仲正イチカは嘆かない(旧題:少女たちの奇妙な日常~Stand by Aoharu~)   作:イチヂクのタルト

2 / 5
#005『青い絵』

 えーっと……どうもっす!知っている人はこんにちは、知らない人は初めまして。私の名前は『仲正イチカ』っす!正義実現委員会の二年生!趣味は『趣味探し』!

 

 ……で、その『趣味探し』が問題でしてね……。私の後輩に────仮に『S・K』って子がいるんすよ。その子、普段は人見知りなんすけどやる時にはやる子っていうか、先日のエデン条約の時にも────って、可愛い後輩の自慢話はこの辺でいいっすね!とにかく、その子が私の『趣味探し』を気遣ってくれたんすよ。

 

 彼女曰く、一年生の中で流行っている不思議な『絵』があるらしいんす。トリニティの地面に突如現れた『路上アート』。誰が描いたのかもいつ描かれたのかも不明。さらに奇妙なのは、その絵を見た人はたとえどんなに芸術に疎い人でも『惹かれる魅力』を感じるそうなんです。それも、ティーパーティーの皆様がこの『絵』を保護する方向で議論を進めていたぐらいで。

 

 ところで、皆さんは聞いたことあるっすかね?『優れた作品には芸術家の「魂」が宿る』って話。まあ、私は芸術のことはよくわからないですし、あくまで例え話だと思ってるんすけどね。────でも、本当に『魂が込められた絵』が存在しているとしたら、皆さんはどうします?……今回はそーゆーお話っす。

 

 

 

 

#005『青い絵』

 

 

「ね!聞いた?新しい『青い絵』が見つかったって話!」

 

「聞いた聞いた!あんな素敵な絵の噂を私が聞き逃すはずないでしょ!もう何枚目だっけ?」

 

 トリニティ噴水広場。穏やかな日差しの下でうら若き少女二人が談笑している。今日は土曜日、普段勉学に励んでいる学生にとってはようやく羽を休めることができる至福の日だろう。

 

 『九枚目』っすよ、と缶ジュースを飲みながら心の中で呟いておく。人から聞いた話を覚えておくのは昔から得意な方だった。特に可愛い後輩────『下江コハル』────から聞いた話ならなおさらだ。それにせっかくの非番、イチカも大多数の生徒と同じようにそれなりに浮かれていた。

 

「あれ、イチカさん?奇遇ですね」

 

 早速、例の新しい『青い絵』とやらを見に行ってみようと缶を握りつぶし、ゴミ箱を探していたところで声を掛けられた。

 

「お!スズミさんじゃあないっすか!」

 

 『守月スズミ』。トリニティ自警団の団員であり、実質的な創設者。元・正義実現委員会ということでイチカは彼女と面識があった。

 

「先日はどうもっす。おかげで助かりました」

 

「あぁ……お渡しした『閃光弾』……お役に立って何よりです。それより、大変だったみたいですね」

 

 あの列車での事件を噂か何かで聞いたのだろう。本気で心配そうな目をするスズミを見て、なんて『正義』の人なのだろうと少しばかり眩しく思う。あの事件に関しては、あの『矢』と『スタンド』のこともあったのだろう、ティーパーティー公式からの発表はなかった。しかし『噂』というものは必ず液体のようにどこかから漏れるもの。『噂』を『流れる』だとか『漏れる』だとか表現した人はよく言ったものだと内心苦笑する。

 

「いえいえ!特に怪我した委員もいませんでしたし!……それに『任務』の方も最悪の事態は免れたっすしね」

 

 それは紛れもない事実。委員はほとんど怪我はなかったし(黒幕はとても軽傷とは言えない状態だったが)、次善の策として命令されていた『矢』の破壊も遂行できた。それでもどこか遠い目をしているイチカをスズミは不思議そうに見つめている。

 

「そういえばスズミさんは何してるんすか?」

 

 深く踏み込まれる前に質問を返す。

 

「私ですか?……ちょっと自警団活動にのめりこんでレイサさんに怒られてしまい、休暇を取らされたんです。それで、寮でじっとしていても落ち着かないので気晴らしに散歩へ……」

 

 そう言うスズミの目の下には、ファウンデーションでごまかしてはいるがそれなりの隈があり、確かに最近休めていないということが確認できる。

 

「……じゃあ、一つ私の『趣味探し』に付き合ってもらえないっすか?お疲れのスズミさんにぴったしかもしれませんし」

 

「えぇッ!いや、悪いですよ!せっかくのイチカさんの休日を邪魔するわけには……!!」

 

