14話:テセアラ突入~混迷~
体を袈裟斬りにされた微かな痛みで、タバサは目を覚ます。ベッドの上で布団を動かした。
「ここは……」
タバサが起き上がると、ずっとひざまずき祈るように彼女の手を握っていたジーニアスが立ち上がって、その顔に歓喜がいっぱいに広がる。
「よかった! もう起きないんじゃないかと心配でたまらなかったよ!」
タバサはジーニアスの両手に自分の左手がギューッと握られているのを見て感じて、起きたばかりなのに顔が真っ赤っかになる。
思わず顔を伏せて「……どのぐらい寝てたの?」と訊ねる。
これにはジーニアスの姉のリフィルが答える。
「一日くらいよ。私たちはすぐに目を覚ましたけど、あなたはそこそこ深い傷を負ったみたいね。ちゃんと治療できたけれど」
ここでタバサは、ハッとする。
「コレットさんは!?」
すると側にいたロイドが溜め息をついて首を振る。
「ダメだ。俺たちに付いてきたりはするんだが、何の反応もしてくれない」
タバサは「そんな……」と目を伏せる。
ジーニアスがここでタバサを励ます。
「そんな顔しないでよ。タバサが頑張ってあの場からコレットとボクたちを連れて『リレミト』で脱出してくれなかったら、もっと悲惨なことになってたんだから。落ちこまないでコレットを治す方法を探そうよ」
タバサは、ジーニアスの明るい顔のおかげで、微かな笑顔を浮かべられた。
リフィルは、弟がずいぶん成長したものだと目を細める。タバサの存在は弟にとって福音となっていることを有難く思う。
タバサは、キョロキョロと見慣れない部屋の様子を見てから訊ねる。
「そういえば、ここはどこなんですか?」
ジーニアスが真剣な表情で答える。タバサの手を握ったまま。
「ここは、レネゲードっていう組織の基地なんだって」
「レネゲード?」
聞き慣れない単語にタバサは首をかしげる。
ジーニアスが頷く。
「うん。姿かたちはディザイアンと似た格好をしているけど、実態はクルシスとディザイアンに対抗する組織なんだって」
タバサは納得する。左手からジーニアスの温もりを感じたまま。
「だから、わたしたちを助けたんだ」
それから訊ねる。
「これからわたしたちはどうするの?」
これにはしいなが答える。
「全員目を覚ましたら、とりあえずリーダーの部屋まで来いってさ。タバサはもう立てるかい?」
タバサは頷くと、ジーニアスに手を握られたままベッドから立ち上がる。
そしてそのまま歩こうとしたら、
「あんたたち、いつまで手を繫いでいるんだい?」
としいなにツッコまれて、赤面した2人は慌てて手を離した。
それで、入り口の側に立っていたレネゲードの兵士(目隠しするぐらいの兜が本当にディザイアンそっくりの装備であった)に導かれて、ここのリーダーのユアンという人の部屋に向かう。
青い長髪を結って全身を覆う黒いマントを羽織る姿が特徴的なユアンは、灰色の軍服姿のボータを伴っていた。今は机で何か書き物をしているようである。タバサは、ボータはコレットをマーテル教会の聖堂で暗殺しようとした男だと思い返し、一瞬強い警戒心を抱いた。
しかし、ロイドたちはあまり気に留めないので、ひとまず警戒を解いた。
ユアンは気怠げに言う。
「ようやく目覚めたか」
リフィルは促す。
「さて、クルシスについて話してくれるらしいけれど」
ユアンは、そうだったな、と言って立ち上がり、一行の元へと近づく。
そして、まるで用意していた台本でも読み上げるかのように、一気に話した。
「おまえたちはユグドラシルから、奴がクルシスとディザイアンを統べる者であると言われたのだろう。まさしくその通りで、マーテル教会の信仰する神の機関クルシスは、表でマーテル教を操り、裏ではディザイアンを操っている。ディザイアンはクルシスの下部組織なのだ。マーテル教は、クルシスが世界を支配するために生み出した方便にすぎぬ。天使と名乗っているが、奴らはクルシスの輝石という特殊なエクスフィアを用いて進化したハーフエルフなのだ。むろん、神でも何でもない。ついでに、ディザイアンも我々もハーフエルフだ。もちろん、マーテル教会も神子も、クルシスがハーフエルフで構成されていることなどは知らないだろうがな」
ユアンの長い言葉を咀嚼したタバサは、顎に手を当てて呟く。
「だから、封印の儀式が神聖なものでなくて、どこか人工的な感じがしたのですね。そうなると、シルヴァラントとテセアラのマナを逆転させるか否かもクルシスが管理している、ということですか?」
