『理想郷』を求めて   作:hobby32

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13話:最後の封印~敗走~

タバサの『ルーラ』でハイマに戻ったロイドたちは、まず宿屋で眠りについていたピエトロをリフィルの『レイズデッド』で回復させた。ピエトロと彼を看病していたソフィアから感謝の言葉を受けた後、ピエトロは自分のせいで壊滅してしまったルインを復興させなければと言って旅立った。

 

それから救いの塔を見渡せる高台に、相変わらずジーニアスが高いところを怖がるタバサの手を握りながら、ロイドたちが辿り着くと、たまたま竜観光を営む商人と出会えた。

 

その商人がロイドたちを神子さま御一行だと知ったとたん、慌てて救いの塔にまで行く代金をタダにしてくれた。そして、翌朝までに最高級の竜を4頭用意することを確約してくれた。その代わり救いの塔周辺は危険だから、救いの塔に着いたら竜をすぐに返してほしいと言われた。

 

ロイドは「こっちにはタバサの『ルーラ』があるから大丈夫だよ」と言うと、明日は竜に乗る羽目になるのかと顔を青くしているタバサはコクコク頷いた。

 

ジーニアスは、「タバサを便利屋扱いしないでよ」とロイドに対して怒った。

 

 

ハイマという所は、どこにいても高いところなので、タバサはジーニアスに手を引っ張られて、早々に宿屋へと戻った。ただ怖がっただけではなく、ロイドとコレットを二人きりにしたいという想いも2人にはあった。

 

ついで、宿屋の部屋で向かい合って椅子に腰かけながら、ジーニアスはタバサが何か企んでないかを訊ねた。

 

タバサは真剣な顔で考えてから答える。

「それは相手次第かな。でもね、コレットさんがこのまま天使になるのを見過ごしたくはないよ」

 

ジーニアスは、うろたえるように言う。

「タバサはシルヴァラントよりもコレットを優先するの? ……いや、どっちが正しいとか間違っているとか言うつもりはないけど」

 

タバサは微笑みを崩さずに首を振る。

「違うよ。本当にどうしてもコレットさんが天使になるしかシルヴァラントを救う道がないのなら、わたしはそれを受け入れる。だけど、やっぱり何か引っかかるの。シルヴァラントとテセアラの両方の世界のマナを管理する人工的な仕掛けがあるのなら、何もコレットさんが犠牲になる必要はない。わたしはどうにも、コレットさんが天使になるのか、シルヴァラントが犠牲になるのか、その2つしか選択肢がないとは思えないんだ」

 

ジーニアスは、おそるおそる訊ねる。

「じゃあ、いつかはクルシスの中枢に行くってこと?」

 

タバサは笑顔で頷く。

「それが最善の道ならね」

 

この時、部屋の前のドアがノックされた。

タバサが「はい」と振り向くと、「私だ」とクラトスの声が返ってきた。

 

タバサが「どうぞ」と言うと、扉が開いて、いつものように紺色の戦闘服を身にまとうクラトスの姿があった。

「タバサ。少しいいか? 1分程度で構わない」

 

タバサが不思議そうな顔をして、同じく不思議そうな顔をしているジーニアスに一度振り向いた後、向き直ってクラトスに頷いた。

 

そして、タバサはクラトスに付いていくまま、宿屋の外に出る。そのまま宿屋の入り口でクラトスは止まる。

 

タバサは訊ねた。

「どうしたんですか?」

 

クラトスは振り向かずに答える。

「トリエットで、私がそなたに質問したことの1つ目を覚えているか?」

 

急に訊ねられたタバサは、慌てて記憶を掘り起こす。

「え? ……えっと、『リレミト』と『ルーラ』についてですか?」

 

クラトスは振り向いて頷く。

「そうだ。それを思い出してくれればいい」

 

クラトスは、それだけだ、と言って去っていく。

 

タバサはしばらく口をポカンと開けたままであった。クラトスがなぜそんなことを訊いたのか、その真意がさっぱり掴めなかったからだ。その後、宿屋に戻ってジーニアスにクラトスと話したことを伝えると、彼も目を丸くして首をかしげたものである。

 

