ロイドたちがアルテスタの家を訪れると、彼は10人以上は余裕で囲える卓に皆が座ったあと、懺悔するように話し出した。
アルテスタは元々、クルシスの要の紋の細工師であった。
しかし、エクスフィアを通じて間接的ながらも人を殺すことに嫌気が差してクルシスから逃亡し、オゼットに身を寄せた。
だが、ロディルというディザイアンに見つかり、クルシスの輝石の製造を命令された。
ゼロスがまとめる。
「つまり、プレセアちゃんの研究は、ロディルと教皇が結託して、あんたやケイトにやらせてたってことか」
アルテスタは観念したかのように小さく頷く。
「そうじゃ。ロディルはクルシスの尖兵たるディザイアンでありながら、クルシスへの反逆を企んでいるのじゃ。それにわしが荷担したから、ユグドラシル様がお怒りになって、オゼットを、わしを保護してくれた村を滅ぼしたのじゃ!」
タバサは、このアルテスタの悔恨に違和感を覚えた。アルテスタの家の岩を削ってできたかのような外観、手作りされたであろうたくさんの木造の家具や調度品の数々などは短い時間でできたものとは思えない。それにプレセアの研究がいつから始まったかは知らないけど、少なくともここ最近といったことではないことはうかがえる。『ルーラ』の情報をあっという間に掴んだクルシスの情報網からすれば、アルテスタに対する見せしめとしては遅すぎやしないだろうか。
タバサはひとまず訊ねてみる。
「クルシスにはドワーフが何人ぐらいいるんですか?」
アルテスタは首を振る。
「正確にはわからん。ただ、大勢いたことだけは確かじゃ。要の紋を作るためにのう」
タバサは、それなら、と言う。
「クルシスが、アルテスタさんを匿った件やロディルが裏切ったからオゼットを壊滅させたというのは、無理があると思います。それなら、もっともっと早くオゼットを壊滅させたと思いますから。……いえ、匿った街や村ごと滅ぼすというのはクルシスらしいのですがーーシルヴァラント組はルインの街の壊滅を覚えていますよねーーディザイアンのクヴァルは、人間牧場から逃げたピエトロさんを匿ったことで、あっという間にルインを滅ぼしました。それに対して、その上位組織のクルシスがオゼットを滅ぼすまでにはずいぶん時間がかかっています。他にも大勢ドワーフを抱えているクルシスなら、アルテスタさんが逃げてもそんなに痛手とはならなかったんじゃないんでしょうか」
アルテスタは、細目を丸くする。
「するとなんじゃ、おまえさんは、わしの責任じゃないと言いたいのか?」
「はい。クルシスの情報網は、はっきり言って異常です。わたしの魔法をたった2日で掴んで、中途半端な情報で殺しにかかるぐらいですから。それなのに、こんなに時間をかけてからオゼットを壊滅させたということは、アルテスタさん以外に別の目的があったと考える方が自然です」
アルテスタは興味深げに訊ねる。
「してみると、クルシスは何のためにオゼットを滅ぼしたのじゃ?」
これにはタバサもかぶりを振らざるを得ない。
「そこまではわかりませんが、アルテスタさんがオゼットの件では罪悪感を抱く必要はないと思います。……もっとも、これは理屈に過ぎませんが」
ここで、ミトスが純粋そうな澄みきった声でタバサに訊ねる。
「きみの魔法ってなに? きみはエルフでもハーフエルフでもないよね?」
ミトスに問いかけられたタバサは、ゾワッとまるで不快な虫が背中を這い上がってくるかのような気味の悪さを感じた。
タバサは、なんだろうこのミトスから滲み出る不気味さは、と背中を冷や汗で湿らせながら、誤魔化すように笑う。
「……え、えーっと、どこまで話せば良いと思う、ジーニアス?」
話を振られたジーニアスは、タバサとは真逆に、年の近いハーフエルフの同族に無邪気にはしゃいでいた。
