界と同じ縮尺で砂漠は展開されていると思っていた。しかし、それは違うのだ。砂漠における【存在感】と【存在感】の距離は短く、実際の世界の【存在感】と【存在感】の距離は長い。
「もしかしたらワープの方法を見つけたんじゃない? この方法が判明したらノーベル賞取れるんじゃない?」
「魔法少女部門があったらね」
琉奈の軽口を笑う余裕もない。
「急ぎましょう」
「実は移動に特化した能力とかではない?」
琉奈は私が高速で移動できる能力を持っていないか期待しているみたいだが、そんな都合のいい能力ではなかった。
「移動できなくはないけど、向いているわけじゃないわ。慣れないことするよりも走ったほうが早そう」
「おっけい! ゴン捕まりな!」
「ありがとうダモ」
最高速度で家を飛び越えながら駆け抜ける。本気で走れば車なんて余裕で追い越せるほど早く走れる。だけどそれでも【存在感】は強くならない。単純に距離が遠いのだ。家を跳び越し、車を跳び越し、橋を跳び越し、ビルを跳び越す。町を縦断したにも関わらず、まだ近づかない。
「どこまで行くのよ」
思わず悪態をついてしまうほど焦っていた。
もしあの子が一人取り残され戦っていたら。
もしいつもよりも敵の数が多かったら。
もしいつもより敵が強かったら。
もしあの子が能力を使う状態に陥ってたら。
もし死んじゃってたら。
それを考えると走るスピードが上がった。不確定要素が多すぎた。
町の外れまで来てやっと【存在感】を強く感じた。
「感じた!」
「私も感じた。そのまま突っ込むぞ」
スピードを一切緩めずに砂漠へと入っていった。
砂漠へと入ると何よりも異様な光景が広がっていた。
「なんだこれ?」
瓦礫の塊が目の前にあった。この光景には覚えがある。
「たぶんあの子が能力を使ったんだと思う」
「え!? これを一人で!?」
さっきまでの様子と全く違うのでびっくりしたのだろう。あの子は能力を使わなければ、そこまで強くない。武器の差もあるんだろうけど、一体の泥人形を倒すのにも苦労するほどだ。だけど能力を使えば、全然違う。爆発的に強くなる。突如、少し遠くから爆発音が聞こえ、閃光が放たれた。
「あっちね」
「まだ戦ってるのか?」
瓦礫の山を登って、音が聞こえるほうまで近づくと赤ずきんを被った魔法少女の姿が見えた。
「見つけたダモ」
「おー———むぐっ」
「静かにして!」
呑気な琉奈を黙らせた。
「琉奈、離れなさい」
「いやいや、あそこに真昼がいるじゃねえか」
「だからよ。あの子が能力を使ったの」
「ああ、それはこれを見ればわかるよ」
いや、わかっていない。能力を使ったあの子がどれだけ大変なのかを。
「あの子の能力はバーサーカーになって、傷つけば傷つくほど強くなる能力なの」
「なるほどな。バーサーカーってなんだ」
そうか。バーサーカーって普通は耳にしないか。英語にもあるが、ほぼゲーム用語だものね。
「理性を失って、痛みも感じなく戦い続ける人って意味」
「怖えじゃねえか」
そうこうなった彼女は怖い。
「だからあの子に能力を使わせたくなかったの」
「なるほどな。私は何をすればいい?」
「だから後ろに下がっていて」
「いいのか? 二人係でやらなくても」
「一人の方が都合がいいの」
むしろ二人だと厄介だ。
琉奈が後ろに下がったのを見て、真昼に声を掛けた。
「真昼!」
その声で相手もこちらに気づいた。
「———ッ!」
手を前足のように地面に着け、獣のような体勢へと移った。これはこちらも覚悟を決めないといけないみたいだ。ばねのように身体を縮める様子は、まるでこれから狩りにでも向かうようだ。極限まで体を縮めると弾丸が飛び出すように真昼が走り出した。まるで瞬間移動でもするように、一瞬でこちらの間合いまで入ってきた。最初から避けることなんて考えていなかった。足を半歩引き、受け止める体勢を整えた。