なおロイドが帰ってきた後、ここまで一行をその背中に乗せて助けてくれたノイシュをタバサの『ルーラ』でダイクの家へと帰した。とても救いの塔に向かうドラゴンの背中に乗せられるとは思えなかったから。

 

 

 

そして翌朝、思わぬ事件が起きた。

朝ーーといっても、まだ太陽が昇っていない時間だが、ロイドたちの叫び声でタバサとリフィルとしいなは目を覚ました。

 

ノックもせずに女部屋を開けたロイドが、大声で叫ぶ。

「コレット! タバサ! 先生! しいな!」

 

ジーニアスは空のベッドを1つ見つけて、絶望的な声を上げる。

「やっぱり、コレットがいない!」

 

タバサは寝ぼけまなこをこすることなく、一瞬で覚醒した。リフィルとしいなも同様である。

 

タバサは起き上がって叫ぶ。

「どういうことですか!?」

 

ロイドが大声で答える。

「さっき竜観光のおじさんが訪ねてきて、『お二人さんがもう出発されましたが』って言ってきたんだ! それで俺たちの部屋にはクラトスがいないから、ひょっとしたらって思ったんだ! すると、やっぱり……」

 

リフィルも飛び起きて叫ぶ。

「ぐだぐだ喋っている暇はないわ! 私たちも早く竜に乗りましょう!」

 

 

一行は大急ぎで支度をして、竜たちのいるハイマの高台まで駆け上がる。

緊急時になると高所恐怖症を忘れて、タバサはジーニアスにしがみつきながら竜に乗る。

 

タバサは未だ状況を飲み込めず、混乱してジーニアスに訊ねる。

「どういうこと!? なんでクラトスさんとコレットさんが私たちに黙って旅立つの!?」

 

ジーニアスは叫び返す。

「わかんないけど、こんなの絶対おかしいよ! とにかく早く救いの塔に行かなくちゃ!」

 

タバサが、「そうね!」とやはり叫んだ。

 

(いったい何の狙いがあるの、クラトスさん?)

いつも寡黙ながら戦闘でも知識でも頼り甲斐のあるところを見せていたクラトスの突発的な行動に、タバサも動揺を抑えきれなかった。

 

 

 

竜から降りて辿り着いた救いの塔の入り口は、透明な色の階段が伸びる一本道だった。そこを駆け上がって中に入ると、やはり透明な通路の下に、夥しい数の棺が床の下を漂っていた。

 

タバサは思わず「ひっ!」と悲鳴を上げる。

 

ロイドも「なんだ、このたくさんの棺は……」と言ったきり、絶句する。

 

リフィルは顔をしかめながらも推測する。

「これまでに世界再生に失敗した神子たち……なのかもしれないわ」

 

その答えでロイドは我に返る。

「コレットも失敗したらここに並ぶのか。……急ごう!」

 

 

 

そこからワープ装置に乗ると、羽ばたくレミエルが、ロイドたちに背を向ける形で祭壇で祈りを捧げるコレットを見下ろしていた。

 

コレットの身体が眩いばかりの白い光に包まれる。

するといつものように、コレットのピンク色の透き通るような羽が背中から出て来た。

 

「コレットぉーー!!」

嫌な予感が身体の内からこみ上げてきたロイドが絶叫しながら駆け出し、コレットの肩を掴んだ。

 

しかし、振り向いたコレットの瞳を見て、ロイドはまたも絶句してしまう。

 

湖を映したように青かったコレットの瞳は、血のように真っ赤に染まっていた。そして、無表情、無感情で、見る者をゾッとさせる顔つきであった。

 

すると、レミエルが高笑いを始める。

「ふはははは!! どうだ! ついに完成した! マーテル様の器がようやく! これで私は四大天使の空位におさまるのだ!」

 

急に異様なほど俗っぽい言動を取り始めたレミエルに、ロイドは大声で叫ぶ。

「おまえ! コレットの父親なんだろう! 娘がこんな姿になっていいのかよ!」

 

するとレミエルの目は、害虫でも見るかのようなものに変わる。

「父親だと? 戯れ言を。おまえたち劣悪種が、私を勝手に父親呼ばわりしただけだろう」

 

「なんだと!」

 

