王都メルトキオから、グランテセアラブリッジという長大な橋を渡る前にゼロスが元気に宣伝する。
「聞いて驚け、田舎者! こいつはフウジ大陸とアルタミラ大陸を繋ぐ世界一の跳ね橋だ。制御に3000個のエクスフィアが使われてるんだぜぇ」
エクスフィアの製造過程を知っている者たちは、思わず顔をしかめる。
ジーニアスが呻くように呟いた。
「3000分の命……」
ゼロスはロイドたちのネガティブな反応に目を丸くする。
「ん? どしたの? 暗い顔しちゃって……」
ここでリフィルがエクスフィアの製造に人の命が使われていることなどを説明した。
説明を聞き終えたゼロスは、さすがに仰け反った。
「……ハードな話だな。全部マジなのか?」
プレセアはあまり反応せず、俯いたままであった。タバサは、自分の主観は差し引いてもプレセアは感情に乏しいと思った。
だが、ゼロスはあっけらかんと言う。
「まあ、つっても、死んだ人間が生き返るわけでもナシ。ポジティブにいこうぜ~」
これにはロイドたちは一斉に呆れる。
「ポジティブなのか軽いのか……」
ジーニアスが、そういえば、と訊ねる。
「ゼロスやプレセアもエクスフィアを装着しているけど、テセアラじゃ当たり前なの?」
ゼロスは首を振る。
「いいや、がきんちょ。これはレネゲードって奴らから分けてもらったんだ。しいなとか、教皇騎士団とか、結構な人数分わけてもらったはずだぜ?」
ロイドはプレセアの方を向く。
「プレセアもか?」
しかしプレセアは俯くばかりで無反応であった。
少し高い所にあるグランテセアラブリッジを渡る前に、ジーニアスが高いところが苦手なタバサと手を繫ごうとした。
ジーニアスとしては、さっきプレセアに対して「かわいい」と発言したことで、タバサの心を大いに傷つけたことに対する謝罪の意味も込めていた。
「はい、タバサ」
ジーニアスはいつものように手を伸ばしたが、
「これくらいなら大丈夫」
とタバサに首を振って拒絶されて、逆にジーニアスは驚き、心にダメージを負った。いつもはあんまり高くなくても、笑顔を咲かせてボクと手を繋ぐのに。
そのままロイドたちに続いて、タバサはいつもより重い足取りで歩き出す。
ジーニアスは、タバサと手を繋ぐことを拒否されたショックでしばらく動けないでいた。
そんなジーニアスの背中をリフィルがポンと押す。
「後でちゃんとタバサの機嫌を治しなさい」
そう言われて、ジーニアスはトボトボと歩き出す。
長い長い橋を渡りきると、一行は学術都市サイバックに辿り着いた。
サイバックは、白衣を着た人、メガネをかけている人、オールバックの髪型の人など、知的な雰囲気をまとう人たちが街を歩いていた。しかしタバサは学問を好むタイプであるが、なんだかこの街のことは好きになれそうもない気がした。どことなく息が詰まる感じがするのである。
ゼロスから王立研究院まで案内を受けて、連絡を受けていた研究員がとある部屋まで招く。
「コレットさんの症状の報告を受けて、我々はゼロスさまのクルシスの輝石を調査した資料に当たりました」
ゼロスが自慢げに笑う。
「俺さまの輝石が役に立ったわけだな~。よしよし」
研究員は粛々と続ける。
「クルシスの輝石は、エクスフィアの進化形と考えられます。2つの結晶体は、共に無機生命体ーーつまり、エクスフィアも他の生命体に寄生し、融合して生きているということですから」
ここで一同は驚愕する。エクスフィアは単なる無機物ではなく、生命体なのだと判明したのだから。
研究員の解説は続く。
「クルシスの輝石もエクスフィアと同質ですから、今のコレットさんはクルシスの輝石に寄生されている状態だと推測できます。ですので、要の紋があれば、体内のマナのバランスを崩すことなく、自由に操れるようになると考えられます」
ロイドは、そんなもの見つかるかなと思いつつ、ゼロスに近くのバザーまで案内してもらう。すると古物ばかりを取り扱う商人の元で、赤く輝く要の紋を発見できた。商人はロイドの反応を見て吹っかけようとしたが、神子としての権力を持つゼロスの脅しでタダでもらい受けることに成功した。