「馬鹿! 危ねえぞ!」
そんなこと百も承知だ。
真昼は手を広げると爪が大きく見えた。
「キョ~ウカ♪」
その衝撃が身体に来た瞬間に軸足を中心に足を回転させ、彼女のハグに耐えた。ダンスでもするように二、三度回ると勢いを殺しきることができた。足場が悪かったが、なんとかなった。
「ふう」
危なかった。前は抱き着かれて、吹き飛ばされて、その上顔まで舐められたのだ。流石に二度目は許さない。今の彼女はしっぽのようなものが生えていて、パタパタとしっぽのように動いていた。
「なんだよ。危ねえって勢いよくハグするからかよ」
そういって琉奈が近づいてきた。
「まだ危ないって!」
彼女の目の前を金属製の爪が横切った。
「あ、あぶねえ!」
「二、三歩下がって!」
そう言われると琉奈は素直に下がった。
Grrrrrrrrrr
真昼が獣のように唸り声をあげる。
「これは一体どういうことだ?」
その疑問ももっともだ。
「副作用よ」
「え?」
怪訝な顔をするが、一瞬で理解した。
「ああ、能力を使った反動ってことか」
魔法少女は能力を使うとある特定の感情が非常に強くなる。これが嫌で極力使わないようにしている。
「多分独占欲や依存心が強くなっているんだと思うんダモ」
「その対象が鏡花ってことか」
さっきから琉奈を睨みながら、私に身体を擦り付けるように抱きついてくる。暴走状態なのであんまり意識しないようにしているが、女の子の柔らかい身体が当たっていて少し気が散る。
「落ち着いて真昼」
「落ち着いてるよ!」
琉奈を睨みながら言っているので、まったく信用できない。
「武器をしまって」
「大丈夫!」
いや、何も大丈夫じゃないんだけどな。
仕方ない。
「真昼、毛繕いして」
「え!?」
ワタワタと手を振って困惑をしているが、私が突拍子もないことを言ったからじゃない。
「毛繕いするなら危ないから武器をしまってね」
「う~」
武器をしまうか、しまわないか葛藤しているのだ。
「あの人はこれ以上近づいてこないから」
「ほんと? ほんと?」
「本当」
そう言ってやっと武器をしまってくれた。髪は好き放題されるが、仕方がないことだ。
「痛くしないでね」
「うん!」
そう言って髪の毛をいじることに集中し始めた。少しだけ人前で髪をいじられたり、撫でられるのは恥ずかしい。
「毛繕いしてと言うと黙って集中してくれるの」
なんだか疑いの目を向けられている気がして、そう弁明した。
「怪我酷いじゃない」
今の彼女は痛みを感じない。左手が折れているにも関わらず、その左手を普通に使っている。確認できるのは左手くらいだが、恐らく他にも怪我しているのだろう。
「真昼、リンゴを食べなさい」
「うん」
真昼のしっぽのようなものが上に伸びた。
「真昼の能力は傷つけば傷つくほど能力があがるんだけど、反対に傷つければ傷つけるほど回復するリンゴを作成できるんダモ」
私の代わりにゴンが説明してくれる。ちなみにさっきまでしっぽのように揺れていたのは、しっぽではなく木の枝である。
枝の先っぽには二枚の葉っぱと芽が一つ付いている。
「今回は一つだけね」
その芽が急激に成長すると花となり、花が朽ち、果実が実った。その実が落ちる様子を真昼はパン食い競争でもするかのように待ち構えた。やがて実が太りきるとちょうど口に落ちてきた。
シャリッ
真昼は子気味の良い音を立てて、リンゴを食べた。
「食べる?」
食べかけを渡そうとするのはいい度胸をしている。
「まず貴方が回復するために全部食べちゃいなさい」
私の言葉を素直に聞き入れて、果実の部分だけでなく、その芯も、種も、残った枝も食べてしまった。
「食べきったよ。えらい? えらい?」
「えらいよ」
真昼の頭を撫でた。するとみるみると先ほどまで折れていた左手や顔についた擦り傷、ボロボロになった服までも治ってしまった。
