魔法少女のぬいぐるみは百合の花を眺めているだけでよくないですか?   作:苔茎花

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9話:甘える狼

鏡花視点②:

 ドッドッドと重機関銃がなったのかと思うくらい荒々しい音が玄関から聞こえてきた。

「とうちゃ~く」

真昼がまるでいい仕事をしたとばかりに爽やかな笑顔を見せてくる。

「おかえりなさい」

「ただい~、マッ!!!」

目を見開いて私がいることに驚いていた。私はまるで本でも読んで余裕でしたよ。という雰囲気を醸し出すが、正直ギリギリだった。あと一秒遅れたら危なかった。

「私の勝ちね」

「え!? え?」

絶対に勝ったと思っていたはず。だけど、そっちが先にフライングしたのだ。こっちだって相応の手段を使う。

「さてお着替えしましょう」

「どうやったの?」

「秘密。ほら後に着いた人が命令を聞くんでしょ。着替えて」

真昼に言うことを聞かせる権利と考えるともう少し保持したい気がするが、どうせ通常真昼は覚えていないし、こっちの真昼もしばらくしたら忘れるだろう。

「ん~」

それでも抵抗する。

「着替えなさい」

そうなったら命令するしかない。

「ん」

魔法少女の変身を解くといつもの見慣れた真昼になる。いや、むしろいつも見慣れた真昼だからこそ、妙な背徳感が生まれるのだが、そこは気にしないようにしよう。

「因みに私が負けていたらなんて言おうとしていたの?」

もしかしたらただ勝ちたかっただけかもしれないが、一応聞いてみる。

「うん? 言わないよ」

そんなことはなく、何か企んでいるみたいだ。

「教えて」

「もう覚えてない!」

「怒らないから教えて」

「ほんと? 怒らない?」

「怒らないよ。ってか怒ったことあんまりないでしょ」

叱ったことはあるかもだけど。

「———琉奈ちゃんと別れてって」

え?

それは予想外だった。別に彼女の暴走状態は本性とかそういうわけではない。むしろ独占欲が肥大した姿なのだが、内心ほんのちょっと思っていたのだろう。しかし、誰とでも仲良くなれそうな真昼なのに意外だ。

「怒らない?」

「怒ってないでしょ」

別に友達を取られるとか、そういう気持ちは誰にでもあることだ。ちょっとした嫉妬心は人間を成長させるスパイスだから。

 

 それより彼女が着ている服を見た。当然学校帰りだったので、制服だ。

「絶対に制服しわくちゃになるよね」

あんなにスリスリされたのだ。多分、皴になってしまう。

「脱ぐ?」

「待って」

真昼のほうが身長がでかいので、当然服のサイズがでかい。ワンサイズの違いなのだが、その違いは大きい。

真昼が着れるものなんてあるのか?

クローゼットを探しつつ、自分も部屋着に着替えた。

「これだったらどう?」

オーバーサイズのシャツ。買ってみたはいいものの胸元が見える気がして、着れなかったやつと適当なスエットがあった。

リビングに戻ると真昼が下着姿でいた。

「ちょっと!」

別に扇情的だと思っているわけではないが、同級生があられもない恰好をしているのと、暴走状態の時に裸を他人に見られるのが可哀想で、こっちまで顔が真っ赤になりそうだった。

「これ早く着て!」

自分が起伏が平坦な身体をしているせいか、真昼の豊満な体が嫌でも気になる。遺伝子的な性質なんだろうけど、同じ人間でどうしてこんなに差が出るのか。

「え~このままでもいいよ」

「普通に風邪ひくわ!」

罪悪感が湧く。真昼は修学旅行先でもそうだが、同性とお風呂に入ることすら恥ずかしがる。多分、正気に戻ったら、落ち込んでしまうだろう。あんまり私は裸を見られても恥ずかしいなと思ったことはないが、多分真昼は身体の起伏がしっかりしているせいで、私なんかよりも女性として見られるのだろうなとは思う。

