翌朝、国王夫妻とタバサの双子の兄のレックスを含む、多種多様な魔物たちとたくさんの兵士や国民たちに見送られながら、グランバニアの正門から、タバサの『ルーラ』でロイドたちはテセアラのメルトキオの入り口まで戻った。
リフィルは相当驚く。
「本当に『ルーラ』で異世界間を移動できるなんてね」
ゼロスは、よこしまなことを言う。
「さっすが、タバサちゃ~ん! 俺さまの夜遊びに連れて行きたくなったよ~。……ってぇ!?」
しいなはゼロスの頭を思いきりはたいた。
「お姫さまだってわかったのに、あんたはそれしか言えないのかい!?」
ゼロスが「だってぇ~、『ルーラ』があれば、行き帰りに便利そうなんだもん~」と拗ねるように口を尖らす。
ロイドはそんなゼロスに呆れながら、門番が見張っているメルトキオの正門を見ながら訊ねる。
「それでゼロス、どうやってこの街に入ればいいんだ?」
ゼロスは相変わらずヘラヘラと笑いながら、一行に手招きする。
「こっちこっち~! 可愛いハニーたちのために俺さまの夜遊びの成果を教えてやるよ」
ゼロスは、メルトキオの正門脇をスーッと駆け抜けていった。他に頼る者もいないため、一行は走ってついて行く。
そして、辿り着いた場所は下水道であった。メルトキオの街の汚水が流れているところで、ゼロスとタバサ以外、鼻をつまんだ。
コレットはゼロスに目を向けて、「ここに入るの?」と訊ねた。
ゼロスは、「まあ、他に入り口はねーからな」と軽く答える。
しいなは縋るようにタバサを見る。
「お、お姫さまはこんなトコ平気なのかい?」
タバサは逡巡なく頷いた。
「大丈夫です。魔界の匂いはもっとひどかったですから。人間が出入りできるように整備されている仕組みなら問題ないですよ」
そんなタバサの発言に、ロイドたちのお姫さまのイメージがぐらつく。
それはともかくとして、他に道は無いからと一行はほとんどが顔をしかめながらも、わりと明るい下水道に入っていく。高貴な身分のゼロスとタバサが平気な顔をしているのが奇妙と言えるかもしれない。
「さすがに俺さまたちの侵入に備えて封鎖されているか……」
ゼロスは下水道内の閉ざされた扉を見て言う。夜遊びから帰るときに封鎖されていることはなかったのに、今は鉄の扉が降りているな、と説明する。
「どうするんだよ」としいなが咎めるようにゼロスに訊ねると、
「慌てなさんな。あちこちにあるバルブを探して回せば問題ねぇ」
と落ち着いて言った。
そうして3つのバルブを探り当ててから回し、閉ざされた扉を開けて、先に進んでいくと、出口付近で棍棒を持った囚人兵たちの襲撃を受けた。だが、タバサが難なく『イオラ』を唱えて吹き飛ばした。
固い床に叩きつけられた囚人兵たちにゼロスが近づいて尋問を仕掛け、囚人兵の1人が「おまえたちを始末すれば、教皇が俺たちの形を軽くしてくれると……」と言ったところで、
「うおっ!」
ゼロスは突然悲鳴を上げた。
どうやらゼロスは、上から降ってきた囚人の男に背中を踏みつけられて床に倒されたらしい。
その青く長い髪の、他の囚人兵とは違い手枷を付けたままの男は、ロイドたちに鋭い眼差しを向けながら告げる。
「動くな。動けば神子から死ぬことになるぞ」
男に踏まれたままのゼロスは、わりと元気にツッコむ。
「おいおい。神子にこんなことしていいと思ってるのかぁ?」
青い髪の男は蔑むように答える。
「世界の滅亡を企む者など、神子ではない」
ここでゼロスは、恥も外聞もなくお姫さまに助けを求める。
「タバサちゃ~ん。助けて~!」
タバサは残念そうに答える。
「そうしたいのはやまやまなのですが、いま詠唱するとゼロスさんが殺されそうなので……」
青い髪の男は「うむ、賢明な判断だ」と頷いたところで、ロイドの体にその小柄な体を隠していたプレセアが突然姿を現して接近し、青い髪の男に向けて斧を振り回した。
青い髪の男はゼロスの背中から足をどかしてとっさに避けたが、プレセアの顔を見て驚愕を露わにする。
「むっ! おまえは……!?」
ゼロスはこの隙に起き上がって走り出し、ロイドの背中に隠れて、「ふぅ~、助かった~」とためらいなく安堵の息を漏らす。
タバサは、プレセアの顔を見てから動けないでいる青い髪の男に向けて詠唱を開始した。
その姿を見て我に返った男は、囚人兵たちに「撤退するぞ」と叫ぶと、彼らは一目散に逃げていく。
それを見てタバサは詠唱をやめた。
それから、「あの人の手枷も外してあげれば良かったのに」と不思議そうに呟く。