「そうだね。いきなり口で全部を説明しても、ミトスもなかなか信じられなかったり、混乱したりすると思う。だから、後でグランバニアにミトスを案内するのはどうかな? それなら一瞬で説明がつくとは思う」
タバサは一瞬グランバニアにミトスを招くことを厭ったが、すぐにそこにはお父さんやお母さんやお兄ちゃん、それに大勢の魔物たちがいることに思い至り、「そうだね! そうするよ!」と裏返った声で元気に言った。
ジーニアスはそんなタバサに微妙な違和感を覚えたが、しかし気にしなくても大丈夫かな、と思った。本当に心配なら、タバサはボクに打ち明けてくれるし、と信じていることもあった。
ジーニアスはミトスに無邪気に答える。
「後でタバサの『ルーラ』でグランバニアっていうお城に案内するよ。すごくビックリすると思うけど、ハーフエルフ差別に苦しんできたボクと姉さんには、まさしくハーフエルフ差別の無い『理想郷』に映ったんだから。オゼットに住んでいたきみもそう思うんじゃないかな」
ミトスはキョトンとした顔で首をかしげたが、笑顔を浮かべた。
「ハーフエルフ差別の無い『理想郷』? ……うん、よくわからないけど、楽しみにしておくね」
リーガルは、プレセアを見つめて憐れむ。
「しかしクルシスの意図は不明だが、プレセアは非人道的な研究の対象となったあげく、故郷も奪われたわけか。あまりにもやるせない」
アルテスタは申し訳なさそうに言う。
「すまん。謝ったところで許してもらえることでもないが、今のわしには謝ることしかできない」
プレセアはアルテスタの謝罪に目を背けた。
「謝らないでください。謝られても、パパも私の時間も戻ってきません。……今の私には許すことができませんから」
『シスター』が、それでもアルテスタのために言葉を発する。
「プレセアサん……あなたの喪失シたものは、とても大きいと思いまス。でもどうか、あなた自身を見失うことがないように……」
リフィルはプレセアに気遣いながらも確認を取る。
「プレセア。いまからこのアルテスタさんにクルシスの話を改めて訊ねるのだけれど、あなたはどうする? 席を外す?」
プレセアは首を振った。
「いえ、私も耳に入れます」
アルテスタは、少し長話となるが、と前置きしてから話し出す。
「クルシスは、ほとんどがハーフエルフで構成された組織じゃ。その目的は、ハーフエルフの千年王国の設立とマーテル様の復活にある」
ジーニアスは、ユアンの言っていた通りだと思いながらも、ふと疑問に思ったことを訊ねる。
「マーテルの器として神子を狙っているのに、コレットをディザイアンが襲ったのはどうして?」
「エクスフィアとクルシスの輝石は、人の恐怖や悲しみ、さらに闘争本能に刺激されて目覚めるのじゃ。そのためにディザイアンは衰退世界を荒らす。天使化促進のために神子を襲うことはある。……じゃが、神子の命までは奪わん。そこまでしたら、ユグドラシル様の不興を買うことになるからな。ロディルのようにクルシスを裏切ったディザイアンか、もしくはレネゲードの仕業だろう」
これを聞いてタバサは、ようやく長きに渡る疑問が氷解した。
「だから、イセリアは不可侵契約を結べたんだ。万が一にもディザイアンがコレットさんを殺さないように。そして逆に『騙された』と言っていたマグニスは襲ってきた。騙したのはたぶんロディルでしょうね」
ジーニアスはここで新たな疑問が浮上する。
「あれ? でもどうして、レネゲードはコレットを襲うのをやめたんだろう?」
アルテスタの耳にその疑問は入ったが、首を振るだけであった。
ゼロスは、ま、いいんじゃね、と軽く言ったあと、
「どうしても気になるなら、ユアンのヤツに訊こうや。今のアイツなら答えてくれそうだし」
リーガルは、話にあがったロディルについて訊ねる。
「ロディルは、何を企んでいるのだ?」
アルテスタは即答する。
