終わりのセラフ もう一人の従者   作:烟月

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4,選抜術式試験週間前日

学校での生活は、あっという間に過ぎていった。

基本的には、馬鹿にされ続ける毎日だった。

 

「さて、明日からついに、選抜術式試験週間が始まります!」

教師が黒板をたたいて言っている。

選抜術式試験というのは、生徒同士を直接戦わせて優劣を決める試験のことだ。

もちろんその結果で成績のすべてが決まる、ということはないのだが、しかし、評価の大部分をこの試験が占める、とのことなので、クラスの奴らは色めき立っていた。

教師の話を聞き流しながら前に《百夜教》が来た事をグレンに話した時のことをふりかえる。

あの時、やはりグレンのところにも《百夜教》の人間は来ていたらしい。だが、俺が聞いたこととグレンが聞いたことは同じだったようで新たに情報を得る、ということはなかった。

教師がまた黒板をたたき、

「あとで後悔することがないように精一杯頑張ってこい!以上!」

そこで、ちょうどホームルームの終わりを知らせるチャイムが鳴る。

すぐに教室から出る。

グレンのいる九組まで行かなければいけないのだ。

九組についたときグレンは白髪の男と喋っていた。

いや、最後に聞こえたのがグレンの、

「死ね」

と言う言葉なのでそれを喋っていたと言えるのかは疑問だか。

グレンが教室の出入り口のほう、つまりこちらを見る。

俺は普通に待っていたのだが他の二人はこそこそ隠れるようにしてクラスの中を見ていた。

小百合がグレンを見つけ、

「あ、あ、グレン様!」

と手を振った。

時雨がそこ横で、

「ちょっと、目立ったら殺すって言われてるのに、また怒られますよ」

一生懸命小百合を制している。

「もういいから、二人ともちょっと黙ってろ」

俺はそう言いながら二人の頭を軽く小突く。

グレンが何かを呟いていたがそんなの知らない。

すると、グレンのクラスの赤髪の女子が何か言い始めたが、それを聞き流してまだ残っているグレンのクラスメイトを見る。

そういえば、さっきの白髪の男が柊深夜だということを思い出す。

赤髪の女が十条美十、金色にブリーチされた髪で軽薄そうな垂れ目の男が五士典人だったはずだ。

そんなことを考えていると小百合がいきなり、

「そ、そうですよ!変な言いがかりはやめてくださいませんか!グレン様はまだ、わたくしには手を出してくださらないんですよ!」

と、怒った顔で怒鳴る。

「..............」

クラスが一瞬で静まり返る。

どうしてそんことになったのかは分からないが、その言い方は誤解を招くことに気付かないのかと思い、頭が痛くなる。

グレンがうんざりしきった顔でため息をつき、教室から出てくる。

時雨がグレンのほうを見上げ、

「あの、小百合には私から説教を......」

「あたりまえだ」

と、グレンが言う。

「え?え?」

小百合はなんでかわからない、という顔で周囲を見回しているが、それを無視してグレンが帰ろうとするので、

「おい小百合」

と、また小百合を軽く小突いて帰ろうとする。

だが、グレンが教室から廊下に出てきたところで、自分達がそう簡単に帰れそうにないことに気付く。

廊下の向こう側から、グレンに向けて強い殺気が放たれていたからだ。

でも動かない。どうせグレンが対応するだろうから。

もちろん、その殺気に小百合と時雨も気付く。二人ともグレンを守るために修練を積んできた実力者なのだから。

だからその殺気に反応してしまう。

だが、やはりグレンが、小さな声で、

「動くな。俺が対応する」

と、命じた。

「え?でも」

グレンの右隣にいた時雨が驚いた声を上げてグレンを見上げる。

