仲正イチカは嘆かない(旧題:少女たちの奇妙な日常~Stand by Aoharu~)   作:イチヂクのタルト

3 / 5
方舟・キヴォトス編
#001 『○○○○の奇妙な日常-プロローグ』


「えぇ、ですから今日はサボってしまおうかと思ってまして」

 

「今日『は』?聞き間違いじゃあなければだけど……イロハちゃん?今日『は』って言った?」

 

「失礼……『今日も今日とて』……ですね」

 

 イロハちゃんとの朝は気持ちいい。私が無理やり起こして引っ張ってきたから少しだけ機嫌が悪そうだけど、食堂で飲んだコーヒーと、廊下を彩る弾薬と硝煙の香りで目は覚めているようだ。雑談は終わりだと生徒会室の扉を開く。

 

 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の朝は早い。せわしなく動く議員たちが、会議資料や生徒名簿を抱えて縦横無尽に駆けている。一人を除いてだが……

 

「キキッ!そうだ走れ走れぃッ!今日こそこのマコト様の威信にかけて!風紀委員の奴らを引きずりおろしてやるのだッ!」

 

 椅子に座ってフン反り返っている彼女の名は羽沼マコト。ゲヘナ学園トップにして、生徒会『万魔殿』を束ねる生徒会長である。ゲヘナ学園生徒における支持率は驚異の約1パーセント。一般受けはしてないみたいだケド……彼女の美しさと明晰さ、そして支配者としての器は私を見事に虜にしている。

 

「マコト議長。おはようございます」

 

 私は腕を背中で組み、頭を下げる。

 

()()()はいつも通りですね。マコト先輩の前ではシャキッとしてます。あっマコト先輩おはよーございます」

 

「イロハイロハイロハぁあああ~~~……いつものことだが、お前も()()()みたいに礼儀正しくしてみたらどうだ?どーにもこのマコト様への忠誠心が足りてないように思えるんだが」

 

 そんなの誰も持ってませんよと言いたげな目をしていたけど、流石に口には出さなかった様子のイロハちゃん。でもね、私はわかってる。例えば、マコト議長が絶体絶命のピンチに陥った時、真っ先に助けに行くのは多分イロハちゃんだ。そんなことを思いながら、業務を開始しようとする彼女の背中を見送る。

 

「それでは私も業務に」

 

「待て」

 

 議長が私を、いや私たちを呼び止める。その目はいつもの議長とは異なる、真剣な色を帯びていた。

 

「お前たちに『厳命』だ。それも万魔殿だけでの『秘匿』のな。詳しいことは朝礼会議で話すが……お前たちに『怪現象』の調査を頼みたい」

 

 万魔殿内に生暖かい風が吹く。秋の訪れはまだ遠い。

 

 

 

 

 

#001 『○○○○の奇妙な日常-プロローグ』

 

 

「『怪現象』……ですか。はぁ……また面倒なことに」

 

「そう言わないでよイロハちゃん!マコト議長にイイトコ見せるチャンスだよ!溜息なんてついてると幸せが逃げるよ!」

 

「はぁ……そんなこと考えてるのは()()()だけですよ。……前者も後者も」

 

 じとっとした目でこちらを見てくるイロハちゃんは置いておいて、マコト議長の話す『怪現象』とはこうだ。

 

『最近、我がゲヘナ領で奇妙な『発火事故』が相次いでいる。もちろんお前たちの知っての通り、『自由と混沌』を校風とするゲヘナでは発火など日常茶飯事なのだが……それを差し引いても奇妙なのだ』

 

 想像の中の議長もカッコイイ……

 

『その発火は()()()()()と対面したときに起こる。休暇中の我が議員が捕らえた温泉開発部員の証言によると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうだ』

 

 そしてその『とある生徒』が……

 

「『トリニティ生』……ですか」

 

「正確にはトリニティの制服を着ていたって話だけどね」

 

