イセリアに帰ったタバサたちは、コレットの家へと向かう。
そこには、コレットの祖母ファイドラ、父親フランク、村長、リフィルがいた。
リフィルは入ってきた教え子たちの姿を見て目を丸くする。
「あなたたち、どうしてここに?」
ロイドが答える。
「コレットの神託の護衛をしてたんだよ」
すると、リフィルは険のこもった口調となる。
「教室で自習しているように言ったはずだけど」
ロイドとジーニアスはここで反射的にビクッと肩を揺らしたが、タバサは時系列をずらしながら答える。
「先生のお話にあったコレットさんの護衛を務めるはずの祭司さんたちがみんなディザイアンに殺されていました。それで心配だったのでみんなでコレットさんについていったのです。……ところで村長さん、聖堂前の祭司さんたちの遺体がそのままでかわいそうなので、どうか村まで連れて来てくださいませんか?」
実際には、ロイドの好奇心による発案で聖堂に行ったら祭司たちが殺されていたため、ロイドたちがコレットの護衛を務めたのは成り行きに過ぎなかったわけだが、タバサはそこのところは誤魔化した。
村長は色んな意味で顔をしかめる。小娘に頼まれたことは癪であったが、かといって死体は時間が経つほどに腐敗していくので放置するわけにもいかなかった。
「……仕方あるまい。自警団に連絡する」
村長はタバサたちの脇を通り過ぎて、コレットの家から出て行った。
リフィルは、見知らぬクラトスに目を向けて「あなたは?」と訊ねる。
クラトスは答える。
「私はクラトス。傭兵だ。先ほどまで金を受け取ることを条件に神子の護衛をしていた」
ジーニアスはクラトスを称賛する。
「クラトスさんが、タバサと一緒に祭司さんたちを殺したディザイアンをやっつけたり追い払ったりしたんだよ」
リフィルは痛いところを突く。
「それはつまり、2人以外は戦力にならなかった、ということかしら?」
ジーニアスは、「う……」とうめき声を上げる。
ここでファイドラが声をかける。
「リフィル。聖堂でのことはともかく、今はコレットの世界再生の旅について話し合おうではないか」
これにはリフィルも、そうですね、と同意する。
ファイドラは続ける。
「先にも言ったが、リフィル、あなたに世界再生の旅に同行してもらって構わないかのう?」
リフィルは躊躇なく頷く。
「はい。教え子が心配ですから、私に異存はありません」
すると、ジーニアスが驚愕の声を上げる。
「えー! 姉さんが行っちゃうの!?」
リフィルは弟を安心させるように微笑みながら言葉をかける。
「大丈夫よ、ジーニアス。必ず帰ってくるから、心配しないで。あなたの世話はファイドラさんとフランクさんにお願いするから」
ファイドラは憂い顔で言う。
「しかし女2人の旅だと心許ないのぉ」
ここでクラトスが声を上げる。
「金さえもらえるのなら、私が引き続き神子を護衛しよう」
ファイドラは、ふむ、と頷く。
「聖堂で拝見した貴方の強さは確かなものじゃった。貴方がいれば心強いのぉ」
クラトスが、「では金額についてだが……」と言おうとしたところ、ロイドが口を挟んだ。
「俺も世界再生の旅に付いていきたい!」
しかし間髪を入れずにクラトスが、ダメだ、と言った。
「おまえの実力では足手まといだ。聖堂での戦いとは訳が違う」
ロイドは「何だと!」と怒りを剥き出しにした。
その間にタバサは考える。
たぶん世界再生の旅に付いていくことが、マスタードラゴンさまの仰っていた「この世界の被害を減らすこと」に繫がるのだろう、と。なら何としてでもわたしはこの世界再生の旅に参加しなければならない、と判断した。
そこでタバサは挙手をする。
「あの……わたしも行きたいです」
