『理想郷』を求めて   作:hobby32

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28話:異界の扉からパルマコスタへ~勇気~

「『ラナルータ』」

環状列石のように大小の岩がいくつも並ぶ島で、タバサは上がったばかりの太陽を強制的に沈めた。

そして、欠けるところのない満月が姿を現し、一行を照らし出す。

 

すると、満月から光が射し込み、とりわけ大きな3つの岩がその光を受け、地面に宇宙へと続くかのような黒い穴が口を開けた。

 

リフィルがその異界の扉を見つめてから静かに語り出す。

「ここは……私とジーニアスが捨てられた場所なの」

 

ジーニアスが慌てふためいて大声を上げる。

「う、うそだ! ボク、イセリアの記憶しかないよ! こんな所、知らない!」

 

リフィルは月光を銀髪で反射しながら、弟に向かって微笑む。

「あなたはまだ生まれたばかりだったから、知らなくても無理はないわ。けどね、私たちの生まれはエルフの里なの。そして、何があったのかはよくわからないけれど、私たちは疎まれてここに捨てられた。ここが、伝説のシルヴァラントに続く道だと教えられたから」

 

ロイドは、呆けたような顔つきとなる。

「じゃあ、ジーニアスと先生は、テセアラの生まれなのか」

 

リフィルは頷く。

「ええ、私は赤子のジーニアスを背負いながら、この異界の扉からパルマコスタ周辺に行き着いてパルマコスタから船に乗り、オサ山道を越えてから竜車で砂漠を越えてイセリアまで辿り着いたの」

 

ジーニアスは、自分たち姉弟の知らなかったルーツに開いた口が塞がらなかった。

 

しかし、「パルマコスタ」という単語から、とある決意を固める。

「……姉さん。ここはパルマコスタ周辺に続くんだよね」

 

「そうだけど?」

 

「たぶん、そろそろ帰ってきている頃だと思うからーーボク、マーブルさんに会いたいんだ」

 

これには、リフィルは驚愕する。

「大丈夫なの? 私たちはショコラにあれだけのことを言われて……マーブルさんだって、あなたに手のひらを返すかもしれないのに」

 

ジーニアスは、決意を込めた表情で頷く。

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。とにかくボクは、パルマコスタの雑貨屋に帰っていると思うマーブルさんに会いたいんだ」

 

「ジーニアス……」

タバサは、恋する少年の勇気に胸を打たれた。そしてどういう結末になっても自分は側にいようと思った。

 

リフィルは、覚悟を決めたかのように頷く。

「わかったわ。なら、もう一度、この異界の扉をくぐりましょう」

 

「うん」

 

ジーニアスが頷くと、ロイドたちは次々に異界の扉に入っていった。テセアラ組からすれば、事情はよくわからないが、タバサの『ルーラ』があるので、さほど不安を覚えることなく異界の扉をくぐり抜けた。

 

 

 

タバサの『ラナルータ』で夜を昼に戻した後、ジーニアスは深呼吸をしてからパルマコスタの石畳を再び踏んだ。

 

そして、雑貨屋『パルマツールズ』の前に立つ。それからジーニアスがドアノブを回す際に、パルマコスタ人間牧場での忌まわしい記憶が再び蘇る。

ーー薄汚いハーフエルフ

ーーハーフエルフは悪魔の種族

ーーハーフエルフはみんな地獄に落ちればいいんだわ!

 

そんなジーニアスの微かな震えに気がついて、いつもとは逆にタバサがジーニアスの手を握ってくれた。

その手の温もりは、ジーニアスの勇気を何倍にも増幅させるものであり、また同時に何があっても自分の側にはタバサがいてくれるという安心感をも呼び起こした。そして何より、夜のパルマコスタのベンチでタバサが頭を撫でてくれた思い出が蘇る。ボクが世界中でどんなに嫌われても、この女の子だけは絶対に側にいてくれる。

タバサという少女が、ジーニアスに再び心が抉られるかもしれない所へと足を運ぶ勇気を与えてくれた。

 

ジーニアスは、ドアノブを引いた。ベルが鳴り響いて、来客を伝える音が店内に響く。

 

果たして迎えてくれたのはーー

 

「いらっしゃいーーあら、ジーニアスとタバサたちじゃない。よく来てくれたねぇ」

人を安心させる笑顔を浮かべたマーブルと、

 

「あ……あ……あ……」

まるで化け物でも見たかのように目を大きく開き、口をパクパクと動かすもうまく言葉を発することができないその孫娘のショコラの姿であった。

 

マーブルがカウンター脇を通って、優しい笑顔のまま2人に近づいてゆく。

 

すると、ショコラが慌てて祖母を制止する。

「待って、おばあちゃん!」

 

マーブルは不思議に思って振り返る。

「どうしたの、ショコラ?」

 

