誰だって、自分を特別だと思っている。特別だと思いたい気持ちがある。
異世界に迷い込む少女。勇者の血を引く少年。若き天才。偉大な英雄。困難を切り開く冒険家。未来を変える科学者。最強で最高のポケモントレーナー。スタイルや功績は違えど、彼らは皆ヒーローだ。
夢を見ることは自由で、だから当然のようにみんな光り輝く将来を思い描く。口に出せば馬鹿にされることもあったけれど、大抵は「素敵だね」「きっと叶うよ」なんて明るい言葉が返ってきて、それでますます乗り気になった。
叶わない夢があることなんて知らなかった。
叶わない夢の方がずっと多いなんて、考えもしなかった。
■◇■◇■◇
「アシュラム、此処クリームくっついてるよ」
「ギャウ?」
「逆、逆。こっちの口の端」
「もんも」
「おっ、カフカありがと。ほらアシュラム、これで口拭いてごらん」
「ギャウ!」
「ん、取れた取れた。綺麗になったよ。ねえカフカ?」
「もん!」
「ラァルル」
「お? なに、一口くれるの?」
「ラル!」
「んふふ、ありがとフラウ。あーん」
「ラァル♪」
「ん、おいし。じゃあこっちもお裾分けしようね。ほれあーん」
「らぁる♡」
此処が天国か? ……なんて使い古されたボケは置いておくとして、現在(まだ)おやつタイム。甘いものを食べるとセロトニンが増えるらしいけど、そこにうちの子の癒やし効果が加わるとただの楽園になるわけだ。これはそのうち癌にも効くようになる。個人的には認知症にも効いて欲しい。私は癌より何より認知症が怖い。
さて。
こうやって呑気にデザートを貪りつつチラチラ店の出入り口に目をやるものの、勢いよく出て行った某少年が戻ってくる気配はない。ぶっちゃけそこまで期待はしてなかったので、半端に残ったコーラのグラスをさっさと下げて貰うことにした。
「どーすっかねえ」
どうするか、というのは当然ながらこの後の動き方である。私は某、いやウアリ少年の「食事を奢る」という言葉を受けてこの店に来たわけだが、ぶっちゃけ彼がいようがいまいが此処で昼食をとることは決めていたからそこは別に構わない。のだが、申し訳程度に彼が頼んだドリンク代は話が別だ。頭に血が上っていても金のことはしっかりしといてくれと心底思う。
とはいえ。そう、とはいえ、だ。
正直ワンコイン程度ではあるし(原価考えれば十分高いけど)、此処でジュンサーさんに話を持ち込んで事を荒立てることはデメリットも大きい。今更彼の恨みを買うことを躊躇う気はないとはいえ、仮に被害届を出すとしたらこの後数時間は拘束されてしまう。
そして仮にそれをしたところで、手元に帰ってくるのはワンコイン。時給換算すると残念なことこの上ない。
勿論、幾ら金額が微々たるものとはいえ、食い逃げつまり無銭飲食は詐欺罪に含まれる。今後彼が悪気なく他の相手に同じ事をする可能性を考えれば、今のうちにさっさとお灸を据えて貰うのは社会的に正しい。
その一方で、そもそも此処での『奢る・奢られる』は口頭でのみ取り交わした約束事であり、客観的に証明する術がない。最悪、彼の方が「アイツ(私)が奢るって言うからついていった」としらばっくれることも出来るわけだ。そうなると話は泥沼になるわけで、最悪ワンコインすら返ってこない可能性も出てくる。第三者が目撃者として出てくれば話は別だが、これはあまり期待しない方が良いだろう。
ううん、考えれば考えるほどメリットが薄くデメリットがデカい。どうしたもんか……。
「ん?」
おもむろに入口の方がざわついたのが分かって、ちらと視線を向ける。ただ客が入ってきたにしては騒がしいなと思ったが、その顔を見て納得した。2人組の1人は薄汚れた白衣を纏った見知らぬ壮年男性だが、もう1人は数時間前にバトルしたこの町のジムリーダーだ。あまりこういう店で食事をとるイメージはないから、地元民的にも珍しいんだろう。
「へ?」
不意に目が合ったと思えば、何故か真っ直ぐこちらに歩いてきたジムリーダーもといタケシ。なんだなんだと周囲の視線も自然とこっちに集まってくる。いや本当になんだ。
「よかった。まだこの町にいてくれたんだな」
「……さっきはどうも」
ジムリーダーそして年上に座ったまま会釈だけというのも失礼なので、一応立っておく。
あ、いいよカフカお前は立たなくて。いいから大人しくパフェ食べてなさい。アシュラムとフラウもそのまま座ってていいから。ああうん、挨拶出来て偉いねほんと。
「礼儀正しい子達だな」
「可愛いでしょう?」
「ふっ、はは!」
それはそれとしてうちの子褒められるのは嬉しいのでドヤ顔しておく。これ分かる人結構いると思うんだけど、他人に身内を褒められたときに「うちのなんて全然大したことないですよー」みたいに返すの私嫌いなんだよね。それ謙遜じゃなくて貶してるだけではっていつも思うのよ。そこは素直に受け取っとけよっていうね。