ジーニアスは、「タバサも!?」と驚愕の目を向けた。
だがクラトスはタバサに鋭い目を向ける。
「魔法の実力はそこそこあるようだが、しかし世界再生の旅には単純な強さではなく、相応の精神力も必要だろう。そなたもまだ幼すぎる」
クラトスの口調からは、何が何でも来るな、という強固なものが感じられた。
タバサは、口八丁ではクラトスを動かせそうにないことを察する。むろん、元の世界で魔王討伐を最後まで見届けた実績などを話しても無意味だろう。
とはいえ、世界再生の旅に行かないわけにもいかない。それだとマスタードラゴンさまの命令に反してしまう。村に残ってジーニアスとの距離を縮めることが、マスタードラゴンさまの思し召しではあるまい。
その時ーータバサはジーニアスと前に交わしていたとある約束を思い出した。……無茶な計画だが、やらないわけにもいかない。ちゃんと準備もしてある。こういうときにやるとは思ってもみなかったが。
ひとまずタバサは頭を下げる。
「すみません、差し出がましいことを言って」
クラトスは、にべなく告げる。
「わかったなら、おまえたちは帰ってくれ。世界再生の旅について打ち合わせがあるのでな」
そう言われて、タバサたちはコレットの家から出された。
外に出た3人をすぐにコレットが追いかけてきた。
「3人とも待って! ごめんね、みんな!」
振り返ったロイドは、気を取り直して明るい声で言う。
「別におまえが謝ることじゃねぇよ」
しかしコレットはまた謝る。
「そっか、ごめんね」
ロイドはコレットの謝り癖に苦笑いする。
「あのなー。……まあいいや」
ここでジーニアスが思い出して言う。
「そうだ、コレット。お誕生日おめでとう。クッキー焼いてきたよ。明日旅に出ることがわかっていれば、もう少しいいものを用意できたんだけど……」
コレットはとたんに笑顔となる。
「ううん。ジーニアスのクッキー、おいしいから大好きだよ。どうもありがとう」
タバサは、ジーニアスからプレゼントされるコレットに羨望の眼差しを隠せない。とはいえ、コレットが誰のことが好きなのかはよーく知っているので、嫉妬まではいかないのだが。
コレットがジーニアスのクッキーの入った袋を上着のポケットに仕舞った後、タバサはスカートのポケットから用意しておいたプレゼントを取り出す。
「コレットさん、お誕生日おめでとうございます。これを受け取ってください」
タバサは手のひらサイズの小さな青い袋を渡した。この世界の文字で『お守り』と刺繍してある。なおたぶんコレットが知ることのない中身は、タバサが元の世界のサンタローズの洞窟に『ルーラ』で行って原石を掘り当て、それをエルへブンにいる名工に頼んで聖なる宝石として加工してもらったものである。外の袋はタバサが直々に刺繍した。
800年も失敗し続けている危険極まりない世界再生の旅に16歳のコレットは出発するのだ。タバサはそれと比べればこの程度の労苦は大したものではないと思った。
お守りを受け取ったコレットは、思わず涙の雫をポトリと落とした。そして感情が昂ぶってタバサのことをギュッと抱き締めてしまう。
「こ、コレットさん!?」
突然抱き締められて、タバサはあわあわと慌てた。
「私、嬉しい。あなたのような可愛い妹のようなお友達ができて、とっても幸せ」
しばらくコレットからの温もりに包まれて言葉が出なかったタバサであったが、
「わたしも……コレットさんにずっとお姉ちゃんでいてほしいです」
そう言って、コレットを抱き締め返した。
コレットはなかなかタバサを放そうとしなかった。何度も何度もタバサの後頭部をさすった。タバサとしては、コレットの本当の意味での不安や心細さに触れた気がして、やっぱり何が何でも世界再生の旅に付いていこうと決意した。
