何はともあれ大変お待たせいたしました。ハナダシティ編最終話です。
「……ッ!? ……!! …………!?!?」
こういうのを『声にならない叫び』って言うんだろうなあ……なんてくだらない感想が鎌首をもたげる。
そうやって棒立ちになってる暇があるならまだ止まってない鼻血を止めた方がいいと思うけど、忠告してやる義理も義務も無いのでお口チャック。病院なら手錠かけられた後でも行ける(正確には連れて行かれる)から
「アシュラムお疲れ、悪いけどもうちょっと出ててくれる?」
「ギャウ!」
「フラウ、コイツ逃げようとしたら『ねんりき』で止めて。多少怪我させるくらいなら気にしなくていいから」
「リルゥ」
ビシッと敬礼ポーズを取るフラウ。ラルトスから進化して目元がハッキリ見えるようになったせいか、心なしかよりキリッとして見える。可愛い。
「ハッ、は、はぁあ゛!? あッ、
「人の頭に角材振り下ろした奴に頭おかしいとか言われたくねーよ」
反対に濁声で喚くクソ野郎の見苦しいこと見苦しいこと。後の某チャンピオンなんぞ犯罪者相手とはいえ『はかいこうせん』撃ったんだから、それに比べりゃLv.30前後の『ねんりき』なんぞ温情も温情だろ。
「ていうかアンタ、此処から先の発言には気をつけた方が良いよ。ミドリさんへの暴行はごまかしようが無いとはいえ、下手にヒンバスの所有権なんか主張したら檻の中にいる時間が長くなるだけだからね」
「な゛ッ、な、どッ、どう゛いうこどだよぉ!?」
「どういうことも何も」
保護された直後のヒンバスは、複数の感染症罹患と餓死寸前の栄養失調状態という凄まじい有様だった。保護したハナダのポケセンには当然彼女のカルテが作られていて、当時の状態や回復までの処置、症状の移り変わりが事細かに記録されている。
そしてミドリさん曰く、ヒンバスは『身体が丈夫で滅多に病気にかからないポケモン』らしい。そんなポケモンが自然ではあり得ないレベルで衰弱し、しかも壊れたボールとともに捨てられていたとくれば、トレーナーによる虐待と判断するのは当然のことだ。
カントーでも他の地方でも、ポケモンを逃がすこと自体は罪に問われない(これは未だに賛否両論あるが、今は言及しないでおこう)。だが当然、虐待や暴行となれば話が別だ。ハナダの警察では当然刑事事件として立件されているだろうし、通報すればすぐにでも令状が発行されるに違いない。
……ということを懇切丁寧に説明してやれば、クソ野郎はみるみるうちに血の気を失っていった。元々顔色は良くないし肌も生白かったが、今は暗がりなのもあってコピー用紙のようだ。
「ぞっ、ぞん゛な゛っ……ぼ、ボクっ、ボクはそんな、そん゛なつもりじゃ……!」
「『そんなつもりじゃなかった』って言えば何しても許されるわけねーだろ」
ていうかさ、
「アンタの言う『そんなつもり』ってそもそも何? 『ヒンバスがそこまで酷い状態とは思わなかった』ってこと? それとも『逮捕されるほどのことをしでかしたつもりはなかった』って意味?」
ぐぅ、と呻くように言葉を飲み込んだクソ野郎の顔を見れば、いや見なくても答えはわかりきっている。ま、でなきゃ自分が捨てた(しかも人目につかないところじゃなくてポケセンの前に)ポケモンをあんな堂々と取り返しになんて来なかっただろう。徹頭徹尾自分本位でいっそ天晴れだ。絶対真似したくないけど。
「せめてヒンバスに一言くらい謝ったら? 今更謝ったところでどうしようもないだろうけど、ヒンバスに許す気があるなら出所後にワンチャンあるかもね?」
「な゛ッ、な……に゛が謝る゛だよ゛ぉ! ポ、ッ、ポケモ゛ンに
別に下げたところでそのスッカラカンじゃ痛くも痒くもないだろうがよ。……という言葉は辛うじて飲み込んだ。代わりに「だからそう言ってんじゃん」とだけ言ってみたものの、野郎は真っ白い額に青筋を浮かべて「ふざげんな゛ぁっっ!」と唾を飛ばしてくる。
