主人公じゃない私のポケモンワールド異聞録   作:時緒

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21.「君の笑顔が見たいんだ」なんて気障すぎる?

というわけで(どういうワケだ)、責任者のミドリさんの了解を経て『ヒンバスと距離を縮めよう作戦』(我ながらネーミングセンスが終わってる)を敢行したわけだけど、すぐに劇的な変化があるかと言えば、ぶっちゃけあるわけがなかった。

幸いヒンバスは世話をする人間が私に代わっても抵抗は見せず、大人しかった。指示にもちゃんと従ってくれたし、ましてや水をかけられることもなかった。が、正直そんなのは最低ラインの話で、『気を許された』とするにはとても足りない。

 

ただ、あまりリラックス出来てないようなので「ミドリさんと代わろうか?」と何度か聞いたが、それは拒否された。喜ぶところなんだろうけど、忙しいミドリさんのことを気にしてるだけじゃないかと言われればそんな気しかしない。一応「私のこと嫌いならそれで良いんだよ?」と言っても拒否されたので、そこまで嫌がられてはないようだけど。

 

とにかくまあ、前途は多難……とまではいかなくとも洋々ではないって感じ。

 

これが私じゃなくてサトシ君なら向こう見ずなほど直向きにポケモンとの距離を詰めてなんやかんや心を開けそうなもんだけど、アレの真似をしろと言われても色んな意味でキツい。あっちは10歳でこっちは11歳+αの■■歳、あっちは世界の台風の目たる主人公でこっちは本編前日譚のエキストラ。今後メインシナリオにモブとして出るかも怪しい人間に、主人公と同じ動きをしろと言われても流石に無理があるってものだ。

 

が、生憎とこの世界にサトシ君はいないし、2年後にカントー中の話題を掻っ攫うだろうレッドとグリーンはまだ正規トレーナーですらない。だから無い物ねだりをしても仕方ないのだ。「あるもんで最強の闘い方探ってくんだよ」と、かのヒル魔こと蛭魔妖一も言っている。いや別にヒンバスと戦ってるつもりなんざ無いけども。

 

「それじゃ、今日はこれで失礼します」

「もんもーん」

「ええ、お疲れ様マリステラちゃん。今日も助かったわ」

「恐れ入ります。お疲れ様でした」

 

何はともあれ、今日でお手伝い3日目が無事終了。何をもって無事とするかは人によるが、私は「大きなトラブルが起こらなければ無事」としている。あと何日かはこのまま滞在予定だし、その間に一区切り付けたいところだ。

 

「……っと、さっすがフラウ。今日もありがとね」

「リルッ」

 

ハナダシティと保護施設の行き来は、基本的にフラウの『テレポート』で行っている。私の移動がきっかけで保護施設の場所が良からぬ連中にバレるリスクと、あとは移動時間の削減だとか色々考えた結果だ。

『テレポート』の移動距離はポケモンの種類や個体によるそうだけど、うちのフラウの場合は大体トキワ・ニビ間程度の距離であれば特に問題なく移動できるようだ。非常にありがたいので今後もちょいちょいお願いするとしよう。

 

ちなみにゲームだと戦闘離脱か、屋外で使えば最後に立ち寄った街にワープ出来るだけだった『テレポート』。現実だと当然屋内だろうとダンジョン内だろうと使用可能だ。お陰で『あなぬけのヒモ』は今後大幅に出番を減らすことになる見込み。予算削減という意味でも非常にありがたい。やっぱエスパーってチートだわ。

 

「ん?」

 

抱きついてきたフラウを抱えて少し離れた場所にあるポケセンに向かう(流石にゲームのように入り口前には飛べない。能力的な問題ではなく通行人と接触事故が起きるため)。すると受付で誰かが事務員さんと揉めているのが目に入った。

別にその程度のことなら日常茶飯事……とまではいかなくても特段珍しくない。接客業の大変さはポケモンワールドであっても同じだ。

 

だから気に留めるほどのことじゃないはずなんだけど、客はまだしも事務員さんの表情が遠目から見てもあまりに剣呑で、それは正直とても珍しかった。だからうちの子を近くにいたラッキーに預けがてら、つい彼らの一方的な言い争いを右眼の端で見てしまう。

 

「だぁーかぁーらぁーッ!」

 

バンッ、とカウンターを両手で叩きながら、身を乗り出す客は後ろ姿しか分からない。ただ背丈はそこまでではなく背中も肉が薄くて、草臥れてだぼついたスウェットを着ているというか着られているという感じだ。その割に靴の方はあまり汚れてないのと、カウンターを叩き続ける手が生白いことから、あまり外に出る習慣があるタイプではなさそうだ。

