仲正イチカは嘆かない(旧題:少女たちの奇妙な日常~Stand by Aoharu~)   作:イチヂクのタルト

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#002 『銀行強盗に行こう』

「……絶対におかしい」

 

「まだ言ってるの?ホシノ先輩」

 

「うへッ!?セリカちゃん!?んもーいるんならそう言ってよ~」

 

 ずっといたってば!と目を吊り上げ口をとがらすのは、アビドス高等学校一年生にしてアビドス対策委員会の可愛い後輩、黒見セリカ。一方で、三年生の小鳥遊ホシノはあたふたとリモコンを取り出し、テレビのチャンネルを変える。

 

「んもぅッ!ホシノ先輩ったらまーた一人で抱え込んで……でも、今回は流石に杞憂だと思うわよ?」

 

「うへ~……そうだといいんだけどねぇ」

 

 何かと騙されやすい後輩(セリカ)がそう言っているのが逆に不安を煽る、とは口が裂けても言えず、ふいと窓の外を見る。

 

「シロコちゃん、早く帰ってくるといいなぁ」

 

 

 

 

#002 『銀行強盗に行こう』

 

 

 銀行強盗『小心者(チキンハート)』が出没し始めたのは三か月ほど前のことだった。強盗にしては少々少なく見受けられる被害総額の上、あっという間に逃げおおせてその素顔すら明らかになっていない。だから『小心者(チキンハート)』。

 

 しかし、その蔑称とは裏腹に、彼女の存在は砂漠の狼少女の(ハート)に火を着けた。

 

「ん!私も銀行強盗(バンク)・スターを目指す!」

 

 彼女の名は『砂狼シロコ』。16歳、独身(当然だが)。対策委員会の仕事はまじめでそつなくこなすが、銀行強盗への情熱が人一倍昂っている女。ちなみにこの後、意気揚々と覆面を被って教室を飛び出した途端、ホシノに取り押さえられてゲンコツを食らっている。

 

「ん……私は絶対に諦めない……!!ん?これは……」

 

 そんなシロコのスマホに、一件の不在着信が入っている。発信元は────非通知。騙されやすい後輩ならまだしも、プロの銀行強盗を自称しているシロコは折り返すことはしなかった。しかし、数日にまたいで五回、六回と掛け直されるなら話は別だ。

 

 見ず知らずの相手に舐められているのは『狼』の名が廃る。そう考えたシロコは文句の一つでも言ってやろうとタイミングを見計らい、七度目の『非通知』の電話にワンコールで出てやった。

 

「ん、あまり舐めたマネしてると────」

 

『あァ~~~~ッ!!!!や~~っと繋がったッ!!どーもどーもシロコさん!!いや……『覆面水着団』の『ブルーさん』ってぇ言った方がいいのかなァ~~~~~~??』

 

 電話口の向こうの妙に間延びした口調、身元が分からないようボイスチェンジャーで加工した声など、もはやシロコにはどうでもいいことだった。

 

(コイツ……ッ!!私の名前だけじゃあなく、『覆面水着団』のことも知っているッ!!)

 

 どこからこの情報を仕入れたのか、シロコの頭脳はそこに焦点を当てた。

 

 答え①防犯カメラの映像から?否、唯一『覆面水着団』として活動したあの時は『先生』の『シッテムの箱』でカメラをハッキングしてもらっていた。

 

 答え②まさか水着団メンバーが情報を────とここまで思考を巡らせ、ブンブンと頭を振る。彼女にとって『覆面水着団』────アビドス対策委員会は家族も同然であり、そんな身内を疑うことは恥ずかしいことだったからだ。

 

 となると残る選択肢は────

 

(ん!答えは③!!カマをかけて揺さぶりをかけているッ!!動揺を誘って『確信』を得ようとしているッ!!)

 

 シロコは悟られぬように深呼吸をして、電話口への返答を行う。

 

「ん、確かに私はシロコ。でもその『覆面水着団』?ってのは心当たりがない」

 

 それを聞いた相手は、心底驚いたというように『作っていた間延びした口調』も忘れ、声を上げる。

 

『え!?そうなの!?っかしいなぁ……『ファウスト』がアタシにウソつくわけないし……』

 

(身内だったァ────────ッ!!!!!)