タバサはその目を異常に鋭利なものとする。

「その物言い、ディザイアンと同じですね。所詮、天使も人間を見下しているに過ぎないのですね!」

 

レミエルは酷薄な笑みを浮かべる。

「わかっているなら話は早い。人間牧場をあちこち破壊してくれて、おまえたちはずいぶんと目障りだった。最強戦士である私の前に平伏すがいい!」

 

言うが早いか、レミエルは詠唱を開始して、魔法を発動する。

「『ホーリーランス』!」

 

四方八方から鋭い光の槍が、タバサ目がけて突き刺さろうとする。

タバサはすぐさまバックステップして、光の槍の串刺しとなることを免れる。この世界の魔法書を読んでいなければ、大ダメージは確定的だっただろう。

 

タバサは即死したかもしれない恐怖を一瞬で消し去り、お返しとばかりに詠唱を開始し、魔法を発動する。

「『ヒャダルコ』!」

 

「ぐあっ!?」

レミエルの体は氷漬けにされて、床へと落下する。

 

それを見て、しいなが走り出す。

「なんだい、天使って言っても人と変わらないのかい? ーー炸力符!」

 

しいなは赤いお札をレミエルに大量にまとわりつかせて、破裂させる。

 

レミエルは「ぐうっ!」と人らしい叫び声を上げながら、吹き飛んだ。

 

「『ロックブレイク』!」

ずっとコレットを苦しめ、今まさにタバサを殺そうとしたレミエルに、もはや神聖なる者への崇高な念など消え失せたジーニアスは、単なる敵として床から突き上げる大地の槍で倒れるレミエルの体を突き上げた。

 

「ぐはあっ!?」

レミエルは、どこまでも人らしい悲鳴を上げ続けた。

 

そして、ジーニアスの魔法で吹き飛んだレミエルの体を、

「裂空斬!」

双剣を振り回しながら宙に浮く剣技でロイドが切り裂いた。

 

「ぐあああああっ!?」

 

ロイドは落ち着いて着地したが、レミエルは不様に重力に引かれて再び床に叩きつけられた。

もはやレミエルは、飛ぶことはおろか、立つことすらできないようだ。

 

「ば、バカな……! 最強戦士の天使であるこの私がなぜ……!」

 

ロイドは剣を収めて、コレットに駆け寄る。

「コレット! 戻ってこい! 必ず俺が元に戻してやるから!」

 

しかしそんなロイドの想いを踏みにじる、聞き慣れた声が響く。

「無駄だ。その娘には、おまえの記憶どころか、おまえの声に耳を貸す心すら無い。今のコレットは、心の死を間近に控えた単なる人形に過ぎん」

 

「クラトスさん!?」

タバサが、祭壇の上の足場で腕を組みながら言い放つクラトスを驚愕の眼差しで見つめる。

 

ロイドは、なじるように、すがるように問いかける。

「おまえ、なんで朝、勝手に出発したんだ! 何を言ってるんだ!」

 

クラトスはロイドの言葉を無視して説明を続ける。

「神子は世界再生を願い、自ら望んでそうなった。神子がデリス・カーラーンに召喚されることで、初めて封印は解かれ、再生は完成される」

 

ジーニアスが声を上げる。

「デリス・カーラーンって、聖地カーラーンのこと? 救いの塔から行けるって言われてる……」

 

クラトスは微かに頷く。

「その通りだ。神子はマーテルの新たな体としてもらい受ける」

 

ロイドは腹の底から叫び声を上げる。

「どういうことなんだ! クラトス! 答えろ!」

 

ところが答えたのは、床に平伏していたレミエルであった。彼はクラトスに対して腕を上げながら、苦悶の声を上げる。

「うう……。クラトス様……慈悲を……。私に助けを……」

 

しかしクラトスは、レミエルを見下ろしながら淡々と告げる。

「忘れたか、レミエル。私も元は劣悪種……人間だ。最強の戦士とは、己が最も蔑んでいた者に救いを求めることなのか?」

 

「うぅ……」

レミエルはそこが限界だったようで、かろうじて上げていた腕が落ちる。翼もペタンと落ちて、完全に事切れたようである。

 

“答え”を見たロイドは、コレットを庇うように立ちはだかる。

 