だがそのときにはもう何者かの足がグレンの右側頭部にぶつかっていた。

「ぐっ」

グレンがうめき、床に倒れる。

グレンを蹴った奴がいるほうを見る。

そこには一人の男がいた。

茶色い髪で、蛇のように細い目。唇にピアスをしている。

それと何人かの取り巻きをつれていた。

その男はグレンを馬鹿にしきった顔で見下ろして、言った。

「あ、ごめんごめん。足がすべった」

その瞬間、取り巻きの生徒たちが笑った。

「貴様っ!」

時雨が怒り、前に出て拳を振り上げ、そのピアス男に放つ。

「この馬鹿が」

彰哉は小さく呟くと同時に止めようとするが、その前にピアス男の後ろに控えていた、女生徒が時雨の拳をつかむ。

時雨が、それに少し驚いていた。当然だろう。いまの時雨の動きはかなり速かったのだから。

なのに、その女生徒は、それを止めたのだから。さらにその女生徒が言った。

「ちょっと、あなたはいったい、なにしようとしてるのか、わかっているのですか?ここにいるお方は、柊征志郎(ひいらぎせいしろう)様ですよ?」

どうやらこの、ピアス男は、柊の名を持つ男だったようだ。

この学校では、神ともいえるほどに高貴な家柄の人間。

女生徒は、続ける。

「その、征志郎様に手を出そうとするなんて、万死に.......」

が、征志郎がそれを遮る。

「いいよ、弓。どうせ一瀬の馬鹿どもには、人語は通じねぇだろ。こういう家畜は、殴って調教するもんだ」

と、手を上げた。

時雨もそれに反応して、征志郎の手を振り払おうとするが、

「はは、(おせ)ぇよチビ女」

征志郎の拳のほうが圧倒的に速い。

彰哉は、小さく舌打ちをし征志郎の拳を止めようとした。

グレンもそれを止めようとして、立ち上がろうとしていたが、そんなことは知らない。

しかし、彰哉ら途中で動きを止めた。

征志郎の腕を誰かが横からつかんだから。

そちらを見ると、つかんだのは、教室から出てきた柊深夜(ひいらぎしんや)だった。

そしてそのまま深夜が言った。

「征志郎様......あなたほどのお方が、こんなところで弱い、一瀬の女を殴ったなんて噂が立っては、家名に傷がつきます」

すると、征志郎が深夜をにらみ、

「ああ?てめぇ、養子の分際で誰に意見してんだよ」

「.......申し訳ありません。しかし」

「しかしじゃねぇよ」

征志郎が拳を引き、そしてそのままもう一度振った。拳は深夜の顔に当たる。

鈍い音がして、深夜の唇に血がにじむ。

深夜は、よけなかったのだ。

征志郎が笑う。

「はは、いい判断だ。お前じゃ俺には勝てないからな」

「..............」

「その判断が出来るから、お前は親父に真昼の相手として選ばれた。それをちゃんとわきまえとけよ」

「......はい」

「あと、同じクラスなら聞かせろ。この一瀬からきたネズミは、強いのか?俺は選抜技術試験の二戦目で当たるんだが......」

つまりは、そういうことだったのだ。

グレンが強いのかどうか、それを試験の前に征志郎は探りにきたのだ。

深夜が答える。

「.......初めは、私も彼には力があるんじゃないかと.......なにせ次期一瀬家の当主候補ならば、ある程度の実力は持っているのではないかと疑ったのですが」

「ふむ」

深夜がグレンをひどく、冷たい瞳で、見下ろして言った。

「とんだ買いかぶりでした。従者の女が殴られそうになっても......仲間が傷つけられそうになっても、動くことの出来ないようなクズ。しょせん、堕ちた二流の家柄の人間です」

征志郎が笑う。

「はは、なんだ。結局そうか。一瀬の人間はいつもクズばかりだな。こいつの親父達がこの学校に通っていたときも、廊下の隅をビクビクしながら歩いてたって聞いたが......おまえらも同じか」