「魔導砲の復活じゃよ。奴は魔導砲の図面を入手して、シルヴァラントに建設しているようじゃ。奴の牧場に収容されている人間もみな、その建設に使役されているのだろう。そして、ロディルは自らがユグドラシル様に代わって世界の帝王になろうとしている」
プレセアは憤りの声を滲ませる。
「そんなことのために、私を、コレットさんを、たくさんの人たちを苦しめ続けているなんて……」
リフィルがここまでで気になっていたことを訊ねる。
「なぜシルヴァラントの精霊もテセアラの精霊も、『ミトスと契約した』と言っているのかしら。ミトスもタバサのように異世界からやって来た神からの遣いで、『ルーラ』で行き来していたというのかしら?」
ここでアルテスタは、慌てふためく。
「待ってくれ。そちらの娘さんは、どういう人なのかね?」
リフィルはこの質問を遮る。
「その答えについては後でお答えしますわ、アルテスタさん。けれど、ミトスが異世界人ではなく、シルヴァラントかテセアラの生まれだとしたら、二つの世界は二極から行き来していたのでは……」
すると急に言葉が止まったリフィルが、あごに手を当てて考えこむ。
「二極……そうだったのね」
ロイドが、「どうしたんだよ、先生?」と訊ねる。
リフィルはとっさに答える。
「これは仮説に過ぎないけど、古代大戦とは、テセアラとシルヴァラントとの間の戦争だったんじゃないかしら。それで、勇者ミトスがその戦争を停戦させたの。だから二つの世界の精霊と契約することができた」
ゼロスは、「なるほど、さすがは先生だ。……それで、二極ってなんなんなのか、具体的にわかるのか?」と訊ねた。
「一つは聖地カーラーンだと思うわ。古代大戦の停戦調印の場所とされているから。もう一つは、具体的に何と名付ければ良いのかわからないけれど……」
リーガルが補足する。
「アルタミラでは、異界の扉、と呼ばれているな」
リフィルは思い詰めるように反芻する。
「異界の扉、ね」
ロイドはここで頭を掻きむしる。
「一度にたくさん聞いて、俺の頭がぐちゃぐちゃになっちまったよ」
アルテスタが気遣うように優しく言う。
「なら、今晩はここに泊まっていくのはどうかな?」
ゼロスは辺りを見回してから言う。
「えー、俺さまだけグランバニアに行きたいっていうのは、ダメ?」
しいなは迷うように頷く。
「いきなりここに10人も寝泊まりして大丈夫なのかい?」
アルテスタは、う~ん、と唸る。
「食事も寝る所も確保はできるが、無理にとは言わんよ。ただ、ミトスよ。おまえさんは、行くところが無いなら、ここに留まっても構わんぞ」
ミトスは大きく目が見開く。
「いいんですか? ボク、ハーフエルフなのに」
「なに、構うもんか。ここに住んでいるのはドワーフのわしと、わしの作ったタバサしかおらんからな……おおっと、おまえさんたちの中にもタバサという女の子がいたな。どう呼び分けようか?」
これには、アルテスタに作られたというタバサが「『シスター』とお呼びくだサい」と提案した。
アルテスタは、ふむ、と頷く。
「そうか。そう呼び分けているのなら、そうしよう、『シスター』」
コレットが不思議に思って訊ねる。
「アルテスタさんが“作った”ってどういう意味なんですか?」
「『シスター』は自動人形なんじゃ。食事も作ってくれるし、わしの仕事の手伝いもしてくれる良い子なんじゃ」
「だから、言葉遣いが機械的なのね」とリフィルは納得する。
ジーニアスは、ミトスに向き直る。
「ミトスはどうするの?」
ミトスはためらいがちに答える。
「ボクはその、グランバニアという所に一度行ってみたい。でも、この世界で帰るところもないから、アルテスタさんの厚意にも甘えたい……わがままかな?」
ジーニアスは励ますように、少し腕を上げて自分よりちょっと背の高いミトスの肩を叩く。
「そんなことないよ。誰かと一緒にいたいと思うのは、当然なんだから。じゃあ、タバサ。『ルーラ』をお願い。ミトスを『理想郷』に連れて行ってあげよう」