それからロイドは王立研究院の一室を借り受け、要の紋を修理するのに着手する。先ほど解説してくれた研究員がどこか緊張ぎみだったことに微妙な違和感を覚えたが、さほど気に留めることなく、ロイドは入り口にみんなを待機させてから部屋で作業をして、コレットのための要の紋を完成させた。
ロイドは急いでみんなの待つ入り口へと走る。
そこで要の紋をコレットに取り付けるべく、ロイドが誕生日プレゼントとして渡したネックレスをコレットの首から取ろうとした。
ところが、コレットはネックレスを取られないようにすべく、両手でネックレスをギュッと掴んだ。
ロイドはコレットにあやすように言う。
「コレット、俺はこのネックレスにちょっと飾り付けしたいんだ。すぐ返すから、その手を離してくれよ」
するとコレットは、パッとネックレスから手を離す。
タバサにはそんなコレットの仕草がとても可愛らしく見えた。
ロイドは、「ありがとな」と礼を言ってから、コレットの首からネックレスを外して、要の紋をネックレスに通す。
それからコレットの首にネックレスを再びかけた。
少し時間を置いてからロイドが呼びかける。
「コレット! 俺がわかるか?」
しかしコレットはボンヤリとロイドを見上げるだけで、やはり感情が回復したとは思えなかった。
ロイドが嘆息する。
「ダメか、この程度じゃ……」
ジーニアスが提案する。
「ダイクおじさんに相談する?」
リフィルは首を振る。
「ダイクはシルヴァラントにいるし、レアバードは燃料切れよ」
そこでタバサが手を挙げる。
「あの、わたしの『ルーラ』なら帰れるんじゃないかと思います」
リフィルが目を見開く。
「あなたの『ルーラ』はそこまでできるの? 異世界間の移動よ。試したことはないでしょう」
しかしタバサは、自信満々に「いけると思います」と言い切った。
リフィルが「それができるなら、レアバード問題は解消されるけど……」と言ったところで、ゼロスが口を挟む。
「おいおいおいおい。盛り上がってるみてーだけど、俺さまはおまえたちの監視役なんだぞ。どんな方法であれ、シルヴァラントに帰るなんて許すわけねーだろうが」
タバサはゼロスに笑いかける。
「ゼロスさん。ほんのごく僅かな時間ですから」
すると、女の子に弱いゼロスが相好を崩す。
「え、そうなの?」
ジーニアスは自慢げに言う。
「タバサの『ルーラ』は、タバサの行ったことのある場所なら一瞬で目的地に行けるんだ。」
リフィルも畳みかける。
「あなたはフェミニストなんでしょう。コレットを助けたい気持ちはあるわよね」
するとゼロスは、ヘラヘラと笑いながら言う。
「そこまで言われたら、チクるわけにはいかねーな。なっはっは!」
ロイドが「んじゃ、天井の無いところに移動するか」と言ったところで、突然先ほど教皇の周りにいた騎士団たちが登場する。
そして彼らは無言で真っ先にタバサを拘束する。
「何をするの!? うっ……」
それからタバサの鼻と口にハンカチのような物を当てて眠らせた。
ジーニアスがすぐさま怒鳴る。
「おい、タバサに何をして……」
しかし槍の切っ先を喉元に向けられ、ジーニアスは黙らされる。
他の仲間もコレット以外は槍を向けられて、黙らされた。
教皇騎士団の1人が言う。
「神子さま、聞かせて頂きましたぞ。テセアラの滅亡に手を貸した反逆者として、神子さまたちを反逆罪に認定します」
ゼロスは、チッと露骨に舌打ちをする。
「初めから教皇のヤローに目ぇつけられてたってわけか」
騎士団はゼロスの言葉を無視して、「天使以外のサンプルを取れ。ハーフエルフが紛れ込んでいないか確認を取るんだ」とテキパキと何かの機械をロイドたちの体に押し当てていく。
ロイドがここで、ハーフエルフ、という言葉に、危機感を覚える。
「まさか!」
そしてむろん、
「た、大変です! 適合しました!」
ジーニアスとリフィルがハーフエルフであると発覚する。
ロイドは即座に叫ぶ。
「ジーニアス! 先生!」
ゼロスは目を丸くする。
「おまえら、ハーフエルフだったのか!」
教皇騎士団たちが慌てふためく。
「くそっ! 計算外だな。ハーフエルフは魔術を操れる。警戒しなければ……」
