朝八時、選抜術式試験が始まった。
場所は校庭─となってはいるが軍事教練でもできそうなほどに広大な演習場である。
全生徒がその場所に集まっていた。
選抜術式試験は、各学年の全生徒同士の勝ち抜き戦であるため、一週間かけて行われる。 人間関係に悩むぐらいなら、それ自体を壊せば悩まなくていい。
ちなみに、クラスメイト同士は、数回勝ち上がらなければぶつからないため、最初のうちはクラス同士の対抗意識のようなものまである。
「最初から全力でいけ!他のクラスに負けるなよ!」
と、担任も朝から張り切っている。
「.........」
彰哉は少し離れたところでそれを見ていた。
自分の試合まではまだ時間があるため、グレンのクラスのほうへ向かう。
ちなみに、選抜術式試験の試合は実戦形式で行われる。
勝利条件とルールは三つしかない。
監督官が勝ちだと思ったほうを勝ちとする。
監督官が、能力が上だと思ったほうを、勝ちとする。
相手を殺してしまった場合は、逆に評定が下がる。
これだけだ。
このルールの中であれば、どんな武器を使おうが、どんな呪術を使おうが、許される。
おまけに、例え相手を殺してしまったとしても罪に問われることもないどころか退学にさえならない。
完全な治外法権である。
日本の中にあるが、柊家という神が支配している、別の国のような場所、ここはそういうところだ。
まぁもちろん、人死にが出ないように、試合には監督官役として、教師が五人も張り付いて審判をしているのだが。
『一年二組・雪見時雨。前へ。』
グレンのクラスに近くまで来たときに、監督官が時雨の名前を呼ぶ。
『一年九組・十条美十。前へ。』
どうやら時雨の相手は十条美十だったらしい。
足を止め、二人を見る。
時雨が手を、後ろに回す。すると袖から、武器が降りてきたのがわかる。
十条が、小さく呟いている。おそらく、柊の呪法だろう。
十条家は──身体能力を呪いによって限界まで跳ね上げる。
「
彰哉が小さく呟く。
監督官が前に出て、二人に試合についての注意事項等を話す。
『始め!』
時雨と十条、二人の試合が始まった。
◆
結果は十条の勝ち。
途中、時雨が十条を巧く罠に嵌めたものの、十条が力業でそれを押しきり時雨を殴り飛ばして試合が終わった。
十条は、時雨が暗器遣いであることから最後にかすったクナイには実戦ならば、毒が塗ってあるはず。
と、いうようなことを言い。
自分の勝ちに不満があるようだったが監督官に何か言われ、受け入れたようだ。
時雨のところまで行く。
グレンが何か言ったのであろう、時雨の顔がくしゃくしゃになっていた。
「せ、せめて私がここで勝たなければいけないのに........グレン様に、また、恥を.......」
時雨が涙を流し始め、言葉が消える。
グレンが笑う。
「十条は、強かったか」
「.......はい。愚かなことに、侮りました」
「まぁ、でも引き分けだったけどなぁ」
「グレン。甘いことを言うな。一瀬家の護衛者である俺達にとって、引き分けは負けと同義なんだ」
「そうか。じゃ、負け犬だな」
「はい......」
「一人でたてるか?」
「ううう」
どうやら、まだ立てないようだ。それほどに十条の拳は、重かったのだろう。
「あの.......」
背後から声がかかる。
十条の声だ。
「その、大丈夫ですか?」
心配そうに、そんなことを言う。それに、時雨が
「.......近づかないでください」
と、答える。
なにやらめんどくさいことになりそうだ。
彰哉は他の試合を見るためにその場を離れた。
「侮ったことについては、後で説教な」
と時雨に言ってから。
しばらくいろんな試合を見ているとグレンの試合が始まった。
まぁかなり酷い戦い方だったが、勝たなくてもいいのに勝ったということは戦ってみたい奴がいるんだろう。
隣の会場で歓声があがった。
そこではうちのクラスである五組と三組の試合が行われているはずだ。
そして三組には、真昼がいる。
ってもうクラスの試合始まってんだ.....。
ま、いっか。
敵もある程度強いのだろうが、真昼はその敵を危なげなく圧倒していた。
この十年で彼女はかなり力をつけたようだ。
それが努力によるものなのか、それとも柊の血の、才能によるものなのか。