 

 答えは②。現実は非情である。

 

 『覆面水着団』の便宜上のリーダー『ファウスト』、その正体はトリニティ総合学園の一年生、阿慈谷ヒフミだ。お人好しな彼女だが、友達のプロフィールを、ましてや犯罪歴を易々と言いふらす人ではないことをシロコは知っていた。

 

「ん、ごめん。私は『ブルー』で合ってる。ヒフ────『ファウスト』経由ならひとまず信用する。それで、用件は何?」

 

『あっそーなの?良かった良かった。流石の『警戒心』。『相棒(バディ)』に不足無しってカンジね』

 

「?話が見えない。一体どういう────」

 

『『小心者(チキンハート)』。自己紹介させてもらうと、しがない『銀行強盗』よ』

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 『小心者(チキンハート)』を自称する生徒が指定してきたのは、ブラックマーケットアビドスゲート付近にある小さな喫茶店『HOME』。中心部から外れているとはいえ、ここはブラックマーケット。襲われても大丈夫なように準備してきたが、そんな心配は肩透かしに終わった。

 

「ん、この喫茶店……明らかに犯罪者たちの根城になっているのにすごく静か。まるで犯罪者たちの『聖域』……」

 

「その通りよシロコさん。やっぱりあなたは『こっち側』の人間」

 

 声がした方を振り返り、銃を向ける。あんなにも周囲に警戒を向けていたのに背後を取られていた事実に嫌な汗が滲む。

 

(そもそもそこには誰もいなかったはず……)

 

 シロコの目線の先には紅の髪を持つ小柄な生徒が立っていた。制服から察するに、おそらくゲヘナの生徒。特に目を引くのは目元に着けた、髪と同じく紅色の『バタフライマスク』。

 

「赤髪に『バタフライマスク』……ん、ニュースで見た通りの姿だね。『小心者(チキンハート)』。違うのは『間延びした口調』くらいかな?」

 

「ちょっ!やめてくれる!?それは『銀行強盗』としてのキャラ作りだからッ!!改めて面と向かって言われると恥ずかしいというか……!」

 

 さっきまでの得体の知れなさは鳴りを潜め、年相応の少女の片鱗を見せる『小心者(チキンハート)』。どうやらニュース番組で特徴として報道されるような『間延びした口調』は本来の彼女ではないらしい。

 

「んんッ!!とにかくこの喫茶店は『教授』────犯罪コンサルタントが経営してる、アタシたち御用達のミーティングルームってワケ。その『空気』がわかるあなたは筋金入りの犯罪者だと思うの」

 

 正直、シロコは悪い気がしなかった。今を時めく憧れの銀行強盗(バンク)・スターに誘われ、自らの『素質』について褒められている。だから促されるままに店に入ったし、普段は飲まないエスプレッソのブラック・コーヒーを注文して少しでも自分を大きく見せようとした。

 

「そんなあなたに『お願い』がある。アタシと『相棒(バディ)』を組んでほしい」

 

「ブフッ!!」

 

「?どうしたの?コーヒーなんて噴き出して。アタシ、この話電話で話したよね?」

 

「ゲホッ!ん、ん……ほら、何度聞いたって驚く話だから……」

 

 そう……と怪訝そうに頷き、話を戻す『小心者(チキンハート)』。決してコーヒーが苦くてむせてしまったわけではないことはここに留意しておく。それはそれとして、コーヒーは話を聞き終わってから飲むことをシロコは決めた。

 

「あなたの『銀行強盗』としての手腕は『ファウスト』から聞いてる。その綿密な『計画力』と大胆かつ豪胆な『実行力』をアタシに貸してほしい」

 

 『小心者(チキンハート)』の硬い決意のこもった視線が、シロコの瞳と心を射抜く。

 

「ん、私が『銀行強盗』を愛しているのは真実。それに、あなたから感じる『熱意』もまた、私は真実だと思う」

 