「子ども1人を警戒すればいいと思っていたから、他の眠り薬は用意していないぞ」
「やむを得ん。手枷をつけて連行するぞ。橋まで行けば応援を呼べる」
ジーニアスとリフィルは重々しい手枷を嵌められた。眠らされたタバサも同じ手枷を嵌められて騎士の1人が肩に担ぐ。
ジーニアスは懇願する。
「待ってよ! ボクらは確かにハーフエルフでどうなっても構わない! でもタバサは人間なんだから解放してよ……うわっ!」
ジーニアスは騎士の1人に強く頭を叩かれる。
「黙れ! 低脳なハーフエルフが! 教皇様に楯突いたこのガキもろとも死刑にしてやる!」
“死刑”という言葉を聞いたロイドが怒りのこもった声で叫ぶ。
「待て、テメェら! 俺の仲間を返しやがれ!」
騎士団がロイドの叫び声でようやく思い出したように話し合う。
「神子たちはどうする?」
「やむを得ん。地下にでも軟禁しておけ!」
ロイドたちは地下へと、ジーニアスたちは外へと連行される。
槍で威嚇されながら、ロイドとコレットとゼロスとプレセアは王立研究院の薄暗くジメジメとした仄かな灯りしかない地下室に連行される。そこですぐさま、「なにっ!?」と女から驚きの声をかけられる。
教皇騎士団たちが蔑みながら命令する。
「ハーフエルフ風情が俺たちに話しかけるな。黙って研究を続けろ!」
「コイツらは罪人だ。引き取りに来るまでここに閉じ込めておけ」
そう言い残して、騎士たちは去っていく。もちろん、部屋の入り口の扉に鍵をかけるのを忘れない。
ハーフエルフと言われた女が小馬鹿にするように言う。
「私はケイトよ。……まったく、せっかく人間に生まれたんなら大人しくすれば良かったのに」
ロイドとしては、そんな軽蔑に付き合っている場合ではない。
「くそっ! ジーニアスとタバサと先生はどうなっちまうんだ!」
ゼロスが淡々と解説する。
「こっちの世界じゃ、ハーフエルフは身分制度の最下層なんだ。そして、ハーフエルフの罪人は例外なく死刑。……んで、」
ゼロスはケイトを見つめる。
「王立研究院で働くハーフエルフは一生研究室から出してもらえない。……一生な」
ロイドは声を荒げる。
「そんな……むちゃくちゃだ!」
ケイトはここでプレセアを見つけて、大きく目を見張る。
「プレセア! プレセアじゃない! あなたまでどうしてここに?」
しかしプレセアは、「来ないで……」とケイトから怯えながら距離を取り、背を向けた。
ゼロスが怪訝な表情となる。
「うん? ここから出られないケイトさんとやらが、どうしてプレセアと知り合いなんだ?」
ケイトは淡々と答える。
「その子は、ウチのチームの研究用サンプルなのよ。人間の体内でクルシスの輝石を作る研究のね」
ロイドは目を見開く。
「クルシスの輝石なんて作れるのか? どうやって?」
ケイトは表情を変えずに言う。
「理論的にはエクスフィアと一緒よ。人間の体内でゆっくりと寄生させて……」
ロイドはそれを聞いた瞬間、人間牧場でエクスフィアを埋め込まれた人たちを思い出して激昂する。
「ふざけるな! そんなの、ディザイアンが人間牧場でエクスフィアを作っていたのと同じじゃねぇか!」
ケイトは首をかしげる。
「……何の話?」
「人の命を何だと思ってるんだって話だよ!」
するとケイトの目が絶対零度のごとく冷ややかになる。
「その言葉、そのままそっくり返すわ。あんたたち人間は、ハーフエルフの命を何だと思っているの?」
ロイドは怯まず叫び返す。
「同じだよ! 良い人間もいれば、悪い人間もいる! 良いハーフエルフもいれば、悪いハーフエルフもいる! それを俺はよく知っている!」
ここで突然、しいなの声が響く。
「そいつはテセアラの人間じゃない。シルヴァラントでハーフエルフやドワーフと育った変わり種だよ」
そして、煙幕とともにしいなと、彼女のお供の小さなキツネのようなコリンが現れる。
しいなは鋭い声で叫ぶ。
「タバサとジーニアスとリフィルが連れて行かれちまったようだね。今すぐ追いかければ助けられるよ!」
ケイトが慌てる。
「ここから逃げる気!?」
ゼロスは仕方なさそうに説明する。
「コイツは親友のハーフエルフを助けにいくつもりなんだ。どうすんだ、ハーフエルフのケイトさんよ」