クラトスはロイドを見下ろす。

「そこをどけ」

 

しかしロイドは動かない。

「クラトス……おまえは一体何者なんだ?」

 

その問いかけに答えるのと同時に、クラトスの体を淡く水色の光が纏う。

「私は世界を導く最高機関クルシスに属する者……神子を監視するために差し向けられた四大天使のうちの1人だ」

 

そして、水色に透き通った天使の羽がクラトスの背中から出てくる。

 

タバサは未だに信じられず、呟くように何とか声を絞り出す。

「そんな……そんなことって……」

 

タバサは自分が人の正邪に敏感な方だと思っていた。そして、今までクラトスからは一切の邪気を感じたことがなかった。むしろ、自分たちに常に目配りしてくれる、寡黙ながらも温かい人間だと思っていた。

 

しかしその自信のあった正邪に対する直感は、今この瞬間を持ってかなぐり捨てなければならなかった。

目の前にいるクラトスは、温かみのある人間なのではなく、常人離れした天使なのである、と受け入れなければならなかった。

 

タバサは一度目を伏せた後、クラトスに精いっぱいの敵視を向ける。

「コレットさんは……どうなるんですか?」

 

クラトスは相変わらず淡々と答える。

「知れたこと。神子はマーテルとして新たに生まれ変わるのだ。それで世界は再生される。そこに不満があるのか?」

 

タバサは、大きく頷いた。

「ええ、とっても! コレットさんがマーテルに体を奪われなくても、シルヴァラントは再生できる道があるに違いないです!」

 

ロイドも追随して叫ぶ。

「そうだ! コレットを救う道も、世界を再生できる道もあるはずだ! 仲間を奪われてたまるかよ!」

 

そして、ロイドもクラトスも互いに剣を抜いた。クラトスは祭壇上部から飛び降りる。

 

タバサは、仲間だと思っていた人に裏切られるのはこれが初めてだった。なので、怒りと哀しみがない交ぜとなった感情に囚われそうになりながらも、ロイドとクラトスの剣がぶつかり合う音を聞きながら、一瞬で戦略を立てなければならなかった。

 

正直なところ、勝ち目はないだろうと思っていた。

ロイドさんとしいなさんでは、クラトスさんの剣技には到底及ばない。軽く蹴散らされて、後衛である自分がジーニアスとリフィルさんの詠唱時間を少しでも稼ぐために剣を抜いて、やはり天と地ほどの実力差のあるクラトスさんと交戦しなければならない。今まで見てきたクラトスさんの剣技は、タバサは自分の剣の腕とはあまりにも格が違いすぎると自覚していた。だからいつも安心してクラトスさんの背中から魔法を放てたというのに、剣が翻ってこちらに向けられると、どうしたら良いのかわからなくなる。

そして、こちらの戦術をすべて熟知しているクラトスさんなら、ロイドさんやしいなさんを無視して、一直線に後衛に走ってきてもおかしくはない。それぐらいのことは余裕でできるだろう。

 

一瞬にして、感情的にも戦力差的にも絶望的だと判断した戦いはーーどういうわけかタバサの想定通りにはならなかった。

 

タバサが『ヒャダルコ』でクラトスを氷漬けにすると、怯んだクラトスにロイドの剣撃としいなのお札攻撃がうまく決まる。

そこにジーニアスの『エアスラスト』でクラトスは風の刃で切り刻まれる。さらに、リフィルの光の塊で一時的に相手の動きを封じる『フォトン』でクラトスは動けず、ロイドとしいなの容赦のない攻撃を浴びる。

 

とはいえ、レミエルとは違って、クラトスには耐久力があった。先制攻撃の連携がうまく決まっても、耐えきり跳ね返すだけの力を当然持っていた。

 

「閃空烈破!」

クラトスが剣をらせん状に回転させながら飛び上がると、

 

「くうっ!」

「ああっ!」

ロイドとしいなの悲鳴が響く。

 

タバサが急いで中規模爆発呪文『イオラ』を唱えると、

 

「粋護陣!」

着地したクラトスは防御技で難なく防ぐ。

 

その後のジーニアスの『サンダーブレード』は、雷の剣が落ちる前にバックステップして避け、リフィルの『フォトン』にも怯んだ顔を見せなかった。

 