 いいからいいからとイチカが手を引くと、申し訳なさそうについてきてくれる。どうやら嫌なわけではないらしいことに安堵しつつ、歩きながら会話を続ける。

 

「自警団活動って今そんなに忙しいんすか?」

 

「はい……近頃、トリニティ生の失踪が相次いでいるんです。今月に入ってもう『九件』。……まあ、無断での自主退学という線もありますが、何か事件に巻き込まれている可能性もあります。それで躍起になっていたら……」

 

「レイサさんに怒られたってワケっすね」

 

 イチカはトリニティの自称スーパースターを思い浮かべる。と同時に、件の『失踪事件』が委員会内でも話題に挙げられていることを思い出した。何か進展があったらスズミに共有するのもいいかもしれない。

 

「って、せっかくもらった休日に仕事の話なんてお互いワーカホリックすねェ~」

 

「ふふっ……そうですね。『休める時にはしっかり休む』、いつも皆さんに口酸っぱく言っていることを忘れてました」

 

 それから二人で他愛のない話をしながら歩き、例の『青い絵』のひとつがある公園に着いたのは正午を回った頃だった。

 

「これが……『青い絵』……」

 

 それは『圧巻』の一言だった。先に述べておくが、この『絵』自体は()()()()()()。まるでキュビズムのように極限まで抽象化された、おそらく三人の人物画。一見どんな人物たちを描いたのか全く分からない絵なのだが、スズミから思わず漏れた感想は────

 

「『青春』……」

 

「……スズミさんもそう思うっすか……私も、芸術には疎いんすけど、ここまで心を揺さぶられた『作品』は初めてっす。……なんだか、この絵を見てると先輩たちを思い出します。入部したてでまだ右も左もわからなかったあの頃を────」

 

「……さん……カさん……!イチカさん!!」

 

 スズミの呼びかけにハッとする。

 

「大丈夫ですか?五分ほど『絵』をぼーっと眺めていらしたので声を掛けさせていただきましたが……」

 

「五ッ……!?って、すみませんっす!……なんだか……らしくないけどウットリしちゃってたっていうか……」

 

 そこまで言いかけたところであることに気づく。この『青い絵』……砂の地面に直接描かれている。だというのに風が吹いても触ってみても形が崩れる様子はなく、プロジェクターで投影した画像のように一定の姿を保っていた。

 

「すみませんスズミさん。ちょっとこの絵を調べたいのでお時間いただきますっす。……追加で五分も眺めたりはしないっすから、アレだったらそこの『ベンチ』で待っててください」

 

「わかりました」

 

 ……そういえば、新しい『青い絵』は『一枚』のはずではなかったのか。コハルから聞いたのはこの公園に『九枚目』の『絵』が描かれたって話だけ。だのにこの場には『三人』の人物画が描かれている。この短期間に描き足せるものなのか……

 

「きゃっ!?」

 

 軽い悲鳴と言えど、それはイチカが飲まれかけていた思考の迷宮から引っ張り上げるには十分なものだった。

 

「スズミさん?どうかしたんすか?」

 

「いえ、ちょっと……」

 

 慌ててベンチから立ち上がるスズミを見ると、スカートのお尻の部分が黄色く汚れていた。

 

「あァ~~~っ!!すいませェん!!そこのベンチ、ペンキ塗り立てなんすよォ~~~……って、一足遅かったかァ~~~~」

 

 そう叫びながら駆け寄ってきたのは清掃のアルバイト中だと思われる生徒。よれた作業服と作業帽子を身に着けており、トリニティ生であるかはわからない。

 

「ちょっとちょっと!困るっすよ!ちゃんと看板か何かを立ててもらわないと!!キレーなスズミさんのおべべが汚れちゃったじゃあないっすかッ!!」

 

「……いろいろイチカさんには言いたいことはありますが、私は大丈夫ですので気に病まなくて大丈夫ですよ」

 

「いやいやッ!正実(正義実現委員会)の方の言うとおりですよォ~~~~!!わたくしどもの不手際ですしィ……クリーニング代は払わせてくださいッ!」

 

 アルバイトの生徒は懐からメモ用紙とボールペンを取り出し、清掃会社のものと思われる電話番号をスラスラと書く。

 

「もしクリーニング代では不足だったらこちらにお電話くださァ~~~い。キチンと『誠意』を持った対応をしますともッ!」

 

 そう言ってメモ用紙を手渡そうとするが、イチカとスズミはそれどころではなかった。

 

「あ、あの……それ、何してるんすか?」

 