「すげえ」
「偶に私の分までできることがあるの。そうすると私まで回復する」
「なかなか珍しいんじゃないか?」
「多分そうだと思う」
「そのバーサーカー? 状態は治らないのか?」
「治ったら苦労してないダモよ」
まるで自分も苦労したみたいに言うが、苦労なんてしてないだろ。
「お前は何もしてないだろうが」
私だけいつも大変な目に合っている気がしてゴンに苦言を呈する。
「その状態の真昼ちゃん
にガシガシと噛まれるんダモ」
そうだったのか。だから、いつも近寄らなかったのか。さすがにぬいぐるみを噛むのは不衛生なので、注意するか。だけど、その前にまた髪の毛をいじろうとしてきたので、牽制する。
「リンゴでべたついた手で髪の毛触らないでね」
「え~! だって、さっき食べろって」
「それとこれとは別」
変なリンゴなのでベタつくかどうかは知らないが、気持ち的に嫌だ。
「む〜」
不満を表すように抱き締める力を強くしてくる。
「何か親娘みたいだな」
そう言われるが私としては飼い主と犬だ。
「どっちかと言えば犬と飼い主でしょ」
「まあ、それはいいんだけど、私今日はお前んち帰らないほうがいいか?」
副作用が酷いならということなのだろう。
「大丈夫よ。今日はむしろ私が私の部屋から一歩も出ないから」
でも、客人を外に放り出すわけにはいかないだろう。
「いや、気を遣わなくても大丈夫だぞ。外で一晩くらい慣れてるから」
琉奈も琉奈で面倒くさい。ポケットから財布を取り出すと投げ渡した。
「それでご飯買ってきて」
「おい、いいのか?」
琉奈は何だか別のことを気にしている気がする。
「いいも何もこの状態でお店に入れないもの。コンビニに入ってレジを通そうものなら店員さんを威嚇するの。それか髪をいじっていいと言うと今度は”そういう”カップルに見られる。別に”そういう”カップルに偏見があるわけじゃないけど、近所のコンビニでやると一生そのコンビニ使えなくなるじゃない」
「いや、そうじゃなくて、私がこの財布盗むかもしれないだろ」
「そしたらまた会ったら、裏切り者と言うだけよ」
「そしたら僕が持ってるダモ」
「黙りなさい。裏切り者」
「まだ盗んでいないダモ!?」
このぬいぐるみは気を遣ってボケているのか、いないのかわからない。
「ああー、私としてはそっちのほうがいいんだけど」
本当に琉奈は変な気の遣い方をする。
「駄目よ。そっちのほうが信頼ならない。それにもし本当に盗むならこの状態の真昼を差し向けるわ」
そう言うと諦めたのか去ろうとした。
「そいつは地獄まで追いかけられそうだ。わかったよ」
「今日の晩ごはんと明日のご飯買ってきて。あと必要なものはゴンが知っているから」
「はいは~い」
「今夜は祝杯ダモ」
勝手なことをするなと注意しようと思っていたら、丁度砂漠が引いて現実世界まで戻ってきた。
「じゃあ、お先」
そう二人は行ってしまった。
「フフ〜ン」
上機嫌を示すように木のしっぽが揺れる。あんなに硬そうな見た目をしているのにしなやかに動く。琉奈は親娘と言ったが、どう見てもペットと主人の関係だ。
「絡みつかないで歩きづらい」
「私は大丈夫だよ~」
「私が歩きづらいんだって」
落ち着かない様子で腕を組んだり、首に手を掛けてきたりする。魔法少女の変身を解きたいが、解くと町中をこのまま歩きまわることになる。それに先に真昼に辞めさせないと真昼が魔法少女のパワーを持った状態で生身の私を振り回すのが容易に想像できる。特に顎を肩やお腹に擦り付けようとするのだが、それが地味に痛い。今でもヤスリでも削られるような気分だが、本当に削られかねない。
「家まで着いたらちゃんと構ってあげる」
「え~、さっき嘘ついた」
「ついてない」
「ついたよ!」
