「おはようございます」
「もーん」
ミドリさんが管理するポケモン保護施設、通称『隠れ里』の手伝い2日目。初日は彼女手伝いは、私がプライバシーやお金周りに関わらない肉体労働を主に引き受ける形でそれなりに上手く回ったと思う。
合間合間でポケモン達の面倒を見たり遊び相手になるため仕事が中断することも多かったが、そんなに手こずることもなかった。一応野生扱いではあるものの、ミドリさんがその辺最低限の躾をしていたことも大きい。あと私自身、オーキド研究所で初めましてのポケモンに応対することも多かったからそこまで気負うことは無い。
「おはよう、マリステラちゃん。今日もよろしくね」
「よろしくお願いします」
部屋のクッションでは相変わらずケーシィが寝ていて、それ以外のポケモン達がまだ朝食を食べたり、食べ終えて暇を持て余したりしている。コロコロと足下に転がってきたサンドの口元に食べカスがついていたので、ちょいとハンカチで拭ってあげた。きょとん顔でこちらを見上げてくる、ネズミらしいまん丸の眼が可愛らしい。
「友達と遊んどいで」
ボールから全員出してやると、うちの子達はそれぞれ特に仲良くなったらしいポケモン達の元に近づいていく。すると彼らの接近を待たず向こうからも何匹か駆け寄ってきて、あっという間に和気藹々とした空気が広がった。可愛い。癒しが過ぎる。
「リルっ!」
「ん? ああ、外で遊ぶのか。行ってらっしゃい。なんかあったらすぐ呼ぶんだよ」
「リーアッ」
「ギャウ!」
片手を挙げて良い子のお返事をし、フラウとアシュラムが他のポケモン達と連れだって庭に出て行く。フラウはアシュラムに対してそうだったように元々面倒見が良いし、アシュラムもアシュラムで自分より小さなポケモン達を構うのが楽しいらしい。無理強いするつもりは無いけど、ああやって率先して相手をしてくれているとこっちは仕事に集中できるので正直助かる。遊ぶのも息抜きになって良いんだけどね。
「シィ」
「おっ。おはよ。お腹空いたでしょ、ご飯用意するからね」
そんなことを考えているうちに、定位置らしいクッションから起き上がっていたケーシィに袖を引っ張られた。18時間の睡眠からようやく目覚めたようだが、まだ眠そうに目を擦っているのが可愛い。軽く頭を撫でても嫌がられることはなかった。まあこの程度が嫌ならシャンプーの時点で大戦争になってただろうけども。
「ナゾ」
「君達もお出かけ? 気をつけて行っておいでね」
「ナーゾ!」
例によってスライムナイトよろしくベトベターに乗ったナゾノクサが、あっち、と裏口ではなく正面の扉を指さす。昨日の反省を踏まえ、ちゃんと
「すっかりみんなと打ち解けたわね」
「お陰様で」
ぶっちゃけたことを言うと、オーキド研究所に来るポケモンは結構クセの強い子が多かった。それに比べたら、この施設のポケモンはみんな大人しくて協力的だ。非常に助かる。
「多分分からないと思うけど、この子達って本当はもっと慎重で臆病なのよ。いつもなら知らないトレーナーどころか、その手持ち達まで警戒して距離を取るのに」
「そうなんですか?」
とてもそうは見えないけど。
「それだけ貴方が気を許して貰ってるってことよ」
だとしてもその下地を作ったのはミドリさんだし、私が何か特別ってこともないだろう。強いて言えば、私の方がミドリさんより小柄だから(20歳と11歳なら流石に体格差がある)、彼女より更に威圧感が無いってだけじゃないかな。それに、
「仲良くなれない子もいますし」
ちろりと視線を向けた先は、奥の水槽。療養中のヒンバスがいつもいる場所だ。まだ2日目されど2日目。何度かこちらからコミュニケーションを取ろうとしてみたが、目が合うだけで逃げられてしまうので本当にどうしようもない。最初のように水をかけられないだけマシなんだろうけども。
「まーうちの相棒が代わりに上手くやってるみたいですけどね」
いつもオブジェの奥に隠れ潜んでいるヒンバスだけど、今は珍しく見える位置まで出てきている。そして私の左肩から降りたカフカが、ガラスにぺったり張り付くようにして何事か話しかけているようだった。
身振り手振りを交えたにこやかなカフカと違って、ヒンバスの表情はまだ少し硬い。が、それでもとりわけ嫌がってはいないようで、時々小声で何か返したり鰭を動かしたりしているのが見えた。
「ハピィ?」
