『理想郷』を求めて   作:hobby32

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18話:グランバニア王国~『理想郷』~

タバサの『ルーラ』でロイドたちが目の当たりにした景色は、森の中に囲まれている鷹の紋章が目立つ堅牢堅固な石造りの城であった。

シルヴァラント組もテセアラ組も知らないお城で、タバサ以外は不思議そうな表情であった。

 

タバサはそんな一行に振り返って微笑む。

「ここがわたしの故郷のグランバニア王国です。お城の中には人だけじゃなくて魔物もいますが、みんなわたしのお友達ですので、戦わなくても大丈夫ですよ。今、落ち着いた場所までご案内しますから付いてきてください」

 

ロイドたちは、ひとまずタバサの先導のもとグランバニアという城の中に入っていく。

 

城内に入ると、槍を持ち緑色を基調とした軍服をまとった兵士2人がタバサの姿を見るなり、即座にピシッとした姿勢で敬礼した。それからロイドたちの知らない言語でタバサに話しかける。どうやら挨拶をしているようだ。

 

タバサの声はロイドたちにもわかるように聞こえる。

「お勤めご苦労さまです。こちらの方々はわたしの大切な客人たちですので、丁重に二階の食堂まで案内してください。それから、7人分の客室の用意もお願いします。わたし以外言葉は通用しないと思いますので、不自由はあるかと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

タバサの言葉を受けて兵士の1人がロイドたちに歩み寄り、未知の言語で慇懃に挨拶をしてから、ロイドたちの前を歩いて行く。

 

タバサはロイドたちに言う。

「その兵士さんに付いていってください。わたしは着替えてから、食堂に行きますので」

 

ここでタバサは先に走って階段を駆け上がっていく。

 

 

 

ロイドたちは食堂に至った。廊下で兵士に混じって歩いている悪魔のような角の生えた魔物や、愛嬌のある顔つきの緑色のスライムに乗っかった騎士に、廊下を塞ぐように歩いてロイドたちを見るなり道を譲るドラゴンたちとすれ違った。魔物たちはみな愛嬌はあったが、タバサの言葉がなければ、戦っていたかもしれない。彼らは、微笑んだり頭を下げたりして、ロイドたちは狐につままれた気分となった。

 

食堂に通されたロイドたちは、自分たちの座高よりも背もたれが高い椅子に使用人たちが椅子を引いてくれて座った。それから白いテーブルクロスがかかった長テーブルに給仕たちが慣れた手つきで焼き置きのパンやバター、ナッツやブドウといった軽食を配り、金のゴブレットに水差しから水を注がれるという出迎えに圧倒されていた。ゼロスだけはこういう扱いに慣れていたが、タバサという少女の正体に薄々感づき、そちらの方に興味が移っていた。

 

さて、タバサがやって来るまでの間、ロイドたちは互いの顔を見つめていた。

 

ロイドはコレットの方を向く。

「なあ、タバサって、この城じゃとんでもなく偉い人?」

 

コレットもビックリした表情のまま頷く。

「そだね。大人の兵士さんたちがすぐに従って、私たちをこんな豪華な部屋に案内できるんだもの」

 

リフィルは額に手を当てる。

「……見抜けなかった。いえ、なにかどこか奇妙な感じはしていたのだけれど、こんなにも高貴な女の子だったとは……」

 

しいなは食堂全体を見回しながら困惑しきりである。

「だけど、高貴な女の子がどうしてあそこまで強いのさ。あたしには何がなんだかさっぱりわからないよ!」

 

ゼロスは陽気な声を上げる。

「まーまー! 人にはそれぞれ事情があるんだろうよ」

 

プレセアはあんまり気にせず、振る舞われたナッツをモグモグ食べていた。

 

さて、ジーニアスの衝撃の度合いは凄まじいものであった。テセアラという異世界を知ったばかりで、すぐさま次の異世界のお城に至ったのもそうであるが、それより去年からずっと好意を抱いていた、イセリアに移住した村人だと思っていた女の子が、こんなお城の偉い人間だということに、もはや言葉も何も出ず、石像のごとくカチンコチンに固まっていた。

しかしながら、衝撃的な話はタバサが来てから始まる。

 