「大体な゛ぁ! ボクはヒンバスな゛ん゛が欲しぐながっだんだ!! みっ、ミ、ミロがロズが欲じい゛って最初っから言ってだんだ!! な゛の゛に頼んだ奴が『野生のは見がげないから無理』だどが『ミロガロズを゛手放すトレーナーなんかいな゛い』どか文句ばっかでさぁ!!」
「…………」
「じょっしょっしょうがないがら゛ヒンバズで我慢じでやっだんだ!! なッなの゛にごいづっ、ちっども
「…………」
「だ、だがら捨ででやっだんだ!! こんな゛
「…………『語るに落ちる』を絵に描いたらこんな感じになりそうだな」
ムカつくとか軽蔑とか以前にもはや呆れの感情しか出てこない。私より20は年上だろうに、精神年齢中学生くらいで止まってんじゃねーのかコイツ。ていうか育て方も進化条件も知らないポケモンを、専門家のアドバイスも受けずに手持ちに加えるとか正気の沙汰じゃない。控えめに言ってゴミカス、だけど。
「ヒンバス」
「……ヒン?」
此処で声をかけられると思って無かったんだろうヒンバスは、ハピナスの腕の中で小さく身体を傾けた。あまり表情や感情が表に出やすい子じゃないけど、危惧した程にショックは受けていないように見える。
「コイツこんなこと言ってるけど、どうする? 許してあげるつもりはある?」
ポケモンと手持ちの関係は結局のところ当事者達だけのものだから、ぶっちゃけヒンバスが「この人のところに帰りたい!」と強く望めば止める権利はない。この男の実刑判決は免れないとはいえ、ヒンバスが黄色いハンカチでも身につけてコイツの帰りを待つという可能性もゼロじゃなかった。……この男に心からの反省と誠意があれば。
「…………ヒンッ」
ぴょんっと飛び跳ねたヒンバスは、器用に地面を跳ねながらクソ野郎の元に向かっていく。クソ野郎は何をどう解釈したか、相変わらずぼったぼったと鼻血を流したままの顔に「なんかやべぇ発明品を開発したマッドサイエンティスト」みたいな笑みを浮かべる。
「や゛っ、やっばり最初の゛ドレーナ゛ーがいいよなぁ……?」
……なんか既視感あるなと思ったら、アレだ。子供の頃に見たアニポケの、ヒトカゲが仲間になる回。
弱いからとかいう理由でヒトカゲを置き去りにしたトレーナーが、後から『強いヒトカゲ』の話を聞いて厚顔無恥に連れ戻しに来るシーンがあった。取り巻きから『ダイスケさん』とさん付けで呼ばれていたそいつが、サトシ君達に睨まれても何処吹く風でヒトカゲに手を伸ばした瞬間どうなったかというと……
「ヒィン、バッ、スゥウ――――ッ!!」
そう、『かえんほうしゃ』で丸焦げにされたのだ(勿論アニメ表現なので命に別状なし)。
「ぐぼがぼぉ!!?」
今私の目の前には、ブラウン管に当時映し出されたのとそっくりな光景が繰り広げられている。ヒンバスが吹き付けたのがなかなかの勢いとはいえ炎じゃなくて水だからそれ自体で負傷することはない。水圧によって私のドロップキックより更に遠くへと吹っ飛んだだけだ。
「おお、ナイスヒット」
「リールゥ!」
「ギャウギャウ!!」
うちの子達は大変ノリが良いので、私が拍手すれば同じようにしながらヒンバスに労いの言葉をかけ始める。此処にカフカもいれば側まで近寄ってハイタッチでも求めていたことだろう。ああそうだ、カフカと言えば。
「――――お、あっちもナイスタイミング」
まだ少し離れてはいるが、響いてくる複数のサイレンは救急車と、そしてパトカーのそれだ。うちのカフカは電話の使い方くらい分かるし、警察署には警察犬兼通訳のガーディが常駐している。大方ミドリさんの家に入れて貰って電話を拝借したんだろう。
「フリー!」
噂をすれば影がさす(いや噂はしてないが)。『バタフリー』のままの相棒が大きな翅をヒラヒラさせながら飛んでくるのが見えた。その後ろにはナゾノクサとベトベターを先頭に、ミドリさんの家で保護されているポケモンの殆どが続いている。
