カントー地方トキワジム。
ゲームではカントーを1周して他のバッチを全部持っていくまで絶対に開かない最後の関門だけど、実際は当然ながら少し違う。所謂スポーツジムとかと同じで所属トレーナー達は普通に出入りして訓練を積んでいるし、事務員や警備員なんかもちゃんと配置されている。じゃあ何が問題なのかと言えば、肝心のジムリーダーが1年の殆どで不在だからだ。
つまりやる気を漲らせたトレーナーがジムの扉を叩いても、肝心のリーダーがいない。リーダーがいないならジムチャレンジが出来ず、チャレンジ出来ないなら当然バッチも手に入らない。代理を任されたトレーナーがいればそれでどうにかなるが、トキワのジムリーダーは殆ど代役を立てたことが無い。
だからセキエイリーグを目指すトレーナー達は、他のバッチを集めつつ常に情報を集め、1年のうち長くても1ヶ月ちょっとしかない『トキワジムリーダーの滞在期間』にジムへと突撃することになる。だからリーダーの帰還情報はカントー中のトレーナー間で即座に共有され、その期間だけはトキワシティの人口が倍になるというジョークすらある。ちなみに、1年のうちいつがその期間なのかは完全にランダムだ。
普通なら絶対に許されないこのいい加減な運営が黙認されているのは、ひとえに『トキワのジムリーダーが強く有能だから』とされている。実際彼が20年前にジムリーダーに就任して以降、ジムトレーナーの水準は鰻登りだそうで、リーダーがいない間にジムトレーナーを総ナメしようとして返り討ちに遭う者も数多いのだとか。自分1人が強いだけならいざ知らず、リーダーとしてきちんとトレーナーを鍛えた実績がある以上、リーグ側も「いい加減にしろ」とは言いにくい、ということらしい。
…………まあ、うん、してるよね癒着。ほぼ確実に。
「ジョーイさんからまだお嬢さんがこの町に滞在中だと教えてもらっての、それで待ち構えておったというわけじゃ。余計なお世話だったかも知れんがのお」
「とんでもない。地元を出たばかりでロクな伝手もないので、此処で教えていただかなかったら知るすべはなかったと思います」
今は所謂インターネット黎明期。パソコンを家に置く家がボチボチ増え始めたくらいで、スマートフォンはおろか携帯電話すら出回っていない。金銀バージョンで大活躍だったポケギアはというと、来年ようやく初期モデルが発売する予定となっている。だからトキワジムの情報が出回るといっても、基本的にトレーナー間の口コミで知るか、ポケセンなどで偶然教えて貰えるかでしか得られないというわけだ。
善意の笑みを浮かべる老人に「ありがとうございました」と頭を下げる。会釈ではなくもっと深く、きちんとしたお辞儀を意識する。礼節はいつだって大事だからね。
「ジムにはこの後行ってみますね。それより、怪我は本当に大丈夫なんですか?」
「そ、そうですよ! 骨折はしてないって言ってたけど、車椅子ってことは歩行に支障が出てるんですよね?」
「ほっほっほ。心配してくれてありがとう。確かに足首は少し痛めておるが、本当なら杖でもあれば十分なんじゃよ。家族が心配するからこうやって仰々しいものに乗っておるだけでなあ」
「……重ね重ね、地元の馬鹿が本当にすみません。正直まともな謝罪は期待できないと思いますが、トレーナー認可の取り消しくらいならすぐにでも、」
「ああ、いや、それなんじゃがな」
「?」
「実はその……被害届はな、出さんことにしたんじゃ」
「ええっっ!?」
「……は?」
嘘だろおい。……おい。
「………………そう、なんですか?」
「……もぉん」
パチパチと何度か瞬きしてみても、今し方聞いた言葉は取り消されることはない。ずっと私の左肩で大人しくしていたカフカ(元々この子は物静かだ)の心なしかいつもより低い声によって、今の言葉が現実のそれであると私はようやく受け入れた。
「失礼ですが、理由を伺っても?」