「はははは! ああ、そうだな……っく、はははは!」
「そんな笑います?」
「いや、すまん……く、ふふっ。なにぶん一度ツボに入るとなかなか抜けなくてな」
さいですか。
「それで、何かありましたか?」
ジム戦は恙なく終わったし、仮にジム戦関連だとしたら同伴者がミスマッチだ。はてさて一体何の用なのやら。
「食事中にすまないな。少し時間を貰ってもいいか?」
「大丈夫ですよ。取り敢えずそっちの席どうぞ」
ウアリ少年が座っていた向かいとその隣を指す。私の真正面に座ったのは見知らぬ白衣男性の方だった。一応メニューを差し出してみるが、「すぐ済むから」と2人して断られる。
「まず紹介させてくれ。こちらはテンロ博士、ニビ科学研究所所属の研究者だ」
「初めまして」
「ご丁寧にありがとうございます。マサラタウンのマリステラです」
ニビ科学研究所っていうと、ニビ博物館の隣に建ってるアレか。一般人は基本的に出入り不可だから、存在自体は認識してたけど当然入ったことはない。
「私は普段『つきのいし』と、それを使って進化する――分かりやすい例を出すならピッピやプリンですね、そういったポケモンの研究をしています」
「というと、博物館にある大きな『つきのいし』は」
「はい。私も発掘に携わっていました」
思ったより大物が出てきたな。
「何が『携わっていた』だ。現場の指揮監督だったくせに」
「現場で指揮をしただけの下っ端ですよ。研究所では若手の部類ですしね」
恐らく親子ほど年が違うだろうに、タケシのテンロ博士に対する態度は気安い。彼自身もおつきみ山の発掘作業に協力することがあるらしいから長い付き合いなんだろうが、テンロ博士の身分を考えるとちょっとばかしヒヤッとする。器が小さくて申し訳ない。こちとら前世から引き続いての凡人だから許してくれ。
「それで、ご用件は?」
テンロ博士はぱっと見、トキワ総合病院のオフィウ先生と同年代くらい。ただオフィウ先生は年齢の割に老けているというか覇気が薄くて年嵩に見えるので、それと同じくらいってことは大体40代くらいだろうか。
「突然伺って申し訳ない。実は君と君のポケモンに少しお願いしたいことがありまして」
「お願い?」
「ええ、まずはこれを見てください」
そう言ってテンロ博士が取り出したのは1冊の雑誌だ。厚さはそこまででもないが、恐らく何かの細胞の模型らしいものが色鮮やかに表紙を飾っている。
「ポケチャーの最新号ですか」
そういえば今日って木曜日だったな。
「ご存じでしたか」
「オーキド研究所で定期購読されてるので」
ポケチャーとは、ポケモンに関するあらゆる研究の最新情報や、時に奇抜な論文が掲載される週刊の科学雑誌だ。私はそこで使われている専門用語や理論を自力で読み解けるほど造詣が深いわけじゃないが、毎月別に出ているダイジェスト版にはなるべく目を通すようにしている。
……まあ、それでも分からないことばかりなので片手に百科事典は必須だし、最終的にオーキド博士に泣きつくまでがワンセットだが。
「話が早くて助かります。実は今日掲載された記事の……これを見てください」
論文じゃなくてニュースか。
「『カロスより提言された新タイプ、正式認可なるか?』」
……あー、これなんか聞いたことあるな。確か半年くらい前にオーキド研究所でも結構話題になってた記憶がある。ええと確か、
「フェアリータイプ、でしたっけ?」
「その通りです」
満足げに頷くテンロ博士。
「フェアリーというタイプが学会で話題になり始めたのはこの1年ほどです。元々エスパーやノーマルに分類されていたポケモンの一部が、どうもそれらの単タイプと異なる相性を持っているらしいというのが始まりでした。ただ最近まで存在自体が議論されていなかったというのもあり、データを集めるにも少々骨が折れる状況でして」
そりゃ確かに、最近までいるいないどころか『ないもの』として議論にも登らなかったんだからそうなるよな。今じゃだいぶ浸透したけど、鋼や悪も提言されてから正式に認められるまで数年かかってるし。
「ただ今週号の情報にはフェアリータイプ候補とされたポケモンや技のリストが公開されていたんです。そこにはピッピやプリン、比較的近場だとジョウトやナナシマに生息するマリルも含まれていたんですが、その……」
「サンプル足りないんですね」
「その通りです」
プリンもピッピも数自体が多くないし、特にピッピは山の奥深くまで潜らないとなかなか見つからない。特に近年は例によってロケット団が何度か乱獲を試みており(幸い全て失敗してるようだが)、これまでより更に山の奥地へと逃げてしまったようだ。
つまり何が言いたいかというと、ロケット団はギルティ。これに尽きる。