「お疲れカフカ、通報ありがとね」
「フリフリィ……もんっ!」
「フラウ、あのクソ野郎『ねんりき』で持ってきて。そのまま引き渡すから」
「リルッ」
「アシュラムはこのまま私と来てくれる? パトカー誘導しないと」
「ギャオウ!」
さて、此処から先は後始末だ。まずミドリさんを病院に送って、あのクソ野郎とチンピラコンビに手錠かけて貰って、後は……うん。
他のことはもう明日に回そうそうしよう。なんかもうどっと疲れたわ。
■◇■◇■◇
――事の起こり、というかきっかけは、率直に表すると『悪意のピタ○ラス○ッチ』だったらしい。
自分が捨てたヒンバスがレアな色違いだと知ったクソ野郎が、ポケセンに怒鳴り込んでいたあのタイミング。私を含めてポケセン関係者や利用者が何人もそこにはいたけど、施設の外まで響く怒声を聞いていた奴が他にもいた。
説明するまでもない気はするが、私が伸したチンピラ2人組がそれだ。元々ミドリさんの家の情報を何処かから得てポケモンの強奪を企んでいたこいつらは、『カントーにいないレアなポケモン』の情報を延々垂れ流すクソ野郎を上手いこと利用しようとしたんだそうだ。
つまり、
①クソ野郎をたきつけてミドリさんの家に乗り込ませる
②ミドリさんとクソ野郎が揉めているうちに裏口から潜入
③他のポケモンを捕獲後、クソ野郎からも『レアなポケモン』を奪取
④クソ野郎をスケープゴートにして逃走
……という算段だった。らしい。
ぶっちゃけ単純ではあるけど、成功していたら捕まってたのはクソ野郎だけで、しかもポケモンは根刮ぎ奪われ所在不明という恐ろしい事態になっていただろう。作戦なんてものは、シンプルであればあるほど込み入ったモノより防ぎにくい。
ただ残念ながら、ここで誤算が発生。ミドリさんがヒンバスを連れて外出し、それをあろうことかクソ野郎が最初に見つけてしまった。そして自分の自慢のポケモン(嘲)をこれ見よがしに(思い込み)連れ歩かれたことで頭に血が上ってしまったクソ野郎は、チンピラ共が止める間もなくミドリさんに襲いかかってしまったというわけだ。
とはいえクソ野郎がそこで騒いでいる間は時間が稼げる。チンピラコンビはそう考えて(1人は流血沙汰にビビりまくっていたが)ミドリさんの家までやってきた。実際家主であるミドリさんは明確に動けなくなっていたし、恙なくポケモンを盗めれば後は奴らの作戦通りに事は運んだだろう。
が、ここで誤算2つ目。私という完全なるイレギュラーが現場にいた。結局私よりちっとも強くなかったチンピラ共はフラウひとりに成敗され、ミドリさんに怪我をさせたクソ野郎は私に蹴っ飛ばされることと相成った。
ちなみにチンピラ共はさておき、私に蹴られヒンバスにもぶっ飛ばされたクソ野郎は全治1ヶ月らしい。ざまァみろバーカバーカ。
「ちょっと気になったんですけど、そもそもチンピラ2人はポケモン盗んでどうするつもりだったんです?」
ポケモンという生き物自体が強力な力を持つ以上、『ポケモンを盗む』ことへの動機づけはあまり意味のない問いかも知れない。ただミドリさんが保護するポケモンは、それこそヒンバスを除けばそこまで珍しくもない子達ばかりだ。コレクターに売り込もうとしても鼻で笑われるか二束三文で買い叩かれるかだろうし、逮捕や指名手配のリスクとは釣り合っていないような気がする。
……なんてことまでは、不謹慎なので口にはしなかったが。
「取調をしたジュンサーさん曰く、『ロケット団に入りたかった』そうよ」
「は? ロケット団?」
「ええ。証言内容は2人で一致していたそうだから、まず間違いないと」
「……ははあ、なるほど。まああの連中なら幾らでも使い道を思いつきそうですね」
そういやキレ芸を披露していたスキンヘッドの方が「もっと上に行きたい」云々みたいなことを口にしてたっけなあ。もっと上の『上』ってロケット団かよ。下の間違いでは?