 だからこそ、言わなければならない。

 

「でも断る」

 

「それは……どうして?」

 

「私が『銀行強盗』をしたと知れば、ホシノ先輩がすごく怒る。それに、私がヴァルキューレに捕まれば、アビドスの借金を返すのが難しくなるかもしれない」

 

 だから、ごめんなさいとシロコは頭を下げる。しかし、『小心者(チキンハート)』の目に映るのは『諦めの色』ではなかった。だとしても『怒りの色』でもない、形容するならそれは……『憐みの色』。野生を生きる狼が、首輪でつながれ飼いならされた室内犬をガラス越しに見やるような、そんな目だった。

 

「……あなたが、この『キヴォトス』に生まれ落ちた理由は何?」

 

「……何だって?」

 

「アタシはね、シロコさん。アタシの名前は『空狼クミエ』。人間の『理性』ってのは厄介なものだと思っているの。人にはその個人に合った『適材適所』がある。『トリニティ』には『トリニティ』の、『生徒会長』には『生徒会長』の。でも『理性』に押し込められた『本能』は、いつしか自らの『適所』を見失ってしまうことがある」

 

 『小心者(チキンハート)』────空狼クミエの声には有無を言わせぬ『迫力』と、覗き込んだ者を連れ去ってしまうような『怪しい魅力』があった。

 

「『本能』を解放しなさい、砂狼シロコ。『怒られる』だとか『捕まる』だとか、真に強い『肉食動物』ならばそんなことは考えない」

 

 カミソリのように鋭い誘惑にシロコの心が揺れる。よくよく考えると、クミエは捕まるどころかその正体すらバレていない。何か得体のしれない『策』があるとシロコは踏んだ。

 

「ひとつ質問、クミエ。あなたが今まで捕まってこなかったのは……()()()()()()()のおかげ?」

 

 予想だにしていなかったシロコの返答に、クミエの瞳孔が僅かに開く。確かにシロコの後ろの席には、漆のように黒いロングヘア―の生徒が座っている。

 

「……えぇ、半分は当たり。何故わかったの?」

 

「ん、ほとんど『ヤマ勘』。銀行強盗の話をするのに、わざわざ隣に客がいる席を指定したことに『違和感』を感じた。ただのそれだけ」

 

 クミエは内心戦慄していた。会話のペースはこちらが握っていたはずなのに、シロコの一言でその場の空気は彼女に支配されていた。

 

 その上、わずかな情報ピースと犯罪への野性的な嗅覚を元に『協力者』の存在を暴かれた。自分は想像以上の『本能』を呼び覚ましてしまったのではないかと冷や汗をかく。

 

「ふゥ……心臓に悪いわね。いい?シロコさん、これから伝えるお話は『絶対秘密案件』……といっても、銀行強盗を『する』か『否』かは、この話を聞いてから考えてほしい」

 

 シロコは神妙な面持ちで深く頷く。これから突拍子もない話を聞かされるとは知らずに。

 

「私と『後ろの席の彼女』には、『()()()()()()()()()』が宿っている」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 時間軸は現在まで戻る。ホシノが食い入るように見ているのは『クロノスニュースチャンネル』。クロノススクール所属のクロノス報道部の生徒が運営、放送している番組であり、外部との交流が遮断されているアビドスにおいての生命線の一つであった。真偽が曖昧な報道が多々あるのはマスメディアとして致命的だとは思うが、迅速な報道はアビドス対策委員会としても助かっている。

 

「やっぱり……また『小心者(チキンハート)』と『相棒』のニュース……」

 

 ホシノが懸念しているのはシロコのこと。彼女が『小心者(チキンハート)』に憧れだしてからは大変だった。あの手この手で抜け出し銀行強盗をしようとするシロコを、あの手この手で『お仕置き』してお灸をすえたものである。

 

 本当にシロコの銀行強盗狂いには困ったものだが、ある日を境に彼女が『小心者(チキンハート)』に執着することがなくなった。やっとわかってくれたんだねとノノミと一緒にしみじみしたものだが、どうにもそういうわけではないらしい。

 