ケイトは激しく首を振る。
「あ、あり得ない! 人間がハーフエルフを助けるはずがない!」
ここで側に控えていたハーフエルフの研究員が口を挟む。
「しかし、ケイト。上でハーフエルフが2人、魔法が使える人間が1人拘束されたって聞いたぞ」
その言葉を耳にして、ケイトは数秒間、逡巡する。
それから頷いた。
「いいわ、信じてあげる。その代わり、ハーフエルフの仲間を助けたら、1回ここに戻ってきて。あなたたちの話が本当なら、プレセアを研究対象から解放してあげるわ」
言うが早いか、ケイトは壁際にあるクローゼットを引きずってどかした。
「ここが抜け道なの。ここから、サイバックの街に出られるわ」
ロイドは「ありがとな」とケイトに礼を言う。
しいなは、叱咤するように叫ぶ。
「急ぐよ! 橋を目指すんだ!」
ゼロスは、なんで俺さままでハーフエルフを助けることになるんだろうな、と思ったが言わなかった。
一方、連行されたジーニアスは、自分たちはいいから、人間のタバサを解放してほしいと、教皇騎士団に何度も何度も懇願し、その度に騎士たちから頭を殴られていた。
「死刑になるのはハーフエルフだけでいい。でも、タバサは人間だ! それなのにどうして殺すんだよ?」
「うるさい! ハーフエルフのクソガキが! 黙って歩け!」
「イテテテッ!! ……それでも、ボクは諦めない! タバサを解放しろ! タバサは関係ない! おまえたちと同じ人間だっ! ……イタっ!」
「……これ以上、俺たちに楯突くと、メルトキオに着く前におまえを殺すぞ」
しかし「殺す」と脅されてもジーニアスは屈しない。
「どうせメルトキオまでの道のりはほんのちょっとしかないんだ! だったら、どこで死のうと同じだ! ボクの命と引き換えで良いから、タバサを解放しろ!」
あまりにも無茶で無謀で、しかし一途で勇ましい発言に、姉のリフィルだけではなく、教皇騎士団の騎士たちも多くが密かに胸を打たれた。
とはいえ、死刑が決まった最下層身分のハーフエルフの子どもがどれだけ勇敢なことを言っても、その決定が覆るわけではない。
しかも騎士たちが全員、綺麗な心を持っているとは限らない。
中にはこんな冷酷な騎士だっている。
「おい、ハーフエルフのクソガキ。おまえはあの魔法を使える人間の女の子が好きなんだろう。だったら、これ以上おまえが喚くなら、あの子の首をノコギリでギコギコと少しずつ切っていってからちょん切るってのはどうだ? おまえの目にその光景を冥土の土産として焼き付けてから、おまえはもっと残酷な目に遭って殺されるんだ。どうだ? いいだろう、面白いだろう」
ジーニアスの背筋を最悪の悪寒が走り抜ける。シルヴァラントの人間牧場のハーフエルフたちも相当残忍であったが、テセアラの人間たちだってたいがいじゃないか、と思わずにはいられなかった。
ジーニアスはそれでもなお言う。
「そ、そんな残酷なことをしたら、絶対に呪われるぞ! ……いいから、タバサを解放しろ!」
冷酷な騎士はケヒケヒ笑う。
「……決まったな。メルトキオに着いたら、楽しみだな、おい?」
冷酷な騎士は同意を求めるように騎士たちに呼びかけたが、頷く者は少なかった。
リフィルは人生最期に想いを馳せるに至って、弟の口を止めようとは思わなかった。これで殺され方が残酷なものに変わったのは間違いないが、かといって騎士たち相手に怯むことなくここまで勇ましく成長した弟を咎めたくはなかった。
惜しむらくは、これ以上の弟と、彼を飛躍的に成長させてくれた女の子の成長がここで止まってしまうことである。
何とか私一人の命で、ジーニアスとタバサの命を救いたいが、両腕で手枷を嵌められている間は、自分にはできないことであった。
ジーニアスもリフィルも、ここで時間を稼いだところで監禁されたロイドたちが脱出して助けに来てくれるとは、全く想定していなかった。
サイバックから街道を通り、地面が踏み固められてできた土の道から石畳へと変わるグランテセアラブリッジに至った時、ジーニアスは仕掛けた。
「うわああああっ!!」
「うおっと!?」
眠っているタバサを肩で担いでいる騎士の1人に、肩から体当たりを仕掛けたのである。