 

「ボクは部外者じゃなくてそいつのトレーナーなのぉ! トレーナーが手持ちの居場所を教えろっつってんのに、なぁーにが『関係者以外には教えられません』だっつのぉ!!」

 

……盗み聞きの意図がなくても会話が耳に入ってくるのはこの場合良いことなんだろうか。

 

「ですから、その日預けられたポケモン達は本日までに全てお返しが完了しています。トレーナーのいないポケモンや不明のポケモンについては、一部例外を除いて規定で何も申し上げられません。現在の所在は勿論、保護したのかしていないのかの情報もそこには含まれます」

「ボクのポケモンの話だって言ってるだろぉ!?」

「お客様のポケモンはその日、当センターではお預かりしていません」

 

唾を飛ばす勢い(多分本当に飛んでる)で食い下がる男に対して、女性の事務員さんは毅然とした態度を崩さない。私のボールを預かってくれたラッキーが、そっと彼女の傍らに控えたのが見えた。

ポケセンで働くラッキーやハピナスが結構戦えることを知っている人は、実のところ多くない。彼女達は看護師であるだけでなく、立派な警備員でボディーガードでもある。でなけりゃポケセンはロケット団だのハンターだのの格好の餌食になってしまう。

 

「ポケモンセンターではポケモンをお預かりする際に必ず身分証の確認を行っています。お客様のトレーナーカードのスキャン履歴は直近だと2年程前ですね」

「っっ、じゃあ何だよぉ!? ボクが嘘ついてるって言いたいのかぁ!?」

 

言いたいっていうか言ってるんだと思うけど。

 

「客観的事実を申し上げています。履歴データの消失や不備、システム誤作動などは現時点で確認されていません」

「そっそんなのわかんないだろぉ!? ボクは確かに此処に預けたんだか…………わ、分かったぞぉ!!」

 

一際大きく振り下ろされた両手が、バンッッとカウンターにぶつかって派手な音を立てる。流石に痛かったようで、「い、いたっ」という短くも情けない悲鳴が耳に入る。別のソファーでポケモンを待っているらしいボーイスカウト君が吹き出しそうになったのが見えた。気持ちは分かる。

 

「お前らっ、ボクのポケモンを盗んだなぁ!?」

 

は?

 

「ボクのポケモンはなぁ! カントーにはいない珍しいやつなんだよぉ! お前らっ、それを知ってボクから盗んだんだ! そうだろぉ!?」

 

なんつー言い草だ。いつかのように私の心のアスカが「あんたバカぁ?」と蔑んだ目で腰に手を当てている。

ちなみに私、エ○ァはコミックス版から入ったので、アスカのファミリーネームは『式波』よりも『惣流』がしっくりくる派だ。アレって何で変更されたんだろう。いつも折に触れて気になってたけど結局調べる前に死んだから知らないままなんだよな。アレか、落○忍者乱○郎がアニメで忍た○乱太○にタイトル変更されたり、登場人物の鉢屋三郎がはちや表記にされたようなもんだろうか。

 

「……何を言い出すかと思えば」

 

うっかり思考を飛ばした私を余所に、剣呑な表情をますます険しくした事務員さんはもう舌打ちせんばかりだ。隣のラッキーも顔を顰めていて、いつものにこやかさは見る影もない。

 

「言いがかりも此処まで酷いと名誉毀損にあたりますよ。当センターはポケモンの横領・窃盗・強奪いずれも一切行っておりませんし、そのようなことに加担もいたしません。繰り返しますが、そもそも当センターでは貴方のトレーナーカードに紐付けられたポケモンは一切お預かりしていませんので横領のしようもありません」

「きゃ、客に向かってその態度はなんだぁ!?」

「当センターでは一方的に言いがかりを付けて当センターの名誉を貶める人間をお客様とは見做しません」

 

か、カッコいい! 事務員さんカッコいい! 良いぞもっとやれ!!

 

「そもそも、貴方は『この日にポケモンを預けた』と仰いますが、そのポケモンの名前すら伏せていらっしゃいますね? この状態で『ポケモンを預けた』とだけまくし立てられても我々が執れる手段は限られます」

 

なんだそりゃ。まさか本当に文字通り「ボクがポケモン預けたのに返してくれない!」しか言ってなかったわけ? それじゃ本当にただのクレーマーじゃん。何考えてんだ。

 

「せめて何というポケモンを預けたのかだけでも教えて頂けませんと、これ以上はどうしようもありませんよ」

「~~~~っっ、もういい! 此処の連中にポケモン盗まれたって、これからケーサツに言ってきてやるからなぁ!!」

 