ようやくコレットの抱擁から解放されたタバサは、素早くその場を後にして主役に場を譲る。コレットがいちばん誕生日プレゼントを貰いたいのは、自分ではないと確信しているからだ。
しかし、その“主役”ときたら、
「あー、俺は明日旅立ち前に渡すよ。ホントだぞ!」
と忘れていたとしか思えない言い訳を垂れた。
タバサはその少年をものすごい目で睨みつけた。いったいコレットがどれほどおまえに好意を抱いていると思ってるんだ、という呪いを視線に込めた。
それでもコレットはヒマワリのような笑顔を咲かせたが。
「嬉しい! じゃあ出発時間が決まったら、ロイドのお家まで行くね」
そう言ってウキウキと家の中へ戻っていった。
ジーニアスはロイドの耳元にささやく。「バカじゃないの」と。
ロイドは12歳の少年少女から注がれる冷たい視線に耐えきれず、
「か、必ず間に合わせるから、安心しろって!」
と叫んだ。
「……間に合わなかったら、平手打ち一発程度じゃ済みませんよ」
タバサは冷たい釘を刺した。
ロイドはまた、「大丈夫だって」と繰り返した。
それからタバサに懇願する。
「俺を家まで『ルーラ』で飛ばしてくれないか?」
「構いませんけど」
冷えきった声で言ったタバサが『ルーラ』の詠唱を開始すると、ジーニアスが中断した。
「あ、待って、タバサ。ボク、“友達”に会いに行きたいんだけど」
タバサはハッとした表情になる。
「そうだったわね。でも、今日は給食はなかったけど……」
「そうだね。まずボクの家まで寄って行ってよ。パンを持っていくから。どうしても神託があったことを伝えたいんだ」
「……わかったわ。でもその前にわたしの家にも寄るからね」
ジーニアスには素直なタバサであった。
ロイドは目を丸くする。
「何だよ、友達って。村の外に俺以外の友達がいたのか?」
ジーニアスは曖昧な表情となる。
「うん、まあね」
それから3人は、タバサの家とジーニアスの家に向かった。
その後にタバサは『ルーラ』を唱えて、とある地点に3人で着地する。そこは、イセリア人間牧場の前であった。『関係者以外立ち入り禁止』という木の立て看板があるところである。ロイドの通学路の脇にある忌々しい施設であった。
ロイドはさすがに動揺する。
「おいおい、ここって人間牧場じゃねぇか。勝手に入ったら、不可侵契約に反するんじゃないのか?」
ジーニアスは、そうだね、と頷く。
「でも今日アイツらは不可侵契約を破って聖堂で何人も殺した。今日だけは文句を言われる筋合いはないよ」
タバサはそれでも釘を刺す。
「でも、向こうはそんなことを何とも思っていないと思うわ。向こうが先に契約を破っても、こっちが後から契約破りをするのは許さないっていう自分勝手な解釈をする連中だと思うから、いつものように細心の注意を払ってね、ジーニアス」
ジーニアスは真剣な表情で「うん、わかってる」と頷いた。
それからタバサは、自分の家から持ってきたアップルグミとオレンジグミの小袋をロイドとジーニアスに渡す。
「戦闘になったときに備えて念のため」
ロイドが目を丸くして訊く。
「……すげー量が多いんだけど、いつもか?」
ジーニアスは頷く。
「タバサはいつもこうさ」
タバサは2人が袋をポケットに仕舞ったのを確認してから、
「じゃあ、静かに行きましょう」
3人が『関係者以外立ち入り禁止』の看板の先に進むと、非常に分厚い金属の門があった。門から中の様子はうかがえないが、「オラオラァ! 休むんじゃねぇ、この豚どもが!」という乱暴な声と共に、鞭を打ちつける音、さらに人間たちの悲鳴が聞こえてくる。
