「リル?」
「フラウ?」
忘れ物が気になってアポなし凸したら家主が不在でした、という何とも間抜けな結末。仕方なくそのままトンボ返りしようとしたが、フラウがふと何かに気づいたようだった。
どうしたの、と尋ねようとした私の口を、カフカの手がぷにっと軽く塞ぐ。静かにってことね、オーケーオーケー。
「…………なんか来たな」
「もん」
ややあってバタバタと騒がしい足音と、何か言い争うような声が少しずつ近づいてくるのに気づく。月が明るいのと視力自体は悪くないのとで、その正体もすぐに分かった。
比較的若い男2人。とはいえ顔や体格のゴツさのせいで年齢は低く見積もっても20代後半くらいに見える。1人はスキンヘッドでもう1人はモヒカン。ノースリーブの黒ジャケットにダメージジーンズという格好も相俟って絵に描いたような『スキンヘッド』『暴走族』って感じだ。バイクどころか自転車もないけど。
「……い! おい! なあってば!」
「っせえな! 何だよ今更!」
先陣切って走ってきたスキンヘッドの肩を捕まえたモヒカンが、怒鳴られながらも「いやだから」と口を開く。
「流石にアレはマズいだろ! 戻って止めた方が良いって!」
「はあ!? 何馬鹿言ってやがる! 寧ろ今がチャンスだろうがよ!」
「チャンスってそりゃ、……けどアレは洒落にならないだろ? 死んだらどーすんだよ!」
内容が不穏過ぎるんだが?
「じゃあご丁寧に割って入って通報でもしてやるってか!? ハッ、今更怖じ気づいて良い子ちゃんごっこか? そもそも言い出しっぺはお前の方だったってのによお!」
「ンな言い方……」
「事実だろーがよ!!」
萎縮気味なモヒカンに対し、スキンヘッドの方がギャンッと一際声を張り上げる。
「あの家のポケモン手土産にしようっつったのも! あのヒョロガリ囮にしようっつったのも! ぜぇんぶお前だったよなァ!?」
「だ、だからそれはさあ……ッ」
「それはなんだ!? あの陰キャ野郎がちょっと先走ったくらいで『やっぱやめよう』だァ!? 今更なかったことになんか出来るわけねーだろうが!!」
「で、でも流石に殴るのはナシだろ!? つかあの怪我、下手したら死……」
「やらかしたのはあのキモオタだろーが! 大体なァ! これから今の
「あー、ちょっとそこのお兄さん方」
語るに落ちるとか数え役満とか、そういうくだらない感想は一旦置いとく。張り上げたわけでもない私の声はそれでもしっかり届いたらしく、互いの胸ぐら掴んで言い争っていた柄の悪い男達は同時に硬直した。
「な、ッ、なんだガキかよ……オイ、こんな時間に1人でうろうろしてるもんじゃ」
「あ、そういうの良いんで」
「ああ゛ん?」
言葉を遮られ不機嫌そうにするスキンヘッドに片手を挙げる。だって此処まで大声でべらべら喋ってくれたってのに、通じもしないオタメゴカシで時間かけさせちゃうのは悪いだろう。だから、
「そっちの主張に興味はありません。聞きたいことは全部聞きました。その上でまずは邪魔させて貰います」
「リル!」
空気を敏感に読んだフラウは、もはや私が何も言わずとも前に出て戦闘態勢を取る。自分達より明らかに年下の小娘に堂々と喧嘩を売られた。数秒遅れてそれに気づいたスキンヘッドがギリリと歯軋りし、腰のモンスターボールを潰さんばかりに握りしめる。
「急に出てきて偉そうにしやがってこのクソガキが! 大人に舐めた口利いたらどうなるか教えてやるよ!!」
「お、おい……」
「うるせえ! 良いからテメエもポケモン出せや!!」
「っ、わ、わかったよ!」
こっちが何も言ってないのに2対2、いや2対1にしてくるのどうなんだ。別に良いけど。
繰り出されたポケモンはドガースとアーボック。奇しくもあのラブリーチャーミーコンビの最初の相棒達だ。此処にニャースがいないことを喜ぶべきか落胆すべきか。まあ喜ぶべきなんだろうね。それはさておき、