「覚えてろよぉ!!」と最後の最後まで三文小説の悪役っぽいセリフを吐いて、男はカウンターに背を向ける。お陰でその顔がこちらからもやっと見えた。

 

男性としては甲高い声だと思っていたが、なんかその印象通りの顔だ。極端な面長と出っ歯が特徴的で、第一印象は鼠っぽい(当然だがピカチュウやサンドのような可愛げは一切無い)。

頬はこけて頬骨が浮き出ている上、目の下の隈が濃いせいで如何にも不健康そうだ。無造作に伸ばされた髪がボサくれているのも身だしなみへの無頓着さを窺わせる。オマケに歩き姿が不格好で、猫背の上に酷いO脚なのが遠目からでも分かった。

 

ゲームのポケモントレーナーに『理科系の男』がいたけど、ああいうデフォルメされたインドア派ではなくガチの引きこもりっぽい感じだ。見た目で判断して申し訳ないけど。あ、でも理科系の男って外に出てポケモンバトルしてるから、そもそも引きこもりじゃなかったね。失敬失敬。

 

てか最後のセリフが「覚えてろ」って……いっそそこは「やなかんじ~!!」だったら面白かったのに。いやでもあのセリフはかのラブリーチャーミーな面白トリオ以外には似合わないやつだ。やめやめ。今のナシ。

 

しっかしまあ、ああいう自分の価値観と感情だけで文句言ってくるクレーマーって本当に何処の世界にもいるんだな。詳細情報何も出さないのに「ポケモンを預けた」とか言われても、そんなのポケセン側からしたらどうしようもないだろ。

しかもそれでいて「珍しいポケモンだから盗んだんだろ」って。じゃあ尚更何のポケモンかくらい言えば良いのに。一体何のつもりで言い渋ってたのか意味不m待てよ?

 

『ヒンバスというポケモンはね、数はとても少なくて珍しいけど』

 

………………いや、いやいやいやいや。まさかそんなまさか。いやでも、確証がないだけで完全に否定も出来ないっていうか。

いや、でも流石に……流石にないだろ、うん。第一印象的に「ポケモン捨てそうですか?」って聞かれたら正直「はい」って答えたくなる感じだったけど、流石に珍しいって分かってるポケモンは対象外でしょ。ていうかこんな偶然普通無いでしょ。それこそサトシ君じゃないんだから。

 

なんか自分で言っててだいぶフラグ立ってる気がするけど、でも仮にあいつの言ってた『珍しいポケモン』がヒンバスだったとして、じゃあ何をどうするのがベストなんだ? アニポケみたいに堂々と「俺が捨てました」って吐いてくれるならジュンサーさんにしょっ引いて貰えば済むけど、あいつ『捨てた』とは一言も言ってなかったぞ。それに変に騒ぎを大きくしてヒンバスと元トレーナーが顔つき合わせる事態になるのもアレだし。

 

あー、でもこのまま見て見ぬ振りするのも問題だよなあ。取り敢えずミドリさんにだけ伝えて判断仰ぐか。ジョーイさんでも良いけど何か今忙しそうだし。

 

『マサラタウンのマリステラさん、マサラタウンのマリステラさん。受付にお電話が来ております。3番窓口までお越しください』

「んあ?」

 

ズブズブと思考に沈みつつあった意識が引き戻される。ええと、何だっけ、電話?

 

「……誰だ?」

 

かけてくる人に心当たりがない。なんせ実家と研究所にはこっちから一昨日かけたばかりだ。それにあの人達は緊急なら人かポケモンを直接寄越すはず。でもそれ以外にアテなんて……

 

『おー、マリステラ! 2日ぶりやなあ、調子はどうや?』

「ぼちぼちですねえ」

 

あったわ。しっかりあったわ。一瞬マジで忘れてた。申し訳ない。

 

「マサキさんもお変わりなく」

『まあワイはそらいつも通りやで、あとコイツもな』

『フィ?』

「仲良くやってそうで良かったです。ニンフィアも元気そうだね」

『フィーア!』

 

画面を覗き込むニンフィアの笑顔が眩しい。Web会議に横から参加したネコチャンみたいだ。とても可愛い。

 

『って、そっちは1人なん? あのメタモンはおらんのか?』

「治療、というか休憩中ですね。昨日今日はバトルしてないけど結構働いてて」

『ほーん。まあ旅しとると色々あるんやろなあ。ワイは大学出たあとは基本今の家で趣味三昧やからよう知らんけど』

 

その『趣味』とやらの一環でポケモン転送システム作ってるのは控えめに言っても意味わかんねえのよ。

 