……はー、まったく嘆かわしいというか馬鹿馬鹿しいというか。
「いるんですよねえ、いい年して『悪いことしてる方がカッコいい』とか『社会のレールは踏み外す方がイカしてる』とか思い込んでるイタい奴」
ゲームにも「人生短いんだからロケット団みたいなワルの方がカッコいい」とかほざく暴走族がいたが、臍で茶を沸かすとはこのことだ。「最初から真面目に生きている奴が一番偉い」とはこ○亀の両さんも断言していたこの世の真理だと思う。
色んな人が社会を維持しより良くしていこうと頭捻って作ったルールを破るのはさぞ快感だろう。が、その一時の享楽によって迷惑を被る大勢を何だと思ってるのかと言いたい。
「でも、そういう奴らに噂レベルででもこの場所がバレちゃってるのは困りますね」
「ええ……だから取り急ぎジュンサーさん達のパトロールルートに入れて貰うことになったわ。それから警察に直接通報できる警報器も取り入れるつもり」
「そこら辺が安牌ですね。引越は、少なくとも今すぐは難しいですし」
細く深い溜息と共に頷くミドリさんの頭には、真っ白な包帯がまだ痛々しく巻かれている。これでも量はかなり減った方だ。入院した直後は額どころか頭全体が包帯とガーゼに覆われていたし、一部には赤黒い血が滲んでいたから。
……入院。そう入院だ。
幾らこの世界の人間がポケモンに合わせて些か頑丈になっていても、流石に大の大人(しかも成人男性)に角材で殴られれば結構なダメージになる。あの日、カフカが呼んでくれた救急車で搬送されたミドリさんは、そのまま2週間の入院を言い渡された。
なんでも頭そのものの怪我も問題だったが、日々のワーカーホリック生活によってか慢性的な貧血が確認され即座にドクターストップがかけられたらしい。ミドリさん本人は不服そうにしていたが、医者だけでなくハピナスにも叱られて珍しく小さくなっていた。正直残当以上の何物でもないと思う。
そんなわけでミドリさんが病院に閉じ込められた2週間、そして退院してからのこの1週間の計3週間は、私が彼女の家でポケモンの面倒を見ることになった。ポケセンのドクターやジョーイさん達はシフトに穴を空けられないし、見ず知らずの人間に任せるわけにもいかないからこれは仕方ない。ミドリさんは以前「今のところは1人でも」なんて言ってたけど、やっぱりあと1人は最低でも雇うべきだったな。リスクヘッジ的な意味で。
幸いにもポケモン達は事情を的確に理解し、拙い私のお世話も受け入れてくれるどころか率先して手伝いもしてくれた。ミドリさんがいたときは基本遊んでたけど、何だかんだ彼女のやっていることは良く見ていたんだろう。彼らが野生に帰るか他のトレーナーの元に行くかはまだ分からないが、どっちに転んでも何とかなりそうだ。
…………さて、
「ひとまず当面の問題は解決したってことですかね?」
「そう判断して問題無いわ」
「それを聞けて良かったです」
こちらの問いにしっかりと頷くミドリさんの表情に強張りはない。それを見て取って少しホッとした。
これで心置きなくこの街を後に出来る。……というのも、たとえポケモンの世話や留守番という仕事があったとしても、3週間という時間は私にとって十分過ぎるものだったのだ。
この3週間の間に、私はマサキから改良したポケモン図鑑を受け取って動作テストも終え、ハナダ周辺のポケモンのデータ(隠れ里のポケモン達も含む)も一通り収集した。買い出しなどで街に戻った時は顔見知りになったトレーナー達とバトルもしたし、なんならジム戦も10日前にクリアしてしまった。隔週の通院も2日前に済ませたし(久しぶりに高速バスを使った)、もう私がやるべきことも出来ることもこの街には残っていない。
「次に何処に行くかはもう決めてるの?」