コレットは少し屈んでプレセアに訊ねる。
「あの青い髪の人と知り合いだったの?」
プレセアは「……いいえ」と微かな声で答えたつつ首を振る。
ロイドは一行を促す。
「まあ、何にせよ助かったんだから、とっととこんなとこ出ようぜ」
それから下水道を出て、しいなの案内でなるべく隠密に精霊研究所に向かう。
そこで、くちなわという赤い服を全身にまとったしいなの幼なじみという男と出会い、研究所の人たちと渡りをつけてもらった。
それで、海を渡る手段として、エレメンタルカーゴ(略してエレカー)での移動を提案された。
エクスフィアで制御された輸送用の小型乗用車で、積載重量は最大1400キログラム、主に宅配便事業で扱われていると、プレセアが淡々と説明した。
ゼロスはそれを聞いて苦笑する。
「おいおい、俺たちは荷物かよ。ねこにんマークの宅配便ですってか?」
研究員の説明によると、エレカーは空気中から地のマナを取り込んで、大地に噴き出すことで反発力を生み出して推進力にしているから、その部分にウンディーネの力を利用すれば水上を渡ることが可能となるらしい。
それでそのエレカーの用意に一晩かかるということで、ゼロスは自分の屋敷で一泊することを提案した。
しいなが、「教皇の手先が待ち構えていないか」と警戒したが、ゼロスは「その時はその時でタバサちゃんの『ルーラ』で逃げりゃいいっしょ」と軽く提案した。
タバサは、「別にグランバニアに帰っても問題ないですよ」と提案したのであるが、ゼロスはどうしても屋敷でやることがあるということで結局折れた。
夕方頃に、ゼロスが書いた手紙がくくりつけられた鳩が飛んだ。
それでゼロスの広大な屋敷で一晩を明かしたが、教皇からの襲撃はなかった。寝ずの番は、屋敷に仕えているセバスチャンという執事が務めてくれた。ゼロスのせいで、みんな彼に「ハニー」呼ばわりされたが。
翌朝、コレットは肩の凝りを訴えたが、大したことはないと言ったので、そのまま出発した。
精霊研究所を訪ねると、赤い服を全身にまとったくちなわが先にグランテセアラブリッジにエレカーを運んだとのこと。何の連絡も無かったことをしいなは訝しがった。
研究員から手のひらサイズのウィングパックをロイドが受け取った。この小さなパックにエレカーをしまえるらしい。
案の定封鎖されているグランテセアラブリッジの脇から階段を下ると、くちなわがいた。そこには帆も何もない乗り物が海の上を浮かんでいた。
ロイドがウィングパックを使うと、エレカーは吸い込まれるようにパックに入り、またパックを開けるとエレカーは急速に大きくなって海上に浮かんだ。これにはリフィルを除くシルヴァラントから来た者たちは大いにはしゃいだ。ゼロスは、「これだから田舎者は」と水を差したが。
水が苦手なリフィルをジーニアスとタバサが2人して引っ張って乗せてから、一行はエレカーで出発した。リフィルは万が一に備えていつでも『ルーラ』を唱えなさい、と血走った目でタバサの両肩を強く掴んで警告したが。
その万が一のことが起こることなく、ロイドたちは対岸まで辿り着き、少し歩いてサイバックに到着した。
しかし、サイバックの街の入り口で、街を出ようとするところのクラトスとばったり出くわした。
ロイドが途端に警戒態勢に入る。
「クラトス! ……何の用だ?」
クラトスはそんなロイドの問いかけを無視して、まずコレットに告げた。
「再生の神子よ。生きたいと思うのならば、その出来損ないの要の紋を外すことだ」
しかしコレットは、キッパリと拒絶した。
「いやです。これはロイドが私にくれたものですから、絶対に外しません」
クラトスは無表情でかぶりを振る。
「愚かなことを……」
ついでクラトスは、タバサに心持ち鋭い目線を向ける。
「……それから、異世界の王女よ」
ロイドたちは、こんなにも早くクラトスがタバサの正体を掴んだことに驚きと戸惑いを隠せなかった。
クラトスは一同が驚いて止まっている間にタバサに告げる。
「死にたくなければ、とっとと異世界に帰るがいい。そして二度とこちらの世界に戻ってくるな」
クラトスの鋭利な視線と警告にタバサは戸惑っていたが、しかし首を振った。
「わたしの帰還はマスタードラゴンさまがお決めになることです。わたしにも決定権はありません」
クラトスは冷静に告げる。
「そなたの世界の神は、そなた自身の無事を保証したのか? クルシスを侮ると、その報いは死をもって思い知ることになるぞ」