 どちらにせよ、トリニティが絡んでるということで躍起になっているのだろう。ゲヘナ学園はトリニティ総合学園とは大昔から犬猿の仲だ。それはマコト議長も例外ではない。

 

「トリニティもそうですし、あの風紀委員会が手をこまねいているとなれば、うちのバ……マコト先輩が動かないはずないですもんね……はぁ……やっぱり今日はサボるべきでしたかね」

 

「溜息ィイイ~~~」

 

 うるさいですよとイロハちゃんにほっぺをぐにぐにされながら歩いていると、例の『発火事故現場』に到着した。建物の間にある、所謂『裏路地』。ホコリっぽさに思わずせき込み、手を団扇のように使って顔周りのホコリを払う。

 

「けほっけほっ……ここが温泉開発部員が言ってたっていう場所か。随分薄暗いところ……っと、議長から連絡だ」

 

 私がスマホを覗き込むと、イロハちゃんも同じように覗き込んできた。

 

「『発火事故発生場所リスト』……相変わらず凄まじい情報網というか、こういう時には頼りになるというか」

 

「おっ!イロハちゃんもマコト議長のカッコよさに気づいちゃった感じ?」

 

「いつも()()だったら気づいちゃってたかもしれませんね。あと近いです」

 

 私の顔を押し退け、送られてきたリストを黙々と読み進めていくイロハちゃん。それは私のスマホなのに立場ないなぁと思いつつ、可愛いイロハちゃんのレアな集中顔を拝むことができたのでヨシとする。ここにチアキちゃんがいたら、後生大事にする一枚を撮ってもらってたね実際。おっ目が合った。

 

「なんで私の顔ばっかりジロジロ見てるんですか?」

 

「イロハちゃんが可愛いからさ☆」

 

「引っ叩きますよ?それよりここ、見てください」

 

 大人気雑誌のラブコメディーにも引けを取らない殺し文句を華麗に躱されたことに対し、ちょっとした敗北感を感じる暇も与えられないらしい。それでも、敬愛するマコト議長が送ってくれた資料なら私の殺し文句が負けても仕方ないかと思い、スマホに目を落とす。

 

「……『裏路地』だね」

 

「そうなんです。この『発火事故』、時間や地区はバラバラですが、必ず『裏路地』で発生している。推測ですが『裏路地』ってところに意味があると思います」

 

「……そうかな?その『放火犯』、(恐らくだけど)トリニティの生徒でしょ?多分、ただただゲヘナ生をブチのめすことが目的なんじゃあない?だから人通りの少ない『裏路地』を選んだ」

 

 するとイロハちゃんは、両腕を組んで首を傾げた。まるで、物理学者が科学では説明がつかないことを科学で解明しようと思考を凝らしているように。私は彼女のそういった思慮深く聡明なところが大好きだ。

 

「─―――目的に関しては、概ね同意します。というかそうとしか考えられない。時間や地区、被害者に脈絡がないことや、ゲヘナ以外でこういった『発火事故』が起こっていないことから、『放火犯』は『愉快犯』でほぼ確実だと思います。ただ────」

 

 イロハちゃんが私の方に向き直る。キリキリ

 

「本当に人目を憚って『裏路地』を選んだだけなのでしょうか?発砲した者の体を一瞬で火だるまにできる『放火犯』が?」ギギッ

 

「そんなことができる者がコソコソと人目を避ける意味があるのでしょうか?その発火現象がトリックにしろ、ちょ、超能力にしろ、その『発動条件』がきっと『裏路地』に────」ゴトッ

 

「イロハちゃん危ないッ!!」

 

 ガシャアンッという音とともに、彼女の頭上から古ぼけた外灯が落ちてきた。とっさに私が押し飛ばしていなければ多少の怪我はしていたかもしれない。私の下敷きにしてしまっていたイロハちゃんも目を丸くしている。

 

「イロハちゃん……」

 

「こ、こほんっ、その、ありがとうござい」

 

「さっき『超能力』って言った時のちょっぴり赤らんだ顔、マジに刺さった」

 

