一行はフラノールの街に立ち寄ることなく、そのまま氷の神殿に向かったのであるが、どうしても冷たい水が流れる神殿に溜まった池を突破できないため、いったんフラノールに戻った。すると、防具屋の老人から氷の神殿内にあるセルシウスの涙が有効だろうとのアドバイスを受けた。しかし、セルシウスの涙は冷たすぎて触ると大ヤケドをしてしまうため、ペンギニストミトンが必要になるとのことであった。そのために、フラノール近くのペンギニストたちを狩って、ペンギニストフェザーを数枚収集した。防具屋の老人に持っていくとペンギニストミトンを作るのに一晩かかるから、今日はこの街に泊まっていきなさい、とのことであった。
……これを聞いて、密かにジーニアスが喜んだ。
フラノールは本当に年がら年中、雪がしんしんと降りしきるところで、雪を見慣れていないロイドたちにとっては、寒くとも、とても幻想的な場所であった。街の人たちの話を聞くと、教会前の高台から見渡せる夜景が特に美しいらしい……もっとも夜の寒さに耐えることができればの話であるが。
街の入り口近くの『オリーブビレッジ』という大きな宿屋に一行は泊まった。全員個室で破格の安さであった。
そんな宿屋で夕食を食べた後のタバサが、部屋の暖炉の前で座って暖をとっていると、コンコンとドアがノックされた。
「はい?」
タバサが立ち上がってドアを開けると、そこにはジーニアスがいた。タバサは自然と笑顔になる。
「あれ、どうしたの、ジーニアス?」
ジーニアスは少し照れくさそうにしながらも言う。
「ねえねえ、タバサ。外、雪が降ってるんだよ」
タバサは少し拍子抜けな感じもしたが、そのまま笑顔で「うん、そうだね」と頷いた。
ジーニアスはここで突然、顔を赤くしながら語気を強める。
「だから! タバサが寒いの我慢できるのなら、ちょっと夜景を見に行こうよ!」
それを聞いた瞬間、タバサの顔が真っ赤に染まる。
これはデートだ。生まれて初めての男の子からのデートのお誘いなんだ、と。
心の中で、やった、と歓喜しながらタバサは快諾する。
「うん! いいよ!」
ジーニアスは途端に顔を赤らめながら、持っていた水色のマフラーをタバサの首に巻いた。ジーニアスの普段着ている服と同じ色だ。
タバサが「このマフラーどうしたの?」と訊ねると、ジーニアスは、「ボクが編んだんだよ」と言った。
タバサはそれを聞いてビックリする。
「え、ホント? すごーい!」
そんなこと言われると、ジーニアスはタバサの顔を直視できなくなる。
ジーニアスは自分の首にも水色のマフラーを巻いてから、「じゃあ行こうよ!」と叫んでから、慣れた手つきでタバサの手を取り、彼女を引っ張っていった。
「わあ、本当にきれい~!」
しんしんと雪が降りしきる中、街の夜景を一望できる教会前の高台から、タバサは家々や街灯のほのかな暖色光が幻想的に映る光景に目を奪われた。
ジーニアスは思わず、「よかったよ」と呟いた。
タバサが隣を向いて「なにが?」と訊ねる。
ジーニアスは、少し逡巡してから答える。
「もし地の神殿で、あの恐ろしいプロネーマにやられていたら、こんな景色もきみと一緒に見ることができなかったから」
タバサは、禍々しい武器を何本も浮かせたプロネーマの姿を思い出す。
「そうだね……。生きているから、こんな美しい光景を見られるんだよね」
「ねぇ、タバサ」
ジーニアスの声はためらいがちであった。
「なぁに?」
タバサは微笑みながら首をかしげる。
「タバサは、この世界のこと、どう思う?」
「……難しい質問だね」
タバサは少しあごに手を当てて考える。それから口を開いた。
「2つの世界のマナが搾取され合うとか、コレットさんみたいな神子が犠牲になるとか、ジーニアスやリフィル先生がハーフエルフというだけで差別されるとか、その仕返しのように人間牧場があるとか、色々と暗いところは見てきたね、確かに」
ジーニアスはうつむく。
「タバサの世界には、こんな変な仕組みは全然無いんでしょ」
「確かにないよ。でもね……」
「でも?」
タバサは困ったように笑いながら答える。
「どうしてかなぁ。わたしは、この世界のことが好きだって言えるんだ」
それを聞いたジーニアスは、わからないといった顔でタバサを見つめる。
「どうして? こんなに酷い世界なのに」
タバサは、う~ん、としばらく言葉を探す。
「世界が酷くても、そこに住む人はそんなに酷いとは思わないから、かな」