10分後、タバサは桜色のドレスを引きずりながらやって来た。彼女の金髪には銀色の緑色の宝石が埋め込まれた髪飾りが輝いている。

使用人が扉を開けて入ってきた美しく着飾ったタバサが、別の使用人が引く椅子に腰かける姿に、彼女に対するイメージの再構築を迫られたのはジーニアスだけではない。

 

長テーブルの中央部、ロイドたちと対面に位置する所に座るタバサは、旅装束とは異なる衣装に言葉を発することができずにいるロイドたちに、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、今まで隠していて。ここでは頭を下げるわけにはいきませんが、みんなに少なからぬ衝撃を与えてしまったことは申し訳なく思います」

 

ロイドが最初に言葉を発する。

「タバサ。きみはいったい……」

 

タバサはクスリと笑う。

「ロイドさん。もし言葉が通じていたら、使用人たちに怒られますよ。ーーわたしは、タバサ・グランバニアです。グランバニア王国の第二位の王位継承権者の王女です」

 

タバサの言葉に、ロイドたちは一様に驚いた。『王女』と聞いて、またもしばらく何も言えなくなったのだ。

 

その隙にタバサは話し続ける。

「まあ6歳で旅に出てから王女としてお城でのんびり暮らしてしていたのは、1年くらいなものですけどね。まずはその辺りから簡潔にお話ししましょうか」

 

タバサは金のゴブレットで水を飲んでから話し始める。

「最初に両親を探すところから、わたしたちの旅は始まりました。“わたしたち”とは、双子の兄とわたしと、忠臣のサンチョさんと、父が仲間にしてくれた魔物さんたちです。双子の兄とわたしが産まれて間もなく、母が邪悪な魔物に拉致されたのです。母を救出すべく父も旅立ちましたが、父が倒した魔物の死に際の魔法で、わたしの両親は石化しました。それから、石になった父と母は、オークション会場で売られたのです。そして8年後、ストロスの杖という石化を解ける杖を入手してから、わたしたちはまず父の石化を解除することに成功しました。

次の目標は、母を救出することでした。父が加わったことでそれまでの2年よりはずっと順調に旅は進んで、母を救出することができました。ここまでで10年経過していますね。

最後に祖母を救出しようとしました。父が産まれたばかりの頃、魔界に拉致されていたのです。祖父も祖母を救出しようと世界各地を旅していましたが、途中で卑劣な魔物の罠にかかり、帰らぬ人となりました。わたしたちも結局、魔王ミルドラースによって祖母を殺され、父の悲願は果たせませんでした。

その後、復讐心に燃えたわたしたちが魔王を打倒して、世界から邪悪な魔物がいなくなったことにより平和を取り戻すことができたのです」

 

 

ロイドが大きく目を見開いて驚嘆する。

「それって相当凄いことなんじゃないのか?」

 

タバサは苦笑する。

「短く約(つづ)めれば偉業と呼べるかもしれませんが、実際のところ、父と母と兄が凄かっただけですよ。特にわたしの兄は『伝説の勇者』と産まれた頃から言われていて、魔王を倒す使命を帯びていましたから。誰にも、『伝説の勇者』の双子の妹であるわたしにも装備できなかった伝説の武具防具をその身にまとって、強力な魔物たちを薙ぎ払っていくーーそれは圧倒的な力としか言いようがありませんでした。わたしは、父や兄の後ろに隠れて、チマチマ魔法を撃っていただけです。多少度胸はつきましたが、その戦果は兄とは比べものになりません」

 

コレットは首をかしげる。

「そうなの? タバサの凄い魔法で、お父さまたちをずいぶんと助けられたんじゃないの?」

 

しいなも追随する。

「そうだよ。タバサの『リレミト』と『ルーラ』はすごく重宝しただろ?」

 

タバサは、残念そうに首を振る。

「いえ、『リレミト』も『ルーラ』も父が使えましたから。それに皆さんも廊下ですれ違ったとは思いますが、父には魔物を仲間にできる特殊な才能がありました。旅をするための馬車に乗れる数は、人と魔物を合わせて8。わたしは何とか父と母と兄に置いていかれまいと、必死になって剣と魔法の腕を磨いたのです。それでなんとか最後まで、魔王を倒すところまで付いていくことができました。……ですが今でも、祖父が幼い父を連れて旅して回ったように、父は『伝説の勇者』である兄は重宝しても、何の才能もなく臆病なわたしに関しては温情で連れて行っただけではないのか、と思えてなりません」