「それが全然。一番近いのはヤマブキですけど地下通路を通ればクチバも直通だし、図鑑のことを考えたらイワヤマ方向にも行きたいんですよね」
「なるほど……ここからイワヤマトンネルは少し遠いし、一旦ヤマブキ方面に向かうのが良いんじゃない? 別にジム戦にいつ挑むかは挑戦者の自由だし、道すがらゆっくり考えて決めたらどうかしら」
「それが良さそうですね」
ジム戦といえば、ハナダのジムリーダーがカスミじゃなかったのは驚きだった。
相手は私より一回り近く年上の女性で、名前はオルラヤ。格好は所謂『ビキニおねえさん』タイプではなくシンクロの選手みたいだった。聞いてみたところ本当にポケモンとのアーティスティックスイミングを生業にしており、今ハナダのジムリーダーをやってるのは代理、というか繋ぎだそうだ。
『前のジムリーダーの娘さんが今年トレーナーデビューで、まだ資格が取れてないの。今は武者修行で旅に出ているから、君もそのうち何処か出会うかも知れないね』
というのが、ジム戦後にオルラヤ本人から得た情報だ。名前までは聞かなかったが、この『前のジムリーダーの娘』というのが十中八九カスミだろう。思えば彼女はカントーのジムリーダーの中で一番年少に見えたし、私と同い年でも何ら不思議はない。
ちなみにそもそも対戦相手が想定と違っていたことから分かる通り、オルラヤはカスミと違ってスターミーは使ってこなかった。とはいえ代わりに出てきたのがみず・じめん複合のヌオーだったので、厄介であることには変わりなかった。
最初のヒトデマンと次のパウワウはフラウの『10万ボルト』でどうにかなったけど、ヌオーは水への有効打点であるでんき技が完全無効。そして知っての通り私の手持ちにくさタイプはいないので、流石にちょっとばかし冷や汗をかく事態となった。
結局カフカが化けた『フシギダネ』のお陰でジムチャレンジ自体は完勝したものの、やっぱりタイプ相性ってのは最重要ファクターだと再認識した次第。今までは苦手意識克服も兼ねて敢えて相性を無視することも多かったけど(手持ちが少ないから仕方ないんだけど)、今後は可能な限り色々なタイプを手持ちに入れる必要がありそうだ。
………………出来るかどうかは別にして。
「それじゃ、そろそろ行きますね」
少しばかり憂鬱な気持ちが湧いてきたので、振り払うように立ち上がる。今日はそもそも出発前の挨拶に来ただけなのだ。あまり長居しても仕方ない。
「そう? まだ少し早いような気がするけど……」
「明るいうちに行けるところまで行きたいんです。此処から先は何処に行くにも結構な長丁場だから」
「……それもそうね。ごめんなさい、ちょっと寂しくなっちゃったわ」
苦笑いするミドリさんに「また手伝いに来ます」と返す。ミドリさんは若干まだ物言いたげだったが、やがて「是非また来てね」と笑顔を見せた。ちょっと奥歯に物が挟まったような感じだけど、本人が言い出さないなら聞き出さない方が良いだろう。
「ナゾォ?」
「ベト……」
「んっふふ……うん、君達も元気でね」
「もんもー」
目に見えてしょぼくれるナゾノクサとベトベターを交互に撫でる。するとくいくい服を引っ張られたのでそちらを見れば、ケーシィが目を擦りながらもジャケットに爪を引っかけている。よしよし、君も撫でてあげようね、と。
「……そうだ。ちょっとだけヒンバスに会っても良いですか? 実は少し話しておきたいことがあって」
「っ! え、ええ勿論よ! 是非お話して頂戴!?」
「? ありがとうございます」
ヒンバスの名前を出した途端何故かはしゃぎ始めたミドリさんに首を傾げつつ、彼女に促され裏庭に出る。
この3週間でとうとう投薬と水槽生活を卒業した彼女は、ぎこちないながらもトサキントやヒトデマンと一緒にそこの池で泳ぎ回っていた。「ヒンバス」と声をかけると、ぴょんと跳ねてこちらまで近寄ってくる。やっぱり可愛い。