また、征志郎の取り巻きたちが笑う。

さらに、グレンのクラスの奴らまで、わざわざ廊下に出てきて、笑っている。

征志郎が踵を返す。

「ああ、もういいや。つまんねぇ。(よえ)ぇならちょっかい出す気も失せたよ。いこうぜ」

「あーらら、ほんとのクズになっちゃったな。やっぱ女守れない奴は、だめだろ」

廊下に出てきていた五士典人がグレンを憐れむような目で見下ろす。

「........まるで抵抗しないで、あんなことを言われて、あなたは悔しくないんですか?」

十条美十が怒ったような顔で言っている。

だがグレンは、その言葉に対して困ったように答えた。

「.......家から、柊家の方々には逆らうなと......」

「なら、死ねと言われたら死ぬんですか!」

十条美十が怒鳴ってそのまま去っていく。

きっと彼女は優しいのだろう。まだグレンに対して怒れるのだから。

グレンが立ち上がる。

そのころには騒動が終わったことで興味を失ったのか、周りにいた生徒たちも立ち去り始める。

一人だけが。

柊深夜だけがグレンを見つめて、言う。

「なんか、ほんとつまんねぇ奴だな、おまえ」

「..............」

「もういょい、期待してたんだが」

「.......勝手に期待するな」

「ああ、そうだよな。力のない、ほんとのクズに期待した僕が悪かった」

「.........」

「もういいや。おまえ、二度と僕に話しかけるんじゃ..........」

グレンが遮って言った。

「話しかけてきたのは、おまえだ」

すると、深夜がグレンを、冷たい瞳で見つめ、言う。

「ああ、そうだな。じゃあ、僕だけじゃなく、真昼にも近づくな」

「.........」

「おまえにその資格はねぇよ。だいたいそんななんの覚悟も、力もない奴が、この学校にくるべきじゃなかった。真昼がいるこの学校に.........なんにも頑張ってこれなかった奴が、くるべきじゃなかった」

などと、言う。

なにも頑張れなかった奴が、真昼の前に立つべきじゃなかった、と。

それは、彰哉もそう思う。

力がない奴は顔を上げるべきではない。この世界では、欲しいものを手に入れるためには力がいるのだから。

なにも気にせずに笑って生きるためには、力がいるのだ。

そして、それだけの力はまだ、ない。

自分達にはない。

柊家を潰しきれるほどの力は、とてもじゃないが持ってない。

だからグレンは、言った。

「じゃあ、どうすりゃよかった?俺もきたくなかった。ここに居場所がないのは、知ってる。なのにおまえら柊家に呼ばれたんだ。そしてそれに従った。だがそれもだめだというのなら、どうしたらおまえらは喜ぶ?俺はどうしたらよかった?」

あえて、愚痴のような言葉を吐いていく。

自分は無能だと、そう言ってみせていく。

深夜は、心底うんざりしたような顔でグレンをにらむ。

「.........」

だが、それだけだった。

それ以上何も言わず、こちらに背を向け去っていく。

廊下には、グレンと、彰哉と、時雨と、小百合だけが残されていた。

もう誰もグレンたちのことを気にとめることはない。

とそこで、時雨が言う。

「わ、私が弱いばかりに........申し訳ありませんでした」

続いて小百合が悔しそうに言う。

「で、でも、ほんとに、こんな我慢をする必要があるんですか?グレン様は本当は、.......」

「小百合」

グレンが小さく彼女の名前を呼び、止める。

すると、小百合はなにかを我慢するように、顔をしかめ、しかし我慢しきれずに、目から涙をこぼれさせる。

「..........」

彰哉は、それを見つめる。

自分達に力がないばかりに、少女が涙を流しているという状況に、

「...........」

何も言えない。

自分に力がないために、守りたかったものも守れず。自分達に力がないために、主を馬鹿にされすぎて少女が泣いている。

成長して、強くなって、それでも力が足りず、何も守れないというのは変わらない。

もっと、強くならなければならない。

昔守れなかったものを、守れるようにするためにも。

自分の目の前で泣く人をこれ以上増やさないためにも。

「────さ、帰るぞ」

グレンが小百合の背中を背中を押し、歩き出した。

『はい!』

時雨と小百合が応える。

だから彰哉は、別のことを考える。

それはさっき会った、男のこと。

柊征志郎。

おそらく、真昼と血の繋がった兄弟であるはずの、柊家の人間。

真昼に双子の兄弟がいる、という話は聞いたことがないから、同学年ということは、おそらく腹違いの兄弟なのだろう。

その、征志郎のことを考える。

征志郎の動きを。

深夜や、時雨との攻防を、頭の中で再現する。

あの一瞬ではどれほどの実力かは、わからないが、征志郎の動きは鋭かった。

「俺の力はこの場所で、どこまで通用するかな」

彰哉は小さく呟く。

 

 

その夜グレンから、柊家の暴走と、世界が滅亡する可能性のある、ウイルスのこと、《百夜教》と柊家の戦争が、十日後には始まってしまうということを聞いた。

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