 

ジーニアスは口を尖らせて言う。

「そんなこと……絶対にないと思うけど。あれだけの魔法を使えれば、十分な戦力になり得るでしょ」

 

タバサは「それならいいんだけど」と俯き気味に呟いた。

そんな自己卑下するタバサをジーニアスは気に食わなかった。

 

リフィルは別の質問をする。

「タバサ、あなたの強さの源はわかったわ。けれど、どうして、どうやって、あなたはシルヴァラントのイセリアまでやって来たのかしら?」

 

タバサは、はい、と頷いてから答える。

「それは、わたしたちの世界の神さまであるマスタードラゴンさまが、わたしをシルヴァラントのイセリアに遣わせられたからです」

 

コレットは、「神さま?」と呟く。

 

タバサは続ける。

「はい。この世界には、ひょうきんな神さまがいらっしゃって、旅の途中で人間になっているマスタードラゴンさまーー人間の名前でプサンと名乗られましたが、マスタードラゴンさまの力を取り戻して、わたしたちだけでは到底行けない高さにある所にまで送り届けてくださいました。あとは、魔王がこちらの世界においそれとは来られないようにする、抑止力になられたと考えられます。

それはともかく、マスタードラゴンさまは、魔王を倒して1年後、わたしたちにとっては去年ですね、わたしをお住まいの天空城に招待して、『異世界の被害を軽減するように』という任務をわたしに授けられたのです」

 

ロイドが反芻する。

「異世界の被害を軽減するように?」

 

タバサは真剣な表情で頷く。

「はい。『異世界』とはシルヴァラントとテセアラの両方を含むのか、『被害』とは何なのか、『軽減』とは何を指すのか、正直なところ、わたしには未だにわかりません。ただ、マスタードラゴンさまは人と平和を愛する全知全能の神さまですので、わたしを遣わせれば達成できるとお考えなら、それに従うまでとわたしは任務を引き受けました」

 

しいなは唸る。

「めちゃくちゃ期待されてるじゃないか、タバサ」

 

タバサは「そうかもしれませんね」と自信なさげに笑う。

「マスタードラゴンさまは、超常的なお力でわたしに皆さんの世界の言葉を解する力を与えられ、さらにはニックスさんというわたしと血縁関係にない天空人を父親ということにして、わたしの身分を確保し、ロイドさんたちのいるイセリアの学校に入れたのですから、まあ相当なことをされているという印象は拭えません」

 

なるほど、とリフィルは納得する。

「だからあなた、世界再生の旅に出る直前にイセリアの人間牧場を壊滅させたのね」

 

タバサは答える。

「それに関しては半分当たり、というところですね。もともとあの規模の人間牧場なら壊滅させられそうだなと思っていたのは確かですし、鞭で打たれるマーブルさんを助けたかったのも事実です」

 

リフィルは問い続ける。

「ならクルシスの紛いものとは違う、本当の意味での全知全能の神さまから神託を受けたあなたは、どうあっても無事に生きて帰れる運命なのかしら?」

 

タバサは首を振る。

「たぶん違うと思います。マスタードラゴンさまは、基本的には人間に干渉されない神さまですから、例えばわたしが世界再生の旅に付いていかないと選択すれば、そうなったと思います。結局のところ、マスタードラゴンさまの意に沿っているのは、わたしの意思です。あるいは、戦闘で皆さんの戦いに協力することなく傍観していることも、わたしにはできました。けれど結局、わたしはそんなことはしていません。……まあ、そういう意味では、マスタードラゴンさまは、わたしを思うように操っていると言えるかもしれませんね。しかしながら、怠惰な人間に手を差し伸べられる神さまではない、というのがわたしの見立てです。『伝説の勇者』である兄も、何の努力も無しに魔王を倒せたわけではありませんから。わたしもその都度その都度、できることをしなければならないんだろうな、と思います」

 

ゼロスは、ひぇーと声を上げる。

「結局のところ、神さまが味方してくれていても、人がゼーゼーヒーヒーするのは変わらないのか」

 

しいなは、「あんたは少しはゼーゼーヒーヒーしなよ!」とツッコむ。ゼロスは「うっひゃっひゃっ!」と高笑いして返した。

 

タバサはジーニアスとリフィルに目を向けた後、語りかける。

「それから、シルヴァラントでもテセアラでもあったハーフエルフに対する差別は、この世界にはありません」

 