「あのねヒンバス、私達今日でこの街を出ようと思うんだ」
「ヒン?」
「そう。一応トレーナーとしてバッジ集めたり、色々やりたいことがあるから。またいつか此処に立ち寄るつもりだけど、ちょっといつになるかまでは約束出来ないんだよね」
「……ヒン」
「だからねヒンバス、もし君さえ良ければなんだけど……」
ヒンバスは神妙な顔で私を見上げている。誰かがこくんと喉を鳴らしたのが聞こえた。別にそんな大層なことを言うつもりはないのに、妙に空気が張り詰めてきて少しばかり据わりが悪い。ぷに、と頬に触れるカフカの手が唯一の癒やしだ。
「君、私と一緒にホウエンに帰らない?」
何故だろう。聞こえるはずもない空気が凍る音が聞こえた気がした。
「……………………え゛?」
ミドリさんが変に引き攣れた声を出したのが少し気になるが、今はヒンバスだ。できるだけしゃがんで視線を合わせつつ、きっと戸惑っているだろう彼女に「あのね」と声をかける。
「私は今のところカントーのジム巡りが目的なんだけど、いずれ他の地方にも行きたいとは思ってたんだ。だからホウエンにもいつか行くつもりだったし、ジムだって別に期限は無いから後回しでも問題無いわけ。だから、ヒンバスが生まれ育った場所か、別の住みよい場所を一緒に探すことくらいは出来ると思うんだよね」
「…………」
「勿論今すぐ決めなくていいよ。いつになるか分からないけど、私がまた此処に来たときに返事くれると嬉しいな。勿論、腹が決まったならミドリさんから呼び出して貰っても構わないし」
「…………」
「あ、でも無理に帰れってわけじゃなくてね。別にこのままカントーにいても良いし、縁があって他の良いトレーナーの手持ちになるならそれも全然。だけどもし故郷に帰るつもりなら、私でも君の手伝いが出来ると思、」
「…………ヒッ」
「ヒンバス?」
何やら俯いてプルプル震えだしたヒンバス。鰭が影になって上からだと表情がわかりにくい。どうしたの、と何とか顔を覗き込もうとした瞬間
「ヒィンッッ、バァァア――――ッッ!!」
「ぶはっ!?」
結構な勢いの『みずでっぽう』に顔面を直撃された。
「バァッッ!」
「へ? うわっ!?」
先日のクソ野郎みたいに彼方へと飛んでかなかった辺りかなり手加減はされてるが、それでも濡れ鼠の完全体が出来上がってしまった。しかもそれだけに留まらず、その場から勢いよく跳びはねたヒンバスにのしかかられ、ぬかるんだ地面に思い切り尻餅をついてしまう。ついつい「ヒンバスって『のしかかり』覚えるのか?」と現実逃避しかけてしまうが、ビシビシと左右の鰭で叩かれるのが地味に痛くてすぐ引き戻される。
「バッ! バッ!! バァッ!!」
何故だろう、「バッ」までしか言われてないのにめっちゃくちゃ「馬鹿」って言われてる気がしてならない。怒濤の勢いで馬鹿呼ばわりされてるような。
うっかり某海賊漫画のモグラ人間を一瞬思い出したけど、二の腕を一際強くベチンと叩かれたお陰で残像はすぐさま消え去った。
「ヒンバス……?」
物凄く怒っているか不服を申し立てているのは分かるが、理由がサッパリ思い当たらない。そんなに気に障るようなことを言ったつもりも覚えも無い。本当にこれっぽっちもだ。そりゃ善意の押しつけが迷惑だってことは分かってるけど、それでもここまで激高されると流石に理不尽めいたものを覚えてならない。
「もんもぉ……」
「マリステラちゃん、あの、それは流石にちょっと……」
……のはどうやら私だけのようで、ミドリさん(といつの間にか彼女の側まで逃げていたカフカ)は非常にしょっぱい顔をしてこちらを見ていた。側のハピナスやナゾノクサ達はオロオロしているが、ベトベターはこれ見よがしに肩をすくめている。
え、何これ私が悪いの? なんで?