警告し終えたクラトスは一行をかき分けて、去っていく。
リフィルは急いでタバサに訊ねる。
「タバサ、あなたはクラトスに異世界出身だって話したの?」
タバサは即座に首を振る。
「いいえ。クラトスさんに話したことも、『ルーラ』で元の世界に案内したこともありません。イセリアの村にいた頃、たびたび家族と会うために『ルーラ』で帰ったりしていましたが……」
リフィルは眉間にしわを寄せて、顎に手を当てて急いで考えこむ。
「まさかクルシスは魔力の波動を感知することができるのかしら……? いえ、それにしては、ディザイアンもクラトスもユグドラシルも最初からタバサを特別視していたわけじゃない……。わたしたちがタバサが異世界の王女だと知ったのはほんの2日前……なのに、どうしてクルシスはタバサの正体を既に掴んでいるの……?」
ここでゼロスがリフィルの思考を中断させる。
「まあまあまあ、リフィルせんせ~。この街にあんまり長居するのはよくね~から、とっととケイトって奴のところに行こうぜ」
リフィルは不承不承、頷く。
「そうね。その通りだわ。ロイド、ケイトのもとまで案内してちょうだい」
ロイドは「あ、ああ……」と困惑が抜けきれないまま頷く。
ケイトのいる研究室には、王立研究院近くのマンホールから下に降りて行く必要があった。
隠し通路をふさぐクローゼットが突然動いて、ケイトも同僚のハーフエルフの男の研究員も驚きを隠せなかった。
ケイトは叫ぶ。
「あなたたち!」
ロイドは堂々と宣言する。
「約束どおり、ハーフエルフの仲間を助けてきた」
ケイトは眼鏡のつるに指を当てながら、まじまじとジーニアスとリフィルを見つめる。
「確かにそうね。エルフと人間の血が融合した不思議なマナの感覚。……本当にハーフエルフが仲間だったのね」
リフィルは頷く。
「話はロイドたちから聞いたわ。プレセアの体内でクルシスの輝石が作らされているらしいわね」
ケイトは首肯する。
「ええ。私たちはエンジェルス計画と呼んでいるわ」
ロイドが目を見開く。
「エンジェルス計画って、俺の母さんが関わっていたのと同じじゃないか!」
ケイトは淡々と説明する。
「あのエクスフィア自体は珍しくないの。ただ要の紋に特殊な仕掛けが施されてあって、本来なら数日でおこなわれるエクスフィアの寄生行動を数十年単位に伸ばしているの。それでエクスフィアはクルシスの輝石に突然変異することがあるらしいわ」
リフィルがふと気が付く。
「プレセアの感情反応が極端に薄いのは、エクスフィアの寄生が始まっているから?」
ケイトはすぐさま頷いた。
コレットは恐る恐る訊ねる。
「このままプレセアを放っておくと、どうなるんですか?」
ケイトはすぐさま残酷な事実を突きつける。
「寄生が終わったら、死ぬだけよ」
一同はまたも驚愕する。
タバサは険しい表情を浮かべる。
「本質的にはディザイアンと同じですね。クルシスの輝石を取れた後の人間は死んでもいい、と」
ジーニアスが悲しげに問いかける。
「どうしてこんなことをするの? プレセアが何か悪いことでもした?」
ケイトはその問いかけに一度目を伏せてから答える。
「何もしてないわ。ただ、適合検査で合っていただけ」
ロイドは締めるように問いかける。
「約束だ。プレセアを助けてくれるな」
ケイトはためらいなく頷いた。
「そうするわ。あなたたちはハーフエルフを差別しなかったから」
すると、同僚の研究員が驚きの声を上げる。
「いいのか、ケイト! そんなことしたらおまえが……!」
ケイトはキッパリと言う。
「約束は約束だもの。……プレセアを助けるためには、ガオラキアの森の奥に住んでいるアルテスタというドワーフを訪ねなさい」
ロイドは少し驚く。
「こっちの世界にも、ドワーフがいるのか」
ケイトは頷く。
「ええ。アルテスタと私たちは、教皇の命令でこの研究をしているの」
ゼロスは、フンと鼻を鳴らす。
「やっぱあのヒヒじじいの差し金か」
するとほとんど感情的にならなかったケイトが、憤りの声を滲ませる。
「ヒヒじじいなんて呼ばないで」
ゼロスは目を丸くする。
「こりゃ驚いた。ハーフエルフが教皇の肩を持つなんてな」
ケイトは話題を断ち切るように言う。
「そんなことないわ。とにかく、プレセアの要の紋をアルテスタに修理してもらって」
しいなが締める。
「なら、次はガオラキアの森に向かおうかね?」
それからロイドたちは、薄暗い研究室から隠し通路を通って出た後、タバサの『ルーラ』でサイバックの街の入り口に出た。