「シロコちゃんが小心者(チキンハート)に執着しなくなった『あの日』から、シロコちゃんは『誰』と『どこ』に行っているの?」

 

 『あの日』を境に、シロコはアビドスの外で知り合った『誰か』と頻繁に出かけるようになっていた。さらに、『あの日』まではほとんど単独で活動していたはずの『小心者(チキンハート)』が、謎の『相棒』を連れて犯行を行うようになっていた。

 

 ただ、この二つの事象に『因果関係』を見出すには、いささか不可解な点があった。

 

「『相棒』がまた変わってる」

 

 クロノスニュースチャンネルに映し出された監視カメラの映像には、『小心者(チキンハート)』とその『相棒』の姿が確認できる。問題なのは、『相棒』が事件のたびに『変わって』いるということだ。変装やウィッグなんてチンケなものじゃあなく、『人相』が骨格ごと変わっているという感じ。

 

 当然、その『相棒』はどれもシロコには似つかないし、皆は考えすぎだと言う。それでも、シロコの外出のタイミングと『小心者(チキンハート)』グループの出没時期が重なっていることに妙な胸騒ぎを感じざるを得ない。

 

「────仕方ない。少し調べてみようかな」

 

「後輩が変な輩に誑かされてないか、()が確認しないとね」

 

 ホシノの瞳に仄暗い光が宿ってゆく。『ホルス』が、動く。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 シロコの生活は、かつてないほどの充実感に満ちていた。もちろん、今までの生活が不自由だったり、不満があったというわけでは断じてない。ただ、クミエの言うところの『本能の解放』、『適材適所』というものが新たな生活にはあった。

 

「ん、次はどこの銀行を襲うの?」

 

 彼女らが銀行を襲う理由は『銀行強盗が好きだから』に他ならない。だから計画立案に必要だった経費分のお金しか盗まないし、抵抗されでもしない限り客や銀行員に危害を加えないというのが彼女らのポリシーだった。

 

「次は……聞いて驚けッ!!『ブラックマーケット』の闇銀行を襲うわッ!!」

 

 『ブラックマーケット』。それは学園都市から爪はじきにされた者たちの温床であり、危険な物資や情報がはびこる場所である。そして、そこの『闇銀行』といえば『覆面水着団』結成の地でもある。

 

「ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん!

もし『ブラックマーケット』なんかで正体がバレてしまったら報復は免れない。それに『闇銀行』での『銀行強盗』は決行済み。追加でどんなセキュリティーが課されているかわかったもんじゃあない」

 

「『ブラックマーケット』といえど三大自治区の銀行に比べれば警備はザル。セキュリティーに関しても下見である程度は把握してる」

 

「ねえねえねえねえねえねえ!だから、ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!

最近は立て続けに銀行を襲っているから世間からの警戒心もマックスに高まっている。さらに『ホシノ先輩』が私の関与を疑っている。もしパトロール中の先輩に出くわしたら勝ち目がない」

 

「『銀行強盗』に行こう」

 

「だから気に入った」

 

 クミエとシロコはガッチリと腕を組む。とはいえ、クミエには一つ聞き流せないことがあった。

 

「『小鳥遊ホシノ』が動くかもしれないって……言った?もしかして」

 

 シロコは頷き、対策委員会で起きたことを赤裸々に話す。

 

「なぁるほど。他のメンバーはごまかせたけど、小鳥遊ホシノだけは『半信半疑』ってこと」

 

「うん。ホシノ先輩は疑り深い人だから、まず『確実』に行動を起こすと思う」

 

 シロコからそう『忠告』を受けたクミエは、頭を回すために紅茶に口をつける。

 

「トリニティじゃあないけど、アタシはやっぱり『紅茶』が好き。特にダージリン・ティーは心が安らぐわ。それでえっと……だったら『襲撃計画』にも多少の変更が必要かな。『対策委員会』総出でコトにあたられるよりは遥かにマシ」

 

「大丈夫。アタシと()()の『スタンド能力』があるし……そして何より、シロコさん、あなたがいる。きっと明日は『良い日』になるわ」

 

