「おめでとう。これがトキワジム勝利の証、グリーンバッジだ」
「ありがとうございます」
「いいバトルだったよ。初心者とはとても思えないほどだった」
「ビギナーズラックがまだ通用したんだと思います」
ゲームのドット画面やアニメで見覚えのある、葉っぱの形をしたバッジを受け取る。ぶっちゃけ少し重ためのピンバッジでしかないのに、なんだか特別感が凄い。これが本当の公式グッズの力か。
「そう畏まらなくてもいい。挑戦者は昨日だけで15人ほど来たが、バッジを渡すに至ったのは君が初めてだ。胸を張りたまえ」
「そうだったんですか?」
「ああ。何せ使うタイプが知られている分、相性頼りの戦術を仕掛けられることが多くてね。他のバッジを集め始めているトレーナーを相手にする以上、こちらが何の対策もしないわけがないだろう?」
「あー……」
それはそう、という言葉を飲み込んでいるうちに、視界の右端でその『挑戦者達』がばつが悪そうにそっぽを向いたのが見えた。
原則として公認ジムのジムリーダーは、チャレンジャー側の腕前を測るためのバトルをしてくる。だからゲームのように決まったレベルの決まったポケモンを、決まった数だけ必ず繰り出してくるわけではない。使用ポケモンの数、交代可能数、そしてアイテムはおろか使用する技の種類。ジム戦ではそれらに対する明確なルール(主にジムリーダー側へのハンデ)が定められていて、チャレンジャーの客観的実力(取得バッジ数や過去の大会出場歴など)に応じて決められる(だからバッジ数ゼロだった私は『初級①』という最も甘いルールが宛がわれた)。
つまり何が言いたいかというと、ジム側が「相手を打ち倒す」ことを目指していない以上、チャレンジャーが付け入る隙は大きいってことだ。先程サカキも言っていた弱点タイプのごり押し戦法や、回復アイテムを延々使い続けるゾンビ戦法などがそれにあたる。
が、当たり前だがそんな頭の悪い戦い方は、バッジ取得数が多くなるにつれて通用しなくなっていく。
何故かといえば、ジムバッジ8つで出場権を得られるポケモンリーグでは対戦相手の使用ポケモンは当然伏せられるし、交代の数も決まっているし、トレーナーによる回復・補助アイテムの使用も原則不可だからだ。となれば、初心者に許されていた無制限のポケモン交代やアイテムの使用は、バッジ数に応じて規制されていくのが至極当然。そしてその、本来ならあって当たり前の『
「サカキ様、少し宜しいでしょうか?」
何となく立ち去るタイミングを逃してそのまま立ち話に興じていると、ジムトレーナーではなく事務員の女性が小走りに駆け寄ってサカキに耳打ちした。絶妙に聞こえる距離と声量だったのでうっかりそのまあ立ち聞きしてしまったが、要は私の後のジム戦予約が急遽キャンセルになったらしい。
「ふむ……」
伝えることだけ伝えて足早に去って行った事務員を見送ることもなく、顎に手を当てたサカキは何か考えている風だった。が、あくまで『風』であったらしく、ものの数秒でこちらに視線を向けると、にこりと、それはもうにっこりという音が聞こえてくるような笑みを向けてきた。
なんかこう、背筋がぞわっとした。アーボックに睨まれたコラッタって多分こんな気分なんだろうな。
「君、マリステラ君といったな。この後時間は空いているかね?」
「……特に重要な予定はありませんが」
「それなら良かった。今の話が聞こえていたと思うが、私もこの後の予定が急になくなってしまってね」
そこで、とサカキが切り出したのは、今のジム戦とは別にもう一度バトルをしないかという提案だった。ポケモンの数は互いに1体ずつ。当然交代もアイテム使用もなし。そして、
「私が使うのは公式ジム戦ルール上級①、つまりジムバッジ7つ以上或いは他地方のポケモンリーグ予選出場経験を持つチャレンジャー向けのポケモンだ。レベル帯は40台。そして、この勝敗はジムバッジの取得可否に一切関わらない」
「完全に稽古ですね」
「そう取ってくれて構わないよ。なに、折角のタイミングだからね。見込みのあるトレーナーに私からの
本当かよと内心毒づきつつも、サカキの提案そのものは正直私にとって悪い話でもない。私は「ありがたいお話です。是非お願いします」と良い子のお返事をしつつ、「ちょっと作戦会議させてください」とフィールドから少し離れた。
「……というわけなんだけど、いける?」
一部始終をボールの中できちんと聞いていた相棒が、任せろと笑みを深める。これ以上の確認は不要だ。ボールに手をかけたまま再びフィールドに戻る。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
