調査報告書
記録者:○○○○ 所属:玄龍門
『城隍街102路霊異事件についての報告』
本文
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本件は〇月×日に運行していた城隍街102路にて発生した霊異事件である。
22時25分、102路を走っている公営バスが突如進路を変更し、暴走を始めた。暴走したバスは■■■ダムの底に水没しているのが発見されており、バス内の時計表示が22時47分で停止していることから、バスの水没時間と推定される。仮に推定時間が合致しているとすれば、進路変更地点からダムまでの距離は○○kmあり、平均時速120kmで一般道を走行していたことになる。しかしこれは暴走したバスのスペックを大きく上回っており、非現実的である。また、暴走中に通ったと思われるルートに設置された監視カメラは、通ったと推定される時間に限り、全ての映像が白く塗りつぶされていた。
搭乗者Kの証言によると、暴走時、バスの中にいたのは運転手、乗客5名であった。22時25分、バスの暴走に気づいたKは同乗者Mとともに運転席に向かい、そこで運転手の全身が白い髪に覆われている異様な光景に直面し、窓を割ることで脱出を試みる。しかし残りの乗客3名に強襲され、脱出は未遂に終わった。その後、乗客3名がこの異常の原因であると突き止め、一人は窓の外に落とし、もう2人は戦闘中、ともにダムに落下した。バス水没後、生き残ったKとMは近場の洞穴で一晩過ごし、翌朝救助を求めにダムの管理局方面に向かった。この際、Mは先の戦闘の最中に右腕を負傷し、本人たっての希望もあって、Mは洞穴に待機してKのみで向かうこととなり、30分後にダムの管理局と掛け合い、救助される運びとなった。
この搭乗者Kの証言には、いくつか調査と矛盾した点が見られた。
1つ目は暴走の首謀者である乗客3人の存在である。乗客3人は古風な格好をしており、うち1人は白、2人は紺青色ということだが、城隍街102路に取り付けられた監視カメラを確認しても、そのような集団は確認できなかった。
2つ目は同乗者Mである。Mは搭乗履歴こそ映像で確認できたが、Kの証言する洞穴にMは発見できず、代わりに内部で様々な光が揺れる結晶が洞窟内に置かれていた。現時点で死亡が確認されたのは運転手のみである。
その後の対応については失踪したMの捜索と、当該ダムの調査が進められている。洞窟に置かれていた石は、連邦捜査部S.C.H.A.L.E に鑑定を依頼したところ、後日に結晶が「トラペゾヘドロン」と呼称される物質であることが判明した。現在「トラペゾヘドロン」は山海経の門主が連邦捜査部に貸し与えるという名目の下、譲渡している。
最後に、これは過去の記録であるが、バスの水没した■■■■ダムの土地では、数十年前にZ高級中学校が運営されていた。その学校の部活には搭乗者Kの証言する3人組のような服装で不老不死を探求する部活があったと記録されている。またその部活は十数年前に起きた廃校及びダム建設反対運動において、反対派の筆頭であった。