『ま、ワイのことはどうでもええから本題入ろか。預かっとったポケモン図鑑、改良終わったで』

「本当ですか? ありがとうございます」

 

マサキからの電話って時点で用件は分かってたけど、正直本当に3日で終わらせるとは思わなかった。しつこいけどやっぱこの人意味わからん。意味わからんっていうか、有り体に言えば天才なんだろう。

大学には行ってたそうだけど、この分なら院への進学だとか企業からのスカウトとか進路には困らなかったんじゃないのかな。なんで岬の小屋で一人暮らししてるのか余計に謎だ。……技術盗用の対策かなあ? 院でも企業でも入ると産業スパイ対策大変だもんね。

 

「明日取りに伺えばいいですか?」

『おー、そうして貰えると助かるわ。ただこっちでも一応やっとるけど、そのまますぐ持っていかんと、動作確認は念入りにやって欲しいねん。後からバグ見つかったら問題やからな』

「わかりました。何時頃行きましょうか」

『せやなあ。こっちの都合で悪いんやけど、朝は出かける用事あんねん。せやから11時くらいでええか? 終わったら行きつけの店で昼飯奢ったるさかい』

「そこは割り勘でお願いします」

『子供が何言うてんねん。そこは大人の顔立てて「ごちです」言うとくもんや』

「……じゃあ、ご馳走になります」

『よろしい。ほな、明日の11時に会おな』

「はい。失礼します」

『おー、またなー』

 

ガチャン。

 

「取り次ぎありがとうございました」

「どういたしまして。それと、マリステラさんはつい先程ポケモン達の回復が終わりましたから、今度は1番窓口に行ってください」

「わかりました」

 

にこやかな事務員さん(クレーマーとやり合ってたのとは別の人だ)に促され、預けていたモンボを受け取る。途端にポンッと飛び出してきたカフカがいつものように定位置に収まった。事務員さんが微笑ましそうに見ている。せやろ? うちの子可愛いやろ?

ところでカフカの体重って一般メタモンの平均と同じ4kgなんだけど、なんかもうこの重さが左肩に無いとちょっと落ち着かないの我ながらどうかと思う。サトシ君もピカチュウが肩に乗ってないとこういう気持ちになったりするんだろうか。

 

「カフカ、マサキさんから電話来たよ。ポケモン図鑑明日取りに来てってさ。ニンフィアも元気そうだったよ」

「もん? もぉんも!」

「移動はまた『テレポート』頼みたいんだけど、ミドリさんの家から一気に行ける?」

『ルゥリア!』

「ほんと? 助かるよ、ありがとね」

 

ボールの中で「任せて!」と両手を握るフラウは頼もしいことだ。そのままアシュラムにも「明日はマサキさんとニンフィアに会いに行こうね」と声をかけると、こちらも嬉しそうに一声鳴いた。

 

「さて、じゃあご飯行こうか。明日のお昼はマサキさんがおすすめのお店教えてくれるらしいから、今夜はいつものお店ね」

「もぉん!」

 

食いしん坊の相棒の弾んだ声に促され、向かった先はハナダに来てからちょいちょいお世話になっている定食屋さんだ。ニビで何度か行ったファミレスはこの街にもあるけど、流石にちょっと飽きるのでポケセンから見える範囲のお店を周回して使っている。

ポケモンも一緒に食べられる広い席に案内してもらい、和食中心の定食にみんなで舌鼓を打つ。外食って意識しないと洋食に偏りがちになるし、野宿だとカレーとかシチューみたいなのが多くなる。だからこういう、白飯に味噌汁という組み合わせって地味に貴重だったりする。白米の匂いやお出汁の味ってホッとするよね。

 

ていうか主菜・副菜・汁物をきちんと揃える手間は和食も洋食もそれぞれかかるけど、洋食の方が1皿で完結させやすくてその分楽なんだよね。純粋な洋食とは少々外れるとはいえ、それこそカレーとかシチューとか、あとパスタとか。この辺はレトルトの種類も豊富だし、だからミドリさんも自分の食事はそういうので済ませることが多いって言っ

 

「…………そうだ、ミドリさんに連絡しないと」

「もん?」

 

岬の小屋を訪ねるのは明日11時。一方私は彼女のところに毎朝9時前には到着している。つまりそういうことだ。仕事を中座するなら予定はちゃんと伝えておかないと。報連相は社会人の必須事項なので。

 

『あら、マリステラちゃん? 電話なんてどうかしたの?』

「急にすみません。実は……」

 

食事の後で電話をかけたところ、出かけるには遅い時間だったためかミドリさんは家にいた。手短に用件を伝えると、彼女は少し考えた後に『それなら明日は午後から来てくれればいいわ』などと言い出す。