「……やっぱり引っ叩きます」

 

 私の頬を打つ音が裏路地の闇に吸い込まれていく。そして影もまた闇に紛れるもの。私たちが闇の中のその人影に気づくことはなかった。

 

 

 

 

「……警告はしたわ。もっとも経年劣化の自然落下だと思っているみたいだけど。だって懐かしの『ラヴァー・ボーイ』……」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

「結局、なーんにも見つからなかったね」

 

 あの後、例の『発火事故現場』計9ケ所を巡回してみたものの、特段変わったことはなかった。気になったことといえば、去年に一度だけ行ったことがある定食屋が文字通り吹き飛んでいたことぐらいである。値段の割に美味しくない店だったので、多分、きっと、十中八九美食委員会だろうなぁと思いながら風紀委員会に通報しておいた。

 

「建物が吹き飛ぶ日常に慣れてしまっている私たちが恐ろしいですね……それにしてもさっき露店で買ってたそれ、なんです?」

 

 イロハちゃんが私の手提げ袋に入ったブツを指差す。

 

「これ?後でのお楽しみ~」

 

 月並みの言葉でごまかすと、なんですかそれとむくれるイロハちゃん。もふもふモップ頭も少しだけ逆立って見える。やっぱり可愛いなこの娘。まあ、とりあえず今日の調査はこの辺で切り上げるかな、と思っていた矢先……

 

「きゃああああああああああああッ!!誰か助けてくださいいいいいいいいッ!!」

 

 と、これまた月並みな悲鳴が聞こえてきた。発生源は────『裏路地』。

 

「はぁ……これは……戦闘は命令の中に含まれてはいませんが……私たちも『万魔殿』ですしね」

 

「だね」

 

 私たちはガンホルダーから万魔殿制式拳銃を抜く。イロハちゃんは一丁、私は二丁の拳銃を携え、身を隠しながら裏路地の闇へ踏み込んでいく。虎丸がいればなぁと独り言ちるイロハちゃんを横目に、これから起こるであろう『現象』を観察する。

 

「へへっ、子ウサギちゃんが自分からこんなトコに逃げ込んでくれるたぁラッキ~~って感じだぜ」

 

「それならトリニティの生徒がこんなゲヘナくんだりまで来てることの方がはるかにラッキーだろうがよォォォ」

 

「怪我したくなかったらさァ……身ぐるみ全部置いてけッ!てのはカワイソ──だから、財布とアンタの身柄だけで勘弁してやる。ど────よアタシの『コサイン・ザ・フェイク』!!」

 

 それを言うなら『ドア・イン・ザ・フェイス』だという国語の教師のような野暮なツッコミをぐっとこらえ、物陰から顔半分だけを覗かせる。暗がりの先にいたのは、三人のガラの悪い模範的なゲヘナの不良。そして彼女らに取り囲まれている────ブロンド髪のトリニティ生。

 

「や、やめてくださいッ!」

 

「おっ、逃げる気か?やっぱり子ウサギってのは足を撃ってないとどーにも」

 

 駆け出したトリニティ生の背中に、不良が銃の照準を合わせる。そして撃鉄が打ち鳴らされた瞬間のことだった。

 

「あ゛」

 

 不良の身体が()()した。そうとしか言えない『怪現象』が起きた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああっ!!!!熱゛い熱゛いアヂイよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 

「ひ、ひいっ!なんだよこれぇッ!!」

 

 燃えながらのたうち回る不良に、友人が目の前で燃え始め、腰が抜けて動けない二人の不良。彼女らの日常を壊す『地獄』がそこにはあった。そんな『地獄』を見下ろすのは、先ほどまで逃げまどっていたはずのトリニティ生。

 

(わたくし)はさァ……聞いてらっしゃる?ゲヘナの角付きさんたち?アンタたちがすっっっごく嫌いなの」

 

 彼女はもう取り繕うのをやめ、一人では何もできない赤子を見るような目で不良たちに語り掛ける。

 