何のお話をしているの? とばかりに仕事が一区切りついたらしいハピナスがふたりに近寄っていく。カフカは勿論だが、ヒンバスも特に彼女を拒むことなく話の輪に入れた。身体が小さい分身体全体を使って何かを表現するカフカに、ハピナスはうんうんと楽しそうに頷き、ヒンバスは戸惑いながらもチラチラとうちの子に視線を寄越している。稀にだが笑顔も浮かべていて、やっぱり相性は悪くないらしいと分かった。
「見てるだけで元気が湧いちゃうわね」
「分かります」
可愛いは世界を救うしやがて癌にも効くようになるって偉い人が言ってた。
「もんもー!」
「んー?」
相棒が「こっち来てー!」と手招きしてくる。ハピナスはまだしも、ヒンバスは私が近寄って大丈夫かと少し逡巡した。が、普段そういう気遣いを欠かさない(なんなら私より気を回す)カフカが敢えて呼ぶなら多分大丈夫だろう。ミドリさんも無言で頷くので、ひとまず行ってみることにする。
「どったのカフカ、何かあった?」
散々視線を逸らされてきたので、怯えさせないようヒンバスの方は極力見ない。カフカはにっこり笑うと、ぴょんと私の腕に飛び乗った。そのままするするといつもの場所に収まるかと思えば、何を思ったか中腰になった私の背中を滑り降り、髪を縛っていたゴムをほどいてしまった。
「あ、こら」
折角編んでいたフィッシュボーンがあっという間にほどけてしまった。急に何するんだと叱ろうとしたが、カフカは悪びれることなくニコニコしている。
この子は『へんしん』を使った悪戯は好きだけど、こういう類のことは早々やらない。何か意図があるのかと首を傾げていると、カフカはぴょんと水槽を持ち上げている棚の上に登った。何故か手に私の髪を一房捕まえている。
「もんも! もんもんも、めったもぉ!」
何をするのかと思えば、そのまま髪を水槽にくっつくほど近づける。見ないように気をつけていたのに、カフカの勢いに押されるようにやった視線は呆気なくヒンバスとかち合った。
逃げられるかなと思ったが、ヒンバスは逃げない。ただ酷く戸惑ったように、カフカと私を見比べて黒目を忙しなく動かしている。対するカフカは相変わらず笑顔だ。髪の毛も捕まえたままで、もう片方の手でヒンバスの方を指さしている。
「もー?」
「んー?」
同意を求めて私を見上げるカフカ。指し示す先のヒンバス。近くで見るとやっぱり可愛い。ピカチュウやイーブイみたいな分かりやすい正統派ではないけど、何とも言えない愛嬌と素朴さが合わさった絶妙な可愛さだ。薄紫の鱗も綺麗に並んでいるし、ゆらゆらと上品に揺れている銀灰色の鰭は夜の雪みたいで、…………あー。
「めったぁも!」
「んっふふ、そうだね」
話が少し逸れてしまったが、つまりカフカはこう言いたいわけだ。
「君の鰭と私の髪、おんなじ色のお揃いだ」
この世界の人間の髪色(とヘアスタイル)はポケモンに負けず劣らずバリエーション豊かだけど、それでもやっぱり黒髪や茶髪が多くを占める。特にカントーでは金髪はあまり見かけないし、それ以外の髪色はもっと珍しい。
ちなみに私の銀髪(断じて若白髪ではない)は父譲りで、父親はその母、つまり父方祖母からの遺伝だったりする。それより前の世代はよく知らない。お祖母ちゃんは実家の、本家? とは微妙に距離取ってるようで詳しい話を聞いたことがない。
「もんもーっ」
健気にも彼女と私の共通点を探してくれたらしい。まったく、私の相棒は健気で優しい良い子だこと。よしよしこっちおいで、いい子いい子してあげようね。
「…………」
ところでヒンバスはというと、水の中でカチンと固まってしまった。嫌がられたかと束の間焦ったが、彼女は鰭やエラの動きを止めたままその体色を見る見る変化させていく。上品な薄紫色の身体に朱色が差して、その色が全身を覆っていく。
あ、これもしかしてアレか。嫌がってるんじゃなくて照れt
「――――ヒィンッ、バッッ!!」
「ぶはっ!」
昨日より盛大な音を立てて水が跳ね、顔面にぶつかってきた。結構な勢いだったお陰で地味に痛い。髪や顔どころか上半身もしっかり塗れてしまい、ついでに相棒も水浸しだ。
「まあまあ! 大丈夫かしら?」
「あは、全然大丈夫ですよ。水被っただ……痛っ!」
「もん!?」
左の下瞼辺りに嫌な痛みが走り、反射的に手で覆った。少し動かすだけで眼窩にゴロゴロとした感覚が走り、生理的な涙が溢れてくる。
「マリステラちゃん!?」
「……すみません、洗面所お借りしていいですか?」
「勿論よ。ひとりで大丈夫?」
「はい。ちょっと失礼しますね。……カフカ、悪いけど手伝ってくれる?」
「もんも!」
相棒が素早く
「ヒンバス」