なんかこめかみの辺りがズキズキしてきた気がする。転生特典(笑)の鉄壁表情筋にパワーを込めつつ尋ねたところ、老人は何とも言えない笑みを浮かべてぼそぼそと話し始めた。
取り留めも無い話の内容を要約すると、つまるところ「自分のような老い先短いジジイのために若者の将来を潰したくない」とのことだった。セリフだけ聞くとシンプルに良い話ではあるんだが、その善意というかお人好しで見逃されたクソガキ共の悪辣さをよく知っている身としては「なんでそこで仏心出しちゃったんだよ!!」とキレたくなる結果だ。
一応細かいことを省きつつオブラートに何重にもくるんでマサラでの連中の素行を色々伝えてみたものの、返答は「ジュンサーさん達から厳重注意はされたハズだからきっと反省してくれているだろう」だった。その程度で反省して素行改善するようなら文字通り警察は要らないのよ。いやマジで。マジで(大事なことなので二度言いました)。
…………まあ、うん、仕方ない。刑事事件の当事者は被害者と加害者。厳密には目撃者ですらない私がこれ以上口を出す権利などあるはずもないし、あまり連中の悪口を吹き込むと逆に私の心証が悪くなりそうだ。
忸怩たる思いをぐっと堪え、「お大事にしてください」とだけ言って老人とは別れた。ポケモンセンターの出口まで見送ると、丁度彼を迎えに来たらしい中年の女性(顔が似ていたので親子だろう)が、こちらに気づいて深々と頭を下げて去って行った。
「マリステラさん、トキワジム挑戦するんですか?」
「ん? うん。折角だからね。あのおじいさんも言ってたけど、今回逃したら次いつ開くか分からないし」
サトシのように「ポケモンマスターに、オレはなる!」という確固たる目標があるわけではないし(そもそもポケモンマスターとは何だろう?)、ジム戦のような公式バトルをまだ一度も経験していないせいか、勝利への並々ならぬ熱意があるわけでもない。ただまあ、曲がりなりにも正式にトレーナーを名乗れる身分になった以上、バッチを求める旅は真の意味で大人になるための通過儀礼みたいなものだ。達成するにしろ、挫折するにしろ。
それに――――いや、まあ、これはいいか。
なんとなくリーフと別れるタイミングを逃してしまったので、そのまま彼女を伴ってトキワジムへと向かうことにした。入ってすぐの窓口(ゲームにはなかったと思うが、ちゃんと作業用デスクにパソコンまである)に立っていた事務員に声をかけると、たった今ジム戦の予約受付を開始したと言われたので早速予約を取ることにする。
……このジム戦の予約っていうのも、ジムリーダーの予定ありき、ジムリーダー最優先の特別措置だ。リーグ協会の頬をベチンベチンとはたいた札束は、さぞや分厚かったことだろう。
「トレーナー番号KT-001994-0227、マサラタウンのマリステラさんですね。照会できましたので、これより受付手続きを行います。ジムバッチは幾つお持ちですか?」
「ゼロです。ジム戦自体此処が初めてですね」
「承知いたしました。それではチャレンジレベルは初級用①となります。ルールの詳細はこちらの紙をご確認ください。日時のご希望はありますか?」
「出来れば明後日かそれ以降で。時間はいつでも大丈夫です」
「畏まりました。それでは――……」
提示されたのは明後日11時ジャスト。明日丸1日調整に使えて、かつ朝一番でもないからコンディションの整えやすい時間帯だ。これなら今後の日程にも支障は出ないだろう。よしよしと内心にんまりしていると、「そちらの方の受付はどうされますか?」と事務員がリーフに水を向けた。
「すみません、私は……」
「彼女はまだスクールの生徒で、私に付き添ってくれただけなんです」
「そうでしたか。なら見学手続きを致しましょうか? チャレンジャー側の承認があれば関係者席での観戦と、バトル映像のレンタルが可能になりますよ」
「……だってさ。リーフどうする? 私は別に構わないけど」
「いいんですか? じゃあ是非!」
「だそうなので、見学手続きお願いします」
