しいなに案内されてやって来たミズホの里の頭領の家で、ロイドたちはミズホの民の協力を得ることに成功した。
ロイド「たち」というより、ロイド「が」成功したと言った方が正確かもしれない。
ついで、頭領の家で副頭領のタイガという頭領の代理の男から協力を得られたと言うべきだろう。
ロイドがタイガに主張した理想はこうであった。
「俺は、みんなが普通に暮らせる世界があればいいと思う。誰かが生贄にならないといけなかったり、誰かが差別されたり、誰かが犠牲になったり、なんていうのは嫌なんだ」
これに対してタイガは穏やかにも厳しいことを述べた。
「おぬしは理想論者だな。テセアラとシルヴァラントが互いを犠牲として繁栄する仕組みを変えない限り、何を言っても詭弁となろう」
ロイドはここで啖呵を切る。
「なら、その仕組みを変えればいい! この世界はユグドラシルって奴がつくったんだろう! 人工的につくられたのなら、俺たちの手で変えられるはずだ!」
これにタイガは満足気な表情となり、コレットを殺すことを命じたテセアラ王家とマーテル教会よりも、2つの世界を変えようとするロイドたちにミズホの里が仕えることを決定したのだ。
その代わり2つの世界が共に繁栄できる道筋ができあがった時、シルヴァラントに新たな住み処を要求する、とタイガは述べた。
これにロイドは「俺に決定権があるわけじゃ……」と戸惑ったが、ここでタバサは王女としてシルヴァラントには統一国家がないから、既存の街や村の主権を侵害しない限りは問題ないでしょう、と助け船を出した。
タイガは次にタバサに目を向けた。
なお些細なことだが、頭領の家では、「座布団」という四角く厚みのある敷物に「正座」という姿勢で副頭領もしいなも座っている。タバサはその正座ができず、他の正座できないロイドたちのように足を崩して座ると、ミニスカートが災いしてあられのない姿を見せてしまうので、仕方なく同じく正座のできないワンピース姿のプレセアと2人で立っていた。
「しいなから話は聞いています。おぬしは、シルヴァラントでもテセアラでもない、いわば『第三の世界』からいらっしゃったそうですね」
タバサは真剣な面持ちで首肯する。
「はい。我らが神マスタードラゴンさまより、『この世界の被害を減らすこと』を命ぜられて参りました」
ここでタバサの事情を初めて聞いたリーガルが驚愕を露わにした。
タイガは、よろしいでしょう、と頷く。
「もしも我らがシルヴァラントに住み処を見つけられなかった場合、あるいはロイド殿の理想が実現しなかった場合、そなたの世界に我らミズホの里の住民が移り住むことは可能ですか?」
「土地自体は有り余っているので問題ありませんが、言語や通貨単位等が異なります。数十人単位ならともかく、王女たるわたしの権限では、我がグランバニア王国からざっと見積もって数百人規模の村のためにどれほどの移住支援が引き出せるかは不透明です。わたしの世界はいま現在どこもかしこも人手不足で、基本的には移民を歓迎しているのですが」
タイガはタバサの言葉を聞き入った上で再び頷いた。
「なるほど、よくわかりました。第一の候補としてはシルヴァラントの方が望ましいですね。しかしうまく事が運ばなかった場合の第二の候補として『第三の世界』を検討する価値は十分ありそうです。とはいえ、我らはこの世界の住民です。即座に異世界にうかがうよりも、まずはこの世界ですべきことを優先するのが筋だと考えます」
これを聞いたジーニアスは心の中で、このあたりが人間とハーフエルフの違いかな、と考えた。ハーフエルフはシルヴァラントにもテセアラにも居場所がないから、即座にタバサの世界が『理想郷』として輝かしく見えるというのに、やっぱり人間は違うんだと思わずにはいられなかった。
タイガは最初の任務として、「レアバードの発見に全力を尽くすこと」をおこなうと述べた。
そして、しいなに引き続きロイドたちと同行するように命じた。ただし、今度は監視役ではなく連絡役として。
話がまとまって頭領の家を出たところで、タバサはゼロスの後ろ姿を見て、あることを思いつき声をかける。
「ゼロスさん」
密かに白けた顔をしていたゼロスは、お姫さまに声をかけられたとあって途端に元気な顔になって振り返る。
「ん~、なになに、タバサちゃん? 俺さまに何の用?」