「~~~~~~ッ!?」

 

 アルバイトの生徒は、右手でメモ用紙を持っている。それはわかるのだが、わからないのはなぜハンカチを持った左手をスズミの『お尻』に擦り付けているのかってことだった。

 

「何って……『掃除』ですよォ。ハンカチは汚れを拭き取るものでしょ?それに『清掃員』自らが汚しちまったんです。このままでは『沽券』に関わるってもんです……それにしてもイイ『形』だ……筋肉のハリも素晴らしい……これはきっと最高傑作に────」

 

「いい加減にしてください」

 

 イチカは糸目をうっすらと開くと、ドカッとアルバイト生を蹴り飛ばす。

 

「い、イチカさん……」

 

「私の友人にセクハラはやめてください。然るべきところに連絡しますよ……例えばあんたの学校とか」

 

「……へぇ、私のことなんかなーんにも知らないオマエが?」

 

()()()()()()

 

 イチカは彼女の素性を調べるために、秘めた『(スタンド)』の名前を呟く。

 

「『チケット・ゥ・エデン』」

 

 イチカの手のひらの上にいつの間にか現れた『手帳』のヴィジョンは、ひとりでにパラパラとページが捲れていく。

 

「えーっと、『「巣鴨ミツル」十六歳。ワイルドハント出身。趣味は』……ッ!?」

 

 アルバイト生の素性を割ろうとしたイチカは『チケット・ゥ・エデン』に『異常な記述』を見た。と同時に、スズミの方を振り返る。

 

『趣味は「生徒」を画材とした「青い絵」の制作。 歴史上の数多の作品はどれも素晴らしいが、真なる「芸術」にはあと0.01パーセント足りない! 「魂」なのだッ! そこに欠けているのは生きた「魂」! 私は「魂」を込めて作品を創る真なる「芸術家(アーティスト)」! 誰だって私を止められる人間はいやしない!』

 

『スタンドの名は────「オーシャン・ナナ」ッ!!』

 

「なにかマズいッ!!コイツが『失踪事件』の犯人かッ!?……スズミさんッ!!」

 

「イチカさん……私……は……!!」

 

 スズミの腰回り、『ペンキ』に触れた部分は既に『絵』となりかけていた。コルセットの下半分まではもうドロドロと溶けて地面と一体化し始めている。

 

「生乾きのペンキが『スタンド能力』……ッ! コイツの歪んだ精神力の発露っすかッ!!」

 

 イチカが腕を引っ張っても『絵』化は止まらない。むしろ地面との結合は強まっていく。それでも諦めずに腕を掴み続けていたその時だった。

 

────ゴボゴボッ

 

 スズミの『絵』化した腰回りがうごめき、突き破るように小さな『スタンド』が現れた。バスケットボールのような形とサイズで、その口内には注射針のように鋭い歯が並んでいる。

 

「プギャァアアアア────────ッ!!」

 

「うおおおッ!!『チケット・ゥ・エデン』ッ!!」

 

 襲い掛かってきた『スタンド』の攻撃を間一髪人型となった『チケット・ゥ・エデン』の腕で防御する。さらにカウンターとして拳を振るう。

 

「エディイッ!!」

 

「ぐはッ!?は、速い……!!」

 

 攻撃された『スタンド』のダメージが反映され、本体であるアルバイト生────ミツルの体が後方へ吹っ飛ぶ。

 

 このまま一気に叩くッ!そう思って右腕を振り上げたイチカは驚愕する。

 

「何ィイイイイ────────ッ!?こ、『拳』が溶解し始めている……『絵の具』のように……ッ」

 

 地面を転げ回って悶絶しているミツルの『スタンド』を見ると、歪に並んだ歯のすき間から黄色い液体が流れだしている。インパクトの際に弾け出た液体がこの現象の原因か!

 

「あぁ……くそッ!痛ェよォ~~~~……まさか『スタンド使い』だったとは……だがオマエももうおしまいだッ!!ほんの一部とはいえ『オーシャン・ナナ』の『分泌液』に触れたなッ!!」

 

 そう言うとミツルはサブマシンガンを取り出し、イチカたちに向かって弾幕を張る。

 

「エディイイイイイイ────ッ」

 

 残った左腕で何とか銃弾を受け流すも、流石に何発かはもらってしまう。その隙にミツルは逃走を図り、まんまと公園の外に逃げられてしまった。

 

「い、イチカさん……あなたのその『力』────」

 

「喋らないでッ!!『スタンド攻撃』は本体を倒せば『解除』されるはずっす……!だから、『安心』して待っててください」

 