おそらく、その両方なのだろう。
悲鳴が聞こえた。
それは、彰哉がよく知っている声だった。
「.....小百合?」
振り返る。
彼女の声が聞こえたのは一組と四組が試合しているはずの試合会場だ。
そこも歓声があがっている。
真昼が、登場してきたときと同じ歓声。
「殺せ!殺せ!」
そんなコールも聞こえる。
「やっちゃってくださいよ、征志郎様!」
「汚らわしい、一瀬の雌ブタなんか殺してください!」
そこでは、小百合と柊征志郎が戦っていた。
しかし、すでに小百合はボロボロだった。殴られたのか、唇が切れて血が流れ。体力も残っていないのか肩で息をしていた。
その上、セーラー服の前部分が破られてしまっており、それを押さえるために、左手が塞がっていた。
征志郎が小百合の顔を殴る。
彼女の顔が跳ね上がる。服がはだけ下着が見える。
だが、征志郎は攻撃をやめない。
小百合の腹を殴る。彼女の体が、くの字に曲がる。さらに、降りてきた顔を膝で跳ねあげる。
おそらく小百合にはもう、意識がない。
それほどに、征志郎と小百合の間には力の差があったのだ。
ゆえに、それで勝負は終わり、のはずなのだが。
征志郎が、小百合の体を蹴る。
監督官は止めない。
倒れそうになる小百合を殴って、立たせる。
監督官は止めない。
そのとき、彰哉の中で何かがキレた。
うめくように監督官のところへ走り出したグレンを横目に小百合のもとへ走った。
征志郎の拳を止め、小百合を抱き止める。
「あぁ、なんだてめぇ。はは、そういやもう一人いたなぁ。で、なんだよその目。弱ぇくせに、反抗すんのか?いいぜ?やろう。てめぇも潰してやるよ」
征志郎が、そんなことを言う。だから答える。
「できるものならやってみろ」
と。
「すまんグレン」
小さく呟く。と、同時に殺気を出す。
一瞬、本当に一瞬だけ。何人がそれに気付いたのかは分からない。たが一つ言えるのは、目の前の
征志郎が殴る。止める。殴る。避ける。殴る。止める。殴る。止める。殴る。避ける。
それを繰り返す。
ここで、殴り返すのは得策ではない。それが、分かっているから、殴らない。
しかし、殴られる気もないから、拳を止める。拳を避ける。
それが、精一杯だと見せかける。
「やめなさい」
声が聞こえた。それは、知っている声。柊真昼の声だ。
「真昼か。なんだ?俺のやることに、文句でもつける気か?」
「当然でしょう。あなたのやっていることは、柊家の品位を.....」
「知るかよ、そんなこと」
真昼が飛ぶ。そのことによって征志郎の注意がそれる。
だから、そこから離れ、グレンのところへいく。
「彰哉」
「ごめんグレン。小百合を頼む」
「ああ」
自分は支えることができないから。それが分かっているから、グレンに頼む。
グレンもそれを理解している。だから何も言わない。
「俺はまだ試合があるから先帰っててくれ」
「わかった」
彰哉はそのままそこから離れる。
少しして、後ろから爆笑が起きた。
また守れなかった。
自分に力がないから。自分の力が足りないから。グレンや時雨、小百合が傷付いていく。
もっと力がほしい、守りきる力が。
と、あまり深く考えるといけない。
考えてはいけないほうへ向かってしまうから。
『一年五組・霧雨彰哉。前へ』
監督官が名前を呼ぶ。前に出る。
まぁほどほどにいこうか。
『始め!』
相手の呪術符が燃える。
小さな稲妻が現れ彰哉を襲う。入学式の日の朝に柊深夜が使っていたのと同じ呪術だ。
だが、発動スピードは遅い。
避ける。
また、相手の呪術が発動する。
炎が彰哉を襲う。
避ける。
その繰り返しだ。
「クズが!逃げてんじゃねーよ!」
そんな声が聞こえる。
無視する。
やがて相手が疲れ、動きが鈍くなった。
相手の懐に入り、腹に掌底を叩き込む。
「かはっ」
相手が空気を吐く。そのまま、相手の腹を蹴り飛ばす。相手が吹き飛ぶ。
さらに追い討ちをかけようと走る。
『それまで!勝者・霧雨彰哉!』
監督官が声をあげる。
どうでもいい。さぁ、帰ろうか。
彰哉は学校をあとにした。
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