タバサは、頑張って笑顔をつくって答える。結果、過剰なまでに元気な声となった。
「うん! わかった! じゃあみんな、外に出て!」
タバサは、とてつもない不安や恐怖というのは、強烈に明るい表情に繫がることもあるということを初めて実感した。
これ以来、ミトスといる時のタバサはものすごく明るく振る舞った。しかしそれが魔王ミルドラース以上の邪悪な存在と一緒にいる気がするからだと、誰も気が付くことはなかった。
アルテスタから、「また明日もう一度来てくれ。プレセアに渡すものがあるから」と告げられて見送られてから、一行は『ルーラ』でグランバニアへと飛び立った。
ミトスはグランバニアの食堂での豪勢な食事の際に、タバサに『理想郷』について貪るように訊ねた。具体的には、どうしてこの世界にハーフエルフ差別が存在しないのか、タバサの『ルーラ』はどういう魔法なのかが中心であった。
これにタバサは、以前ロイドたちに答えたとおり、妖精(エルフ)たちは、別の世界に住んでいること、迷いの森経由でしか人間は妖精界に行けないが、子供以外は基本的に妖精の姿を見ることができないこと、『ルーラ』とは術者が以前に行ったことのある場所をイメージして詠唱することで行けることなどを回答した。
ミトスは興味津々に言う。
「ボクも『ルーラ』を習得できるかな?」
ジーニアスは難色を示す。
「やってみないとわからないけど、難しいと思うよ。ボクも姉さんもできなかったから」
ミトスは、それでも試してみると言って、食事の後、夜空の見える城の中庭に行って、タバサから詠唱とやり方のコツについて教わった。
しかし、
「やっぱりミトスも発動しないみたいだね」
とジーニアスは無念そうに言った。
ミトスは、唇をかんで瞳を閉じる。
「残念だね……」
リフィルはため息をつく。
「結局、タバサ依存になってしまうのね」
ミトスは取り繕うような笑顔となる。
「みんな、そんな顔をしないで。ハーフエルフを受け入れてくれる人間がいるだけでも驚きなのに、そんな簡単にハーフエルフ差別のない『理想郷』に自由に行けるようになるだなんて思ってなかったから。ーー世の中、そんなに虫の良いことばかりじゃないのは、わかってるよ」
そう言った後、ミトスはタバサに近づく。その穏やかなはずの水色の瞳を向けられると、タバサの肩は震える。
「ねえ、明日一日、アルテスタさんがプレセアに渡したいものを貰ってからで構わないから、どうかタバサの世界を『ルーラ』で案内してくれないかな?」
タバサが答える前に、ジーニアスは驚きの声を上げる。
「えー! でもミトス、わかっているとは思うけど、言葉は通じないよ」
ミトスは、いいんだよ、と笑顔になる。
「ハーフエルフ差別のない世界を歩いてみたいんだ」
タバサは、努めて笑顔をつくって頷く。
「構いませんけど、どこに行きたいですか? 小さな村から大きなお城まで色々ありますけど」
ミトスは言う。
「ボクは、小さな村の方が性に合っているかな」
タバサは少し考える。本当は嫌だけど、頑張って隠しながら。
「カボチ村はよそ者に厳しいから、それならやっぱりサンタローズの村やお母さんが住んでいた山奥の村かな」
翌日、ミトスは『理想郷』の景色をその目に焼き付けていった。
サンタローズの村は、外の人にとってはせいぜい清流を運ぶ川くらいが名所なもので、その水の恩恵を受けた農業くらいしか盛んではないが、ミトスは実に楽しそうな表情となって笑顔を浮かべた。
村の人々はタバサを見かけると、鍬や鋤を置いて笑いながら握手を求めに来た。
ロイドたちには相変わらず言葉は通じなかったが、それでもタバサが慕われている様子は見て取れた。
タバサが村の中をこの人たちと見たいと言うと、村人たちは温かく歓迎してくれた。