 結論から言うと、決行日はあまり『良い日』とは言い難い一日だった。勘違いしないように断っておくが、『銀行強盗』自体は滞りなく満了していた。ただ、ほんのちょっぴり『マーケットガード』達の動きが機敏であったことに気がついていれば、もっと楽に収拾できた事態だったのかもしれない。

 

「ん!煙幕弾でも撒けないッ!!『マーケットガード』の数が多いッ!!!」

 

「やっぱりセキュリティー面が強化されているか。いや、それにしても……」

 

 クミエはそれ以上考えるのをやめ、自分たちが無事に逃げ切れるよう『策』を立てることに脳をシフトした。自分たちが『小路地』へ突入したことを確認してから彼女は自らの『足』に精神を集中、その『(ヴィジョン)』の名を呼ぶ。

 

「『キャンディ・ゴー!ゴー!』……!」

 

 ウゾウゾという効果音とともに、クミエの『足跡』から無数の『(ヴィジョン)』が発現する。

 

「な、なんだァ!?これはッ!?」

 

 当然、スタンド使いではないマーケットガードたちにはその姿は見えないが、身をもってその『効力』を味わうことになる。

 

「あ、『足』がッ!?『動かねえ』ッ!!」

 

「あ、おいッ!何で急に止まって……ドギャスッ!!」

 

 クミエの『キャンディ・ゴー!ゴー!』は『足跡』に潜む群体型スタンド。『足跡』を踏んだ者をその場に固定し、文字通り『足止め』することができる。先頭のマーケットガードが急停止すれば、その後ろから追って来る者たちがなだれ込み、次々とぶつかって転倒する。そうして『追手』たちを材料とした『バリケード』を作ることが『小心者(チキンハート)』の逃走手段だった。

 

「ん、相変わらず凄い『能力』……!!私も欲しい」

 

「残念ながら『入手方法』は『秘密厳守』ッ!!それより出口が見えてきたッ!!」

 

 ここまで来ればもう安心だと一足先に駆け出したクミエの視界が一瞬────『暗転』する。あと一歩で『光』の下まで戻れるはずだった彼女の小さな体は、再びシロコの後方にまで吹き飛ばされる。

 

「ッ!!『小心者(チキンハート)』ッ!!」

 

「グァハッ……!!『暁の……ホルス』ッ!!」

 

 『光』の先には拳を振りぬいた『小鳥遊ホシノ』が立っていた。彼女の立ち姿とクミエの鼻から滴る鮮血を見れば、何が起きたかは産まれたばかりの赤子にだって推察できるだろう。

 

「ブヘッ……出会い頭に『顔パン』なんてさァ~~~~……アビドス式の『ご挨拶』は随分と『野蛮』なんじゃあないかなァ~~~~」

 

「ご生憎様、悪党に『お茶菓子』なんかを出すほどお人好しじゃあないんだ。『バタフライマスク』に『間延びした口調』。『小心者(チキンハート)』の一派に間違いないみたいだね」

 

 表層では悪態をついているクミエも、今回ばかりはビビっていた。恐らくクミエ達の犯行パターンを読み取り、この『闇銀行』で待機していたのだろう。『マーケットガード』達が嫌に機敏だったのも、ホシノが彼らに忠告(脅し?)をしていたといったところか。

 

「んんッ!!あ、あなた、誰だか知らないけど、そこ退いてくれる?さもないと痛い目に────」

 

 シロコがそこまで言いかけたところで、ホシノは深い溜め息をこぼす。

 

「ハァ────────もういいよ、『シロコちゃん』。一緒に帰ろう?」

 

 そう言って顔をほころばせ、手を差し伸べるホシノを見て、シロコの全身から冷たい汗が吹き出す。

 

 『シロコ』は今『シロコ』の姿を()()()()()。例の『協力者』────カフェで後ろの席に座っていた生徒のスタンド能力で『別人の顔』に変わっているからだ。

 

「驚きを隠せないって表情(カオ)だねェ。シロコちゃんが持ってる『銃』……あぁ、いつもと違う『銃』だけどね。ほら……先端が『震えてる』。おじさんの『強さ』を知ってるからでしょ?普通は初対面だとおじさん、非力に見えるからさ」