 溶解する右手をハンカチで縛りながら、イチカは答える。スズミの体はもうほとんど『絵』になりかけていた。だがそこに恐怖はなかった。イチカが『激情』と『理性』の狭間で生きていることは何となく察していた。だが彼女は『優しすぎる』。眩しいほどに。

 

「────私は、イチカさんのことを『信頼』しています。ですが、それはあなたが自分を押し殺す理由にはならない。もっと自分を好きになってください。もっと自分を『解放』してあげてください」

 

 囚われている私が言えることではありませんがとクスリと笑う。

 

「────ご武運を」

 

 そう言い残し、スズミの体は完全に『青い絵』となった。

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!くそっ……!今回ばかりは手こずったな……!」

 

 ミツルはトリニティ大聖堂の前をふらふらとした足取りで逃走していた。ちょうど真南に昇っている太陽の光と人々の熱気がうざったいが、建物の間などの『陰』を移動して怪しまれるよりマシだ。

 

 現在、彼女はトリニティの制服をまとっていた。人を隠すなら人の中。作業服を捨て、逃走中に出くわしたトリニティ生の制服を奪う(もちろんそいつは『絵』にしてやった)。それを着てずっと人混みの中を移動してきた。これなら『能力』の術中にかけたあの正実の少女が、完全に『絵』になるまでの時間稼ぎにはなる。

 

「奴の『スタンドパワー』……凄まじい力だった……『アドレナリン』が切れてきたからスゴく痛むが……」

 

 息も絶え絶えになりながら歩を進めていく。瞬間、凄まじい光が聖堂前広場を包み込む。

 

「なに!?ギャーッ!!」

 

「目、目がァーッ!?」

 

 通行人たちの悲鳴がこだまするが、ミツルも半ばパニックに陥っていた。

 

 なんだ!?恐らくこれは『閃光弾』ッ!!まさか、奴が追って……いや、早すぎる……くそッ!目が見えないぞッ!!とにかく『防御』をッ!!

 

「『オーシャン・ナナ』ァアアア────ッ!!」

 

 十数秒後、ようやく目が慣れて視界が明けてくる。ミツルの前方には黒い翼と、同じく黒のセーラー服を纏った少女が佇んでいた。彼女の右腕は既に肘関節まで溶け落ちている。この様子ではアサルトライフルは撃てないだろう。

 

「……なるほどな。やはりオマエか。とっさに『オーシャン・ナナ』の分泌液をまき散らしていなければ、私は今頃再起不能になってただろうな」

 

 ミツルはちらりと自らのスタンドを見る。(イチカ)との距離は約五メートル。十分『オーシャン・ナナ』の射程距離内だ。

 

「どうやってこの短時間で私を見つけた?本来ならオマエの時間切れまで隠れ潜める手はずだったんだが」

 

「……一説によると、知り合いの知り合いを六人辿ると、『世界の果て』の人物にまで行きつくらしいっす。……わかりませんか?『世界の果て』で()()なんす。『トリニティ』内で逃走中のアンタを見つけることはそう難しいことじゃあない」

 

 イチカは手に持つ『手帳』を開き、ミツルに見せる。

 

『聖堂に向かう「頬の腫れた少女」を見た』

 

 『手帳』にはいくつもの似たような記述が書き殴られている。イチカの『チケット・ゥ・エデン』は他人の頭の中を覗き見るスタンド。道行く人々の『目撃証言』を集めることくらいわけはなかった。

 

「なるほどな。この『ダメージ』を追跡してきたということか。せっかく新しい服を調達したというのに抜け目のない奴め」

 

「『服装』なんてアテにならない。逃走中ならなおさらっす。それに比べて私がぶん殴ってできたその『傷』はそうそう消せるもんじゃあない」

 

「凄いよオマエ。今まで出会ってきたどんな奴よりもだ。……だが『追跡』できたからといってどうなるわけでもない。その『腕』……辛そうだな、銃は持てるのか?完全に『絵』になるのも時間の問題さ」

 

「自惚れないでください。やろうと思えばさっきの『閃光弾』のタイミングでアンタは『撃破』できていた」

 

 ハッタリだ、とミツルは思ったが決して警戒は止めない。もう一度『分泌液』をブチ込む!それが『勝利』への道筋だと考えた。

 

「……へぇ、それじゃあなぜ追撃しなかったんだ?」

 

「……聞きたかったからです」

 

 イチカは目を開き、まっすぐに見つめる。

 