タバサは、相変わらずだなあ、と思いながら訊ねてみる。
「ゼロスさんは、このままわたしたちの旅に付いてきて大丈夫なのですか?」
ゼロスは目を真ん丸にする。
「ありゃ? どうして?」
「いえ、ふと思ったのですが、ゼロスさんはわたしたちと旅をする動機が薄いかな、と思いまして。わたしたちシルヴァラントから旅をしてきた人間はコレットさんのことがあるのでずっと付いていきますし、テセアラ組もしいなさんはミズホの里の連絡役として動機はありますし、プレセアとはオゼットでお別れです。リーガルさんの事情はまだよくわかりませんが、何かしら強い意思を感じます。ですが、ゼロスさんは当初はテセアラ王室や教皇からわたしたちの監視役として同行しましたが、今ではその王室や教皇から揚げ足を取られた反逆罪で指名手配されてしまっています。教皇騎士団がゼロスさんの命を狙って襲ってきている現状、テセアラに居場所がないのはわかります。
しかしゼロスさんがクルシスに対して命がけの戦いに投じる理由は、他の方と比べて薄いように思えます。ですので、わたしの『ルーラ』でグランバニアのお城にあなたを送って、事が落ち着くまでそのまま留まってくださっても構わないのですよ。もちろんわたしは、王女の立場からゼロスさんを客人として迎え入れて、何不自由なく過ごせるように取り計らいます。異世界にまで教皇騎士団がやって来るとは到底思えませんが、いかがでしょうか?」
タバサの提案は甘美だった。あまりにも甘美であった。
ゼロスは、一瞬驚愕の表情を見せた後、豪快に笑ってからこんな返答をした。
「タバサちゃん、超優しい~!! 俺さま、だ・い・か・ん・ど・う!! ……いやあ、ぶっちゃけた話、こんなメンドーな戦いから逃げて、タバサちゃんの国のお城で贅沢三昧したいっていう欲求はあるよ~。けどさ、やっぱり、タバサちゃんみたいな女の子たちが頑張って戦っているのに、俺さまだけ戦わないのは、男がすたるってもんでしょ。反逆罪のレッテルが剥がれてメルトキオに戻れても~、『女の子にばっかり戦わせて、自分は異世界の城で贅沢三昧をしてた神子さま』っていうウワサが流れたらイヤじゃん。まあ、タバサちゃんたちが反逆罪で狙われる理由を作っちゃったのも一応俺さまにも責任があるし、自分のケツくらいは自分で拭きたいのよ。だから~、このまま付いていかせて♡」
タバサはゼロスを筋金入りのフェミニストなんだと思い、
「まあ、そこまでおっしゃるのでしたら……」
と食い下がる。
それからタバサがゼロスから離れてジーニアスの元へ駆け足で向かうと、ゼロスは彼女の後ろ姿を見ながら、真剣な声でボソッと誰にも聞こえないように呟く。
「悪ぃな、マジで……。どうすっかな、ホント……」
彼の人生で、これほど鋭利な優しさに胸を刺されたのは、これが初めてであった。鬱陶しい、やめてくれとすら思った。
その後、しいなはおろちという青い服を全身にまとった里の仲間から、教皇騎士団の連中がガオラキアの森から離れたという情報を受けて、ロイドたちはガオラキアの森を少し通って森閑の村オゼットへと向かった。
そこは緑の大木の上につくられた村であった。空気が澄み切っていて実においしかった。
しかし、昼間でも大量の木の葉の下にあるためか、わりと暗かった。その暗さに影響を受けてか、住民たちがロイドたちよそ者に向ける目線も実に冷ややかであった。
そんなオゼットに着いた途端、プレセアは挨拶も何もなくロイドたちの元からさっさと走って行ってしまった。
慌てて追いかけると、プレセアは村外れの小さな木の家の前で、怪しげな老人と話していた。
その老人はロイドたちに興味深げな目線を向ける。
「おや、プレセアさんのお客さんですか?」
プレセアはロイドたちにチラリと振り返ってから、やはり微かな声で答える。
「運び屋……」
老人は、「なるほど、運び屋さんですか」と納得する。
ロイドがここで叫ぶ。
「待てよ、プレセア。おまえの要の紋を作らないと!」
しかしプレセアの反応はつれなかった。
「仕事……さようなら……」
そして、そのまま家の中に入っていく。
老人はプレセアのことを自慢気に言う。
「教会の儀式に使う神木は、プレセアさんにしか取りに行けないんですよ。彼女がようやく戻ってきてくださり大助かりです。ふぉっふぉっふぉっ!」