「フラウ、2匹まとめて『サイコキネシス』!」
「リルルゥー!!」
悪いけど時間かけるつもりはないんだ。さっきまでの会話一部始終聞いてのんびりしようって気になる奴なんていないだろうけど。
「い、一撃だぁ!?」
「嘘だろ……!?」
タイプ一致の抜群技を出会い頭に食らったせいで、ろくに受け身も取れず倒れる2匹。おまけに平均体重1.0kgのドガースを65.0kgのアーボックが下敷きにしたことで、潰されたドガースは完全に気絶してしまった。一方アーボックも打ち所が悪かったらしく(『きゅうしょにあたった!』ってヤツだ)、ぐるぐる目を回して伸びてしまっている。
「よーしよくやったフラウ。偉い偉い」
「リルッ♪」
普段なら抱っこしててやるところだけど今は自重。フラウも引き続き空気を読んでるらしく、ちょっと得意げな顔でこっちを見返すだけにとどめた。
「手持ちもういないですよね? このまま帰るなら一旦この場は収めますけど」
「……ッ、ふっ、ふざ、ふざっっけんじゃねえ!!」
ポケモンがやられたら潔く負けを認める――ということは当然なく。ずっと声も態度もデカいスキンヘッドが私めがけて拳を振り上げた。
「クソガキがァ!! 大人を舐めんのもいいかげ――――ぐぎゃっ!?」
「……カフカ、ナイス」
「フリー♪」
転んで顎をしたたかに打ったスキンヘッドの背後から、『バタフリー』が音もなく姿を見せた。その口から伸びた白い糸はスキンヘッドの足首に巻き付いている。
更にそれだけではなく、パタパタと軽やかな音を立てて羽ばたく翅からは淡い黄色の鱗粉が放たれ、無防備にそれを吸い込んだらしいモヒカンが間も無くして膝から崩れ落ちた。
「な、なんりゃ……うご、うごへにゃ……」
「ご心配なく、ただの『しびれごな』なんで」
『どくのこな』じゃないだけとても有情。流石に11歳の小娘じゃポケモンいても大人の男2人押さえ込むのは無理だからね、仕方ないね。
「カフカ、悪いけどちょっと此処頼むわ」
「フリィ!」
「よし。フラウ、ミドリさんのいる場所わかる?」
「ル……リルッ!」
「オッケー。んじゃ先導よろしく」
固定された建物や施設と違って生き物をビーコンにした『テレポート』は少し難しいらしい(出来ないわけではない)。フラウの反応からミドリさん達は遠くにいるわけじゃないようなので、大人しく彼女の案内に甘えることにする。頼もしく指を立てるカフカ(バタフリーのすがた)に手を振ってフラウと、明かり要員としてアシュラムにも協力して貰う。
「助かるよ。流石にこの時間だと夜目が利かないからさ」
「ギャウ!」
これまた「任せろ!」と拳を握るアシュラムの頭を軽く撫でる。ヒトカゲ時代よりも身体が大きくなった影響で、尻尾の炎も一回り強くなっている。お陰で足下の視認性はバッチリだ。
舗装もクソもない踏み固められただけの道を9番道路に向けて走る。ミドリさんの家に通うことが決まってから敢えて通るのを避けていた道だが、感慨に耽るほどのものはビックリする程無かった。というかそもそも、この状況で「懐かしい」とかボケたこと考える脳味噌は流石にしていない。
「ッ、リア!」
「あれか!」
子供の脚で10分ちょっと全力疾走した先、9番道路にもうすぐ合流できるあたりでフラウが声を上げる。少し遅れて私も気づいた。細長い棒状のものを振り上げているひょろ長い人影と、その先で蹲ってる丸っこいポケモンに。
何が行われているのか……何を、しようとしているのか。フル稼働したシナプスが即座に導いた答えのせいで、脳の裏側がカッと熱くなったような気がした。
■◇■◇■◇
丸まった背中と不健康そうな肉付き。長い棒を振り上げているだけなのに、その身体は少しばかり左右に揺れていて不安定だ。まるで実態のないゴーストのようだと、一部の脳細胞が何故か呑気に考える。身体はちっとも動かないのに、血を流している頭だけが冴えている。意味も無く。
「に……」
