精霊研究所の研究員にしいなが闇の神殿について説明すると、研究員の1人がすぐさま答えた。
「ーーなるほど。それなら、ブルーキャンドルが役に立つでしょう。闇の力を打ち消す聖なるろうそくです」
しかしその貸し出しを求めたところで、1人のハーフエルフの研究員が強い口調で止めた。
「おい! コイツらのせいでケイトは捕まったんだぞ! それでも貸すっていうのか?」
ロイドが眉をひそめて訊き返すと、ハーフエルフの研究員は声を荒げながら事情を説明した。
「罪人であるおまえたちを逃がした罪で、ケイトは処刑されそうになってるんだよ!」
ロイドは歯嚙みする。
「それは確かに俺たちのせいだな。くそっ!」
ここでもちろんロイドたちは、ケイトを助けてあげようという話になったのだが、その方法についてはリーガルが提案した。
「闘技場でおこなわれている試合に出てはどうか? あそこは元々、罪人と猛獣との戦いを鑑賞するために設けられた施設だ。罪人を闘技場へ連行するため監獄に繫がっている」
ゼロスは半ば感心したように言う。
「そういや、あんたも牢獄の中にいたもんな」
リーガルの言葉を受けると、途端にハーフエルフの研究員は協力的な姿勢となった。
「ケイトを助けるのなら、俺が責任を持ってブルーキャンドルを用意しよう」
そうして一行はメルトキオの闘技場へと向かった。
しかし闘技場に着く前に誰が出場するのかが問題となった。ロイドたちはほぼ全員指名手配されている。闘技場という衆人環視の場に出るのは、まさしく飛んで火に入る夏の虫だ。
一行の中で唯一指名手配されていない者はーー
「プレセア、頼めるか?」
ロイドは、ジーニアスやタバサと変わらない体格の少女に申し訳なさそうに頼みこむ。
プレセアはわずかに逡巡したが、頷いた。
「私も……ケイトさんを助けてあげたいです……」
本来ならプレセアのような12歳の女の子を闘技場の試合に出場させるなど、あってはならないことなのだろう。実際、リーガルは顔をしかめた。しかし、街の掲示板で先ほど見た手配書の似顔絵がなかったのは、この中で唯一プレセアしかいなかった。
もちろん、プレセアの斧の威力は折り紙つきである。見た目と実力が乖離しているというのは、ロイドたちもよく知っていることであった。
とはいえ、プレセアの心中でどれほど激しい葛藤が起きたかは、以前よりはましになったとはいえ、今もなお感情表現の乏しい顔から推しはかることは難しい。よりにもよって、自らを実験体とした研究者で、自らの家族と時間を奪った内の1人をその斧でもって助けることに、どれほどの逡巡があっただろうか。しかしそれを押し殺して、プレセアはケイトを処刑から助けることに同意した。
……これがロイドたちの掲げる2つの世界を搾取されないようにすること以外を動機としているならば、プレセアの精神はとてつもなく高潔なものであると言わねばなるまい。
プレセアは、闘技場から牢獄へと繫がる通路をリーガルから教えてもらった後、1人で受付に向かった。受付嬢はこんな小さな体格の少女が出場を申しこんだことにたいそう驚いたが、登録料5000ガルドを支払えば、後は何も出場を制限するルールはない。淡々とした説明を受けてから、プレセアは闘技場へ続く通路へと足を進めた。
闘技場での対戦相手は、甲冑をまとった剣士2人と杖を持つ魔法使い1人であったが、プレセアの姿を見るなり、彼らは失笑した。しかしすぐにその表情は一変することとなる。
プレセアは素早く近づいて、まず余裕ぶった表情のまま詠唱を開始した魔法使いの杖を真っ二つに切り落とした。詠唱を中断させられた魔法使いは驚愕の表情のまま、飛び上がったプレセアの斧の柄をその頭で受けて気絶した。
こいつはヤバいぞ、と思った剣士二人にも、プレセアは相手が頑丈な鎧を着ていることをいいことに、力いっぱい斧を回転させてまともに彼らの体に叩きつけて、剣士二人は悲鳴とともに吹き飛んで闘技場の地面を擦りながら横たわった。
観客席からはどよめきが起こったが、プレセアは特に何も言うことなく、斧を引きずりながらさっさと控えの通路へと戻っていく。
そして、通路にいた騎士が気絶した3人を片付けている間に、プレセアは牢獄に続く扉へ入っていった。
そして牢屋に閉じ込められていたケイトを発見する。
ケイトはこの場にいるはずもない被験者だった少女に驚愕の目を向ける。
「プレセア……! ……あなたが私を殺すの?」
プレセアはケイトの顔を見ないように首を振る。
「いいえ、助けに来ました」
するとケイトの目は飛び出しそうになった。
「どうして……?」
プレセアは、牢屋の扉の鍵を斧で粉砕する。
「詳しい話は後です。ロイドさんたちに聞いてください」
ケイトはどういう顔をして良いのかわからなかったが、しかし死にたくはなかったので、プレセアの後に付いていった。