タバサがジーニアスにここに誘われてから半年。さすがに自制心はついたが、この乱暴な雰囲気に慣れることはいっこうに無かった。タバサは、自分の父親が10年も奴隷生活を強いられたのは巨大な神殿を建てるのが目的であったが、果たしてこの各地にあるという人間牧場には何の意味があるのだろうかと何度も考えた。その答えをジーニアスもリフィルも持ち合わせていなかった。
しかしひとまず、人間牧場の側面に向かい、フェンス越しにいつものようにマーブルという優しそうな風貌の老婆と顔を合わせる。この時間ぐらいになると、いつも待っていてくれるのだ。
マーブルは囚人用のような灰色の服を着ていた。
「マーブルさん」
ジーニアスは祖母に懐くような笑顔で近づいていく。
マーブルは明らかに顔色が悪かったが、それでも見る者を安心させる柔らかい笑顔を見せてくれた。
「あらあら、ジーニアスにタバサ。今日は2人だけじゃないのね。その人もお友だち?」
ロイドは頷く。
「ああ。ロイドって言うんだ」
「よろしくね」
ジーニアスとタバサは、さっそく慣れた手つきでポケットから小さなパンをフェンスの隙間越しにマーブルに差し出す。
マーブルは、「ありがとう」としみじみとした声でお礼を言ってから、パンをポケットに入れる。
タバサは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。いつもこれぐらいのことしかできなくて……」
実はタバサは以前にマーブルに『ルーラ』という魔法を説明して、逃がそうと提案したことがある。この隙間だらけのフェンス越しなら発動できるからだ。
しかしマーブルは拒否した。「私がいなくなったら、ディザイアンが腹いせに他の人たちに鞭を振るうかもしれないから」と。ーーそれを聞いたとき、タバサは大いに胸を打たれ、ますますこのおばあちゃんを逃がしてあげたいと思うようになったものだが。
ジーニアスは楽しげにマーブルに話しかける。
「マーブルさん、今日は神託があったんだよ」
マーブルは微笑みながら頷く。
「ええ。ここからも救いの塔が見えたわ。ようやく世界再生の旅が始まるのね。旅の成功をマーテル様に祈っておくわ」
マーブルが手を合わせようとした際に、ロイドがマーブルの右手の甲に目を留める。
「ん? マーブルさん。それ、エクスフィアじゃないのか?」
マーブルは自分の右手の甲にはめられた黒い宝石のようなものを見つめる。
「これはエクスフィアというの? ここに来てすぐに埋めこまれたんだけれど……」
ロイドが改めて見てから頷いた。
「ああ、間違いない。エクスフィアだ。けど要の紋がついてないな。要の紋がついていないエクスフィアは体に毒なんだぜ」
タバサは「どういうことなんですか?」と訊ねる。
ロイドは真剣な表情で説明する。
「エクスフィアは肌に装着すると病気になるらしいんだ。だけど、肌に装着しないと意味が無い。だからエクスフィアから毒が出ないように制御するまじないを、特殊な鉱石に刻み込んで土台にするんだ。これが要の紋ってやつだよ」
タバサは訊ねる。
「それはあなたのお義父さま、ドワーフのダイクさんから聞いた話?」
ロイドは首を縦に振る。
「ああ。要の紋っていうのは、ドワーフの特殊技術だからな。俺にはまじないを彫るのが精いっぱいなんだ」
ジーニアスは悲痛な表情となる。
「そんな! じゃあダイクおじさんに頼んでよ!」
ロイドは、そうだな、と頷く。
「要の紋がないエクスフィアをそのまま放置できないもんな」
ジーニアスが笑顔になって、「ありがとう、ロイド」と言おうと瞬間――
「そこのババア! 何をしている!」
ディザイアンの乱暴な声が響きわたった。
マーブルは顔色を変える。
「いけない! ディザイアンが来るわ! 3人とも早く逃げて!」