「でもね、アンタたちがそんな上目遣いで私を見上げたりィィィ……アハッ♪そおおおんな風に地面を転がり回っているのを見るのはすっっっっっっごく大大大大大だああああああああい好きなのッ!!まるでティーパーティーお抱えのオーケストラを鑑賞したあとのお茶会みたいなスゴク清々しい気分になるんだわッ!!!でもね、(わたくし)ったらイケナイ子」

 

 グルリと首だけを私たちの方に回す。

 

「まだ不良さんたちからの『上目遣い』しかもらってないのッ!!風紀委員会や万魔殿から『上目遣い』をもらってこそッ!!真に我らがトリニティがゲヘナの上に立つ存在だってことを証明できるッ!!!」

 

「……言い方はアレですが……イカれてますね」

 

「ね、私も同意」

 

 とはいえこの人の『発火能力』の正体がわからない、とイロハちゃんはこぼす。発砲したら発動するのはわかっているため、銃を構えていても現時点では不用意に撃つことができない。そんな現状を見透かしてか、トリニティ生は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「貴女方をここに誘ってまで能力をお見せしたのは……『禊』。(わたくし)が頂戴する『上目遣い』のレベルを上げることに対する神聖な────」

 

「そおいッ!!」

 

 私は、露店で買ったブツの使いどころだと判断し、袋から出した物を投げつけた。

 

「何をッ……!?ブエアッ!?」

 

 彼女がお嬢様らしくない悲鳴を上げて悶絶するのもそのはず。()()は一部のゲテモノマニアしか好まない、ともすればスタングレネードとしても使えるかもしれない逸品。

 

「『シュールストレミング』……ですか。キヴォトス一臭いとされるニシンの缶詰……。これは半日は鼻が利きませんね。なんてえげつないことを」

 

「ゲホッ!ヴエッホ!お゛えッ……こ、このクソ────」

 

「もいっぱあああああつッ!!」

 

「ギャンッ!?」

 

 お次は仕込んでおいた水風船を投げつけた。反省などする必要がないということは断った上で、あえて言い訳させてもらうが、戦闘中にベラベラ無防備に喋る方が悪いってことだ。

 

「兎にも角にも、これで奴は『水』浸し。案外、炎はもう出せないかもね」

 

「!!えぇ……そうですね。『水』浸しの今なら発火のトリックは使えないかもしれません」

 

 恨めしそうにこっちを見上げるトリニティ生に銃を向ける。

 

「『上目遣い』をするのはあなただったみたいだね。じゃあ、連行するからちょっと眠って────」

 

「どけ!()()()()のイヌ共!!こいつはもう火ィ出せないんだろ?じゃあもう恐かねえよッ!!温室育ちの鳥公がッ!!アタシのダチへの償いをさせてやるッ!!!」

 

「あっちょっと」

 

「くたばっちまえええええええええええッ!!?ぎィッ!?」

 

 不良がもう一人火だるまになる。しかし今度は()()()。不良が引き金を引いた瞬間、『銃口』から道筋をたどるように、炎が彼女の全身を駆け巡ったことがハッキリと確認できた。

 

()()()()じゃあなくて()()殿()だよって教えてあげようと思ったのに……」

 

「あなた、この不良が彼女を撃つように仕向けましたね。もう一度『観察』するために……悪い人」

 

 イロハちゃんが再びじとっとした視線を送ってくれて嬉しいということはさておき、炎の謎は()()()()()()()。あとはどうやって『チェックメイト』までもっていくかという話だ。キイキイ

 

「フフ……貴女たちが(わたくし)に銃口を向けたとき、勝利を確信してしまった(わたくし)が愚かだったというべきか……反省し、認識を改めます。やはり貴女たちは『禊』にふさわしい!!全霊を以ってッ!!貴女たちを地面に這いつくばらせて差し上げますッ!!!この音に聞き覚えがありませんかッ!?」ギコココ

 

「まさか……ッ!!」

 