先程までより更に強張った表情は心なしか青褪めてさっきまでの朱色が嘘みたいだ。もしかしたら震えてるのかも知れない。そんな動揺するようなことじゃないのに。
「私は大丈夫。ちょっとゴミ入っただけだよ。別に怪我もしてないし、こんなんじゃ風邪も引かない。だから大丈夫」
「………」
「この眼だって洗えばすぐ治るし、すぐ戻ってくるから。ね?」
「………………ヒン」
か細くか細く返事をしてくれたヒンバスに殊更しっかり笑い返し、今度こそ洗面所に向かう。今はとにかく眼を洗わないと。ミドリさんらしく整頓された洗面所で洗面器をお借りし、洗面器に水を張る。髪は適当に首後ろで束ね、顔ごと水に浸けて何度も瞬きした。
っあ゛ー、こういうとき学校のプールにあった眼洗い用の水道あれば良かったのに。あ、でもアレって今は撤去傾向にあるんだっけ? あと腰から下を消毒する塩素強めの洗い場も。公営プールに通う習慣は前も今もないけど、こっちの世界はどうなんだろう。……どうでもいいな。何考えてんだ我ながら。
「めったぁ?」
「……んー、なんかちょっとまだ違和感あるかも」
強い痛みは消えたが、まだゴロゴロして気持ち悪い。瞼を限界まで上下に引っ張ってみたが、鏡越しにゴミは視認できなかった。これはもう取り外して洗った方が良いな。
「カフカ、タオル用意しといてくれる?」
「もぉん」
左の眼窩にはめていた膜を外し、もう1回水に顔を浸ける。暫くそのまま瞬きしていると、ようやくゴロゴロした違和感が消えてくれた。あースッキリした。紙で指切るとかも嫌だけど、個人的には眼に異物が入ったときのこの痛みが一番嫌かも知れない。
「もんも」
「ん、ありがとカフカ」
取り外したものをさっさと付け直し、すっかりびしょ濡れになった顔と前髪を拭く。服も結構濡れたけど、着替えどうしようかな。正直このままでも良いような気がするけど。
「マリステラちゃん、入っても良い?」
「はい」
自分の家なのにわざわざノックしてくるなんて奥ゆかしい。ミドリさんは私の荷物から着替えを取ってきてくれたそうで、それならとありがたく受け取って塗れた上着を取り替える。……脱いでみてようやく分かったけど本当に結構塗れてるな。あとで乾燥だけさせて貰おう。
「ヒンバスがごめんなさいね、マリステラちゃん」
「いや、私がちょっと揶揄いすぎたんですよ」
というか、この程度の悪戯はみずタイプのポケモンあるあるなのでいちいち気にするようなことじゃない。昔オーキド研究所で一時保護していたラプラスのゴゼンなんか、最初威嚇で『オーロラビーム』(スーパー手加減モード)ブッパしてきたからな。
「寧ろ、こんなことであんなに気に病んじゃう方が心配になります。あの子、あんまり良い環境にいなかったんですね」
みずポケモン手持ちに入れて、水浸しになったことが無いトレーナーなんているはずが無い。カントーに生息していないというヒンバスがカントーの施設に預けられている時点で何となく分かっていたけど、きっとヒンバスのトレーナーはろくでもない奴だったんだろう。
無言で、それでいて痛ましい表情を浮かべるミドリさんの反応が、独り言のような問いへの答えそのものだった。
「……ヒンバスの、前のトレーナーのことは分かってないの」
数十秒か数分か、重たい沈黙の後口を開いたミドリさんの声は暗い。沈痛な面持ちも相俟って、何の変哲もない洗面所の空気が淀んだ気さえする。
「ポケモンセンターの前に、壊されたモンスターボールと一緒にボロボロの状態で捨てられていたそうよ。丁度今から1ヶ月くらい前のことね」
「一番ろくでもないパターンですね」
自分の体調や環境の変化などで、どうしても手持ちと一緒にいられなくなったトレーナーが渋々ポケモンを手放すことは当然ある。こういったトレーナーは無責任にポケモンを捨てたりせず、自分で次のおやを探したり、ポケモンセンターを通じて公的な施設に後を託すことが殆どだ。だから問題になることは殆どないし、法的に引っかかることもない。
あとはトレーナーの中には、捕まえたポケモンの特性や覚えている技なんかをチェックした後、自分の求めていない個体を逃がすタイプが一定数いる。
ただ、これはゲームの廃人がやってる『厳選』に近いもので、本気で強くなりたいトレーナーが資質の高いポケモンを求めることはある程度許容されている。特にゲットされてすぐであればポケモン側もトレーナーに愛着など無い場合が殆どなので、この段階で手放す(敢えて『捨てる』とは表現しない)のであれば特に問題は発生しない。勿論眉を顰める関係者は多い行動だけど、理解を示す人もいるという感じだ。