サカキは終始にこやかだ。スーツ姿なのも相俟ってただの紳士か実業家にしか見えない。これがカントー・ジョウトで幅を利かせるポケモンマフィアの首魁だってんだから恐ろしいことこの上ないってもんだ。
……おっといかん、集中集中。
「行け、サイホーン!」
審判の合図とほぼ同時にボールが投げられ、まるで岩そのもののような巨体が土煙を立てながら現れる。ずん、と空気が少し重くなった気がするが、きっとこれは気のせいだ。私がただ、勝手に気圧されそうになっただけ。
「どうした? やっぱりやめるかね?」
片方の口角だけをやや深めに釣り上げたサカキが問う。私は首を横に振って否と返した。ほんの少しだけ汗ばんでいた手で、右手のボールを握り直す。
「君に――――任せた!」
投擲。上下に割れたモンスターボールから光と共に現れる、サイホーンよりは華奢な躯体。鮮やかなマリンブルーの身体と突起が着いた灰白色の甲羅。短く小さなツノに対して首はしなやかに長く、穏やかそうな流し目が何処となく色っぽい。
「ラプラスか。これはまた珍しいポケモンだ、君は幸運にも恵まれているようだな」
「それはどうも――先手必勝、『なみのり』!」
「キュー!!」
高い声とともにどこからともなく潮流が現れ、フィールド全体を巻き込むようにしてサイホーンへと突っ込んでいく。ゲームであれば一撃必殺も十分に狙えただろうが、そう簡単に済んだらこの世にジム戦なんてものは不要になる。
「サイホーン、潜って避けろ!」
その巨体からは考えられないような速度で地中に逃げたサイホーン。そのままどうするのかと思って見れば、フィールドの水が引いたところから勢いよくそのまま飛び出してくる。身体は多少濡れているが、ダメージは殆ど無いようだ。
「たたみかけろ! 『ふみつけ』!」
「『しろいきり』で視界を塞げ! もっかい『なみのり』!」
「グォラウ!!」
「キュウン!」
瞬く間に立ちこめた濃霧により、狙いを定めそこねた足が文字通り空振る。二度目の波乗りを攻撃用ではなく移動用だと正しく理解した『ラプラス』が、上下する波に乗って悠々とサイホーンとの距離を取った。
「『みずのはどう』!」
「『ほえる』でかき消せ!」
『ラプラス』を中心に広がった波紋が、鼓膜に優しくない怒号でかき消される。こんな無効化ありかよと一瞬思ったが、僅かに記憶に残るアニポケでも普通にやりそうなことだったので文句をたれるのは諦めた。ていうかそんなことをしている場合じゃねえ。
サカキは最初に、使うポケモンのレベルは40台だといった。40台といっても40ぴったりと49では天と地の差があるが、恐らくあのサイホーンはせいぜい40を少し越えたところだろう。私の『ラプラス』とのレベル差は――少なく見積もっても10以上あっちが上。たとえ相性有利であっても、急所に一撃貰えば即戦闘不能だ。
「『しろいきり』と『なみのり』を切らすな! 距離を保ったまま『はどう』を撃ち続けろ!」
「キュウッッ!」
フィールドを規則性のない水流が支配する。水が弱点のサイホーンのただでさえ低めの機動力は更に奪われ、踏ん張って姿勢を保つことに意識を削がれていくのが分かる。『ラプラス』はゴムボールよろしくあっちこっちに泳ぎ渡りながら、『みずのはどう』を打ち付けていく。少しずつ少しずつ『ほえる』のガードが追いつかなくなり、徐々にサイホーンの身体に傷が増えていく。
「……なるほど」
時々『混乱』したっぽく視界がブレるサイホーンを、そのたびに腹の底から響く一喝で我に返していたサカキがふと独り言のように呟く。
「陸上適性の低いラプラスに常時『なみのり』をさせることで速度を補い、『しろいきり』でこちらからのデバフと視界を封じるとともに、そちらはヒットアンドウェイで着実にダメージを蓄積」
「…………」
「更にフィールド全体に水を撒くことで技の威力アップも狙えるだけでなく、こちらの電気技すらも封じている。この状態で『10万ボルト』でも撃てばこちらも感電してしまうだろうな。……上手い戦法だ」
「それはどうも」
良く言うよ。こっちの意図が全部バレてる時点で打開策も見破られているようなもんだ。
「その顔を見るに、この戦法の弱点も分かっているようだな。ではそろそろ一勝負と行こうか――サイホーン、『じしん』だ!」
「『なみのり』で跳べ!!」
「グルァオオウ!!」
「キューッ!!」
背骨の軸までブレるような振動がフィールド全体を覆い尽くす。追加の『なみのり』とタイプ相性によって致命傷は避けたものの、レベル差と技そのものの暴力により『ラプラス』も無視できないダメージを負った。が、食らう寸前に私の指示を聞き届けていた『ラプラス』は一際高く打ち上がった波に乗り、その体躯の3倍以上高く跳躍する。