タバサはロイドたちに振り返って笑顔で言う。
「この村は、おじいさまとお父さんとゆかりのある村なの。だから、その血を継いでいるわたしも歓迎されちゃうの」
村人たちは、ロイドたちにも笑顔で話しかけたが、言葉が通じない。タバサがその辺りの事情を説明すると、村人たちは不思議そうな顔をしたり、さすがはパパスさんの血を引く御方だと感心したりした。
タバサはロイドたちを村の中に案内した。そうは言っても、畑や民家ばかりで、村の内部で案内すべき観光名所はなく、その代わりと言ってはなんだが、タバサはサンタローズの洞窟を指差した。
「このサンタローズの洞窟だと、聖なる原石っていう青く輝く宝石のもとが採掘されるの。……実はコレットさんのお守りに入れてあるんだけどね」
コレットは白い上着のポケットからすぐに青い袋に入ったお守りを取り出し、宝石の触感を確かめて笑顔となる。
「そうなんだ~。何が入っているか気になってたんだけど、ここの宝石が入ってたんだね。ありがとう、タバサ」
ジーニアスもイセリアと雰囲気が似ているサンタローズの村のことが気に入ったが、あちこちを興味深げに見回すミトスに訊ねる。
「どう、ミトス? 気に入った?」
ミトスは屈託のない笑顔で言い切った。
「本当に素晴らしい村だと思うよ」
次にタバサは、母親の住んでいた山奥の村へと『ルーラ』で飛んだ。
「ここが山奥の村。名前は無いの。農業が盛んで、温泉が名物なの」
すると、途端にゼロスが目を輝かせた、というより目がハートマークとなった。
「温泉!? タバサちゃん、混浴、混浴!? ……痛っ!?」
例によってゼロスはしいなに頭をはたかれた。
「なに異世界に来てまで卑猥なことを考えてるんだい、あんたは!?」
タバサはためらいがちに答える。
「まあ、混浴ですけど……」
するとゼロスは「うひょー!」と声を上げる。
「俺さま、この村に住みたくなっちゃった~!」
そんな叫ぶゼロスに、ロイドたちはため息をついた。
結局、温泉くらいしか名物がないので、タバサは温泉に案内したのだが、ゼロスが「入りたい入りたい!」とうるさいので、結局入らなかった。
ジーニアスはミトスの顔を見つめたが、サンタローズの村ほどは気に入ってないようであった。
次にタバサたちは、妖精の村を訪れた。
ここには、ロイドたちの誰もが感嘆した。温かな空気に包まれて、桜の花びらが舞い散り、木の中に妖精やドワーフや魔物が住んでいるーー美しい景色の中に人間以外のどんな種族でも迎え入れる、そんな寛容さが村の空気となっていた。
ロイドたちのほとんどが初めて見る妖精は、やはり耳が尖っていた。
ジーニアスは、エルフたちの耳が尖っていることをその目で実感した。
頑丈な蓮の葉を並べた橋を渡り、ひときわ大きな桜の大木をくり抜いてできた建物の中には、水の階段があり、最上階にはこの村を治めるポワンとその側近のベラがいた。
タバサは2人に駆け寄って挨拶をする。
「お久しぶりです。ポワンさん、ベラさん」
2人とも笑顔でタバサを歓迎した。それから異世界人であるロイドたちにも言葉は通じないが歓迎の意を伝えた。
ミトスは、タバサを介して意を決して訊ねる。
「この村は、ハーフエルフでも迎え入れてくれるんですか?」
ポワンは慈愛に満ちた笑顔のまま、やはりタバサを介して答える。
「もちろんです。生けとし生ける者、この村はみな歓迎しますわ」
それがどんな種族にも寛容なポワンの思想なのであった。
最後にタバサは、一行を名産品博物館に案内した。森の中に囲まれたこの博物館こそが、各地のことを知るのに打ってつけだと思ったのである。ちなみに、タバサの父親が館長となっている。