ポケモンにとっても後から対処する人間にとっても一番厄介なのが、未熟なトレーナーや悪質なブリーダーが手に負えなくなったポケモンを捨てていくパターン。これがとにかくタチ悪い。
こういった状況で捨てられたポケモンは手持ちでいた期間で満遍なく人間への不信感を植え付けられていて、別のトレーナーはおろかジョーイさんすらなかなか近づけない状態であることも多いのだ。更に劣悪な環境に置かれていた場合、感染症にかかってたり怪我をしていたり、最悪の場合は一生残る障碍を背負わされてしまっていることすらある。
つまりヒンバスは、有り体に言えばそのトレーナーガチャを大きく外しちゃったんだろう。……不幸中の幸いか今は随分回復してるし、人間そのものに対しての悪感情はそこまででもないみたいだけど。
「ヒンバスというポケモンはね、数はとても少なくて珍しいけど身体が丈夫なポケモンなの。だからそうそう病気になんてならないし、自然治癒力も高いから怪我だって多少のものならすぐに治るわ。でもセンターが保護したとき、あの子は生死の境目を彷徨っていたそうよ。容態は何日も安定せず、体重は平均の7割だったと聞いているわ。何より複数の感染症にかかってて、最初の2週間は体力が落ちるのを覚悟で強い抗生物質を使わざるを得なかったんですって」
「最悪」
聞いてるだけで胸糞悪い。うっかり舌打ちも漏れてしまった。
「ヒンバスってホウエンのポケモンなんでしたっけ。珍し物好きのボンボンが大枚はたいて買い取ったけど手に余って捨てたってところでしょうか」
「恐らくそうでしょうね。残念だけどそういう人は何処にでもいるし……何よりヒンバスは、ヒンバス自身よりもその進化形がとても人気だから」
「進化形?」
ヒンバスって進化するんだ。初耳。
「ミロカロスと言って、とても神秘的で美しいポケモンになるのよ。進化前と後のギャップはコイキングと同じくらいかしら。本当に綺麗なポケモンで、ホウエンやシンオウのコンテストでミロカロスが出場しないものはないとさえ言われているくらい。特にあの子は色違いでもあるし、人によってはお金に糸目はつけないでしょうね」
へー色違いだったんだ。元の色知らないからピンとこないな。オーキド研究所に写真資料あるかな。今度帰ったら聞いてみよ。
「……つまり、前のトレーナーはその、ミロカロス? 目当てでヒンバスを何らかの方法で手に入れたけど、結局育てきれなかった?」
「ええ。ヒンバスは確かにミロカロスになるけど、単純にレベルを上げているだけでは駄目なの。トレーナーがヒンバスの時からその美しさを限界まで引き出す必要がある。それも育て屋やブリーダーに任せるのではなく、ヒンバスのおやになったトレーナー自身が手がけなければいけないわ。一応他にも『きれいなウロコ』という道具を使う方法はあるけど、とても高額な上に稀少だし……きっとそのトレーナーは、そういう手間や愛情をかけることが出来ない人だったのね」
「……気の毒に」
あ、勿論そのカストレーナーじゃなくてヒンバスがね?
詳しい経緯までは推測の域を出ないが、故郷から遠く離れた場所にたった1匹連れてこられた挙げ句こんな目に遭うなんて酷い話だ。ミドリさんに預けられた今は心穏やかにしてるみたいだけど、此処だっていつまでもいられるってわけじゃない。
……ホウエン、ホウエンかあ。
「ミドリさん」
「何かしら?」
「ヒンバスの世話、此処に来てる間は私がやってもいいですか? あ、勿論投薬とか触診とか、専門知識が必要なところ以外で」
部外者があまり首を突っ込むのはと思ったけど、事情も聞いちゃったんだから多少は許して欲しい。サトシ君みたいにはとても出来ないってことは当然分かってるけど、私だってトレーナーの端くれ。身勝手を重々承知で言えば、ポケモンにはなるべく人間を嫌わないでいて欲しいのだ。
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・特記事項:髪色・髪型イメージはヴァ○キリー・プロフ○イルの主人公レナス
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.35
・キルリア(フラウ):♀/Lv.28
・リザード(アシュラム):♂/Lv.29
○ミドリ
・年齢:20歳(捏造)
・性別:女
・特記事項:同性の子供相手でも身支度中に乱入はしない