「早く帰ってこないと琉奈が帰ってくるよ」

「ただいま~、あっ」

そう言った矢先だった。

「ごゆっくり~」

何か気まずいことでも会ったかのように扉を丁寧に閉め、逆再生でもしたかのように戻っていった。

「違うから!」

一体何が違うのかわからず、弁明しようと立ち上がろうとした。

「いや、行かないで」

下着姿の真昼に抱きつくように掴まれた。

別に抱きつかれるのはいい。

下着姿なのはまあ百歩譲っていい。

しかし、下着姿で抱きつかれるのはまずいだろ。

「さっきのは見間違いだよ———な?」

唖然とした風で止まるが、おそらくは・・・

「さっきからわかっててやってるでしょ」

「おう!」

「おうじゃない。はあ———」

ため息をついてから、真昼に服を着させた。

 

 真昼を自室に連れて行った後、コンビニで買ってきてもらった水を飲んだ。

「大変そうだな」

「ええ」

「いいのか? すぐに戻らなくて?」

「別に大丈夫よ。今は疲れて寝ちゃったから」

「ふ~ん。慣れてんな」

「言ってもこれで3回目よ。1回目は私も副作用で殆ど記憶ないから実質2回目」

「じゃあ、鏡花が能力を使ったらどうなるの?」

「それはまだ秘密」

「え~? でも、ゴンちゃんに聞いちゃおうかな」

「ゴン。言ったら殺すから」

「流石に言わないんダモ~」

笑いながら言うので信用ならなかった。

「いや、本当ダモ。鏡花ちゃんが言ってほしそうにするなら言うけど、本当に言ってほしくなさそうだし。そこら辺のライン引きはちゃんとするんダモ」

「じゃあ、真昼ちゃんだったら良いかな?」

「真昼も知らないわ。あの子の副作用って、記憶があんまりないみたいなのよね。二日酔い的な感じで」

「な~んだ」

本当に聞くつもりがあるのか、それとも聞くつもりがないことを示すためにわざと言ったのか。

「でも、なんか真昼がああなるって予想できたようでできなかったしな」

「そう?」

自分の副作用と比べるとわかりやすく見える。

「多分本当の敵意とは違うんだろうけどさ。確かに私を牽制している感じはしたんだけど、よくも悪くも人を悪く思えるタイプじゃないと思ってた。独占欲とは言っていたけど、ちょっと私を邪険にしているみたいだしな」