「バッ……! バッ……!」
「ヒンバス?」
やがてベシベシという感じだった鰭で叩く音がペシペシ程度に、更には服や腕を掠める程度にまで弱まっていく。
とはいえ身体の震えは止まらないし、俯いたまま顔を上げないし、私の上から退こうともしない。ううん、どうしたものか……
――――――ぽたんっ。
しがみ付くような格好で動かなくなってしまった鰭の付け根を撫でていた手に、やけに温かい雫が落ちた。あれ、と声を出すより早く、ずっと下を向いていたヒンバスがこっちを強い眼差しで睨め付けてくる。つぶらで愛嬌のある黒い瞳は、池の水とは違うものでたっぷりと潤んでいる。
「……………………あー」
理解した。流石に理解した。そりゃカフカからもミドリさんからも「マジかコイツ」みたいな顔されるわけだわ。
いやでも、一応言い訳させてほしい。だって『こういうの』ってマサラタウンのサトシ君か、サトシ君の愉快な仲間達にしか許されない特権じゃないの? バトルどころか交換ですらないし、サトシ君みたいに体当たりでこの子にぶつかっていったわけでもないよ?
それなのに、マジ? こんなことマジであるの? ……本当に?
「バッ……バッ……」
……あったんだなあ、これが。
いやあの、本当にごめん。前提を変えて振り返ったら私の言動が唐変木過ぎる。ラブコメの鈍感主人公かよ。自分で言っててキモいけどこれ以上的確な表現も思いつかん。
「えーと、ヒンバス?」
「バァア……ッ!」
「うん、ごめん。私が悪かった。本当に悪気は無かったけど、でもごめん」
ちゃんとやり直したいから顔を上げてほしいと伝えれば、最後にべしんと腕を叩きつつも真っ直ぐこっちを見上げてくる。……やっぱり可愛いなあ。
「あのね、さっき言ったこと取り消したりはしないよ。ヒンバスが帰りたいなら、私はその手伝いがしたい」
「バア……ッッ!!」
「待って待って、最後まで聞いてよ」
「…………ヒンッ」
『みずでっぽう』第二波の直撃は免れた。不承不承ですと顔全体に書いたままのヒンバスをよしよしと撫でつつ(思えばこれが振り払われない時点でもう少し考えるべきだった)、腰につけっぱなしだったモンスターボールを取る。これまで相手トレーナーの目くらましにしか使ってこなかったから、当然中には誰もいない。
「正直ね、ヒンバスがもう人間に振り回されるようなことにはなって欲しくないのが一番なんだ。私は君に何かを強要したくないし、他の誰かに強要されて欲しくもない」
「…………」
「だからね、ヒンバス」
「もし君さえ良ければ、私と一緒に来てくれませんか?」
両手に持ったモンスターボールを目の前に掲げる。柄にもなく心臓が高鳴って、気を抜くと変な息が漏れそうだ。トレーナー認定の試験だってこんなに緊張はしなかったのに。
「――――ヒィン、バッス!」
数秒か、十数秒か、それとも数分か。
再び身体全体を使って跳ねたヒンバスがボールに突撃し、そのまま光と共に中へと吸い込まれていく。ゲームのように大きく揺れることもなく、捕獲ランプの点灯はあっさりと消灯した。
どういう技術かはさっぱりだが、モンスターボールの重さはポケモンをゲットしようがしまいが変わらない。それでも中を覗き込めば、中には愛嬌たっぷりの可愛らしいさかなポケモンが宙を泳いでいる。
「本当によかった、やっと丸く収まったわね……!」
「もんもんもー!」
「はは……ご心配おかけしてすみません」
文字通り胸を撫で下ろすミドリさん。左肩に戻りがてら「まったくもう」と頬をつついてくるカフカ。前者はまだしも後者は逃げやがってこんにゃろうと思わなくもないが、まあ私が悪いので甘んじて受け入れるとしよう。
それはそれとして、
「これからよろしくね、ヒンバス」
『ヒンッ!』