ロイドは逡巡する。
「でもこのままだと、マーブルさんが……」
ジーニアスは嬉しそうな顔を抑えながらもロイドを催促する。
「そうだけど、ボクらがここにいることがバレたら、マーブルさんにも他の村の人にも迷惑がかかるんだよ!」
ロイドは悔しげな表情になりながらも、「ごめんな、ばーちゃん」と小さな謝って、タバサが手招きして近くの草むらに避難する。
3人が隠れた草むらからマーブルとディザイアンたちとのやり取りが聞こえる。
マーブルは持ち場を離れたことを謝罪したが、ディザイアンたちから「その目が気に入らねぇ」と因縁をつけられ、「裏で痛めつけてやる!」という話となって、連れて行かれてしまった。
ジーニアスが顔を青ざめる。
「まずいよ。ボクのせいだ……」
タバサは小声で、諦めないで、と言う。それから前々から見つけておいた階段のような高台を指差す。
「あそこから、様子を見ましょう」
ロイドたちはタバサが指差した階段状の高台を上ってゆく。しかしそれなりのジャンプ力が必要で、ロイドやタバサはともかく、運動能力の低いジーニアスは崖に手をつけて先に上った2人が引き上げるというのを繰り返した。ジーニアスとしては同い年の女の子に運動能力で劣ることに恥ずかしさがこみ上げてきたが、しかし今はそれどころではない。
高台の人間牧場の内部を見渡せるところに行くと、マーブルが鉄の鞭で3人のディザイアンたちからビシビシと背中を打たれている姿を目にする。
タバサたちは顔を歪める。
「ひどい……」
「マーブルさん……」
「助けねぇと!」
ロイドが素早く言う。
「タバサ、さっきの『ヒャダルコ』でアイツらを氷漬けにしてくれ。騒ぎになったら、おまえたちは村の方へ逃げてくれ。俺はおとりになって、村と反対側に逃げるから」
タバサは首を横に振る。
「いいえ、ロイドさん。村の逆方向には、あなたとダイクさんの家しかありません。それだとあなたたちが危険です」
ロイドは、「じゃあ、どうするんだよ!」と焦りながら訊く。
これに対してタバサは、実にあっさりと、とんでもないことを言った。
「簡単な話です。ーー3人でこの人間牧場を潰します」
ジーニアスは目玉が飛び出そうなくらい驚愕する。
「そんなことできるの!?」
タバサはジーニアスに笑顔で説明する。
「何度か『ルーラ』で上空から見渡した時、ここはそんなに大規模な牧場じゃないと思ったの。おそらくは不可侵契約の影響でイセリアの村の人間を確保できなくて、捕らえられている人間の数は少ないはず。これなら、ロイドさんがわたしたちの詠唱時間を稼いでくれれば、制圧はできるわよ」
タバサはロイドに向けて自分の分のアップルグミの袋を投げ渡した。
袋をキャッチしたロイドはほんの少しだけ逡巡を見せたが、「やるよ。やってやろうぜ!」と気合をこめて言ってポケットに袋を突っ込んだ。
逆にためらいがちなのはジーニアスだ。
「えっと、だって、ディザイアンは強くて、ボクたち3人じゃ………」
ここでタバサはジーニアスの肩に手を置く。
「ジーニアス、このまま逃げてマーブルさんが殺されるか、戦って助けるかのどちらかしかないの。あなたはどっちを選ぶの?」
タバサの言葉を受けて、今も男のディザイアン3人がかりで鞭打ちを受けている憐れなマーブルにジーニアスは改めて目を向ける。
「ボクは……マーブルさんを助けたい」
その言葉を受けてタバサは、ロイドに指示を出す。
「ロイドさん、高台を下りて牧場の正門の前で待機していてください。わたしたちはここからなるべく魔法でディザイアンの数を削ります」
「わかった!」
ロイドが軽々とした身のこなしで高台から下りていくのを確認したタバサは詠唱を開始する。