「全体重乗せろ! 『のしかかる』!!」
「『つのドリル』で迎え撃て!!」
「ギュゥウン!!」
「グルァアアッ!!」
重い物と硬い物が遠慮も容赦もなくぶつかる、轟音とも爆音ともつかない衝撃波。こちらの方が意識ごと持って行かれそうになるのを、歯を食いしばって耐える。ばら撒いていた『しろいきり』と土埃のせいでフィールドがよく見えない。勝敗は……。
「キュ、ゥ……」
「……グァォ!」
ずしん、どしんと巨体2つが同時に頽れる。動かない。動かない。動かない。十数秒かそれとも数分か、呆然としていた審判が我に返るなり両手を挙げた。
「さ、サイホーンとラプラス、共に戦闘不能! バトルは両者引き分け!!」
は、とわざとらしい呼吸音が聞こえた。自分が息を吐いた音だと遅れて気づく。知らないうちに息を止めていたんだろうか。は、は、は、と悪夢から飛び起きたときのような、深呼吸のなり損ないを繰り返す。心臓がうるさい。吸って吐いて吐いて吸う。最後にふーっと息を吐き出して、ようやく鼓動も少し落ち着いた。
「大丈夫かい?」
「…………はい」
フィールドに倒れたままのサイホーンと『ラプラス』。審判の引き分け宣言からまだ数十秒も経っていないようだ。汗まみれの手で『ラプラス』をボールに戻し、吐息混じりに「お疲れ様」と声をかける。聞こえないかと思ったけど、ボールの中で本来の姿に戻った相棒は、ボロボロながらもパチンとウィンクを返してくれた。
「見事なバトルだった」
同じようにサイホーンを戻したサカキが、多分疲労困憊という顔をしているだろう私の正面に立った。
「油断したつもりはなかったが、相討ちに持ち込まれるとは思っていなかった。今日この時間だけで、私の予想が何度覆ったかわからないくらいだ。本当に、良いバトルだったよ」
「……ありがとう、ございます」
惜しみない、本当に惜しみない賛辞だった。恐らく嘘はひとつも――本当に奇妙なことに――ひとつも含まれていない。それが『トキワジムのジムリーダーとして』か『ロケット団の首魁として』か、そこまでは分からないけれど。
先程よりずっと素直にその褒め言葉を受け取れたのは、多分きっとそのせいだ。
「君の更なる成長と幸運を祈っているよ。道中気をつけて」
「ありがとうございます。……ええとその、サカキ、さんもお元気で」
『ラプラス』を戻したボールを左手に持ち替えて、汗を拭いた右手で握手する。がっちりと少し痛いくらいの力を込めてきたサカキの右手は、酷く硬く、そして熱く感じられた。
またいつか、とは言えない。ていうか多分、お互いのためにも出来ることなら二度と会わない方が良い。何故ってそりゃ、この男と今後カントーの何処かで『遭う』としたら、それはトキワジムのジムリーダーではきっとないわけで。
「マリステラさん!」
「リーフ」
関係者席から走り寄ってきたリーフは何故か感極まった顔をしている。そんなに感動的なバトルなんて出来ていなかったと思うけど、そしてサカキの提案に果たしてどんな意図があったのかまで本来考えないといけないんだろうけど、少なくとも彼女のためになったなら十分な収穫だと思うことにしよう。
嗚呼、嗚呼、それにしても。
頭の片隅がまだフワフワしている。甘いお酒を目一杯飲んだときの、足下が覚束なくなる感覚。酩酊感。もしくは高揚感。いや充足感?
………………うーん、そっかあ。
「楽しかったねえ、カフカ」
握りしめたままだったボールを目の前まで持ち上げて、私は自分でも信じられないような、それはもううっとりした声で囁いた。
《後書き》
後の話でオリ主に説明させる予定ですが、この世界に『技の使用制限数は4つまで』というルールは特にありません。
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・身長/体重:平均より高め/BMI正常域
・髪:灰色がかった銀髪ロングヘアのフィッシュボーン
・瞳:左右ともに黄色みが強いアースアイ
・特記事項:当然ながら『本物の』ラプラスは手持ちにいない
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.??
・ラルトス(フラウ):♀/Lv.18
・リザード(アシュラム):♂/Lv.17
○サカキ
・年齢:36歳(捏造)
・性別:男
・特記事項:オリ主への褒め言葉はちゃんと本心だがそれはそれとして、という感じ
○リーフ
・年齢:9歳
・性別:女
・特記事項:今は全てにおいて知らぬが仏