ショコラは大声で叫んだ。

「この2人はハーフエルフなんだよ! おばあちゃんを捕まえて苦しめたディザイアンと同じ!」

 

ショコラの言葉にジーニアスは、露骨に体が仰け反った。またパルマコスタ人間牧場で言われた鋭利な言葉の数々が頭に蘇るーータバサが手を握っていなければ、逃げ出していたかもしれない。

この言葉から察するに、ショコラは人間牧場での出来事をマーブルに話してはいないようだ。

 

だが、ジーニアスはマーブルに言えた。

「……そうだよ、マーブルさん。ーータバサは人間だけど、ボクはハーフエルフなんだよ」

 

ジーニアスとしては、この言葉を発するのは、鬼が出るか蛇が出るか、と言ったところであった。禁忌を犯してまで人間牧場に半年間パンを差し入れに行った思い出が否定され、解放されたマーブルから抱きつかれた思い出も汚らわしいものとして無かったことにされるか、その瀬戸際であった。

 

果たしてマーブルはーー

「それが、どうかしたの?」

 

交互にショコラとジーニアスを見ながら不思議そうな顔をした。

 

ショコラは信じられない面持ちで再度言う。

「だから、そいつらはハーフエルフなんだって! ディザイアンと同じ……」

 

「これ、ショコラ!」

マーブルがピシッと叱る。

「ジーニアスとタバサがハーフエルフだとしても、2人が不可侵契約を破って、私にパンを何度もくれた思い出が消えはしないわ! 2人がディザイアンと同じだなんて、そんな失礼なことを言っちゃいけないよ!」

 

ここでジーニアスが胸を打たれてマーブルを見上げた。タバサも同様に。

 

ショコラは戸惑いっぱなしである。

「え……だって、おばあちゃん……ハーフエルフに苦しめられて……」

 

マーブルはショコラを再度叱る。

「ショコラ! ジーニアスもタバサも私の命の恩人なんだよ! ハーフエルフだろうが何だろうが、2人の優しさは否定されるものじゃないわ! 人間牧場で心細かった私をこの2人がどれだけ支えてくれたか……ジーニアスとタバサを蔑むなら、おばあちゃん、許さないよ!」

 

これで、ショコラは何も言えなくなった。

 

ジーニアスはマーブルの言葉を呑み込むまで時間がかかり、呑み込むと、涙が溢れてきた。

「マーブルさん……マーブルさん……!」

 

マーブルはショコラに見せた鬼の形相とは一転、ジーニアスには相変わらず優しい笑顔を向けた。

「よく私の店まで来てくれたね。いらっしゃい。孫が失礼なことを言って本当にごめんなさいね。ディザイアン憎ければハーフエルフみんな憎いなんて考えちゃう子だから」

 

マーブルはジーニアスに頭を下げた。

 

ジーニアスは、本当の本当に報われた感覚を覚えた。世の中、捨てたもんじゃない。自分のしたことは、ちゃんと人間にも通じるんだ!

それは少年がしみじみと実感したことであった。

 

マーブルはしわくちゃの手でジーニアスの手を取ってから、相も変わらず優しい笑顔を向ける。

「さあ、サービスするから何でも見てっておくれ。お二人さんにはパイングミが良いと思うわ」

 

 

 

マーブルさんはマーブルさんのままであった。雑貨屋の品々をみんなタダ同然にして売ってくれた。

ジーニアスは、お金のことなんかどうでも良かった。ただ、ハーフエルフとして受け入れられただけで十分に有難かった。

 

店を出る際、マーブルはジーニアスを優しく抱擁した。タバサはその際、ショコラが思わず立ち上がって口を閉じられなくなる様を見て取った。

 

これでハーフエルフそのものに対する価値観が揺らぐことになってくれれば良いんだけど。

 

実際、ジーニアスとリフィルの存在は貴重である。

卵が先かニワトリが先かは不明だが、ともかくシルヴァラントではディザイアンの構成員の大半がハーフエルフであるため、人々はハーフエルフそのものを恐れている。しかし、ジーニアスとリフィルは、ディザイアンに与することなく、己の良心に従って、人間に味方している。

 

過程はどうあれ、「クルシスやディザイアンというハーフエルフの組織が、人間を苦しめている復讐構造」がこの世界では構築されているのに対して、ジーニアスとリフィルはその復讐構造に抗い、差別する側の人間に味方してくれている。2人の存在を多くの人間が知れば、単純に「ハーフエルフが悪い」とは言えなくなるのではないだろうか。2人の存在が知れ渡れば、人間たちは混乱し、「人間やハーフエルフという種族だけで見ても良いのか?」という考えに行き着いたりしないだろうか。

 

すべてのハーフエルフがクルシスやディザイアンに味方するのではなく、確かに抗う存在がいるということは、人間たちの「ハーフエルフが全て悪い」という思考に楔を打ち込むことにならないだろうか。