老人は不気味な笑い声を上げながら去っていく。タバサはあの老人から、祖父の仇ゲマのことを思い出されて非常に不愉快であった。
リフィルがロイドたちに告げる。
「あの男、ハーフエルフよ」
ロイドは眉をひそめる。
「種族はどうでもいいんだけど、嫌な感じしかしないヤツだったな」
リーガルは、それよりも、と落ち着いた声で一行を促す。
「今一度プレセアと話そう」
ロイドたちは、プレセアの家へと向かう。
そしてドアを開けた瞬間に誰もが顔をしかめた。
ロイドがすぐさま声を上げる。
「この匂い……!」
タバサは鼻を手で覆いながら断言する。
「間違いありません。死臭です」
そんな強烈な圧倒される匂いの中、プレセアは全く意に介さず、机に座り彫刻刀で木彫り細工の仕事をしていた。
その間にリフィルが死臭の発生源であるベッドへと近づいた。
しかし、こんもりと盛り上がっている毛布をリフィルは剥ごうとは思わなかった。
リフィルは、鼻を手で覆いながら話し出す。
「エクスフィアの寄生のために、極端に感情表現が削ぎ落とされているプレセアには、この状況が理解できないのよ」
リーガルはただ一人鼻を手で押さえることなく、プレセアに呼びかける。
「プレセア。一緒に来ないか」
プレセアは、ちらっとリーガルを見た後に言う。
「仕事……しないといけないから……」
リーガルは、そうか、と無念そうに俯いた。
ロイドたちはいったん諦めて、プレセアの家から出て行く。
そして、プレセアの要の紋の修理の相談のために、近くにあるアルテスタの家へと向かった。
そこは黄色い岩場をくり抜いてできたようなところで、灰色の扉や外に並べられたり積み上げられていたりする木箱などがなければ、『家』だと認識することは難しかっただろう。
ロイドがまず灰色の扉をノックする。
すると、帽子をかぶり、薄い緑色の髪をおさげにした少女が出迎えてくれた。しかし何よりも少女の特徴的なところは、声であった。
「どちらサまでスか?」
ロイドは、声のイントネーションが奇妙な少女にわずかに戸惑いながらも訊ねる。
「ここにアルテスタさんっていうドワーフが住んでいるって聞いたんですけど……きみは?」
少女はやはり奇妙な抑揚表現で答える。
「私は、マスターアルテスタにお仕えスる“タバサ”と言いまス」
これにはロイドたちは、みな驚愕を露わにした。その中でも王女の方のタバサは、かなり大きく目を見開いた。
ロイドは驚きから抜け出した後、困ったように頭を掻く。
「実は俺たちの仲間にもタバサっていう名前の女の子がいるんだけど、きみのファミリーネームは?」
すると緑色のおさげをしたタバサは首を振る。首を振るときの角度もピッタリ同じであった。
「ありまセん。私には、タバサという名前以外ありまセん」
困ったロイドは一行に振り返る。
「どうしようか、みんな?」
金髪のタバサは、手を挙げてから言う。
「わたしは別にここでは『グランバニア』と呼んでくださっても構いませんが」
すると、ジーニアスが嫌そうに首を振る。
「えー、ボクの中じゃずっときみが『タバサ』で定着しているのに」
別にそんなところにこだわらなくても、と金髪のタバサは思ったが、ここで面白そうだと思ったゼロスがさらに事態をややこしくする。
「じゃあ、『お姫さま』とか『王女さま』とか、あっちのタバサちゃんが『クールなタバサちゃん』で、こっちのタバサちゃんが『キュートなタバサちゃん』とか、『グリーンタバサちゃん』と『ゴールデンタバサちゃん』とか!」
金髪のタバサは即座に却下する。
「どれもイヤです。ここテセアラには王家があるんですから、『お姫さま』だのなんだのは怪しまれます」
コレットが無邪気な笑顔で提案する。
「じゃあ、『大っきいタバサさん』と『小っちゃいタバサちゃん』とかはどう?」
金髪のタバサは、胸に手を当てながら悲しそうな顔になって叫ぶ。
「コレットさん! わたしが背が小さいのを気にしていることを知っているでしょう! それに胸も!」
しいなは、う~ん、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「あたしの中じゃ、やっぱりこっちのタバサを『おチビちゃん』って呼ぶのがしっくりくるんだけどね」
ロイドが、おいおい、と呆れる。
「タバサは本物のお姫さまなんだぞ。さすがにそれなりの呼び方ってもんがあるだろ」