ジーニアスは少し呆れる。
「タバサはこの世界で悪い人をたくさん見てきたでしょ」
タバサはやはり微笑みながら返す。
「でも、善い人にもたくさん出会ってきたよ。そんなに悪い人ばっかりの世界とは思えないんだ」
ジーニアスは、その言葉に大きく目を見開かされた。それから何度も首を縦に振った。
「そっか……。そうだ。うん、そうだね」
タバサはジーニアスの反応を不思議に思って訊ねる。
「どうしたの?」
ジーニアスは答える。
「ボクはずっと、悪いところばかりを見てきたかなって。でも、考えてみれば、ロイドもコレットもしいなもプレセアもリーガルも、それにゼロスを加えてもいい、みんなボクと姉さんがハーフエルフだってわかっても、差別しなかったなって。ボクは、パルマコスタの人間牧場でショコラさんからキツい言葉を浴びせられた時や、サイバックでハーフエルフが罪を犯しただけで即処刑って宣告された時のことばっかりのことを思い出しちゃうから、暗い部分しか見てこなかった」
「ジーニアス……」
タバサは、彼がそんな辛い思い出をずっと抱えていたことに気が付かなくて申し訳なく思う。
「だから、きみの世界がハーフエルフ差別の無い世界だって聞いた時は、本当に心が揺れ動いたんだ。こんな世界、シルヴァラントにもテセアラにもないから。『理想郷』という呼び名は、本当に正しいと思う。だけど……」
「だけど?」
「この世界をちゃんと見ないで、『理想郷』にすがるのもちょっと違う気がするんだ。人間にもハーフエルフにも、善い人もいれば悪い人もいる。もちろん、善人と悪人に単純に分類されない人もたくさん。それをひっくるめて『世界』と呼ぶのなら、ボクはまだそれを受け入れることすらできていなかったんだ」
タバサは感動して笑顔になる。
「ジーニアスは、賢いね」
「え?」
ジーニアスは思わず驚きの表情でタバサを見つめる。
「わたしも、ジーニアスのその考えには辿り着けていなかったよ」
「でも、この世界のことが好きなんでしょ」
「うん。だけど感覚だけ。わたしはジーニアスのような頭と眼は持っていなかった」
「ボクだって。きみがいないと気付けなかった」
2人はお互いの目を見つめ合う。
そして、どちらが先に動いたのか、ジーニアスとタバサは互いに唇をくっつけた。
それから、感想を言い合う。
「冷たい! けどあったかい……」
「タバサ、寒いでしょ、やっぱり。……あったたかったけど」
ジーニアスはタバサの肩に腕を回す。
「……きみとは離れたくないな」
タバサは、はにかみながら笑って答える。
「そうだね。わたしもそう思う。どこの世界にいても」
ジーニアスは、タバサ透き通った湖面を映したかのような瞳を覗き込む。
「タバサが王女であることなんて関係ない。ーー好きだよ」
タバサも、ジーニアスの紫水晶を埋め込んだかのような瞳を覗き込んだ。
「ジーニアスがハーフエルフであることなんて関係ない。ーー好きだよ」
そうして、2人は互いに優しく抱きしめ合った。甘くて優しくて、寒い夜の雪の中なのに、とても温かな時間であった。
宿までの帰り道、タバサは手を繫いでいるジーニアスに茶化すように言う。
「あーあ、これでジーニアスもグランバニアの王族かぁ。大変だよ。特にお兄ちゃんが結婚しなかったら、世継ぎ問題が」
ジーニアスは今さらのように訊ねる。
「そういえば、ボクのような村人と結ばれても大丈夫なの? 身分の違いとか」
タバサは、全然問題ないよ、とあっさり言う。
「わたしのお母さんも、おばあちゃんも、村人だったし。おばあちゃんはエルへブンっていう村で偉かったみたいだけどさ、お母さんは本当にただの普通の村人だったんだよ」
ジーニアスは、心底から安堵した。しかし考えてみれば、タバサはグランバニアにいる時ぐらいしか王女としての振る舞いを見せていない。12年の人生のほとんどを旅に費やしてきたし、それを認める王室であるならば、色々と寛容なのだろう。
タバサは、ここで他人事のように言う。
「まあ去年ぐらいからコリンズ王子からラブレターが届いてるんだけどさ、あの子は冒険なんか出たこともないし、いたずらっ子だし、根は悪くないにしても、やっぱり色んなところでジーニアスの方がいい。コリンズ王子は、人間牧場に忍び込んで虐げられているお婆さんにパンを差し入れに行ったりなんかしないからね。それだけで、ジーニアスの方が勝っている。そう思えたから、ラブレターの返事はいつもお断りにしているの」