琉奈の言葉が的を得ていないとは全く思わないけど、友達が悪く思われるのは好きではなかった。

「今暴走状態だからあんな感じなだけで、本当に思っているわけじゃないよ」

「わかってる。わかってるけどさ」

そう言って言葉を考えるように喋るのを止めた。

「少なくとも居場所が奪われるとは思っているんじゃね?」

「それは———」

少しあの子がそう思ってしまう心当たりがあった。

「魔法少女止めろって言ったんだろ」

「———ええ」

でも、言ったことを後悔していない。

「言っておくけど、私は別にここに長くいるとは限らないし、真昼の代わりに泥人形を倒したりはしないぞ」

「期待していないわけではないけど、別に頼ったりはしない」

そうあって欲しかったのは伝えておく。

「思ったより素直に言うじゃん」

「ええ。でも、止めさせたいのはあの子の能力を使用するのを止めて欲しいから。怪我をすればするほど強くなる能力なんておかしいよ。怪我をしないで強いほうがいい」

「それはそうだ」

琉奈は笑いながら同意してくれる。

「あっ、言っておくけど、鏡花の意見にまるっきり反対ってわけじゃないよ。というかむしろ鏡花が言うことは納得したね。むしろ最初の方は少し警戒してた」

「最初の方?」

「多分こんなに長い付き合いになると思っていなかったんだろうけど、真昼が初日に相談してきてさ」

あの子は打ち解けるのが早いと思っていたけど、そんなに早く言っていたのか。

「でも、ちゃんと止めたほうがいいって思っている理由を言ったほうがいいよ」

「それは———」

言わない理由はそれだけではないのだ。

「多分真昼は自分が弱いからここにいちゃいけないんだと思ってるよ」

「そんなことはない」

それは強く言える。

「それを本人に言ってあげなよ」

「———言ってるよ」

こればっかりは本当に私の思い込みじゃなくて、本当に言っている。でも、彼女の心に染み込まないだ。

「でも、わかってないよ。わかっていないってことは言ってないと一緒だよ」

「それはそうなんだろうと思うけど」

いや、言い訳しようと思ったけど、打ち明けるという意味ではこのタイミングなんだろう。

「本当は真昼に止めてほしい理由が怪我をしないでほしいからではないの」

「え!?」

混乱したように琉奈は言った。

「ちょっと待って。さっき言ってたことが嘘ってこと」

「嘘じゃないけど、本心じゃない」

「だから、私に別の理由があるって真昼は察しているからこそ、真昼は警戒心を募らせているんだと思う」

真昼が琉奈に打ち明けた理由がわかる。ちょっとだけ都合のいい立場にいるのだ。私たちが魔法少女ということを知っていて、かつゴンよりも近い立場にいない。

「それは一体何なの?」

それでいて琉奈ならもう一歩踏み込んでこないことを期待していた。

「それは、それは———」

人に秘密を隠そうと思った時、固く重い場所にしまい込む。自分ですら簡単に取り出せないように。だけど、その秘密の期間が長ければ長いほど、その秘密の扉も鍵も重くなる。自分が大切だからしまいこんだのに、開けることを躊躇するくらい。いっそのこと琉奈なら聞いても大丈夫という心と琉奈にも知られたくないという心が同時に遍在する。

一度真昼にさえ打ち明けず墓場まで持っていこうと思っていた秘密を打ち明けるなんて考えもしていなかった。しかし、同時に打ち明けないことはできないのだろうという気もしていた。だって嘘に耐えられるとは思えなかったから。

「実は私の———」

「鏡花~!!!!!」

鳴き声に近いような叫びが聞こえてきた。

「ごめん。戻るわ」

「はいよ」

言えばよかったのか、言えなくてよかったのかわからない。自室を開ける前に顔をいつもの鏡花に戻す。

いや、少なくとも今じゃない。

「はいは~い」

「鏡花~行かないで~」

「はいはい。お水取ってきてたの」

私を見るや否や腰に抱き着いてくる。そのまま頭をグリグリと擦り付けてくるのは痛いのでやめてほしいのだが、言ってもどうしようもない。

「このでっかい大型犬をどうしようか」

ベッドに座り込むと当然とばかりに私の膝を抱き枕にしてくる。

今夜は自室から出られないと覚悟をするべきだった。

 

 自慢でもないのだが、生まれてこの方、人に対して執着したことがない。人間関係なんて移ろいやすいものだと思っている。今仲良くしてもらっている真昼だって、大学が違ったりすれば、段々と関係性が薄くなっていくだろうと思っている。別に真昼に対して愛着がなかったり、友情を感じないわけではない。例えば大学が違っても、きっと結婚式か何かには呼んでもらえる仲だという自負はあるし、もし結婚するということがあり得るなら、真昼を呼びたいと思っている。まあ、結婚するかはおいてだ。

 まあ、何が言いたいのかと言えば・・・

「鏡花~、なでなでして~」

人に素直に甘えられる彼女を羨ましく思っているということだ。

「はいはい」

この暴走状態の真昼は、動物の赤ちゃんくらい庇護欲を掻き立てられる。それにも関わらず私の対応が素っ気なく感じるとしたら、きっと私は甘やかすのが下手なのだろうと思う。

「鏡花もなでなでしようか?」

「いいえ、大丈夫よ」

「むー」

別に彼女の提案が嫌なものだったわけではない。彼女にされるのが、こそばゆくて断っただけだ。真昼が大人しくなるので髪の毛を触らせるが、正直言えば少しだけ苦手だ。嫌なわけではないが、いつも以上の距離を感じてくすぐったい。本来真昼がボディタッチを頻繁にするタイプじゃないこともあって、いつもの彼女じゃなく感じるのだ。

「気持ちいい?」

私の髪の毛に意識がいかないように、質問してみる。

「うん!」

真昼の髪はくせっ毛だ。本人がそう言っていた。真昼はくせ毛なことを気にしていたけど、私は彼女に似合っていて好きだ。ああ、彼女が触りたがるのは憧れだったりするのだろうか?