 

 だとしてもおいそれと降伏するわけにはいかない。そう考えたシロコは腹を決め、ホシノ目掛けて引き金を引いた。しかし気づいたときにはシロコはそのままその場に蹲っていた。

 

「うぅ……!」

 

「はぁ……強くなってくれて嬉しいけど、おじさんとまともに戦り合おうって『考え』はまだ甘いんじゃあない?……お腹を殴っちゃったのはゴメンね」

 

 申し訳なさそうな表情をするホシノだが、そこには一切の動揺や油断は見られない。後輩相手にも容赦なしに『ハヤブサ』のように鋭い視線を向けるホシノに、シロコは我が先輩ながら空恐ろしいものを感じた。

 

「って、いつまでそうやってしゃがんでいるのかな?シロコちゃんならこの程度のダメージ、すぐに回復できるでしょ?」

 

 力加減を間違えてしまったのかと僅かに心配の色を覗かせるホシノに、シロコは不敵な笑みを向ける。

 

「あはは……私がしゃがんでいるのはね……『悟らせない』ためだよ……『ホシノさん』」

 

「ッ!!」

 

 シロコが体に隠して作動させたのは『閃光手榴弾』。眩い光が虚を突かれたホシノの目をくらませる。

 

「くッ……!『さん』だなんて他人行儀に呼ばないでよねッ!!」

 

 ホシノは見えないながらも当てずっぽうに発砲するも、熟練の銀行強盗である二人には当たらない。

 

「走ってッ!!『小心者(チキンハート)』ッ!!」

 

「う、うんッ!!」

 

 シロコがクミエの手を引いて駆け出す。ホシノの目に色が戻る時には既に二人の姿はなかった。

 

「うへぇ~なかなかやるようになったんじゃあないかな?」

 

 目をぐしぐしと擦りながら辺りを見回すホシノには、まるで焦りの色は見えない。むしろ、何十手先までの道筋を読んだ上で勝利を確信するプロの将棋棋士のような冷静さすら持っていた。

 

「このおじさんの『視界』からさえ逃れられれば、あとは悠々とトンズラできる……とシロコちゃん達は考えている」

 

 ホシノはスマホを起動して開いた『マップアプリ』に目を落とす。そこには『電波の発信源』を意味する光の点が高速で移動する様が映し出されていた。

 

「シロコちゃんを見くびらないで良かったよ。最初の『殴打』の時、『GPS発信機』を取り付けておいて本当に良かった」

 

 最近の科学は進んでいるねェ~と軽口を叩きつつも、『マップアプリ』上の『光の点』の追跡を開始する。

 

 『点』は数十m程度進んだ地点で止まった。その『点』が指し示す場所は壁沿いに放置してある『ポリバケツのゴミ箱』。ホシノはシロコを決して侮ってなどいなかったのだが、残念ながらシロコからは()()思われていたらしい。

 

「はぁ……ほら、シロコちゃん。『鬼ごっこ』も『かくれんぼ』ももうおしまい。聞きたいことはいろいろあるけど……『どうやって顔を変えた』とか『小心者(チキンハート)とはどこで出会った』とか」

 

 ホシノは銃を構え、『ゴミ箱』に向かって慎重に歩を進める。

 

「それにほら!迷惑をかけた銀行に謝罪行脚に行かなきゃ!どうせ『小心者(チキンハート)』に誑かされたんでしょ?大丈夫、ヴァルキューレには()がちゃーんと説明してあげるからさー。顔を見せてよ……シロコ────ちゃんッ!!」

 

 ホシノが勢いよく『ゴミ箱』の蓋を開く────が、

 

「……『空っぽ』?まさかッ!!」

 

 ホシノが『ゴミ箱』の『真上』。建物の屋上を見ると、下を覗き込む二人の姿が見えた。

 

「……『マップ』による『追跡』はあくまで二次元的なもの……そこを上手く突いたってわけか。どうやってそこまで登ったのかはわからないけど……さっきの発言は訂正……おじさんはまだまだシロコちゃんの『成長性』を見くびっていたようだねッ!!」

 

 ホシノのやる気は依然失われていない。むしろここまでやった彼女を褒めてやりたい気持ちだが、とっ捕まえて『お説教』するという目的にも変わりはなかった。

 

「さて、『鬼ごっこ』の続きを────」

 

ビリリッ!!