ジーニアスは苦笑する。
「やっぱりタバサはタバサなんだね。身分も種族も関係なく、人を見てくれるんだ」
タバサは快活に笑って頷く。
「もちろん!」
宿に着いた。しかし、2人は別々の元の部屋に分かれた。
共寝については、2人ともしたかったけれど、まだ世界を変革する旅の最中で早いんじゃないか、と話し合ったのである。ついで、恋人関係の成立についても、旅が終わるまでみんなには内緒にしておくことにした。自分たちだけが浮かれるわけにはいかないと、2人ともそう思ったのだ。その点では、2人とも賢かった。
さて翌日、ロイドたちは防具屋の老人から出来上がったペンギニストミトンを受け取り、さっそくセルシウスの涙を氷の神殿内で入手し、冷水流れる池を凍らせてセルシウスのいる洞窟の奥へと足を進めた。
セルシウスはフェンリルという巨大なオオカミを伴ってロイドたちと戦ったが、前衛が時間を稼いでいる間に、ジーニアスが『エクスプロード』を、タバサが『イオナズン』を唱えて援護すれば、それで十分であった。
戦闘後セルシウスは、「見事だ。私の冷気もおまえたちのまえでは南風のようなものか」と一行を讃えて、しいなと契約を結んだ。
しかしタバサの『リレミト』で氷の神殿を出た瞬間ーー空全体が一瞬、真っ白に光ったかのように見えた。
ロイドが「な、なんだ!?」と狼狽える。
しいなは、白い光の行く先を見ながら言う。
「このあたりじゃないね。……あれはオゼットの方か?」
プレセアが険しい顔となる。
「嫌な予感がします!」
ジーニアスも眉をひそめる。
「そうだね。ものすごい量のマナを感じるよ!」
ロイドはタバサの方を向く。
「タバサ、『ルーラ』を!」
タバサは瞬時に詠唱して、一行はオゼットの村へと飛んだ。
しかしオゼットの村に着いた途端、目の前は辺り一面火の海であった。熱波とともに、家屋、木々、そして人の焼ける匂いがロイドたちを包みこむ。
ゼロスは鼻と口を手で覆いながら言う。
「こいつぁ、ひでぇな」
コレットは心配そうに辺りを見回して叫ぶ。
「誰か生き残りはいないの!?」
ロイドはその時、金髪の少年が倒れている姿を発見して指を指す。
「いたぞ! ジーニアス、タバサ! 魔法であの男の子の周りの火を消してくれ!」
2人から「わかった」と「わかりました」という声を受けてから、ロイドは駆け出す。
それから、ジーニアスの水柱を噴き出す『スプレッド』とタバサの大規模な範囲を凍らせる『マヒャド』で、倒れている少年に火が及ばないようにしている間に、ロイドは彼を背負い、一目散に戻ってきた。
プレセアが手招きする。
「村の下の方には火の手が及んでいないようです。来て下さい!」
ロイドたちは、ひとまずプレセアに走ってついて行った。
ちょうどプレセアの家の前あたりで、ロイドは少年を地面に仰向けに横たえた。
しかし、その後頭部が地面に付いた瞬間、少年はパチリとまぶたを開けた。
少年は肩口まで伸びた金髪に、水色の瞳をしていた。純白の服を上半身をまとい、青いズボンに白いブーツを履いていた。露出している肌は、火傷している部分を除けば瑞々しくて美しい。
ロイドが「大丈夫か?」と呼びかけると、少年はかすかに頷いた。
ジーニアスが跪きながら少年を見て呟く。
「きみは、ハーフエルフだね」
その瞬間、少年は弾かれるように飛び起きた。
「ち、ちがう……ボクは……うっ!」
少年は火傷をしている腕を押さえた。
リフィルがすぐに治癒術を唱える。
「『ファーストエイド』!」
少年の腕の火傷は瞬く間に治癒される。
それからリフィルは、なるべく優しく安心させるような声色で少年に語りかける。
「怖がらなくていいわ。わたしたちもあなたと同じ血が流れているのがわかるでしょう」
少年は、信じられないといった面持ちで、ロイドたちを見回す。
「あなたたちもハーフエルフ……! でも人間と一緒にいるじゃないですか!」
ロイドは励ますように言う。
「大丈夫だ。2人とも、俺たちの仲間だから」
「ハーフエルフが人間と仲間? ウソでしょう!」
ジーニアスはおもむろに近づいて優しい声をかける。
「ウソじゃないよ。ボクと姉さんは、この人たちの仲間なんだ」
昨日はそのうちの女の子1人とキスをしたし、とジーニアスは少し照れながら思い出す。
金髪の少年はなおも信じられないようにロイドたちを見回す。