「これがレヌールの王冠で、幼い頃のお父さんとお母さんがお化け退治をして眠りにつけなかったレヌール城の王さまたちの幽霊からもらったものなの。今も王さまたちの幽霊は眠ってないけどね。……これがボトルシップで港町ポートセルミっていうところで売っているの。どうやってボトルに船を入れたかはわからないけどね。……これが砂漠のバラで、テルパドールっていう砂漠のお城の近くで拾ったもので……」
タバサは、みんなにこの世界のことを好きになってもらおうと声が枯れるぐらい頑張って一つ一つ解説した。
美しいものも不気味なものも奇妙なものも揃う名産品博物館は、言葉が通じずとも魅力が伝わるが、タバサの解説もあってロイドたちをひっきりなしに楽しませた。
それから、テセアラのアルテスタの家に行き、アルテスタから贖罪の意を込めたプレセアの要の紋を受け取った。プレセアは少し逡巡したが、ロイドの勧めで受け取ることにした。
それから一行はまたグランバニアに戻って豪華な食事を取ったのであるが、その際、ミトスは席を立ち、タバサに握手を求めた。
「今日はどうもありがとう。すごく楽しかったよ」
ミトスの笑顔に、タバサはやっぱりもの凄い邪念を感じてしまうのであるが、でもこんな人もいるのかなあ、と思ってから、ミトスに握手を返した。
「どういたしまして。楽しんでくれたら嬉しいです」
ミトスは本当に『理想郷』をたいそう気に入った。そして、バルコニーから見える月を眺めて、口元が三日月のように上がるのを堪えきれなかった。
その次の日は、アルテスタの家にミトスを預けた後(ジーニアスはミトスとの別れをたいそう惜しんだが、タバサは邪念の塊が側から離れてかなりホッとした)、リフィルの求めでテセアラにあるアルタミラへと向かった。
アルタミラの街に入る際、リーガルは理由を言わず街に入るのを拒んだ。それで一行は、リーガルを街の入り口に待たせたたまま、アルタミラの街を散策する。
それから街の入り口近くの巨大なホテルを一行が見上げていると、突然ホテルから出て来た赤い背広にネクタイを締めた初老の男がプレセアの姿を目にして驚愕し叫んだ。
「アリシア! アリシアか!」
プレセアはその老人の言葉にすぐさま反応する。
「アリシアの知り合いなんですか?」
老人は露骨に戸惑う。
「いや、アリシアは………………おまえさんはいったい……?」
「アリシアは……私の姉妹です」
すると老人は合点がいって、うつむいた。
「そうか、そうだな。アリシアはだいぶ前に亡くなったのだから」
今度はプレセアが驚愕する番であった。
「亡くなった……!? どういうことなんですか!」
老人は、「私の口からは言えぬ」と申し訳なさそうに首を振る。
「ただ、墓の場所は教えよう。レザレノ・カンパニー本社の空中庭園にアリシアの墓があるのだ。そこに行ってほしい。受付でこれを見せれば、通してくれるから」
プレセアは『レザレノ社員証』を受け取った。名前の欄に「ジョルジュ」とその顔写真がある。ロイドたちは写真を見るのは初めてだったが、人間牧場で投影機を見た後なのでさほど驚きはなかった。
ジョルジュが去った後、ゼロスは怪訝な表情となる。
「あれ? プレセアちゃん、妹がいるんじゃなかったっけ?」
しかしその問いかけはプレセアの耳に届かなかったようで、プレセアは社員証を握ったままうつむいていた。
レザレノ・カンパニーには、エレメンタル・レールという無料の船に乗れば行けると、ゼロスが教えてくれた。
しいなは、そういや忘れそうになるけど、アンタも上流階級の人間だったね、と皮肉を呟いた。
プレセアは、もはやアリシアのお墓しか頭にないようだ。ロイドが手向けの花でも買ってから行こうか、と提案しようにもできない雰囲気であった。姉か妹か、とにかく身内の人間が亡くなったのなら仕方がないと誰もが思った。
レザレノ・カンパニーの受付に社員証を見せて、エレベーターで空中庭園にまで行くと、そこには噴水をバックにした大きな墓石があった。墓の周囲を柵やよく手入れされた植物が囲っている。墓に入れられた人をこの上ないほど丁重に祀っているのが一目でわかった。