 トリニティ生が指を天に掲げるのを見て、イロハちゃんも上を向く。そして、その音の正体に気づく。ビルとビルのすき間を繋ぐ『鉄橋』が、重量50tはくだらない『鉄橋』が崩れようとしていた。

 

 しかし、私の目線はトリニティ生の背後に魅せられていた。彼女の体から、昆虫の羽化のように出てきたものは、()()()()()()()()()は!!イロハちゃんには見えていない、あの精神エネルギーが形成した(ヴィジョン)は!!!!アレはまさしく────

 

「『鉄橋』が崩れる……!?それも『爆弾』や『協力者』も使った様子はない……『炎』と『鉄橋』は別の『トリック』でも使っているのですか!?」

 

「『トリック』ゥ?赤毛の貴女ッ!!『トリック』ですってッ!?この期に及んでまだそんなことをッ!!この能力はッ!!いわば選ばれし者だけが賜ることのできる能力ッ!!傍に立ち(わたくし)を護ってくれるもの────『スタンド』ッ!!!!」

 

「『スタ……ンド』……?」

 

「そして我がスタンド『ラヴァー・ボーイ』はッ!!下賤な角付き(ゲヘナ)共に雷霆を下すッ!!」

 

「ッ!!何を呆けているのですかッ!!!」

 

 磔刑に架けられた聖者のようなポーズをとる彼女の『スタンド』を見て呆けていた私は、イロハちゃんに押し倒され間一髪、鉄橋の直撃を回避することができた。バラバラと砂ぼこりが舞う中、イロハちゃんと私の体が重なり合う。

 

「けほっごほっ……あ、あぁ……ありがとうイロハちゃん。あの時と逆────」

 

「バカッ!!」

 

 イロハちゃんが私の頬を打つ。あの時と同じ力のはずなのに、あの時よりずっと痛みを感じた。

 

「……ごめん、ごめんなさい。イロハちゃん。心配をかけたね」

 

「……戦闘中に気を抜くなんてあなたらしくもない。聞きたいこといろいろありますが……ハァ……一旦いいです。それより……()()()()()?」

 

 イロハちゃんが私の目を見る。

 

()()()()()()()

 

 私がイロハちゃんの目を見る。事件現場が『裏路地』ばかりなのは……()()()()()()なんだろう。

 

 

 

 砂ぼこりが晴れると、トリニティ生は崩れ落ちた鉄橋の上に座っていた。どうしても私たちを見下ろしたいらしく、苦笑してしまう。

 

「フフ……『追い詰められた時ほど笑う』というヤツでしょうか?まったく野蛮なゲヘナの発想はよくわかりませんわね」

 

「なあに、これほどの攻撃の後だから、もう体力も残ってないんじゃあないの?あなた」

 

 それは私たちの方でもあるという自嘲は、大したスペースもない胸の中にしまっておく。

 

「あら!それは確かに困ったこと。それじゃあ貴女たちのそのチンケな銃を撃ってみればいかがですこと?」

 

「言われなくともそうするつもりです」

 

 イロハちゃんと私は迷わず銃を取り、引き金を引いて銃弾を叩き込む。瞬間、銃口が火を噴き、体に鋭い熱さが駆ける。

 

 勝った。

 

 そう幻聴が聞こえるほどのトリニティ生の意地の悪い笑みは、()()()()()()()()()()消える。

 

「な、は?」

 

「ようやく気持ちの悪い微笑みも消えましたね。ま、そっちの方は最初っからガタガタでしたが」

 

 そう言いながら万魔殿の制服についた煤を払うイロハちゃん。その隣に立ち、トリニティ生に向かってビシッと人差し指を向ける。

 

「どれだけホコリにまみれても、万魔殿の誇りは汚せないッ!!」

 

「……ちょっとダサいです」

 

「うええッ!?」

 

 渾身の決めセリフがド滑りした数秒後、呆気に取られていたトリニティ生はようやく我に返り、私たちの傍で破裂しているものに気が付いた。

 