 

……もっともそう単純に事は運ばないだろう。「人間の敵はハーフエルフ」という思考に安住していた方が、多くの人間にとってラクなのだから。

 

しかし、どういう形でこの旅が決着するのかは未だわからないけれど、ジーニアスとリフィルが、人間の思考を良い意味で惑わす存在となることを、タバサは願っていた。

 

 

 

その後、タバサの『ルーラ』でパルマコスタから旧トリエット跡に飛び、ロイドたちはイフリートと戦って勝利し、しいなが契約を交わした。

 

そしてやはりと言うべきか、地震が発生した。今度はほぼイフリートの契約を結んだ直後であった。震度は大きくなり、間隔も短くなっている。最後の楔が外れたときにはどうなるのだろうか、と一行は不安に思った。

 

 

 

それから、タバサの『ルーラ』でテセアラのレネゲードベースへと飛んだ。

入り口のレネゲード兵は、いつものようにユアンの元へと案内してくれた。

 

前と同じ会議室で、ユアンはさっそく報告した。

「この前話し合った人々の地震に対する警告だが、みな上手くいっている。もっともレネゲードは警告する以上のことはできないが」

 

リフィルは、それには礼を言った後、核心をつく。

「あなたたちレネゲードは、もうコレットの命を狙うことは無いと考えてよろしいのかしら?」

 

ユアンはすぐさま頷いた。

「ああ。我らが再生の神子の命を狙うことはもうない」

 

「どうしてかしら?」

 

「最近になって、ようやくクルシスのコアシステムによって、たとえ大いなる実りに寄生しているマーテルの精神が、神子と同化しても大いなる実りがマーテルに吸収されることはないと判明したからだ。もちろん、神子がマーテルと同化することをおまえたちは望んではいないだろうが。しかし、我々の目的から神子の暗殺はもはや外れている」

 

ジーニアスは問いかける。

「でも最近は、クルシスもコレットを狙って来ないよね。それはどうして? フウジ山岳でクラトスさんとユアンさんは『例の疾患』って言ってたけど」

 

ユアンはこの問いかけに、すぐには答えなかった。コレットの顔がたちまち強張ったのを見て取ったからだ。

「……私は答えてもかまわんのだが……神子はどうする?」

 

コレットはすぐさま声を張り上げて叫ぶ。

「ダメ! ダメです!」

 

ロイドは不思議そうな目を向ける。

「どうしてなんだ、コレット?」

 

コレットは慌てて必死の形相で答える。

「だって、精霊たちとの契約で世界が大きく変わろうとしている時なんでしょ。私のことで迷惑をかけたくないの! だから、やめて、やめてください!」

 

ロイドは少し悩んだが、コレットがここまで頑なに我を張るときは無理強いしなかった。

「わかった。なら、精霊たちとの契約がひと段落したら、ちゃんと話すんだぞ。俺は忘れないからな」

 

ここでコレットは安堵の表情を浮かべる。

「うん……ありがとう、ロイド」

 

礼を言われることでもない気がするんだが、とロイドは思ったが。

 

ユアンはさっさと話を進める。

「さて、おまえたちはそろそろロディルと決着をつけたくはないか?」

 

ロディルの名前を聞いた途端、プレセアとリーガルの顔が一変し、険しい表情となる。

「ロディル……」

「奴はどこにいるのだ?」

 

ユアンは答える。

「シルヴァラントの奴の人間牧場だ。絶海牧場と言われている。そろそろ我々としても奴の魔導砲を掌握しなければならないと思っていたところだからな。奴と因縁があるおまえたちがロディルを討伐し、牧場の管制室を無効化するといい」

 

タバサは訊ねる。

「ロディルの牧場に収容されていた人たちは?」

 

ユアンは淀みなく答える。

「当然助ける。レネゲードにできる限りの船を用意させよう。ただ船の数は少ないので、何回か往復することになるだろうがな」

 

ロイドは大きく頷いた。

「わかった。それでいい」

 

ユアンは付け加える。

「今回の牧場は破壊しないでくれ。念のため魔導炉を生かしておきたいのだ」

 

しいなは横目でリフィルを見る。

「だってさ、リフィル」

 

リフィルはしいなを軽く睨む。

「別に好きで破壊してきたわけではないわ」

 

ユアンは、ここで呼び鈴を鳴らした。

 

すぐさまボータが入ってくる。

「例の件が決まりましたか、ユアン様?」

 

ユアンはボータを見ることなく返事をする。

「ああ。彼らをロディルのいる絶海牧場まで案内してくれ」

 

「わかりましたぞ」

 

それからロイドたちとボータ率いるレネゲード兵たちはレアバードに乗って、空間転移装置からシルヴァラントへと飛んだ。

 

 

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