カラカラに渇いた喉がヒューヒュー鳴っている。自分の身体の立てる音ばかりが鼓膜を叩いて、他の音は不思議なくらい聞こえない。額に流れ落ちる液体が気持ち悪かった。
「に、げ……」
逃げてと、その一言すら出てこない。役立たずな自分に涙すら浮かんでくる。わざわざ血液を無駄にしてまで目を潤しても仕方ないのに。
丸い体をもっと丸くしてヒンバスを庇うハピナス。怯えながらも暴漢を睨み付けるヒンバス。不愉快そうに舌打ちした男が木片、いや角材を両手で握り直し、そして
「はいストーップ」
「ぶぎゅわ!?」
筆舌に尽くしがたい悲鳴を上げ、言葉通りに飛んで行った。
■◇■◇■◇
アニポケだとお馴染みだが現実に即すとトップクラスでヤバい描写は、まず間違いなく『ポケモンが人間を攻撃するシーン』だと思う。たとえばピカチュウの『10万ボルト』は敵のロケット団筆頭にトレーナーのサトシも他のキャラクターもよく食らうお約束だった。
……とは言っても、あれだけの電撃を食らっても彼らがちょっと焦げるだけで済んでいるのは、ひとえに彼らが二次元の存在だからだ。現実、いや前世世界の人間があんなもの受けたら普通は即死である(電気の威力を決めるのは
ただ此処はポケモンと人間が共存して当然の世界。故にこの世界の人間は、前世世界の人間よりも遙かに頑丈で、更に身体能力そのものが高い。
サトシ君じゃなくてもでんきタイプにちょっと感電させられたくらいじゃ気絶もしないし、かくとうタイプに右ストレート食らっても頬が少し腫れる程度で終わる。未就学の子供が10kg超のポケモンを抱えて歩いていても誰1人驚かなければ、細身の老人がガーディの群れと一緒に走り込みしていても誰も心配しない。それが日常風景だからだ。
ちょっと話が逸れたが本題は何かっていうと、この世界の人間は非常に丈夫だということ。そしてそれは、たとえ子供だろうが老人だろうが、運動神経も習慣もなさそうなモヤシ野郎でも同じだってこと。要するに、
「はいストーップ」
「ぶぎゅわ!?」
11歳小娘渾身のドロップキックを食らったところで、相手が死ぬことは無いわけだ。
「ったくロクでもない……一応間に合った? 大丈夫?」
「ひ、ヒン……」
「ハピィ!」
抱き合ったままぽかんとこちらを見上げてきたヒンバスとハピナス。見たところどちらも怪我らしいものは無い。呆然としているヒンバスを抱えたまま、ハピナスは半泣き顔をくしゃくしゃにして泣き笑いになった。でも顔色はまだ悪い。そりゃ見ず知らずの野郎に殴られかけりゃ怖いに決まってる。ポケモン相手とは勝手が何もかもが違う。
「まり、す……ちゃん……?」
「っ、ミドリさんその怪我!」
「ハピッッ!」
頭から赤い液体をだくだく流したミドリさんが、土で汚れた顔をこちらに向けている。
気づくのが遅れて申し訳ない。身体を何とか起こそうとしているがあまり上手くいかないらしい。これはヤバい。
「意識ありますね。自分の名前言えますか? この指何本に見えます?」
こういうときはあまり動かさない方が良い。もう少しだけ道の端に寄せて、表に出ている症状だけでも確認していく。
受け答えは途切れ途切れだけど正しく答えられている。嘔吐症状や痙攣も見たところナシ。瞳の大きさも左右で違ってないし、指の本数もちゃんと正しく認識出来ている。……不幸中の幸い、今すぐ命に別状はなさそうだ。
「マリ、ス、テラ、ちゃん……ハンカチ……汚れちゃう、わ……」
「知らないんですかミドリさん、ハンカチって汚れることが存在意義なんですよ」
味も素っ気も無いガーゼタイプで良かったわー。こういうとき惜しみなく使えるし凄く便利。昔は可愛いキャラクターものとか綺麗な刺繍が入ったのとか好んで買ってたけど、いざってときに汚すのを躊躇うようじゃ大して意味ないんだよね。外で手を洗ったときにさえ使えりゃ良いってのは確かにそうなんだけども。
「お゛ッ、おごっ……!」
んあ?