そのタバサの言葉が、ジーニアスとリフィルにとって、どれほどの福音として響いたのかを書き記すのは難しい。

 

ジーニアスは思わず、

「そうなの? そんな世界があるの!?」

と裏返った声で訊き返した。

 

タバサは確信を込めて頷く。

「はい。もともとエルフーーこの世界で言う妖精は、人と交わらないようになっています。かといってお互い嫌っているわけではなく、妖精の方が大人の人間には見えないようになっているのです。子どもなら見えますけどね。6歳の父は妖精と一緒に冒険しましたが、4年前の冒険、大人になってからは見えなくなっていました。子どものわたしと兄は見ることができたのに、です」

 

リフィルは恋い焦がれるような目でタバサを見つめた後、しかし冷静さを取り戻して頷く。

「……なるほど、人間の大人と妖精は混じりようがないわけね。結果、私たちのような狭間の者は生まれない、と」

 

「例外は、子どもが妖精を見つけて妖精の世界に行く場合だけですけどね。わたしは冒険の途中で妖精の世界に行ったことがあるので、『ルーラ』で行けますが。ちなみに妖精の村を治めているポワンさまは、人間だけではなく、魔物とも友好的です。この国の人たちが祖母と父の影響で邪気のない魔物には友好的なように」

 

ジーニアスが感動して言う。

「魔物にすら友好的なのに、姿形の似ているハーフエルフは何をかいわんや、ということだね」

 

タバサは微笑みながら頷く。

「はい、そういうことです。もしどうしてもジーニアスとリフィル先生がシルヴァラントでもテセアラでも生きにくいというのであれば、この世界もわが国も移民は歓迎しますよ。凶暴な魔物たちが長年にわたって数多の人を殺した影響で、まだこの世界のどこの街も人手不足ですから」

 

ジーニアスとリフィルは、心の内から抗いがたい欲求に駆られた。2人ともシルヴァラントではエルフとして偽って生きなければならず、大半がハーフエルフで構成されているディザイアンの悪行の影響で肩身が狭かった。テセアラでは今日些細な罪で処刑されそうになったばかりである。しかも、2人に友好的なタバサはグランバニアという一国の王女。権力も相応にあるから、ジーニアスとリフィルは、この『理想郷』にいつでも住まうことができる。

ハーフエルフ差別を骨身にしみて理解している2人には、もはやロイドたちとの旅を投げ出したくなるくらい心惹かれる話であった。

 

しかしながら、2人は言う。

 

まずリフィルから。

「ありがとう。とても魅力的な話だけれど、今はロイドたちとの旅を優先するわ。教え子たちをほっぽり出して、安住の地に住まうわけにはいかないもの」

 

ジーニアスも頷く。

「ボクも。ロイドもコレットも心配だもの。この話は保留ということで良い、タバサ?」

 

タバサは予想通りといった微笑みを浮かべる。

「そう言うと思っていました。わたしも旅に戻らなければいけませんし、お二人の頭脳は飛び抜けて秀でているとはいえ、通訳も誰もない場所で今すぐ生きるのは難しいでしょうから」

 

ここでゼロスが口を出す。

「ぶっちゃけた話、テセアラでハーフエルフが大っぴらに生きるなんてことはできないぜ。罪人じゃなくても、一生研究室に閉じ込められるからな。シルヴァラントも差別がひでーみてぇだし、この話に乗った方が良いと俺さまは思うけどな。お姫さまが俺たちの世界にいるうちにな。話を聞くかぎり、タバサちゃんは一生シルヴァラントやテセアラにいるわけじゃねぇようだし」

 

ゼロスの言葉を受けて、ジーニアスは思い詰めたような表情となる。

「姉さん、正直なところボクの心はもの凄く揺れているよ」

 

リフィルも弟を見てから頷く。

「そうね。私もよ。この世界でタバサが近くにいる限り、差別の嵐にさらされることはないもの。……でも、ロイドたちを見捨てられないのはあなたもそうでしょう?」

 

ジーニアスは、言葉無く頷いた。

 

ゼロスは、あーあ、と嘆くように言う。

「タバサちゃんがいつまでもお二人さんの側にいるわけじゃねぇんだぞ。だから、いるうちに結論を出しておきなよ」

 