やはり最初に攻撃が決まったのは“フリ”だったのか、とタバサは苦い顔をする。そして、クラトスさんが後衛に突っ込んできて、こちらの戦線を回復不能なまでにかき乱すかは時間の問題だ、と覚悟した。

 

しかしクラトスなりの騎士道精神でもあるのか、なかなかと後衛に向かってこない。ロイドやしいなに剣を振るうばかりである。

それも魔物やディザイアンたちと対峙した時よりも、クラトスの剣の振りが明らかに鈍い。リフィルの治癒術が間に合う程度の攻撃しかしてこないのだ。

そうして前衛に集中していると、後衛からタバサとジーニアスの魔法を食らうと、クラトスならわかりきっているだろうに……。

 

(クラトスさん、実はわたしたちに情が移った? それとも何かのワナ?)

タバサは不合理なクラトスの戦略に悩みつつ、ひたすら魔法を唱え続けた。

 

しかし、何の前触れもなく、クラトスは本気を出してきた。

 

「雷神剣!」

「ああっ!?」

クラトスの剣を突き刺すと同時に雷を降らせる技で、しいなが倒れる。そして、倒れたしいなを後衛陣のいるところまで思いきり蹴り飛ばした。しいなの体がタバサたちの近くに転がる。気絶したようだ。

 

「しいな!? ……うわっ!?」

しいなが飛んできて驚いて詠唱を止めたジーニアスの後頭部に、突如として鈍痛が走る。目に見えない速度であっという間に距離を縮めたクラトスが、剣の柄で彼を殴ったのだ。ジーニアスは瞬く間に崩れ落ちる。

 

「うっ!!」

リフィルも同様であった。弟と同じく剣の柄で頭を殴られて気絶する。

 

それからクラトスはタバサにも、今度は剣の柄ではなく、長剣の刃でもって斬りにかかるが、ジーニアスとリフィルが倒れたのを見たので、タバサは慌てることなくみかがみの盾でクラトスの剣を防いだ。

 

タバサはクラトスの剣を盾で防ぐことができていた。……12歳の小娘が、圧倒的に体躯に勝る大人の男の長剣を本来防げるはずがない。いくら体がエクスフィアで強化されていてみかがみの盾が優れた盾とはいっても、やはりあり得ないことだ。

言うまでもなく、手加減されている。というより、そもそもクラトスはタバサが後衛陣で唯一剣を振るえることぐらい知っているのだから、真っ先に狙うべきは自分のはずである。なのに、なぜか接近戦のできないジーニアスとリフィルを優先して気絶させた。

 

クラトスの動きには、戦略的合理性が一切見受けられない。それは、クラトス自身がいちばん理解していることだろうが。

 

タバサは、クラトスの剣をみかがみの盾で受け止めながら、思わず訊ねていた。

「どうして?」

 

その言葉には何重の意味が込められただろうか。タバサにも、にわかにはわからなかった。

しかし一緒に旅をしていた頃と同様、タバサはクラトスの瞳から何の感情をも読み取ることができなかった。

 

「テメェ!」

ロイドは仲間がどんどんクラトスに倒される姿に怒りと共に、駆けつけてくる。もちろんロイドも、クラトスの手加減には真っ先に気付いているだろうが。

 

クラトスは向かってくるロイドに対して、

「魔神剣・双牙!」

地を這う剣圧の攻撃を二発飛ばした。

 

ロイドは軽々と跳躍して2つの剣圧を回避する。

 

 

 

ここで不意に別の男の声が聞こえてきた。

「やはりいかなおまえでも、本気で対峙するには至らなかったか」

 

ここでクラトスは、戦闘のことなど忘れたかのように、長い金髪に、真っ白な服に身を包み、胸元にはエクスフィアが輝いている男の元へと急いで駆け寄った。男の背中からは透き通った紫色の天使の羽が生えている。

 

それからクラトスは、急いでその天使の元に恭しく跪き、頭を垂れる。

「ユグドラシル様……」

 

ロイドとタバサは、あのクラトスが頭を下げる姿に衝撃を覚えた。

 

ユグドラシルと呼ばれた天使は、そんなクラトスを一瞥したあと、不気味な笑顔を浮かべてロイドとタバサに向き合う。

 

タバサとしてはユグドラシルの緑色の瞳を向けられた時、魔王ミルドラースに視線を向けられた際のことを思い出した。あの時もこういう風に心臓を直接掴まれるような怖じ気を感じたものである。

 

自然とタバサの頬を汗が伝う。

(圧倒的に格上……!)