あ、ちなみに月曜のアレは心優しいニビ地元民によって原則秘密にされており、観光スポット扱いは一切されていないのでそこは安心されたし。私もオーキド博士から旅の思い出話で聞かなかったら、ゲームの記憶を掘り起こすことなく忘れ去っていただろう。
「そこでお願いなのですが、君のラルトスに少し協力を頼みたいのです」
「フラウに?」
「……ラル?」
自分の名前が出されたことで、フラウがガトーショコラを飲み込んでから首を傾げた。口の中にものがあるうちは喋らないとか、本当にこの子はその辺の令嬢より『
「はい。実はフェアリータイプ候補リストにはラルトスも含まれてまして」
「え? …………あ、ホントだ」
知らないものもかなり多いが、ずらりと並んだポケモン達の名前の中には確かにラルトスが入っていた。進化形のキルリアとサーナイトもだ。
「エルレイドは入ってないんですね」
「ええ。エルレイドはエスパー・格闘複合であることが確定してます」
「あ、そっか」
まあエルレイドが必要って言われても困るし別にいいか。うちのフラウは(結果オーライではあるが)名前の通り女の子だから、エルレイドには逆立ちしても進化できない。
「私、というか我々はフェアリータイプは存在している、認可されて然るべきと考えています。そのためカロスの研究所への支援として、カントーに存在するフェアリー候補のポケモンのデータサンプルが欲しい。ただ先程も言ったとおり、ピッピやプリン、特にピッピやその系列のポケモンは現状データを取るのが難しいんです」
ロケット団のせいですね、わかります。
「なるほど、それでフラウに代わりを」
「その通りです。ラルトスが覚える『チャームボイス』や『ドレインキッス』はピッピも使えますから」
「具体的な方法は?」
「私をはじめ、研究所の職員が用意したポケモンとバトルをしていただきます。バトル中は映像だけでなく様々なデータを取りますが、ポケモンに何かを取り付けたり、何かを服用して貰ったりといったことはありません。バトルに関しても、今お伝えした技を積極的に使うことと、逆に変化技を使わないこと以外は特に縛りはありません。勿論ですが、バトルの賞金とは別にお礼もしますので」
「……だってさ。フラウどうする? やってみる?」
ガトーショコラの最後の一口をもぐもぐしつつもちゃんと話を聞いていたフラウは、私の問いに対し待ってましたとばかりに「ラルッ!」と元気なお返事をした。うん、本人が乗り気ならいいか。
「分かりました、その話受けます。今から研究所に行けばいいですか?」
「ああ、よかった! よろしく頼みますね!」
「こちらこそ。貴重な機会をくださりありがとうございます」
「テンロ博士、その実験はオレも立ち会っていいのかな?」
「勿論ですよ!」
俄にテンションを上げて子供のようにはしゃぎ出すテンロ博士から視線をずらすと、苦笑いを浮かべたタケシと目が合った。多分私も似たような顔をしていたんだと思う。オーキド研究所でも度々見てきたけど、研究職の人ってこういうとき凄くハイになるよね。
「それじゃ、早速行きましょう。前払いとして此処でのお食事代はお支払いします」
「へ? いや、それはいいですよ。飲み食いしたのこっちだけだし……」
「経費で落ちますので、ご心配なく。さ、早く行きましょう! さあ!」
「あー、すまん。ここは気にしないで奢られてやってくれるか?」
「……ありがとうございます。ご馳走様です」
なんか悪い気しかしないけど、本人達が此処までいうならまあ良いか。
と、そんなこんなで私はタケシと共に、午前中去ったばかりのニビ博物館方向へとドナドナされていくのであった。ちゃんちゃん。
《用語設定》
○ポケチャー(Pocketure)
・概要:『ネイ○ャー』にあたるポケモン専門科学ジャーナル(週刊)。設立拠点はガラル。カントーでは毎週木曜日に発売している。内容は論文メインにポケモン科学関連のニュースやコラムなど多岐にわたる
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・特記事項:食い逃げ少年のことは完全に忘れている
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.33
・ラルトス(フラウ):♀/Lv.19
・リザード(アシュラム):♂/Lv.22
○タケシ
・年齢:14歳(捏造)
・性別:男
・特記事項:一度笑い出すとなかなか止まらないタイプ(ゲーム公式設定)
○テンロ博士
・年齢:43歳
・性別:男
・名前の由来:おおいぬ座の一等星シリウスの和名『天狼星』から
・特記事項:ニビ博物館に併設された研究所の学者。専門はポケモン進化学