「『ヒャダルコ』!」
すると、マーブルを鞭打ちしていたディザイアン3人が氷に覆われて瞬く間に昏倒する。
他の牧場内にいるディザイアンたちがうろたえる。
「な、なんだ? ……ぐわっ!?」
別のディザイアン3人はジーニアスの『イラプション』を受け、火炎に打ち上げられてから倒れこむ。タバサが来てから1年で、ジーニアスは各属性の中級魔術を心得ていた。
ロイドは牧場の正門前で抜刀して構えていたが、なかなかと扉が開かれることはなかった。
オレンジグミで補給しながら続くタバサとジーニアスの魔法が、建物内から出て来るディザイアンたちを次々に倒していったからだ。囚われている人間は皆マーブルと同じく灰色の服を着ていて、ディザイアンは鉄の装備、特に目隠しするような兜をかぶっているから、味方識別(マーキング)は容易であり、タバサとジーニアスの魔法が囚われている人間たちに危害を及ぼすことはなかった。
ディザイアンたちは高台の上にいる小柄な2人の少年少女をなかなか見つけられず、見つけたとしてもすぐに『イオラ』の爆風で吹き飛ばされたり、『エアスラスト』の風の刃で切り刻まれたりしていった。
「くそっ、手こずらせやがって!」
しばらくすると、ディザイアン特有の目を覆う兜を装備していない緑色の髪の男が建物内から走って現れる。右目には眼帯を付けており、左腕は何かしら改造を施しているようで奇妙な形状をしていた。
倒れたディザイアンが叫ぶ。
「フォシテスさま! お助けを!」
フォシテスは頷く。
「おまえたちは建物内部で劣悪種の管理をしておけ! 奴らが調子に乗るかもしれん。この場は私1人でやる」
フォシテスと呼ばれたリーダー格の男が指示すると、命令を受けたディザイアンたちは一斉に建物内部へと入っていく。
そんなフォシテスにも当然風の刃や爆風が飛んでくるのだが、フォシテスはよろめくだけで容易には倒れない。
逆に目敏く高台の上にいるタバサとジーニアスを発見して、憎々しげに改造された左腕を向け、緑色のエネルギー弾を二発放つ。
「うわっ!」
「きやっ!」
未知の攻撃に2人は悲鳴を上げる。どうやら魔力をこめた弾を撃てる武器だとわかった頃には、2人とも高台から落ちてしまっていた。
「2人とも!」
ロイドが叫び声を上げる頃には、ようやく正門の扉が開かれ、怒りの表情をむき出しにしたフォシテスが現れ出た。
「貴様ら! その身を以てあがなうがよい!」
ロイドも怒り任せに応じる。
「こっちも、俺の親友たちのお返しをしてやるぜ!」
フォシテスは憤怒の形相とともに、またも改造された左腕から緑色のエネルギー弾を3発、発射してくる。しかし、ロイドはツバメのように軽やかに飛んですべての弾を回避し、フォシテスの眉間目がけて斬りかかる。
フォシテスはバックステップしてロイドの飛び込み攻撃を回避する、そして今度は改造された金属の左腕でロイドを薙ぎ払おうとする。
ロイドはこれを屈んで避けて、フォシテスの足下に剣を振るう。
「ぐうっ!」
フォシテスは剣を食らったことよりも、脚へのダメージが思った以上に大きいことに驚愕する。とはいえ、ディザイアン五聖刃の中でも豪傑であるフォシテスはすぐには倒れない。
フォシテスは、軽やかにバク宙してロイドと距離を取った後、猛烈な速度で詠唱をする。
「『エアスラスト』!」
「ちっ、ぐあっ、ぎゃあっ!」
ロイドは大気の刃に切り刻まれる。前方後方から縦横無尽に斬りつけられ、ロイドは全身からかなりの血を流す。
だが、それでもロイドは倒れない。
「この程度! 『魔神剣』!」
「ぐうっ!」
ロイドから放たれた地を這う剣圧の攻撃に、フォシテスの顔は歪む。のけぞっている隙にロイドは踏み込んでくる。