しかし結果は、全身を甲冑で覆った大人の騎士たちの体に子どものジーニアスの体がぶつかって跳ね返されただけである。騎士の体は僅かによろめいただけ。石畳の上に転がったのはジーニアスの方であった。
タバサを担いだ騎士は怒りの声を上げる。
「テメェ! 何しやがる! 下劣なハーフエルフのクソガキが!!」
その騎士はジーニアスの顔を蹴り飛ばした。
「ううっ!」
まともに蹴りを食らったジーニアスは悲鳴を上げる。
リフィルは目を背けたい想いに駆られたが、しかしありのままの現実を直視することにした。
タバサを担ぐ騎士が怒鳴る。
「コイツ、抵抗が激しすぎるぞ! ここで殺すか?」
すると、例の冷酷な騎士が、い~や、と愉しそうな声を上げる。
「このグランテセアラブリッジを汚らわしいハーフエルフの血で汚すのは良くねぇ。手枷をつけている状態で橋から海にぶん投げりゃ死にはするだろうが、それだと俺が面白くねぇ。だったら、答えは1つだーー気絶するまでぶん殴るんだよっ!」
その騎士は槍を放り投げて、全身を甲冑で覆った体でジーニアスの上に跨がった。その重みだけでジーニアスは呻き声を上げる。
そして、初めは平手でジーニアスの頬を何度も叩く。
「ううっ! いたっ! ぐあっ!」
エクスフィアで強化された騎士の平手打ちなので、苦痛はかなりのものであった。
男は嗜虐的なようで、ジーニアスが苦悶の声を上げる度に喜んでいるようであった。
「いいぞ、もっと鳴け、もっと苦しめ!」
頬を撲つ音が何度も響いてゆく。その度に悲鳴を上げるジーニアスの声は聞くに堪えないものであった。
リフィルはさすがに耐えきれなくなり、「もうやめて!! 殴るなら、私にして!!」
すると騎士の男はリフィルに振り返る。
「いいな、それ。メルトキオに着くまで全員担いで行くってのも面白そうだ。ハーフエルフの女、後でおまえの望みを叶えてやるよ……でもまずは、このガキからだ!」
男はここで平手から拳に握り変え、ジーニアスを殴った。
「けほっ!」
もはや意識の中に暗闇がまじってきたジーニアスは、それでも自分の選択に後悔はなかった。
ーー少しでもタバサを守って死ねるなら本望だ。
自らの意識を刈り取らんとする拳を受けながら、ジーニアスはある種の誇りすら感じていた。
その時ーー
「ぐはあっ!?」
冷酷な騎士の体の中から血潮とともに剣が出て来た。
ジーニアスが明滅する意識の中で捉えたのは、
「ロイド……」
赤い服をまとった親友の姿であった。
ロイドは目線を走らせてすぐさま騎士たちの立ち位置を一瞬で確認し、声を張り上げる。
「テメェら、俺の親友をボコボコにしやがって! どうなるかわかってんだろうな!!」
騎士たちは怖じ気づいたが、すぐさま自分たちには人質がいることを思い出す。
しかしながら、ロイドたちがそれを把握していないはずがなかった。
タバサを担いでいる騎士は、
「炸力符!」
「ぐおっ!?」
しいなが吹き飛ばして転倒させた。騎士の体をタバサのクッションとなるように計算して。
リフィルの首元に槍の切っ先を向けようとした騎士は、
「瞬迅剣!」
「げぼほぉっ!」
ゼロスの剣に背中を刺された。
ロイドは呆然と立ち尽くしている残り2人の騎士を俊敏な動きで斬り裂いて倒してゆく。
あっという間にロイドたちは3人の奪還に成功した。
しいなが倒れた騎士たちのポケットから鍵を見つけて3人の手枷を次々に解いていった。
それからリフィルは真っ先にジーニアスの腫れ上がった顔に杖を当てて治癒していく。
ジーニアスは「タバサは大丈夫なの?」と心配していた。
リフィルは珍しく笑顔を見せて「ええ、大丈夫よ」と安心させるように答えた。
タバサの具合を調べたしいなが、タバサを背負い上げてから告げる。
「タバサは眠っているだけだね。サイバックの宿屋で休ませようか?」
ゼロスは、う~ん、と唸る。
「この橋がいつまでこのままなのかにもよるな。俺たちをメルトキオまで連行したいんだったらそのままだろうし、俺たちのことをサイバックで足止めしたいなら上げちまうだろうし」
しいなは、それなら、と言う。