リフィルはひとまず頷く。

「そうね。しっかり考えなければならない事柄だわ。でもとりあえず、これからやるべきことを考えましょう。コレットが回復した以上、シルヴァラントに戻る必要は無くなったのだけれど、サイバックにいるケイトに会いにいかないといけないわね。それは、タバサの『ルーラ』があれば一瞬で行けるのだけれど……いいわよね、王女さま?」

 

タバサは、「はい、もちろんです」と笑顔で頷き返す。

 

ロイドはプレセアの方を向く。

「プレセアも、オゼットっていうところに帰してやらないとな」

 

当のプレセアは、よほど気に入ったのかナッツをポリポリと食べて続けていた。

 

ゼロスが言う。

「前にも言ったけど、サイバックとオゼットは同じ大陸にある。徒歩で行くなら問題ねぇ。……ただ、今後のことを考えると、俺さまたち反逆罪で自由に身動き取れねぇとなると、船にも自由に乗れねぇだろうから、海を渡る手段を確保してぇところだぜ」

 

しいなが、それなら、と手を挙げる。

「メルトキオにあたしの仲間がいるんだ。その力を借りてみよう」

 

ジーニアスが心配そうな声を上げる。

「でもボクたち、反逆者なんでしょ。メルトキオにだって入れないんじゃない?」

 

ここでゼロスはポンと自分の胸を叩く。

「そいつは俺に任せとけ。メルトキオは俺の庭みたいなものだからな」

 

ロイドは「よし、決まりだな」と言う。

「まずはメルトキオに行って船か何かを確保する。その後は、サイバックだな」

 

タバサは微笑みながら告げる。

「疲れたらグランバニアに帰って休息をとってください。ここなら、緊張することなく休めますから」

 

ロイドは、「おう! ありがとな、タバサ!」と元気よく礼を言った。

 

 

 

それからタバサの指示を受けた使用人たちが、ロイドたちを客室に案内して、決められた時間になったら再び食堂に赴き、豪華な晩餐を心行くまで満喫した。

 

途中でタバサの両親と兄、つまり国王夫妻と王子が顔を出したが、言葉は通じないし、タバサが今日はロイドさんたちがお疲れですので、早めに休ませてあげたいと言うと、残念そうに引き下がった。

 

 

 

さて、ジーニアスが自分に割り当てられた客室に戻り、天蓋付きのベッドだの、足音立たぬじゅうたんだの、絵画や壺などの豪華な調度品の数々だのを目にして、改めて場違いな感じを覚えていると、ドアがコンコンとノックされた。

 

ジーニアスが「はい?」と疑問に思いながらドアを開けると、

「た、タバサ!?」

 

ドレス姿から一変、カチューシャまでつけたメイド服姿のタバサがワゴン車を押してやって来ていた。

 

タバサは、はにかんで笑いながら訊ねた。

「寝る前の御夜食はいかがでしょうか、お客さま?」

 

とりあえず、部屋の中にタバサを招き入れたジーニアスだが、タバサの今日一日の大胆な行動には驚かされっぱなしであった。

 

タバサは初々しく訊ねる。

「こ、コーヒーと紅茶のどちらがお好みでしょうか?」

 

ジーニアスは苦笑しながら言う。

「タバサ、無理しなくてもいいんだよ」

 

タバサはここで敬語をやめる。

「うん、でもとりあえず答えて」

 

「じゃあ、紅茶で」とジーニアスが注文すると、タバサはソーサーとティーカップを丸テーブルの上に置いて、ポットから湯気だった紅茶を注いだ。

 

タバサは別のポットから、コーヒーを注ぐ。ただし、その後で角砂糖とミルクをたっぷり注いだが。

 

2人は向かい合って座る。

 

ジーニアスは紅茶を一口飲んだあと、楽しそうに言う。

「ホントにタバサは王女さまなんだね」

 

タバサはピクッと肩を揺らした。持っていたコーヒーも波打つ。

「隠しててごめんね。なかなか言い出すタイミングがなくて……」

 

ジーニアスは、ううん、と首を振る。

「まあ異世界の王女だって言い出しにくい理由はわかるから、いいよ、別に」

 

それでもタバサは、不安げな目を向ける。

「わたしが王女でも、これまで通り接してね」

 

ジーニアスはタバサの不安を吹き飛ばすように大声で笑う。

「あはははは!! わかったよ」

 