ユアンは首肯する。
「その通りだ。神子による封印解放も少しはあるが、基本的にはユグドラシルが管理している。奴がこの歪んだ世界を作り上げたのだ」
リフィルは訊ねる。
「でもどうして、神子による世界再生の儀式と両世界のマナの逆転作業を結びつけたのかしら?」
ユアンは目線を天井に向けてから、蔑むように鼻を鳴らす。
「クルシス……いや、ユグドラシルの目的が、マーテルの復活だからだ。救いの塔まで辿り着いた神子が、マーテルの器として適合するかを奴は長年確かめ続けている」
しいなが呻くように言う。
「う……それで適合しなかったら、救いの塔の通路の外側の棺に入れて捨てられるってわけか」
ジーニアスは素朴な質問をする。
「でもなんだって、ユグドラシルはそこまでしてマーテルの復活にこだわっているの?」
ユアンは首を振る。
「それは本質的な問いかけではない。マーテルの復活がユグドラシルの悲願であることは確かだが、その器となる神子のことなどもはや我々にとってどうでもよくなった。今重要なのは、奴の歪んだ思想を挫くこと。そこで、だ」
ユアンが指をパチンと鳴らす。
するとレネゲードの兵士たちが、一行を取り囲み始める。
ロイドが左右を見回してうろたえる。
「な、なんだ?」
ユアンは、高らかに宣言する。
「いま我々にとって必要なのは、貴様だ、ロイド・アーヴィング!」
「俺!? 俺がいったい何だって言うんだ!」
ユアンはその問いかけを無視して命令を下す。
「ロイドを捕らえろ!」
それを聞いて、タバサが急いで『リレミト』の詠唱を開始すると、しいながタバサの肩に手を置いて止める。
「待て! ここはあたしに任せな!」
しいながお札の1枚を切ると、一行は煙幕に包まれる。
そして、ユアンの部屋から姿を消した。
気が付くと、ユアンの部屋の前に一行はいた。
しいなは手を振って叫ぶ。
「みんな、あたしに付いてきな! レアバードの格納庫に向かうよ!」
そして、しいなの先導のもと、一行は走り出す。
タバサには何がなんだかよくわからなかったが、ロイドやジーニアスやリフィルに戸惑いは無さそうなので、ひとまず付いていくことにした。
だいぶ走って、一行はレアバードという飛行機のある格納庫に辿り着く。もっともタバサは魔法のじゅうたんは知っていても、飛行機が発明されていない世界から来たので、大きな鳥のような機械を見てもさっぱりわからなかったが。
リフィルが近くにある端末を操作すると、どんどんとレアバードが出てくる。赤、青、緑、紫と全部で4台ある。
しいながタバサに向けて言う。
「あんたは高所恐怖症なんだろ。なら、ジーニアスと一緒に乗りな。乗っている最中にパニックになって墜落されるのがいちばん困るから」
そんなわけで、ジーニアスが跨がるレアバードにタバサも跨がる。
ジーニアスが照れくさそうに忠告する。
「いい、タバサ? ちゃんとボクの腰に腕を回して抱きつくんだよ」
「うん!」
さっきから何がなんだかさっぱりよくわからないけど、ジーニアスから直々に抱きついていいと言われて、タバサの胸は幸せでいっぱいとなった。
やった、やった、やった! と、そんなタバサの歓喜は、一瞬のことでしかなかった。
レアバードは、魔法のじゅうたん並みの速度で、しかし魔法のじゅうたんよりも高いところをものすごい勢いで飛ぶものだから、高いところがとっても怖いタバサは、よりいっそう強くジーニアスに抱きついた。
怖いけど至福の時! それが終わったのは、ロイドたちのパニックになる声であった。
突然ガタンという音がしたと思ったら、レアバードが失速してジーニアスが慌て出す。
「うわ! どうしたんだろ、突然……!」
リフィルが大声で叫ぶ。
「燃料がゼロになったのよ!」
しいなは納得顔で説明する。
「そうか! あんたたちがシルヴァラントで封印を解放したから、こっちのマナが不足してるんだ!」
タバサはここに来て、ようやく緊急事態を察する。
「どうなるんですか!?」
しいなは恐ろしいことを叫ぶ。
「落ちるってことさ!」
タバサは死ぬものだと思い、絶叫する。
「きゃあ~~~~~!?」
そして墜落する直前にタバサは意識を手放した。
「タバサ! タバサ! しっかり!」
ジーニアスの呼びかけに、地面に仰向けに倒れ伏していたタバサがパチッと目を覚ます。