「畏まりました。それではお名前とご出身地、それから身分証のご提示をお願いします」
「トキワシティのリーフです。身分証はトレーナーズスクールの学生証でもいいですか?」
「勿論ですよ」
彼女らしくきちんとパスケースに入れられた学生証を見て、事務員がパソコンに文字を打ち込んでいく。見学手続きも恙なく終わってジムを出ようとすると、軽く息を切らしたエリートトレーナーらしき集団とすれ違った。恐らく彼らもこれからジム戦を申し込むつもりだろう。ネットの発達していない今の時代に、何とも耳が早いことだ。
「じゃ、今日はこのまま解散かな。リーフ、明日はどうする? 私、明日はちょっと調整したいからいつもより遠出するつもりなんだけど」
リーフは私の問いに少し迷った後、「ありがたいけど遠慮します」と答えた。なんでも明日は午前中にタマムシまで行く用事があるのとのこと。……多分気を遣われたんだろうな。別に私としては本当にどっちでも良かったのだが、まあ無理に誘うこともないだろう。
「それじゃ、また明日じゃなくて、明後日か。気をつけて帰ってね」
「はい。お疲れ様でした!」
深々と腰を折ってから走り去っていくリーフの背中を見えなくなるまで見送る。時刻は16時ちょっと手前。日はまだまだ高いし、1日はまだまだ長い。
「カフカ、それにフラウとアシュラムも。今からの予定変更していい?」
左肩とボールホルダーから快諾の意が伝わったので、踵を返してポケセンの宿泊受付に向かう。そして「今日は外泊するので荷物だけ預かってくれ」と伝えた私は、そのままトキワの森にとんぼ返りした。
が、目的地は森そのものではない。曲がりくねった道を北側に抜けた先にあるニビシティ、でもない。ニビとその隣町であるハナダを隔てる、シロガネ山を除いてカントーで最も高い山……おつきみ山だ。
人が整えた道路を馬鹿正直にあるけば数時間かかる道のりであっても、こうやってポケモン道を突っ切れば大幅なショートカットが見込まれる。アニポケだとサトシ一行がやたら道に迷ったりして移動に数日から数週間かかっていた印象があるけど、正直何をどう迷ったらそんなに時間がかかるのか全く分からない(完全に尺の都合だろうけど)。
ちなみにこの道と呼ぶべきかギリ迷う道も、かつてボスに案内して貰ったものだ。彼は時々、あの山に棲んでいる岩ポケモンやトレーナー(山男やボーイスカウト達)にも
「とうちゃーく。んじゃまずはポケセン行って一休みしよっか」
「もん!」
果たして1時間もかからずおつきみ山の麓に辿り着いたので、入口に隣接したポケセンで手持ちの回復を頼む。誰も大きな怪我等は特にしていなかったので、ゲームほどの手軽さはないもののそこそこ短い時間で帰ってきてくれた。
登山者管理のため制限された入口を潜った後は、多くの人に踏みならされた道をこれまた外れて別方向へ。ゲームでは主に薄暗い洞窟だか地下通路だかを延々歩かされるおつきみ山だけど、普通に越えるだけならそんな苦労は必要ない。舗装された山道は車すらちゃんと通れる幅があるし、数はそこまで多くないが高速バスだってあるくらいだ。
が、今の私達の目的は、当然ながらそんな『人間様の縄張り』を彷徨いてちゃ果たせないわけで。
「さて、アシュラム」
「カゲェ?」
ボールから出るなり初めての登山に顔を輝かせ始めたうちのヒトカゲ君と視線を合わせる。素早く手を繋いだフラウに捕まえられていなければ、そのまま何処かに走り出してしまいそうだ。
「さっきの話聞いてたと思うんだけど、明後日はジム戦です。相手はトキワジムのジムリーダーで、専門タイプは地面。つまりアシュラムの苦手なやつです」
「……」
「更に地面タイプのポケモンってのは、一部を除いて身体の大きな子が多い。大きいポケモンはスピード自体はイマイチな重戦車型が多いけど、当然例外もいるし、鍛えたポケモンは鈍重と言いつつ普通に速い。アシュラムはこの数日で自分より大きなボスとバトルしてきたけど、地面タイプのデカいポケモンはボスよりずっとサイズが上だし、何よりアシュラムの得意分野が効きにくいのが非常に厄介」
