のんのんびより おとなりさん   作:斎藤純哉

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第1話 皆で学校に行った

 玄関でとんとんと靴を整え、制服の襟を整えて、カバンを肩にかけ直す。その鞄の透明な小さいポケットに名前を書く紙が入っていたことに今更気づき、カバンを開け。筆箱を開け。マジックを取り出し、空白の用紙に『中学1年 皇城颯真』と自らの名を記した。

 

「いってきまーす!」

 

 マジックと筆箱を鞄に戻しながら、扉から振り向いて叫び気味に告げる。母さんの「いってらっしゃーい」という声だけを耳にして、俺はカバンを閉めて外に出た。親父は仕事、祖父母は朝早くから農作業でいない。

 

 ほどよく暖かい春の日差し。つい数週間前までいた都会の空気とは全く違う澄んだ空気に、見渡す限り田んぼ、田んぼ、山。小学校に上がる直前までここに住んでたから知ってる空気だけど、やっぱり新鮮に感じられた。

 

「……桜、まだもってるのな」

 

 深呼吸して歩を進める。道路に出たところで、()()()からとてとてとランドセルを背負った女の子がこちらに駆けてきた。

 

 白銀のツインテール。噴水みたいにふたつに枝分かれしたアホ毛。一見無愛想にも見えるジト目に三角の口。今日はピンクの服に白を織り交ぜたスカートと、可愛らしい春らしさ満点のコーデだ。その女の子が俺のそばで立ち止まったところで、挨拶を交わす。

 

「おはよう、れんげ」

 

 その女の子、れんげは小さく頷くと、すうっと片手を挙手するように上げた。

 

「にゃんぱすー」

 

 出た。れんげのいつもの謎の挨拶。俺も答えてやらねば無作法というもの……。自分もすーっと片手を上げた。

 

「にゃんぱす〜」

 

 れんげの声のトーンに合わせた、俺渾身のにゃんぱす。するとれんげは腕を組み、神妙な面持ちでうんとひとつ頷いた。

 

「85点なんな」

「何がだよ。でも高得点ありがとな。……てか、にゃんぱすってどういう意味だ?」

 

 俺の問いに、れんげは「あ……」と口を開く。すると「にゃん……」と両手を後ろに引き……。

 

「ぱすぅ」と前に放り投げるようなモーションを見せた。

 

 ……なるほど。

 

「……にゃん、ぱす……」

「……そうですん」

「……」

「……」

 

 ……虚無。

 

「……学校行くか」

「あいっ」

 

 のんびりした田舎の風景の中、ふたり並んで、バス停までの道をゆっくりと歩く。そんな中、れんげが俺に問いかけてきた。

 

「村に戻ってきてどうですか? 昔と変わったところとかあったりするのん?」

「戻ってきたっつっても……都会(あっち)に引っ越したのが小学校に上がる直前だったしなあ……。風景は変わってないと思うな。蛍とかしおりちゃんみたいなニューフェイスはいるけど」

「都会とこっち、どっちがいいのん?」

「えー? 決めれねえよ。向こうは便利で楽しかったし、こっちは自然豊かで好きだし。……ああ、けど」

「けど?」

「れんげがいるから、こっちの方がいいな」

「そうなんなー」

 

 ひいよろよろ、とトビが鳴く。

 

「にしても、れんげが俺のことを思い出してくれたこと、ホントびっくりだよ。引っ越した時、俺は6つでれんげは1歳半だったんだぞ? すげーよ、記憶力」

「当たり前なん! 颯にぃの手作りボーロを食べた途端に全部思い出したん! けど、それまで颯にぃのことは忘れちゃってたのん。ごめんなさいなん」

 

 しゅんと下を向いたれんげに、俺はあたふたと「いやいや仕方ねえって! 俺1歳半の時のことなんて一切覚えてないぞ!? いっさいだけに!」と声をかけ、顔を上げさせた。

 

 ん、とれんげが顔を上げてくれたところで、背後から「おー、おふたりさん、おはよー」と元気のいい声が聞こえた。ふたりで振り向くと、そこには制服姿の越谷夏海が、隣では夏海の姉である(割にはちっこいが)小鞠が「れんげ、颯真。おはよー」と小さく手を振っている。

 

 4人で挨拶を交わして、歩き出す。

 

 昔一緒に遊んでいた時のこととかを話したりしているうち、「いやー、しかし颯真と一緒に分校に通えるとはなー」と口を開いたのは夏海。すると小鞠が「颯真が引っ越す時、夏海泣いてたもんね」とからかうように口にした。

 

「泣いてたのは姉ちゃんもでしょーがー。てか、いちばんショック受けてたの兄ちゃんでしょ。今高校だけど」

「男の人、にぃにだけになったから、ってことなのん?」

「あー……、そうかもな」

 

 その辺の過去は、またゆっくり整理していくか。

 

 そう思考に区切りをつけると、気づけばバス停に到着していた。

 

「まだバスまでちょい時間あるな……」

「! じゃあさ、今日やる中当てで新ルール思いついて──」

 

 俺の言葉に夏海が興奮気味に話し出すと同時に、横から「おはようございます」という大人びた声と「皆おはよー」という子供らしい元気な声が聞こえ、皆の視線がそちらへ向く。

 

 声の主は蛍としおりちゃん。この春まで俺と面識がなかったふたりだ。そして、旭丘分校の『全校生徒6人』で挨拶を交わす。

 

 蛍はちょうど1年前の春に東京から引っ越してきた小学6年生。俺より高い背丈にグラビアアイドルかと言いたくなる体型。整った顔立ちに艶のある黒髪。着ている服も大人びてて……なぜJDがランドセルを背負っているのか。

 

 しおりちゃんは駐在さん()()の長女で、この春からの新1年生。年齢相応にランドセルがぴったり似合う。赤がかかった茶髪のツインテール姿は、れんげともども活発さを思わせた。昼間は暖かいとはいえこの時期に半袖なのもたくましい。カゼひくなよ……?

 

「んで、夏海。中当ての新ルールってなんだよ?」

「ふふふ……。よくぞ聞いてくれたな颯真よ。新ルールはズバリ! ウチら女子5人VS颯真の5on1だ! 陣地の中は颯真ひとり! ウチら女子は外から颯真を狙って、当たった時点でウチらの勝ち!」

「はあ!? 俺不利すぎね!?」

「でも颯真強すぎるもん。仕方ないよ」小鞠が肩をすくめる。

「あの足元を狙う投げは反則なん! 強力すぎるのん!」

「はー? 足元狙うのはドッジのセオリーだぞー? でも面白そうだし、休み時間にやろーぜ」

 

 他愛もない話をしているうちに、バスがやってくる。皆の後方からついていこうとすると、俺の肩に桜の花びらがついていることに気づいた。手にとって、しばし見つめる。

 

「颯にぃ?」

「あ、わりぃ。今行く」

 

 手を風の中にかざす。花びらが手のひらを舞っていくのを見届けて、俺もバスに乗り込んだ。

 

 今日も、のんびりした1日が始まる。

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