 

ロイドは恐怖を振り払うように叫ぶ。

「おまえは……何者だ!」

 

ユグドラシルは楽しそうに言う。

「ふふ……。ネズミに自己紹介するような気分だが、冥土の土産に教えてやろう。我が名はユグドラシル。クルシス、さらにディザイアンを統べる者だ!」

 

タバサは勇気を振り絞って訊ねる。

「それなら、あなたは両世界のマナの移動を制御することができる?」

 

ユグドラシルは微笑みを浮かべたまま答える。

「その程度、造作も無いこと。おまえたちは、わざわざ地べたを這いずり回って各地の封印を解いてきたようだが、そんなことは神子を苦しめてクルシスの輝石を活性化させる行為に過ぎなかったのだよ。ご苦労だったね」

 

タバサは、コレットのこれまでの旅が踏みにじられ、ただただ苦痛を与えるものに過ぎなかったと聞いて、はらわたが煮えくり返る思いだった。

しかし感情任せでこんな相手に勝てるわけがない。

 

タバサはロイドに指示を飛ばす。

「ロイドさん! ジーニアスたちを守って! 早く!」

 

タバサは、怪訝な表情となったロイドが倒れているジーニアスの元に駆け寄るのを確認してから、詠唱を開始する。

「『イオラ』!」

 

「くっ!」

タバサは、ユグドラシルにではなく、その側でずっと跪いて隙だらけのクラトスを得意の爆発呪文で吹き飛ばした。懲罰的な意味も多少あるが、主たる目的は異なる。

ーーユグドラシルの目線が、吹き飛ばされて柱にぶつかり、柱を真っ二つに折るクラトスに向けられた。

 

その瞬間、タバサは一点を目がけて風のように疾走する。ーーユグドラシルの近くにいるコレット目がけて。

 

しかし心を失っているコレットは、タバサが手を引っ張っても動かなかった。

 

タバサは焦って呼びかける。

「コレットさん! 急いで! ……きゃっ!」

 

タバサは急に目に見えない強烈な力で、その華奢な体が10メートル近く吹き飛ばされた。

 

妖しげな濃い紫色の剣を宙に浮かべたユグドラシルは嘲笑う。

「無駄だよ。その娘にはもはや心はない。おまえの言葉など届きはしないのだ」

 

今度はタバサの意図を理解したロイドが、コレットの元へと駆け寄り、必死になって呼びかける。

「コレット! 来るんだ! 一緒に!」

 

するとコレットは、急に素直に歩き始めた。ロイドが手を引っ張ると一緒に走り出す。

 

ユグドラシルが驚愕する。

「なに!」

 

ロイドとコレットは、倒れている3人のもとまで辿り着く。

それから全身の激痛を堪えて走ってきてロイドたちの近くに至ったタバサが、詠唱を開始して『リレミト』を唱える。

 

そうしてひとまず、6人はユグドラシルの前から逃げ出すことに成功する。

 

 

 

救いの塔の入り口に至ったロイドたちであるが、ここではあのユグドラシルとの物理的な距離はほとんどない。

 

タバサは早く『ルーラ』を唱えなければと焦るが、今になって床に叩きつけられた背中と、胸からお腹にかけての斬られたかのような激痛が響いてきて、なかなか詠唱に集中できない。

 

そんなタバサをロイドが気遣う。

「タバサ! 大丈夫か!」

 

タバサは明滅しそうな意識の中で答える。

「ま、まって……いま『ルーラ』を……」

 

その時、男の野太い声が響いてきた。多数の足音と共に。

「ちっ! 神子は完全天使化してしまったか! やむを得ん。殺さず連れ帰るのだ!」

 

ロイドが「おまえたちは、ディザイアン!」という言葉を最後に耳にして、タバサは意識を暗闇に投じた。

 

 

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