「……カゲ」
「なので、アレです」
「? カ、カゲェ!?」
ある程度登山になれた人間が踏み固めて出来た細道を小一時間ほど登って降って横に逸れて、やがて見えてきた洞穴を潜って。時々頭上を羽ばたくズバットに驚きながらもしっかり私の話を聞いていたアシュラムは、やがて辿り着いた先の光景にぎょっと目を瞠る。
小さめのバトルコートくらいの広さはある、山間にあるにしては妙に開けたその場所。その中心でとぐろを巻いていた文字通りの『岩蛇』もといイワークが、閉じていた目をうっすら開いてこちらを見る。
「やっほーヌシ。元気?」
「……ギュオウ」
緩慢な動作で大きな頭をもたげたこのイワークは、私がヌシと呼ぶ通りこの辺のイワーク達の中で一番強くて大きな個体だ。ニビのジムリーダーがガチバトルで使うイワークとは血縁関係にあるという噂がまことしやかに流れているが、そもそもこのデカいイワーク(ボスと違って『オヤブン』ではなく個体差の範囲らしい)の存在自体を知っている人間も数少ないので本当のところは分からない。
じゃあなんで私が知ってるかといえば、完全に偶然だ。
先に説明したとおり、おつきみ山には車もきちんと通れる整備された道路がある。ただ、ピッピなどのレアポケモンを求めるトレーナーや、そいつらを経験値目的で狩りたいトレーナーはメインルートを逸れた洞窟やトンネルに嬉々として潜っていくし、中にはそのまま遭難する
そんなわけで、おつきみ山では度々行方不明者の捜索隊が組まれる。そしてオーキド研究所の職員はフィールドワークの一環として山道を歩ける者がそこそこ在籍しており、また私は未成年ながらポケモンバトル経験者だったため、8歳頃からそのボランティアに駆り出されていた(当然ながらベテランの青年団員が同伴したが)。
ヌシの住処であるこの場所は、『カントー1高い山』という前評判を舐めてジーンズとサンダルで挑んだ外国人(確かイッシュ地方? から来たとか)の捜索過程で偶然発見したものだ。その外国人は足を滑らせてこの場所に滑り落ちた結果、重傷にならないレベルで頭を打って昏倒していた。もしヌシが一般的なイワークより温厚な個体でなかったら、私はミンチになった奴を発見してゲロでも吐いていたことだろう。
「アシュラム、このポケモンはイワーク。私はヌシって呼んでる。今日から明日の昼過ぎまで、彼とバトルを練習したいんだけど、どうかな?」
カントー地方ではトップクラスの巨体とそれに伴う迫力に、ポカンと口を開けたままにしてしまうアシュラム。見たところ怯えてはいないようだけど、いざバトルとなれば果たしてどうなるか。
「怖い? やっぱりやめとく?」
「!? カゲッ! カァゲッッ!!」
負けん気を発揮して文字通りの気炎を吐くアシュラム。こちらがやる気とわかってか、ヌシもイワークらしからぬ柔らかな眦をぎゅっと鋭くした。臨戦態勢とともに周囲の空気が張り詰めて、気温が少し下がったような気さえする。
……うん、いいね。悪くない。
「それじゃ、やろうか」
勝利へのハングリー精神は今のところ芽生えてこないけど、それでもこの、バトルの時に感じる肌感覚は嫌いじゃない。改めてそう自覚できただけでも、ジムチャレンジを申し込んだ甲斐はあったかも知れないと、そんなことをうっすら思った。
《キャラ設定》
○マリステラ(リスティ)
・年齢:11歳
・性別:女
・身長/体重:平均より高め/BMI正常域
・髪:灰色がかった銀髪ロングヘアのフィッシュボーン
・瞳:左右ともに黄色みが強いアースアイ
・特記事項:トレーナーIDは初代ポケモン赤緑発売日(1996年2月27)の2年前
【所持ポケモン(参入順)】
・メタモン(カフカ):―/Lv.??
・ラルトス(フラウ):♀/Lv.13
・ヒトカゲ(アシュラム):♂/Lv.13
○リーフ
・年齢:9歳
・性別:女
・特記事項:現役トレーナーの調整まで見学するのは流石に遠慮した