「たあっ! はっ! てやっ!」
「くうっ! おのれぇ!」
胸元に三連撃を食らい、フォシテスは倒れこみそうになる。だがさらなる追撃をロイドが仕掛けてくることを予想した軌道を予測して改造された左腕をかざす。
「ちっ!」
ロイドは双剣が固い左腕に弾かれたことを悟り、隙を見せる前にバックステップをして距離を取る。
しかし距離を取りすぎてしまった。フォシテスはしめたと思い、強力な魔法の詠唱を開始する。
だがその前に、
「『マホカンタ』!」
タバサの声が響き、ロイドの身体の周囲をフォシテスにとっては未知の鏡のような膜が覆う。
そして、詠唱を完成させた代償をフォシテスは己の身で味わうこととなる。
「『サイクロン』! ……ぐはぁっ!?」
ロイドを『エアスラスト』よりも遥かに強力な風の刃が切り刻むはずが、逆にフォシテス自身が己の放った魔法で縦横無尽に切り刻まれてしまう。フォシテスの体は舞い上がり、切り刻まれてから地面に体を叩きつけられる。
そこにジーニアスの魔法が続く。
「『ロックブレイク』!」
「ぐはぁっ!」
地面から大地の槍が噴出し、フォシテスの体を吹き飛ばす。
タバサはフォシテスに最強の爆発呪文を放つ。
「『イオナズン』!」
一瞬白く眩い光が閃いた後、猛烈な大爆発がフォシテスを襲う。
フォシテスの体は吹き飛んで正門脇の黒光りする鋼鉄の壁に叩きつけられ、フォシテスはズルズルと壁に沿って滑り落ちる。これでフォシテスの目は完全に閉じられた。
「とどめだ!」
そして猛烈な速さで駆け出したロイドが、フォシテスの心臓を剣で突き刺した。フォシテスの身体は一瞬跳ねたあと、そのまま完全に力が抜けきった。すなわち、絶命した。
「終わった……のか?」
ロイドは剣を抜き終えたあと、信じられないような気持ちで呟いた。
タバサは即座に否定する。
「いえ、まだです。牧場に残っているディザイアンたちをやっつけて、囚われている人たちを解放しないと」
その時、数人の剣や槍を手にした人が牧場内の施設から走って出てきた。ディザイアン特有の目を隠す兜は取り外されている。
とっさにタバサたちは身構えるが、武装した人たちは構える様子を見せずに声をかける。
「我らはディザイアンに反抗する組織の者。この牧場を統括していたフォシテスが倒れた今、ここにはもはや用はない。残ったディザイアンは皆殺しにして、牧場に囚われていた人間たちを全員解放した。これをもって、我らを見逃してもらいたい」
タバサたちが不思議そうな顔つきとなると、牧場内の施設から灰色の服を着た老若男女がぞろぞろと走って出て来た。
どうやら彼らの話に嘘はないらしい。
タバサは頷く。
「信じましょう」
自称“ディザイアンに反抗する組織の者たち”は、「感謝する」と言い残して去って行った。
解放された人たちは、抱き合って喜んだり、怒ってディザイアンの死体を蹴り飛ばしたり、どうすればいいのかわからないという顔つきで突っ立っている者と様々であった。
ジーニアスは、「この人たちをどうするの? 村まで連れて行く?」とタバサに問いかけた。
タバサは「そうね」と、出て来る人たちを見ながら頷いた。
「でも、『ルーラ』だとこんなに大勢の人間は運べないわ。わたしとロイドさんが前衛を務めるから、ジーニアスは彼らのしんがりを務めてあげて」
「わかったよ。でもその前に、」
ジーニアスはポケットの袋からハンカチを取り出して、タバサが高台から落ちた時にできた血と土ぼこりを拭いた。
「ありがとう、マーブルさんを助けてくれて」
ジーニアスの感謝の言葉に、タバサの頬に朱が差した。
味方識別(マーキング)は、『アビス』由来の概念ですが、この場面では便利そうだったので輸入してみました。