あ~もう。めんどくさいモードに入ってしまった。いつも二人きりになりさえすれば、大抵機嫌がいいはずなのだが、今日はすこし機嫌が悪い。多分琉奈がさっきまでいたせいだろう。この状態の真昼にたまにムッとしてしまうことがある。私はあんまり過剰に構われることになれていないのだ。勘違いしないでほしいのだが、真昼はこの状態でも聞き分けがいい。もし、私が少しでも叱ろうとすれば、すぐに察知して、謝ってくる。まるで世界でも終わったみたいな雰囲気を醸し出して、なんでもするとか、そんなくだらない言葉を本気で言ってくる。だからこそ、すこし言いづらかった。指摘したいだけで、叱りたいわけではない。
つん、と鼻を押した。
特に何かあったわけではないが、自然と手が吸い込まれた。
「なに?」
さっきまで怒っていたことなど忘れたように、こちらを期待する目をしてくる。待機モーションに入った。こうなると命令する必要がある。普段私が真昼に対して命令してしまうのは、どちらかと言えば、普段の癖のようなものだ。ちょっとした悪癖だと自覚しているが、とくに真昼は嫌がっていないので、やらないように心がけつつも、ついやってしまう。だが、この状態の真昼はむしろ命令したほうがいい。命令しないと不機嫌になって、あとで痛い目を見ることになる。
「家に帰りましょう」
「ええ、もっとイチャイチャを見せつけようよ」
一体それに何のメリットがあるのだ。というかやっぱり命令待機状態になっても家に帰るのは拒否してくる。
こうなったらこうだ。
「じゃあ、家まで競争しましょう」
「競争! やる!」
今までの苦労がなんだったのかというくらいに二つ返事で答えた。
しかし、予想していない返事まで帰ってきた。
「じゃあ、先に着いたら、後に着いた人に命令できる権利ね」
「いや、それは———」
聞いてない。
「よーいドン!」
自分で開幕の合図をして、先に走っていった。
「やっぱり後でお仕置き!」
私もまた地面を掴むように走った。
もし、通常状態の真昼と競争したら私の方が早い。二倍は言い過ぎかもしれないが、それくらいの差がある。しかし、今の真昼は圧倒的に早かった。
「普段もそれくらいで走りなさいよ」
真昼が先に走り出したせいで、追いつけなかった。真昼がこんなにも早く走れるのは、身体能力があがったおかげだけではない。
コース選びが良すぎるのだ。当然のことだが、真っすぐ道を進むのと回り道を進むのでは、真っ直ぐ進むほうが早い。それでもなぜ回り道を人は進むのかといえば、そこに障害物があるからだ。反対に家を代表するような障害物は魔法少女の身体能力なら簡単に跳び越えられる。だが、高低差を考慮すると最短距離への到達は少し難しいものになる。足場の選択、ジャンプの距離の調整、どれだけ高低差が少ない経路を辿れるかなど、最短距離を極限まで目指してみると意外とスピードの差が出る。任天堂が出した著名なレースゲームでもやってみればわかりやすいと思う。逆に普段の真昼は魔法少女にも関わらず、ビビりすぎなのだ。私と同じルートを走れるはずなのに、ぶつかったり落ちることを怖がってルートの効率が悪い。
とまあ、普段の真昼の悪口はこれくらいにして問題はこの競争だ。一体何をお願いされるかわからない。この状態の真昼は選択肢がすべて極端なのだ。多分普通の飲食店に行ったら、好きなものだからといって、カレー、オムライス、ステーキ、ハンバーグを全て頼むような極端さがある。自分が食べ切れるかどうか考えることはない。
そして、多分このまま走っても追いつけない。コース選びが良くなっているのもそうだが、単純に足が速くなっているから。
「真昼が最初にズルしたんだからね」
能力は強く発動しなければ、副作用が起きない。正確には起きないわけではないが、別に理性で抑えられる。
「【能力発動———】」