「『水道管』ッ!!『水道管』を撃って火を消したなッ!!」

 

「それだけじゃあないってことは、あなたもわかってるんでしょ?」

 

 そう、それだけでは、水を浴び、火を消しただけではこの能力の攻略にはつながらない。

 

「あなたはその、『ラヴァー・ボーイ』だっけ?で宙に舞う『ホコリ』を集め、銃口から伸びる『導火線』を作っていたんだ。粉塵爆発ってやつだね。電灯や鉄橋を落としたのも、『ラヴァー・ボーイ』による『引力』で、劣化したボルトやネジを引っ張って外した。でもその集める『引力』はほんの小さな力……そうでしょ?」

 

「だからこうやって破裂した水道管から()()()()水が噴射され続ければ、空気中の『ホコリ』は湿って『発火』させられないし、そもそも水流に阻まれて『引力』は効果を発揮しないということですね。つまり、能力に気づいた時点で、最初から私たちは『勝って』いたんです」

 

「さらに付け加えれば、水流の傍であるここからなら……『発砲』できるッ!!」

 

 私の二丁拳銃から放った弾は、滞りなく銃身(バレル)を通過し、ターゲットの肩に命中した。その二つの弾丸は、能力(スタンド)の蓑に隠れて久しく忘れていた、銃撃戦への恐怖と痛みを大いに蘇らせただろう。

 

「ギィッ!!こ、この角付きがァッ!!」

 

「さっきから鳴き声がトリニティらしくないんだよこのエセお嬢様ッ!!」

 

 青筋を浮かべたお嬢様は追加での弾丸をご所望のようなので、ご注文通りにもう二回引き金を引く。しかし────

 

「……逸れた」

 

「ククッ……フフフ……キャッハハハアアァァァァァッ!!!(わたくし)の能力を暴ける生徒がゲヘナに存在するなんて、そこは褒めといてあげる。実際ほんのちょっと動揺して二発ももらっちゃったしぃ……でもね残念、私の『ラヴァー・ボーイ』で少し弾丸を引っ張ればッ!!こんな風に弾丸が(わたくし)を避けてくれる」

 

 ある程度の距離が必要だけどねと補足しつつ、その『ある程度の距離』から近づいてこようとしない。本当に、良く言えば用意周到、悪く言えば臆病な女だ。イロハちゃんも悔しそうに下唇を噛むも、現時点では私たちに打つ手がない。

 

「再び頓着状態……ですか」

 

「『頓着状態』ッ!!生温いこと言ってるんじゃあないわよッ!!状況はスデに圧倒的に(わたくし)に傾いているッ!!!」

 

 突如、この場にふさわしくない、エンジンの駆動音が鳴り響く。砂ぼこりを巻き上げ、こちらに寸分違わず突っ込んでくるものは……!!

 

「軽トラック!?ぐぅっ……!!」

 

「そのとおおおおおおりッ!!よくできまちた♡」

 

 砂塵の奥から突如現れた無人の軽トラックは、私を壁とで挟み、さらにトルクを上げる。ギャリギャリとアスファルトを削るホイールの音と、私のあばら骨の悲鳴が混ざり合う。これはちょっとヤバいかな……!!イロハちゃんをチラリと見て()()させてもらおう。

 

「こ、この!『能力』を解除しなさい!」

 

 イロハちゃんが数発弾丸撃ち込むも、例にもれず全て逸らされる。

 

「ハエがうっとうしいったらありゃしませんね……そんなに早くトドメを刺して欲しいのかしら?」

 

 トリニティ生がこの戦闘において初めて『銃』に手をかけ、ティーカップを持ち上げるようにゆっくりと、()()()()()()()()()()()()()()向けた。

 

(わたくし)の『ラヴァー・ボーイ』はね、貴女たちの言ったとおり弱い『引力』しか生み出せない。でもね、時間をかけてコツコツ力を加えれば、ボルトやネジだって抜けるし、車の内部機構をいじって運転だってできる。そーいえば貴女さっき、『私たちは最初から勝っていた』なんて言っていませんでしたこと?それを言うなら(わたくし)は、この『軽トラック』を用意していた時点で────」