それでタバサは全身から緊張が抜けたように脱力した。そんなタバサをジーニアスはとても可愛らしいと思った。

 

だからジーニアスは、タバサの手をこれまでのように握って、ソファへと引っ張っていった。それからソファに2人して並んで腰かける。

しばらくは2人とも何も言わなかった。ただお互いが隣に座っている幸せに浸っていた。

 

それからジーニアスは、静かに話し出す。

「人間牧場を破壊してからイセリアのベンチでボクが村長や姉さんたちに怒られてしょげている時も、パルマコスタのベンチでボクらがハーフエルフだって知られた時も、アスカードでコレットがこの先どうなっていくのか心配でたまらなかった時も、タバサはずっとボクの隣に座ってくれた」

 

「ジーニアス……」

 

「タバサが正真正銘の王女さまだってわかっても、最初はビックリしたけど、中身は全然変わらなくてすごく安心した。きみが神さまからの遣いなんだとしても、ボクにとってはただ一緒にいてくれるだけで幸せな人間であることには変わりない」

 

こういうとき、いつもならジーニアスは少しは照れながら言うものであるが、今日は違った。堂々としていて、楽しそうで、だから最大級の褒め言葉をもらっても、タバサは微笑んで享受するだけだった。

「ありがとう」

 

「今日ボクは処刑されそうになったのに、今こうしてお城の一室でタバサと一緒にいられる。でも、不思議な感じがしない。これが当たり前な気がする。だけど、実は当たり前じゃないんだよね。きみにとって、ボクらの世界は助けなさいって神さまから言われているところなんだよね。いずれ使命を果たしたら帰らないといけない」

 

タバサは首を振る。

「別に。わたしは王位を継ぐことはないから、ずっとあなたの世界にいても大丈夫だよ。まさかマスタードラゴンさまもわたしをまた別の世界に派遣されようとはお考えではないでしょうし」

 

ジーニアスは本当に心がグラグラと揺れ動いた。

ジーニアスは、もともと人間が嫌いだった。イセリアにいた時にエルフだと偽っても何度珍妙な目で見られたことか。ハーフエルフだとバレたら、それはもう取り返しのつかないことになっていただろう。

 

過程はどうあれ今の世界では、ハーフエルフというだけで差別されるのはシルヴァラントもテセアラも変わらない。エルフと偽って生きて、ハーフエルフだとバレないように常に怯える日々。すなわち、エルフの血を引くくせに、人間と同じように自分の耳が丸いことがバレたら、それだけで自分と姉さんの居場所は無くなってしまうのだ。

 

元の世界と比べれば、ハーフエルフだと露見しても問題ないこの世界は、まさしく『理想郷』であった。今は言葉は通じないけど、自分と姉さんの頭脳ならば、必ず不自由のない程度まで適応できる自信はあった。

 

そして何よりもタバサが側にいてくれる。タバサと家族との関係も良好で、自分たちがこのお城から追い出される心配はないだろう。一緒にいてすごく安心できる女の子もいるのなら、本当にこの世界は心惹かれるものであった。

 

だけど、今は保留にしておこう。目の前の旅に集中しよう。そうして旅の末に出た結論に素直になればいい。

ゼロスの言うように、いつかはこの旅に終わりはくる。どんな形かはわからないけれど、しかし明日明後日ということはあるまい。

 

ロイドも好き。コレットも好き。姉さんも好き。タバサも、もちろん……。だから、ジーニアスが旅から離れる理由はなかった。好きな人たちをボクの魔法で助けたい思いは不変であった。

 

一方でタバサは、ジーッと隣に座るジーニアスのことを見つめていた。何かものほしそうな目線であったが、あいにくと真面目なことを考えているジーニアスが気付くことはなかった。

 

ーーまあ、今はこれでいっか。

 

タバサは人知れず残念に思いながらもソファから立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ遅いからもうわたしも寝るね」

 

ジーニアスは「ああ、うん」と、黙考を中断してタバサを見上げると、彼女が持ってきたワゴン車にティーセットを載せて、部屋の入り口まで押して、タバサを見送った。

 

おやすみ、と互いに笑顔で手を振りながら、ワゴン車を押しながらメイド服姿のタバサは帰っていった。

ジーニアスはタバサが廊下の角を曲がって見えなくなるまで、彼女の背中を見つめていた。

 

 

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