ボールの中で元気よく跳ねる彼女を見ていると、ふといつか言ってみたかったあるセリフが脳裏をよぎる。流石に勢い任せに口に出す勇気までは出なかったから、心の中でだけそっと呟いてみた。
ヒンバス、ゲットだぜ。
《後書き》
お待たせ致しました。ハナダシティ編これにて終了です。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。そして何度も「早めに更新~」詐欺をかましてしまい本当に申し訳ありませんでした。
そして1話辺りの文字数も過去最大です。本当は2話に分けたかったんですが丁度良く切れるところがなかったのでこうなりました。なんでこんな長いのに展開は遅いんだ……。
ともあれ、ここに来てようやくオリ主の手持ちが更新されました。色違いヒンバスを仲間にする展開はかなり最初の方から考えていたので、やっと書き切れてほっとしています。とはいえ他にも手持ちに入れたいポケモン、手持ちに入らなくても登場させたいポケモンは沢山いるので、少しずつ登場させられたらと思っています。
ちなみにヒンバスの元トレーナーが連れてたポケモンは一応考えてはあるんですが、正直そのポケモンの風評被害にしかならなそうなんで伏せておきます。ジャイ子の本名みたいなもんですね。
そして次にオリ主が次に向かう場所について。
ゲーム通りならクチバなんですが、本編と違ってヤマブキまでの道が封鎖されてないので実はちょっと迷っています。どの街に行くにしてもそれなりにエピソードは組んでるんですが、順番と繋ぎをどうするかがまだしっかり決め切れてません。見切り発車過ぎる。
ルート候補はゲーム準拠のクチバ、地理的に一番近いヤマブキ、どちらでもないシオンのどれかです。とはいえどれになっても順番が変わるだけでそれぞれの話はちゃんと書きます。ただ途中で他地方に行く話やマサラのキャラ再登場話も盛り込みたい。
というわけなので、次の更新は少し遅くなるかも知れません。あまりお待たせしないよう努力しますが、この通り遅筆なのでお時間頂いてしまう可能性高いです。
最後に、折角ハナダが舞台なのにカスミが登場しないまま終わるという展開、肩透かしを食らった方には大変申し訳ありません。彼女はこの先のエピソードでガッツリ登場・活躍して貰いたいと考えているため、今回は出番を見送りました。
いずれ絶対に登場させるので、もう少しお待ち頂けますと幸いです。
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・特記事項:本編で述べた通り「友情ゲットは主人公(とその仲間)の特権」という思い込みがあっただけで悪気は無かった。でもそれはそれとしてクソボケ
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.35 → 36
・キルリア(フラウ):♀/Lv.29 → 32
・リザード(アシュラム):♂/Lv.29 → 31
・色違いヒンバス(??????):♀/Lv.15 ← NEW!
○ミドリ
・年齢:20歳(捏造)
・性別:女
・特記事項:しっかりしてると思っていたオリ主が最後の最後にクソボケかまして横転
○オルラヤ
・年齢:19歳
・性別:女
・名前の由来:セリ科オルラヤ属の植物『オルラヤ』(オルレア)から
・特記事項:現ハナダジムのジムリーダー(代理)。今後の展開次第で再登場の可能性があるためネームドになった
○マサキ
・年齢:25歳(捏造)
・性別:男
・特記事項:登場しなかったがポケモン図鑑は引き渡し完了している
○ヒンバスの元トレーナー(とチンピラ2人組)
・性別:男性
・特記事項:(シャバの空気に)サヨナラバイバイ