気が付くと、どこかの地面の上で寝ているようだ。タバサはすぐに起き上がる。
しいなは気遣わしげに言う。
「大丈夫かい? まあ、しばらくはレアバードに乗れないから安心しなよ」
タバサは、傾いてあちこちに煙を上げて落ちている4台のレアバードを見てから嘆く。
「も、もっと安全な乗り物はないんですか~?」
しいなは残念そうに首を振る。
「テセアラに渡るためにはこれしかないね」
すると、タバサはこれまででいちばん大きな溜め息をついた。
ロイドがふと別の方角に目を向ける。
「ん? あれは救いの塔?」
ジーニアスは仰天する。
「どうして!? ここはテセアラでしょ!」
しいなは呆れたように解説する。
「あたりまえだろ。救いの塔は繁栄世界に現れるんだ。そっちも、コレットが神託を受けたから救いの塔が現れたんだろ」
タバサとしては、それはどうでもよくて、しいなに訊ねる。
「それはそうと、ここはテセアラのどこなんですか?」
しいなは周囲を確認してから告げる。
「どうやら、フウジ山岳のようだね。近くに王都メルトキオがあるから、ひとまずそこを目指そう。ーーああ、ここ高いところだからね、言っとくけど」
しいながそう告げると、ほぼ反射的にジーニアスがタバサと手を繫いだ。
タバサは顔がふにゃりととろけそうになりながら、テセアラでの冒険が始まった。
フウジ山岳は、ほとんど曲がりくねった一本道であった。山道は狭くて、ほとんどの魔物と戦う羽目となった。
中でも多少知恵があるのか、素早く動いて後衛を狙ってくるオオカミ型の魔物のナイトレイド相手には、タバサも久々に剣を抜かなければならなかった。のんびりと詠唱していると、突進されて噛みつかれてしまうからである。
前衛のロイドとしいなはナイトレイドを討ち取り損ねたことを謝るが、タバサは仕方がありません、と笑顔で返した。
(前衛が1人抜ければ、こうなることは避けられない)
むろんクラトスの不在の大きさを考えている。彼がいたら、確実に前衛を守り切っただろう。コレットは今現在、近づく魔物がいたときにだけ反射的に攻撃するに過ぎないし。前衛不足の痛感が今は顕著だった。
とはいえ、それほど強い魔物がいないことは幸いであった。一行はフウジ山岳を降りて、街道沿いに歩くとそれほど時間がかからずにメルトキオという所に至った。
メルトキオは大きな城壁に囲まれた街で、開放されている城門から入ると、たちまちたくさんの建物が目に入った。
地面に隈無く石畳が張られていて、タバサにとっては元の世界の故郷グランバニアを思い返された。
人々の往来も激しく、王都というだけのことはあった。
メルトキオに到着した途端、しいなが提案する。
「ちょっと宿屋まで寄っていいかい? ここの城にいる国王に手紙をしたためたいんだ」
リフィルはすぐに賛同する。
「そうね。これまでの状況を整理したいし、これからの方針も立てないといけないし、少し早いけど、今日は休息を取りましょう」
そこで一行は宿屋へと向かった。
宿屋はシルヴァラントのどの宿屋よりも広くて、全員個室でも格安の料金であったが、ロイドたちは今まで通り、男部屋と女部屋に分かれて泊まることにした。
荷物を置くと、さっそく女4人の部屋にロイドとジーニアスが来る。
しいなは机で手紙を書きながら言う。
「テセアラには、エクスフィアの研究をしている所があるんだ。それでテセアラの神子の持っているクルシスの輝石ーー特殊なエクスフィアについては王立研究院で研究されていた」
ジーニアスが目を丸くする。
「テセアラにもマナの神子がいるんだ」
しいなは、もちろん、と書きながら頷く。
「世界再生はテセアラでも行われている儀式なんだ。こっちにもマーテル教はあるし、それにレネゲードもこっちの世界にいる」
ロイドが顔をしかめる。
「そうなのかよ。あの敵だか味方だかよくわからない奴ら」
しいなは溜め息をつきながら、顔を上げる。
「そうなんだよ。テセアラにエクスフィアをもたらしたのもレネゲードだし、シルヴァラントの存在とか神子の暗殺計画を国王陛下や教皇に吹き込んだのもレネゲードだし」
リフィルは、なるほど、と腕を組む。
「けっこう手広く活動しているのね、レネゲードは」
しいなは書き終えた手紙を見せる。
「それでいま、国王陛下にこれまでの経緯とコレットの治療を願い出る手紙を書き終えたところさ。もちろん、コレットの命を狙うのを止めることも書き添えている」