 真昼との空間は心地がいいのだが、如何せん暇だ。飽きたという意味ではなく、何もしていないと時間を無駄にしたような気持ちになる。スマホでネットフリックスでも見ようか?

「スマホいじっちゃ駄目!」

手にあったスマホを取られた。

忘れていた。スマホにすら嫉妬するのだ。真昼がこの状態だと行動が制限される。スマホは駄目。テレビも駄目。料理は包丁と火を扱っているのに、くっつくので駄目。唯一大丈夫なのは子供向けのアニメを一緒に見ることと読書くらいだ。トイレにすらくっつこうとするのは困ったものだ。

「お母さんに連絡取らなくて大丈夫?」

「え?」

ここでのお母さんとは真昼のお母さんだ。

「お母さん心配するから、あとで怒るんじゃない?」

「え!?」

この状態の真昼は過剰に怒られるのを嫌がる。

「代わりに連絡しよっか?」

「うん!」

だから、適当な方便を言えば、簡単にスマホを返してもらえる。

「あっ、もしもし」

それから直ぐに真昼のお母さんへと電話を掛けた。

「あら、鏡花ちゃん?」

「すみません。実は真昼ちゃんが家で眠っちゃったみたいで泊めていきたいんですけど大丈夫ですか?」

「むしろ鏡花ちゃんが大丈夫? 迎え行こうか?」

「いえ、むしろ真昼さんがいると寂しくなくていいですよ」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいんだけど、今度何か持っていくね」

「いえいえ、お気遣いなく」

「そんなこと言わないで。真昼がお世話になっているんだし」

「いえ、むしろ私がお世話になってばかりで」

「はあ、本当に鏡花ちゃんはできた子ね。娘に欲しいくらい」

「言いすぎですよ」

「鏡花は寝てるの?」

「はい。ちょうど目の前で眠ってます」

「家事でもお風呂掃除でも好きに使っていいからね」

「ふふっ、そうですね。起きたら頼んでみますね」

「遠慮しないでいいからね」

「はい。それじゃあ、失礼しますね」

「ええ、うちの娘をよろしくね」

「はい。よろしくされます」

そう言って電話を切った。

「ふう」

ちょっと今日の愛想ポイントは使い切ってしまった。愛想ポイントというのは、私が人に対して友好的に接するために使用するポイントで回復量は乏しいため、節約の必要がある。

「ママなんて言ってた」

電話の間静かにこちらを見ていた真昼が突然口を開いた。

「うん? よろしくって」

「怒ってない?」

「大丈夫じゃない?」

帰った後は知らないけど。

「よかった」

悪戯がバレるのを回避した子供のように笑った。

「はあ、疲れちゃった。ご飯食べる?」

「うん? お腹空いてない」

「私も。でも、眠くなっちゃった」

お弁当とか琉奈には買ってきてもらって悪いけど、もうこのまま寝ちゃいたい。

「膝枕終わり」

「え~、マ~、このままでもいいよ」

暴走状態は一人称マ~になるんだ。知らなかった。

「私が膝枕疲れちゃった。あんまり太ももに肉がないから」

真昼を退けて、ベッドに横になると、さも当然みたいな雰囲気を出して真昼が横になった。真昼に背中を向けて寝るとまるで詰め寄るように真昼が後ろになった。

う~ん。人の気配を感じる。

流石に寝れないんじゃないかと思ったが、背中のあたりが温かくてふわふわする。

ああ、思ってたよりも疲れてたんだな。目が閉じると眠りに入りそうな感覚がする。ああ、やばい。お風呂入ってない。でも、真昼がいると一緒に入ると言うだろうから入れないか。まあ、明日入ればいいか。

ああ、駄目だ。もう眠い———

自分にしては珍しく後ろに人がいる気配を気にせず眠ってしまった。

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