 

 彼女が引き金を引く。

 

「最初から『勝って』いたんだよオオオオオォォォッ!!!!!?ほガッ!?」

 

 弾丸は放たれた。ただし、()()()()()()()()()

 

「アアアアアアッ『熱゛い』!?なッなぜ(わたくし)が『火だるま』にぃッ!?」

 

 彼女がダメージを受けスタンド能力を解いた隙に、軽トラと壁のサンドイッチから脱出する。

 

「ゲボッ……!出会い頭に投げつけたあの『水風船』……あれ、『ガソリン』なんだよね」

 

「『ガソリン』!?なぜその程度のことに(わたくし)は気づけ……まさかッ!?」

 

「その『まさか』ですよ。トリニティの方」

 

 燃え上がるトリニティ生を見て『ラヴァー・ボーイ』はスデに無力化されたと判断し、水流の陰から現れたイロハちゃんが追加説明をしてくれる。

 

「『シュールストレミング』は『ガソリン臭』をカムフラージュするための布石……というわけです。まったく、あなたは万魔殿(ウチ)の中でも屈指のタヌキですよ」

 

 イロハちゃんのお褒めの言葉にVサインを返し、私たちの一日を潰してくれた小鳥ちゃんを『見下ろす』。

 

「あ、ああぁ……」

 

「さあて、『お仕置き』の時間だよ」

 

「『火だるま』になるのも『上目遣い』をするのも、やっぱりあなたの方だったみたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 結局、例のスタンド使い────『久方ツミレ』の放火の罪は立証できなかった。『スタンド』などという世間的に見れば眉唾な概念が絡んでいたことに加え、報告を聞いたマコトが『スタンド』という新たな脅威の情報を独占しようとしたことも、その大きな要因である。

 

 しかし、ティーパーティー所属であったツミレの独断専行は問題視され、ティーパーティーからの追放という形で蹴りがつくようだ。

 

「今回の事件、あなたには助けてもらってばかりでしたね。改めてお礼を言わせてください────()()

 

「いやいや!最後のイロハちゃんの名演技がなけりゃ、私のアバラはバラバラだったよ!アバラバラバラ!この主演女優賞め!」

 

「そんな────はぁ、そういうことにしておきます。その代わり、奢らせてください。お昼、まだですよね?」

 

「え!?いいの!?やった……ってこの書類お昼までだった!先に行ってて!すぐに提出してくるから!」

 

「……まったく、慌ただしい人」

 

 イロハはいつの間にやら涼しくなってきた空を見上げ、食堂へとつま先を向けた。

 

 

#001 『棗イロハの奇妙な日常』 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当に、驚いちゃったな、まさかスタンド使いがもうトリニティにまで生まれていたなんて。これは嬉しい誤算だね。

 

 『久方スミレ』の顛末にはもう一つ情報がある。彼女はその特異な能力『スタンド』を、()()()()()()()()()()()()()、その一点だけは絶対に口を割らなかったということだ。そして、それは『割らない』のではなく『()()()()』のだと知っているのはこの私────『羽沼スレ』だけ。

 

「楽しみだね。『自由』を与えられた者たちが生み出す『混沌』。それを支配するのは一体誰なんだろうね?」

 

 私は秋晴れにそう嘯いて、ペンダントの中の『()()()()()()』を指先で弄んだ。

 

 

#001 『羽沼スレの奇妙な日常-プロローグ』 了




スタンド名『ラヴァー・ボーイ』
本体『久方ツミレ』

破壊力:D スピード:D 射程距離:B
持続力:C 精密動作性:B 成長性:C

半径20mの範囲内に『引力』を発生させる能力。スタンド自身と『引力』のパワーはとても小さいが、長時間積み重ねることで大きなパワーを生む。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。