「サイバックでタバサを休ませるかね。橋のメルトキオ側で待ち構えている騎士団連中がいるかもしれないし、それにタバサが目を覚ませば、『ルーラ』でメルトキオだろうがサイバックだろうが行き来できて、こんな橋は渡らずに済むし」
ゼロスが目を丸くする。
「え~、タバサちゃんの魔法ってそんなにすげーの?」
ロイドは、ああ、と即座に頷く。
「ダンジョンから脱出するときは『リレミト』、前に行った街やダンジョンに行くときには『ルーラ』ーー何回、世話になったかわかんねぇな」
しいなが苦い顔で追随する。
「あたしは敵として、この子の攻撃魔法の恐ろしさを存分に味わったよ。爆発で吹き飛ばされるわ、氷漬けにされるわ、この子が手加減してくれなかったら、あたしは今ごろ死んでいたよ」
ゼロスが、ほ~ん、と感心する。
「可愛いだけじゃなくてすげ~んだな、タバサちゃん。……なら、サイバックの宿屋まで戻ろうぜ。『ルーラ』ってやつが無けりゃ橋を渡るしかなかったんだが、橋がいらなくなる魔法を持ってるのなら、わざわざムリすることはないっしょ」
それから治療を終えたジーニアスとリフィルが走ってくる。
ロイドがジーニアスに訊ねる。
「大丈夫か、ジーニアス?」
ジーニアスは、しいながおぶっているタバサを見ながら頷く。
「ボクはもう平気。それより、早くタバサを宿で休ませてあげようよ」
一行は歩き出す。リフィルは、結果的にジーニアスがサイバック近くの橋で無茶な抵抗をしてくれたおかげで、自分たちの救出は早まったし、タバサも早く休ませられることになったことを思う。計算していたわけではないが、時間稼ぎとしては無駄な抵抗ではなかったのである。
タバサの睡眠時間はかなり長かった。強力な眠り薬を向こうは使ってきたようである。
タバサが目を覚ますと、またも左手が温かい感触に包まれていた。
それから起き上がると、たちまちタバサの左手を包んでいるジーニアスが満面の笑みで立ち上がる。
「良かったぁ。なかなか目が覚めなくて心配したよ」
一片も邪心のない純粋で真っ直ぐな言葉に、タバサはすぐさま顔を赤くする。
照れながら顔を伏せ、「そ、そう……」と呟く。
それからジーニアスは、タバサが起きたら訊きたいであろうことを手短に説明した。ここはサイバックの宿屋であること、些細な言動でボクたちは反逆罪に認定されて、タバサは教皇騎士団の連中に眠らされたこと、テセアラではハーフエルフが罪を犯したら死刑らしく、ボクと姉さんは連行されそうになったが、ロイドたちが助けてくれたことを告げた。ジーニアスは、自分がタバサを庇って激しく抵抗したことは、恥ずかしいので隠した。
タバサが起き上がると、ロイドたちもタバサのベッドに集まってくる。それから今後のことについて話した。
シルヴァラントにいるダイクの元に戻ること、サイバックにいるハーフエルフの仲間を救出したら会うと約束したケイトという研究員の元に行くことなどが候補として上がったが、最終的にフウジ山岳にあるレアバードを回収しに行くことにした。しいなの話曰く、レアバードはレネゲードの持ち物なので奴らより先に回収する必要があり、三案の中で唯一競争になる可能性が高いからとのこと。
タバサは納得顔で頷いた。
「そうですね。わたしとしては、コレットさんを早く治してあげたいのですが、他に急ぎの用があるのなら仕方ありません」
ゼロスは、ハイテンションのまま続ける。
「というわけでタバサちゃん、『ルーラ』をよろしく♡ 俺さまもう楽しみで楽しみで!」
タバサはそんなにはしゃぐことでもないのに、と不思議に思いながら頷いた。
「はい、わかりました」
タバサが立ち上がろうとすると、ジーニアスが甲斐甲斐しく、まるでタバサが介護を受ける人のように、一挙手一投足に気を遣いながら彼女を起き上がらせる。
その光景を見てゼロスは、しいなに訊ねる。
「なあ、シルヴァラントって、ハーフエルフに対する差別ってないのか?」
しいなは即座に首を振る。
「いや、テセアラとどっこいどっこいだよ。ことによると、テセアラより酷いかもしれない」
それを聞いたゼロスは、ハーフエルフの男の子が人間の女の子を支えて、しかも人間の女の子が恥ずかしがっている様子に、少なからず衝撃を受けた。