だが、墓石に赤い宝石のようなものが、光りながら埋め込まれていた。
ロイドは一目で見抜く。
「これは……エクスフィア? なんでこんな所に?」
すると突然、墓石の前に半透明の、プレセアと同じピンク色の髪をした黒のメイド服姿の少女が姿を現した。プレセアよりも背は高く、年上に見えた。
そして半透明の少女は、プレセアに叫ぶ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんなんでしょう!?」
プレセアは息を吞んだ。
「アリシア! ……どうなっているの? まだ生きているの?」
不定形なアリシアは、静かに首を振る。
「私は、エクスフィアそのものなの。間もなく意識も無くなるわ。私の体はエクスフィアに乗っ取られて死んでしまって、私の意識はエクスフィアに閉じ込められてしまったの」
プレセアはやるせない思いとなる。
「あなたまでエクスフィアの犠牲に……」
アリシアはプレセアにお願いする。
「お姉ちゃん、お願いだから、私が消える前に、私が奉公していたブライアンさまを探してきて……」
「ブライアン?」
「そう。彼が私を殺して……」
そこまで言ったところで、アリシアの体が急速に薄れてゆく。
プレセアが、「アリシア!」と叫んで手を伸ばすも、返事はなかった。アリシアは完全に消えてしまった。プレセアの手も虚空を掴んだだけであった。
プレセアは背を向けたまま、懇願する。
「……みなさん、お願いします。アリシアの仇を探してください。旅のついでで構いませんから」
口調こそ落ち着いていて丁寧であったが、プレセアの内なる強い怒りはみんなに伝わった。
ロイドが怒りを込めて頷く。
「ああ。ブライアンって奴をふん捕まえて、ここに連れて来てやる!」
プレセアは、微かな声で「ありがとうございます」と言った。
レザレノ・カンパニーを出る途中で、男の社員たちが「今夜あたり、異界の扉が開くんじゃないか」というウワサ話を聞きつけて、リフィルがその社員たちに駆け寄った。
「すみません。異界の扉の話をされてましたね。どこにあるか、わかりますか?」
男の社員たちは急に話しかけられて少々面食らったが、話しかけた相手が美人であることから、すぐに「この街から海を越えて東にあるデカい岩がゴロゴロしている所にあるぜ。でも、今夜は満月だから、黄泉の国シルヴァラントに連れて行かれないように気を付けなよ」と話してくれた。
リフィルは男の社員たちに礼を言って離れてから、みんなにお願いする。
「みんな、お願いだから私の頼みを聞いてくれるかしら? 異界の扉を見に行きたいの」
弟のジーニアスは目を見開く。
「姉さん、急にどうしたんだよ?」
リフィルは今まで以上に真剣な口調でジーニアスに語りかける。
「ジーニアス。そこであなたに話したいことがあるわ。……タバサ、あなたの『ラナルータ』で昼を夜にしてちょうだい」
しいなは仰天する。
「タバサ! あんた、そんな魔法まで持っているのかい!?」
タバサがコクリと頷くと、リフィルが解説する。
「イセリアで観測したのだけれど、タバサの『ラナルータ』には昼を夜に、夜を昼にする力があるのよ。タバサの指定した対象者だけ半日ほど時間を跳躍することができるわ。それ以外の人間の時間はそのまま進むけれどね」
タバサは自嘲気味に言う。
「まあ、あんまり使い道のない魔法ですけどね。でも今からレアバードで行って『ラナルータ』を使えば、たぶん満月の時間に間に合うと思います」
一行はエレメンタル・レールでレザレノ・カンパニーを去った。
それから、まるで罰を受けるかのように、手枷を付けたまま、すれ違う人々の奇異な視線をものともせず、南国の強い直射日光を浴び続けているリーガルと合流してから、ロイドたちはアルタミラを後にした。