「な゛、なぁ゛……にし、しや、しや゛がる゛ぅ……!」
「は、ハピィ……!」
「ヒン……ッ」
地の底から出てそのまま地を這うような嗄れ声と、ズルズル何かを引き摺る音。ひえっと身体を強張らせたハピナスが、ヒンバスを抱く腕に力を込めるのを視界の右側で捉えた。そんな彼女達とミドリさんを背中に庇うようにして振り返る。
「リルッ!」
「ギャオウゥ!」
そしてその私を更に庇うように、フラウとアシュラムが臨戦態勢で立ちはだかった。やだもう、うちの子達頼もし過ぎて惚れ直しちゃう……なんて言ってる場合じゃないか。
「何するはこっちのセリフだっつの。そっちこそ、その物騒なモンでミドリさんに何したんだよ」
先程かるーく伸したチンピラコンビと違い、如何にも不健康そうで運動不足そうな体格。ボタボタと鼻血が垂れるがまま、レンズが割れてフレームが大きく歪んだ眼鏡もかけたまま。
そのくせその右手には、結構な長さの角材が握られている。重さの程は定かじゃないが、ヒョロガリでも成人男性が渾身の力で振り下ろせば立派な凶器になり得るブツだ。
「……一応聞くけど、大人しくお縄につく気は?」
暗い上にさっきのドロップキックで若干人相変わってるが、よくよく見なくてもこの男、数時間前にポケセンで騒いでいたクレーマーだ。
「な゛にふざけだごど、言っでやがるぅ……! こ、ごの゛っ、泥棒女共がぁ……!」
「は? 泥棒?」
何のこっちゃ。と一瞬マジで思考が止まったが、心当たりが1つしかないせいで本当に一瞬で終わった。一応ミドリさんの方を振り返れば、何とか上半身を起こした彼女はハンカチで傷を抑えたまま小さく頷く。私の語彙力じゃ喩えようもないほど苦々しい顔だ。
オーケー把握。つまり数時間前に懸念した『まさか』がマジネタだったってわけか。……ナンテコッタイ。
「言いがかりも大概でしょ。誰がいつアンタのものを盗んだってんだよ」
「どっ、どぼげ、やがってぇ……!」
止まらない鼻血による濁声であることを差し引いても声が耳障りだ。舌打ちをぐっと堪えて「まさかそこのヒンバスのこと?」と言えば、歯茎をむき出しにして「そうだ!!」とがなってくる。そんなデカい声出さなくても聞こえるっつーの。
「だったらやっぱり言いがかりだよ。このヒンバスは野生のヒンバス。たったひとりで保護されて、今はミドリさんがちょっと預かってるだけ。ミドリさんのポケモンでも私のポケモンでもないし、ましてやぽっと出のアンタのポケモンでなんかあるはずが無い」
「な゛ん゛だど……!?」
「何だともヘチマもねーんだわ。大体ポケモンが盗まれたってんならまずは警察に連絡するところからだろ。手順も常識もすっ飛ばして何やってんのマジで」
「な゛ッ」
「あと仮に1億歩譲って本当にアンタが盗まれたポケモンをミドリさんが連れてたとして、殴りかかって怪我させるのは違うでしょ。正当防衛どころか過剰防衛にすらならねーんだわ。アンタのやったことの方がよっぽど悪質だし重罪なんだよ」
「ッ……!」
つーかそもそも、
「アンタがこの子のトレーナーだってんなら、その証明になるモンスターボールは何処にやったわけ?」
「ぐっ……!」
無いんだよね? 壊して捨てちゃったもんね?
――――とはいえ、
「今のヒンバスが野生である以上、トレーナーがゲットする権利も当然あるにはあるわけだけども?」
「……!!」
おいおい、なーに目ェ輝かせてる?
「今この状況で、私がそれを許すわきゃねーのよ」
「な゛ッ……!」
いや当然だろ。全然ビックリするところじゃねーんだわ。ポケモンへの虐待(一応まだ疑惑)と人間への傷害(こっちは確定)かました犯罪者にどんな権利があると思ってんだ。
「……の゛、ガキッ、じゃまっ、じゃま゛ずる゛な゛ァあ゛あ!!」
一応腰にぶら下がっていたボールが3つ、叩きつけるように放たれた。同時に開いたそれから出てきたのは3匹とも私が知らないポケモン。
見た目の印象でなんとなくタイプは分かるものの、見た目と中身が裏切りがちなのもポケモンあるあるだ。レベルはこっちの方が高そうだけど油断は出来ない。当たり前のようにこっちの頭数を無視してきてるし、これは多少の苦戦を強いられそうだ。
と、内心ちょっぴり歯噛みした……んだけども、
「………………よっっっっわ」
蓋を開けたらワンターンキルでしたとさ。
いやあの、流石にちょっと手応えなさ過ぎでは? これじゃ身構えた私が馬鹿みたいじゃんか。
《後書き》
早めに更新とか言っておいて結局ほぼいつも通りな上にまたキリよく終われず申し訳ありません。本当は前後編で終わらせる予定だったのにこのザマです。展開が遅い(鱗滝さん風)。
とはいえ何度も書き直したところは超えたのと諸々のトラブルが一段落したので、次こそ早めに投稿したい所存(願望)。そして次の1話でハナダシティ編は終了予定(未定)です。
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・特記事項:ポケモンワールドのハン○チ王子(嘘)
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.35
・キルリア(フラウ):♀/Lv.28 → 29
・リザード(アシュラム):♂/Lv.29
○ミドリ
・年齢:20歳(捏造)
・性別:女
・特記事項:角材で殴られても致命傷になってない辺りがポケモンワールド民
○ヒンバスの元トレーナー
・性別:男性
・特記事項:書き手の技量不足でサヨナラバイバイまで1話分延びた