リフィルも口を出す。
「『金髪のタバサ』とか『緑髪のタバサ』とか……ダメね、『緑髪のタバサ』は、ちょっと言いにくいわ」
リーガルは盛り上がっている一行を諫める。
「水を差すようだが、私としては早くプレセアの要の紋を作ってもらいたいのだが……」
金髪のタバサもそれに追随する。
「そうですよ。わたしが『グランバニア』と名乗ればひとまずそれで良いんです。名前ごときとは言いませんが、とにかくわたしなんかにこだわらないでください」
しかしジーニアスは、なかなか納得してくれない。
「え~、『グランバニア』って国の名前じゃん。ボクの中じゃタバサをタバサって呼ばないと、どうもしっくりこないんだよ」
金髪のタバサは、そんなジーニアスに嬉しいやら面倒くさいやら複雑な顔を向ける。
「ジーニアス、我慢して。そんなに長々とした滞在じゃないんだから」
そんな盛り上がっている突然の来客たちに、緑髪のタバサは告げる。
「あの、私は『シスター』と呼んでくだサっても構いまセん。ソちらの方が『タバサ』さんで良いでスよ」
すると、ゼロスが歓声を上げる。
「おー! シスターちゃんっていうのも、可愛い名前だなぁ! ねえ、タバサちゃん♡」
「「はい……えっ?」」
金髪のタバサと緑髪のタバサの声が奇妙にハモった。
緑髪のタバサがあわてて謝る。
「スみません。スぐには変更できなくて……」
ここで家の奥から大声が響く。
「タバサ! 玄関先で何を時間を食っているんだ!」
緑髪のタバサ改め『シスター』は、また謝る。
「スみません、マスター。今からお客サまをご案内いたシまス」
ロイドたちは、意外と広い室内へと招かれた。大宴会でもできそうな大きなテーブルとそれを囲うたくさんの椅子が真っ先に目に入った。
それから色んな道具が整然と並んでいる作業場らしきところに座る、頭頂部の禿げ頭を白髪が囲う目が細い不機嫌そうな顔つきのアルテスタと面会した。タバサはアルテスタを見て、元の世界の歴史書に出てくるいにしえの伝説の魔法使いである「ブライ」という人の挿し絵を思い出した。
アルテスタは、ぶっきらぼうに訊ねる。
「なんじゃ、おまえたちは?」
ロイドが自己紹介をする。
「俺はロイドと言います。サイバックのケイトから教えてもらったプレセアのことで……」
するとアルテスタは「プレセア」という名前を聞いた途端、拒絶反応を示す。
「帰ってくれ」
「え?」
「あの子のことはもうたくさんじゃ! 帰ってくれ!」
そうして取り付く島もないアルテスタの剣幕に、ロイドたちは家から追い出された。
ロイドはさすがにむくれた表情となる。
「何なんだよ!」
扉を開けて出て来た『シスター』は頭を下げる。
「スみまセん。マスターはプレセアサんと関わることを嫌がっておられるのでス」
リーガルが厳しい声で問いかける。
「ならば、プレセアが死んでも構わぬということか?」
『シスター』は首を振る。
「いえ、違いまス。マスターは後悔シているのでス」
コレットは縋るように必死の形相で言う。
「だったらプレセアを助けてあげてください。要の紋をどうにかすればいいのでしょう!」
『シスター』は少し静止してから、話し出す。
「ソこまでおっしゃるのなら、抑制鉱石を探スと良いでス」
するとリーガルが冷静な口調で解説する。
「私はその抑制鉱石を採掘できる場所を知っている。おまえたちがプレセアの要の紋を作りたいと言うのなら、ぜひ協力させてほしい」
ジーニアスは目を丸くする。
「ずいぶんプレセアにこだわるね、リーガルさん」
これには、リーガルは黙して何も言わなかった。
ロイドは、まあいいや、とあっさり言う。
「誰かを助けたいと思っているなら、別に何の問題もねぇよ。それでリーガル、どこに行けばいいんだ?」
リーガルは再び口を開く。
「私が知っている鉱山はここから海を越えた南の大陸にある」
ロイドはさっそく宣言する。
「よし、そうと決まったらさっそく行こうぜ」
一行はロイドを先頭に歩いてゆく。そんな彼らをゼロスはいちばん後ろから眺めながら、ぽつりと皮肉を呟く。
「世界の仕組みを変えたいだの、1人の女の子を救いたいだの、お忙しいこって」
執筆を開始してすぐに、「そういえば、『シンフォニア』の世界にもタバサっているじゃん」と思い出しましたが、面白そうなので敢えてこのままにしました。