 

「え? いや、11時に一度抜けるだけで大丈夫ですよ。移動は『テレポート』だからそれまでは普段通りで……」

『毎日朝から夕方までフルタイムだと流石に悪いもの。大丈夫よ、午前中はそこまで仕事も多くないし、明日の朝くらいはゆっくり過ごして頂戴、ね?』

 

そう言ってミドリさんは悪戯っぽく片目を瞑り、先程のニンフィアのようにモニターを覗いていたナゾノクサが嬉しそうにパタパタ葉っぱを振る。可愛いはこっちにもあった。気を抜くと顔が脂下がっちゃう。

 

「……分かりました。お言葉に甘えて明日は昼過ぎにお邪魔します」

『ええ、ヒンバスやみんなと待ってるわ』

「はは……」

 

ヒンバスという単語に、つい数時間前見かけたクレーマーを思い出す。可能性は低いと思うけど、もしかしたら……本当にもしかしたら、ヒンバスの元トレーナーかも知れない奴。一応ミドリさんには一言言っておくべきかとは思ってたし、電話であっても早い内に伝える方が良いかも知れない。

 

『ヒン……』

『あら、ヒンバス。よく気づいたわね。マリステラちゃんが電話してくれたのよ』

『ヒンッ?』

『ええ、もうちょっとこっちに出てこられる? ほら、こっちよ』

「……、」

 

こっち、と少し横にずれたミドリさんの代わりに、水槽越しにこちらを見るヒンバスと目が合う。愛想良く微笑まれることも手を振られることもないけど、円らな瞳で真っ直ぐこちらを見つめてくる。可愛い。

 

「こんばんは、ヒンバス。騒がしくしてごめんね」

『……ヒン』

「んふふ、気にするなってこと? 優しいな、ありがとね」

『ヒンッ』

 

今は言わないでおこう。そもそも確証はないんだし、何より耳に入れるならミドリさんだけにすべきだ。ヒンバスには聞かせない方が、いや、聞かせちゃいけない。多分、きっと、間違いなく。……やっぱりスマホ、ていうか受話器持って移動できないの不便だな。ポケギアでも携帯もいいから早く発売してほしい。

 

「じゃあ、そろそろ失礼します。遅い時間にすみません。おやすみなさい」

『おやすみなさい。ゆっくり休んでね』

 

ブツッと小さな音を立てて通話が途切れる。……よし、これで最低限の義務は果たした。バイトでも何でも連絡無しのドタキャンは良くないからね。

 

さて、取り敢えず一旦部屋に戻るか。明日の朝は結構自由になる時間あるし、今日他にやることと明日やりたいことを整理しておこう。

えーと、買い出しはまだ要らないし、ジムチャレンジは延期中。マサキへのお礼に渡す菓子折はもう用意してあるし、研究所への定期連絡は一昨日やった。実家も同じく。ずぶ濡れになった服はミドリさんの厚意に甘えて預けちゃったから洗濯は要らないし、あとはえーと……あれ?

 

「……無い?」

 

え、うそ。なんでなんで? だっていつもチェーンつけて、今日だって朝ちゃんと確認してたのに。え? え?? ……あっ

 

「そっかあそこで。あっっ、ちゃー……」

 

やらかした。

なんか今日の私、地味に厄日なのかもしれない。

 




《後書き》
ポケモンって技名とか特性とか道具とかが基本的にひらがなとカタカナだけだから、漢字を使うべきか迷う場面が多くて何度か本編書き直してます。今は地の文とは別の基準を設け、基本的にゲーム準拠にしつつ『10万ボルト』とか『おつきみ山』みたいにごく一部だけ漢字にしてます。
結構迷うことも多いんですが『きれいなウロコ』を『綺麗な鱗』にしたり『かえんほうしゃ』を『火炎放射』にするとなんか違和感を感じちゃうんですよね。他の作者様の作品を読むときは全く気にならないのに自分が書くときだけ気になる不思議。

なおそんなことより誤字脱字を減らせと言われたらぐうの音も出ません。精進します。


《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・特記事項:アニポケは小学生時代にリアタイしたきりなので、思い出補正で『サトシ』を美化している節がある

【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.35
・キルリア(フラウ):♀/Lv.28
・リザード(アシュラム):♂/Lv.29

○ミドリ
・年齢:20歳(捏造)
・性別:女
・特記事項:ワーカーホリックだが自分基準の普通を他人に押しつけることはしない

○マサキ
・年齢:25歳(捏造)
・性別:男
・特記事項:電話越しだが3話ぶりの登場。ニンフィアとは仲良くやっている
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