ロイドはここで屈託のない笑顔を浮かべる。
「そっか。いろいろありがとな、しいな」
するとロイドの笑顔を見たしいなの顔が赤くなり、早口でまくしたてる。
「な、なにお礼言ってるんだよ! これからだろ! それに王立研究院は王家の管理下にあるんだから、これ以外、方法はないんだよ。それにあたしは、ミズホの里に色々と報告しに行かなきゃいけないから、明日はあんたたちが頑張んないといけないんだよ! 陛下に謁見を申し出る時には、ミズホの民のしいなからってちゃんと言うんだよ!」
タバサは残念そうな顔となる。
「そうですか。しいなさんとはここでいったんお別れなんですね。……では、今のうちにちょっとしいなさんの見解も伺いたいのですが」
しいなは首をかしげる。
「ん? 何についてだい?」
タバサは、言いにくいが頑張って言う。
「クラトスさんについてです」
すると、場の空気が一瞬にして凍り付く。
感情を無くしたコレット以外、その場にいた誰も彼もが複雑な表情となる。
しいなは眉をひそめて、「あんたは本当に空気を凍らせるのがうまいねえ。……それで何について訊きたいんだい?」と訊ねた。
タバサは真剣な表情となる。
「どう見ても、救いの塔でのクラトスさんの戦い方は奇妙でした。わたしはクラトスさんと戦うとき、絶対に負けるだろうと思ったんです。わたしの魔法を知っているクラトスさんなら、真っ先に『リレミト』を封じるべく、わたしを狙ったと思います。ところがそうはせずに、あの人はロイドさんとしいなさんに剣を振るいました」
ロイドも頷く。
「確かに、いつものアイツよりも明らかに剣の振りが鈍かった。俺なんか簡単に倒せるだろうに、アイツ、絶対手を抜いていた」
しいなも同意する。
「そうだねぇ。あたしも死を覚悟して臨んだけど、最後の攻撃以外はそれほどでもなかった」
タバサは付け加える。
「クラトスさんは、しいなさんを気絶させた後、蹴り飛ばしましたが、それもわたしたちのいる所にです。ジーニアスとリフィル先生も斬ることなく殴って気絶させただけでした。わたしにも剣を叩きつけましたが、盾で防げる程度の威力に過ぎず、わたしを押し切ることもできたのにそんなことはしませんでした。ーーつまり、クラトスさんはわたしたちを殺そうとしたのではなく、わたしの『リレミト』でみんなを逃がそうとしていたのではないか、と思うのです。だけど、ユグドラシルという主君の前ではそれ以上のことはできなかった、と考えれば筋が通ります」
ジーニアスが頷いたあとに言う。
「そういえば、出発前日にタバサに『リレミト』や『ルーラ』のことを思い出すようにって、暗にアドバイスしてたもんね」
ロイドは困惑げに言う。
「結局アイツは、まだ俺たちの味方なのか?」
タバサは、うーんと唸ってから答える。
「少なくとも、わたしたちを殺したくはない、けれどユグドラシルの前では敵対的行動を取らざるを得ない、といったところでしょうか。これだと、完全な味方とは言い切れないでしょうね。つまり、立場上は敵でも、本心では味方なのかなと」
でも、とロイドは憤りとともに叫ぶ。
「アイツが朝早くにコレットを連れて出発しなければ、コレットがこんなになることはなかった!」
けど、とジーニアスはロイドに思い出させる。
「あの朝、竜観光のおじさんが『2人が出発した』って訪ねにきたよ。あのおじさんがそんなことをする必要はないのに」
それを聞くと、ロイドは萎んでしまう。
「でも、だって……くそっ! わけわかんねぇ!」
リフィルは統括する。
「クラトスがクルシスの四大天使で、ユグドラシルに仕えているという点では私たちの敵ね。でも、彼の行動には敵と判断するには不合理な点も多いというのもまた事実。ーー今は敵とか味方とか決めつけるよりも、どっちになっても良いように柔軟な心を持つべきではないかしら?」
タバサは、うんうんと何度も頷く。
「さすがは先生です。そうですね。どっちに回っても良いように心がけましょう」
ロイドは、はぁと溜め息をつく。
「……俺としては、敵か味方か、どっちかハッキリしてくれた方がラクなんだけどな」
リフィルは、教師として言う。
「それはそうだけど、世の中そう単純に割り切れないこともあるのよ、ロイド」
クラトスについて話し合い、ひとまず暫定的な結論を出せたことで一行は休息を取ることにする。