「私が『青い絵』を見た時、言いようのない『眩しさ』を感じました。スズミさんが『青春』と言い表した感覚……その陰に、決して届かないように遠い『光』を見た……これはどういうことなんすか?」

 

 ミツルは深く失望した。それは誰の目から見ても明らかだった。目を見開きイチカを凝視している。それでいてふぅ……と溜め息を吐き出し、応える。

 

「それはオマエが『青春』を謳歌していないからさ。空っぽの『虚構』を抱えてこの『子供の楽園(キヴォトス)』を無意味に生きる落ちこぼれ。『絵』になったとしてもお前は『青い絵』にはなれない────いわば『黒い絵』。くすんで擦り切れたドス黒い炭カスさ」

 

「……そう言ってくれて安心したっす」

 

 一瞬の静寂────それを破るのは液体の弾ける音だった。

 

────ゴボゴボッ!

 

 イチカの溶け落ちた片腕が形成した『絵の具だまり』から『オーシャン・ナナ』が飛び出す。イチカは残る左腕を振り上げ、『チケット・ゥ・エデン』の拳を叩きつける。

 

「ゴブッ!ブシャァァアアアア────ッ!!」

 

 拳圧で一瞬変形したように見えた『オーシャン・ナナ』。だが至近距離で『分泌液』を浴びたイチカの左腕は『絵』化を始める。

 

「ぐぁッ……!!やはり私の『勝利』だ……!モロに攻撃を受ける『覚悟』がなければこの道は掴めなかったッ!『分泌液』をブチ込んだぞッ!!この出来損ないの『画材』がッ!!バラバラに引き裂いてオマエの友人どもに送り付けてやるッ!!」

 

 勝利を確信したミツルの顔面を襲ったのは、未来永劫あるはずのない『二撃目』だった。

 

「ぶゲッ……!?」

 

 イチカが『オーシャン・ナナ』に打ち込んだのは、肘まで溶け落ちた『右腕』。さらに溶け始めた『左腕』。『右腕』、『左腕』、『右腕』、『左腕』────────

 

 連続するラッシュのスピードは加速度的に増していく。

 

 イチカの『覚悟』はずっと前に、スズミに後を託された時から決まっていた。自らの肉体が崩れ切る前にミツルを打ち倒すという気高い『覚悟』を。

 

「確かに私は『青春』を楽しめてません。でも、それでも『私』は『私』でいい。いつかきっと『私』を見つけられる日が来る。だから────今日ぐらい『私』を『解放』するっす」

 

「エディィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」

 

 トリニティは『青い絵』を失った。『青い絵』に魅了されていた者たちは悲しみに暮れた。しかし、女子高生の流行りはすぐに移り変わるもの。彼女らはまた新たな流行を追うのだろう。代わりに取り戻したものといえば、十二人の『行方不明者』とひとときの『平和』、そして仲正イチカと守月スズミの『休日』くらいであった。

 

 

 

 

「『スタンド』……ですか」

 

 事が収まった後、イチカとスズミはカフェを訪れていた。アールグレイの香りが鼻腔を刺激し、疲れた体を癒してくれる。ナギサ様が半ば紅茶中毒になっているのも、今なら理解できる気がする。

 

「えぇ、例の『列車事件』で身に着けた力……ってトコっすかね」

 

「なるほど……」

 

 イチカが彼女に『スタンド』のことを話したのには理由があった。

 

(今回でハッキリしたっすね……『スタンド使い同士は引かれ合う』……スズミさんをこれ以上巻き込むわけにはいかない)

 

 意を決してイチカは口を開く。

 

「あのっすね────」

 

「もしよろしければ、イチカさんのお力を貸していただけませんか?」

 

「……はイ?」

 

 思ってもいなかった言葉に声が裏返る。

 

「今後今回のようなスタンド犯罪が起きないとも限りません。正義実現委員会のあなたにお願いするのは心苦しいのですが……ですので、代わりと言ってはなんですが」

 

 スズミがテーブルの上で指を組み、薄く微笑む。

 

「イチカさんの『趣味探し』、お手伝いさせてください」

 

「え、えェ~~~~……」

 

 これから待ち受ける気がする波乱の日常を思い浮かべ、イチカは天井を仰いだ。

 

 

#005『青い絵』了




スタンド名『オーシャン・ナナ』
本体『巣鴨ミツル』

破壊力:D スピード:C 射程距離:B
持続力:A 精密動作性:C 成長性:D

遠隔操作型のスタンド。口からの『分泌液』に触れた生物を溶かして『絵画』にする。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。