 

 ホシノの言葉を遮るように、まるで紙粘土を引き裂くような乾いた音が響く。

 

 それは、シロコが『顔の変装』を引き剝がす音であった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

「ごめんねェ~!!シロコちゃんッ!!ずっと疑われて窮屈だったよねェ~~!!」

 

「ん、ん。もう済んだ話。私は全然気にしてない」

 

 目を逸らすシロコに対し、ホシノは抱き着いておーいおいおいと泣いている。

 

 結局、銀行強盗『小心者(チキンハート)』の『相棒』はシロコではなかった────ということになっている。

 

 あの時、シロコが『顔の変装』を解いた下にあった顔は、『阿慈谷ヒフミ』の顔だった。『変装』は二重であったというだけの話だが、正体は『ヒフミ』だったとホシノを納得させるほどのネームバリューには、シロコ自身でさえ舌を巻いていた。ちなみに、ホシノの前でだけ『身代わり』に顔を使わせてもらうという条件の下、(渋々ながら)本人からの了承は取ってある。

 

 実のところ、『あの日』以降『銀行強盗』は控えている。主にクミエの精神的ダメージの療養のためだ。ホシノ(ホルス)と戦り合ったのだから仕方がない。その代わりと言ってはなんだが、彼女にはシロコの『銀行強盗』以外の側面も知ってもらうことにした。根っからの『銀行強盗』である彼女が首を縦に振ってくれるかはわからないが……

 

「それにしても『相棒(アイツ)』の正体がヒフミだったなんて、我らが『覆面水着団』のリーダー様も偉くなったものね」

 

「そういえば、ヒフミちゃんが『相棒』の後釜をセリカちゃんに譲ろうと思ってるって聞いたことが────」

 

「えッ!?それホント!?」

 

「冗談です♧」

 

「ノノミ先輩ッ!!」

 

 対策委員会の中でのヒフミ(ファウスト)の虚像がどんどん大きくなっているのを申し訳なく思っていると、シロコのスマホからモモトークの通知音が鳴り響く。

 

「ん、クミエからだ」

 

「……シロコ先輩の友達って実在したんだ」

 

「確かに……イメージないかもです……」

 

「ん、どういう意味?」

 

 失礼な後輩たちは置いておいて、送られてきたメッセージに顔をほころばせる。

 

「ずびっ……シロコちゃん?嬉しいメッセージでも送られてきたの?」

 

「うん、『友達』からのとても嬉しいお誘い」

 

 シロコは『OKペロロスタンプ』で返信した後、モモトークの『プロフィール欄』の再設定を行う。

 

 

『ライディング仲間募集中……(2/5)』

 

『ライディング仲間募集中……(/5)』

 

『ライディング仲間募集中……(3/5)』

 

 

#002 『銀行強盗に行こう』了




スタンド名『キャンディ・ゴー!ゴー!』
本体『空狼クミエ』

破壊力:E スピード:E 射程距離:C
持続力:B 精密動作性:C 成長性:D

彼女本体の『足跡』に潜む群体型スタンド。『足跡』を踏んだ人間をその場に固定する能力。シロコのアイディアで壁を歩くことが可能になった。


スタンド名『イフ・シックス・ワズ・ナイン』
本体『???(謎の協力者)』

破壊力:E スピード:E 射程距離:E
持続力:A 精密動作性:E 成長性:E

泥を変形させ、自分や他者に塗りたくることで『変装』できる能力。剥がすときは結構痛い。


『OKペロロスタンプ』

顔を『変装』に利用させてもらったお詫びとして無限モモフレンズトークに付き合った結果、半ば強引にプレゼントされたスタンプのうちの一つ。
シロコ曰く「あの時のことはあまり覚えていない」
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