プレセアは同情するように言う。
「無理もありません。オゼットは、ハーフエルフ差別が激しい村ですから」
ゼロスは普通の調子で訊ねる。
「それでおまえ、名前は何て言うんだ?」
少年は怖ず怖ずと答える。
「ボクはミトスと言います」
ロイドは感心するように頷いた後に訊ねる。
「英雄ミトスと同じ名前なのか。……それで、この村で何があったんだ?」
ミトスは悲しそうに目を伏せる。
「よくわからないです。突然雷がたくさん降ってきて、天使さまが村を襲ったんです」
リフィルが叫ぶ。
「天使ですって?」
ミトスはリフィルにコクリと頷く。
「はい。背中から羽が生えてました。羽が生えているのは、天使さまなんですよね?」
するとプレセアの瞳が異様に鋭くなる。
「天使……村を滅ぼしたのは、クルシスなんですね」
リーガルがプレセアを気遣う。
「プレセア、大丈夫か?」
プレセアは頷く。しかし、彼女の顔からほとばしる怒りまでは抑えきれなかった。
「はい。……ですが、この釈然としない苛立ち……! これが怒り……?」
ゼロスは村の方を見ながら切なげに言う。
「他の生き残りは……いねぇみてぇだな」
そうしていると、背後から狼狽える声が聞こえてきた。
「こ、これはどうしたことか……」
それは以前にロイドたちを拒絶したドワーフ、アルテスタの声であった。傍らにはタバサ改め『シスター』を伴っている。
アルテスタの問いかけに、未だ怒りが滲み出ているプレセアが答える。
「クルシスの……天使たちの仕業だそうです……」
アルテスタは、二重の意味で衝撃を受けた。
「プレセア! 正気に返っているのか! なんたることか! なら、これはわしに対する見せしめということか!」
しいなが「見せしめってなにさ?」とやや鋭い声で訊ねると、アルテスタは「な、なんでもないんじゃ!」と叫んで走り出した。
ロイドが「おい、待てよ!」と追いかけようとするのを、『シスター』がとっさに腕を広げて止める。そして相変わらずカタコトのような言葉で話す。
「マスターは、自分のセいでオゼットが滅ぼサれたと考えているのでス」
タバサが『シスター』に訊ねる。
「何か関係があるのですか?」
『シスター』は頷くも踵を返した。ロイドたちに背を向けながら言う。
「スみません、マスターが心配でス」
そのまま立ち去っていく。
ロイドは言う。
「とりあえず追いかけようぜ」
ジーニアスは、遠ざかる『シスター』の背中をじっと見つめているミトスを見ながら訊ねる。
「ミトスはどうするの?」
ロイドは即答する。
「ここにいたら、また天使が来るかもしれない。ミトスも一緒に来た方がいい」
ミトスは、しかし逡巡する。
「だけど、ボクはハーフエルフで……」
ロイドは断ち切るように言う。
「そんなの関係ないだろ」
ジーニアスはミトスの手を掴んで軽く引っ張る。力加減は、タバサと何度も手を繫いできたので慣れたものだ。
「行こう、ミトス!」
そこまで言われて、ためらいがちに頷いたあと、ようやくミトスの足は動き始める。
「………………」
タバサは、そんなミトスの姿を見ていると、心が落ち着かなくなる。
(なんだかミトスさんから、とてつもない邪念を感じるんだけど、気のせいだよね……)
タバサは、気のせい気のせいと何度も頭を振って、ジーニアスたちを追いかけてゆく。
普通の人は正邪が入り混じっているので、タバサはその人を一目見ただけで、善人か悪人かを判別することはなかなかできない。ただ、正邪の両極に立つ人、すなわちロイドやコレットやジーニアスといった人たちはものすごく純粋で優しい性格なので、タバサは一目で「この人たちは優しい、安心して信頼しても良い人だ」と思えるのである。
反対に、例えばマグニスとかクヴァルといった人間牧場を統括するハーフエルフからは、凄まじくよこしまなものを感じ取ってきた。まあ、彼らに関しては人相や雰囲気からして、普通の人でも怪しいと感じるものであるが。
そして、ミトスからは、人間牧場を統括するディザイアン以上の邪悪な気配を感じてしまうのだがーータバサは、そんなわけはないよね、と思い、自らの直感を信じなかった。もちろん誰にも言わない。
だが、ミトスから水色の瞳を向けられる度に、タバサは底冷えするような悪寒が体全体を駆け抜けることに耐えなければならないのは、相当な苦痛となった。
今回の二次創作でフラノールを訪れる機会が、ここしかなかったもので……。