闘技場の外にいたロイドたちは、まずプレセアを労ったあと、ケイトに視線を向ける。
ケイトはひとまず、「どうもありがとう」と頭を下げた。
ゼロスはひとまず「ここじゃ落ち着かねぇから、俺さまの屋敷へ行こうや」と一行を先導した。
ゼロスの屋敷では、相変わらず執事のセバスチャンが一行の希望を訊ねてから、コーヒーか紅茶を振る舞ってくれた。
そうして少し間を置いて、気分を落ち着かせてから、ケイトはティーカップを置いて話し出す。
「お願いがあるのだけれど、私をオゼットに連れて行って欲しいの」
ロイドは怪訝な表情となる。
「オゼット? クルシスの連中に襲われて、今あの村は廃虚だけどいいのか?」
ケイトは特に驚くことなく頷く。
「ええ。あそこは私の故郷だから」
ゼロスが眉をくもらせて言う。
「……あのハーフエルフ蔑視の激しい村が、か」
ケイトは、もはや達観したかのような笑みを浮かべる。
「私の母はエルフだった。そして父は人間で……今はマーテル教会の教皇の地位にいるわ」
これには一同、大きく目を見開いて驚愕する。
ゼロスは、困ったように笑いながら取りあえず言う。
「あ……あ~、あれだ。母親似で良かったな」
しかしジーニアスは憤りを隠せない。
「そんなことを言っている場合!? あんまりじゃないか、自分の娘を処刑するなんて!」
ゼロスは腕を組みながら静かな声で告げる。
「……実は、ハーフエルフが罪を犯した場合、例外なく死刑って決めたのも教皇なんだよ」
タバサの目はここで大きく見開かれる。
「……信じられない。自分の娘がハーフエルフなのに……」
ジーニアスは拳を強く握る。
「ボク、絶対に教皇を許さない!」
しかし当のケイトは、ジーニアスを慌てて取りなす。
「あ、あのね、父に酷いことはしないで」
「どうして! あなたは処刑されそうになったのに!」
ケイトはしみじみとした口調で言う。
「それでも父親だから……。父が私にクルシスの輝石の研究をしろと命令してくれた時、実はとても嬉しかったの。ようやく私のことを認めてくれた気がしてくれて」
リフィルは複雑な表情となる。
「子どもはどんなに親に酷いことをされても、簡単には親を切り捨てられないものなのよね」
ジーニアスの興奮は冷めない。姉に噛みつくように訊ねる。
「ボクはお父さんもお母さんも知らないから、理解できないってこと!?」
ケイトはそれを聞いて、哀れみの目をジーニアスに向ける。
「そうかも、しれないわね」
ここでタバサは、ハッとした表情でリフィルに訊ねる。
「リフィル先生。ジーニアスは生まれたばかりの時に先生と異界の扉に捨てられたと聞きましたが、ジーニアスにご両親の話をされたことは?」
リフィルは強く首を振る。
「全く話したことはないわ。……これは私に勇気がないからだけれど」
タバサは怒れるジーニアスに微笑みながら、なるべく穏やかに告げる。
「ジーニアス、参考になるかはわからないけど、聞いてくれる? ……わたしも生まれたばかりの頃にお父さんとお母さんが魔物によって石にされて、8歳までは親に会ったことがなかったっていうのは覚えているよね。でも、お父さんとお母さんの話をしてくれる人が周りにたくさんいたから、わたしの中にはお父さんとお母さんが“いた”。でも、もしジーニアスのように、誰もご両親のことを話す人がいなかったなら、あなたの中に親御さんは“いない”のかもしれない。そういう意味だと、あなたが子どもの親に対する気持ちが理解できないのは仕方がないことなのかもしれない。わたしだって、お父さんもお母さんもすごく優しいけど、もしも虐待するような親だったとしても、子どもとしてなかなかすぐに親を切り捨てられないと思うから」
「タバサ……」
ジーニアスはここで自分の理解の範疇の外にある事柄なのだと認め、握る拳の力を緩めた。
ケイトは、はっきりとした口調で言う。
「私、今一度考えてみます。父のこと、自分のこと、ハーフエルフのこと。それから……」
ケイトはプレセアに目を向ける。
「プレセア……ごめんなさい」
プレセアは、頭を下げるケイトを見ても、何も言えなかった。
それからタバサは、ケイトに『ルーラ』について説明してから、彼女を外に連れてオゼットまで送った。
その後、ロイドたちは目立たないように注意しながら、精霊研究所へと再び赴く。
ハーフエルフの研究員にケイトはオゼットに行ったと言うと、彼は笑顔でブルーキャンドルを渡してくれた。
「もうウワサになってるよ。ケイトが脱走したことで、教皇のメンツは丸つぶれさ。本当にありがとう」
それから、文字通り一寸先は闇である闇の神殿の入口でブルーキャンドルを灯すと、淡い光はすぐさま辺りを照らし出してくれた。
暗闇が苦手なタバサがはしゃぐ。
「すごーい! 神殿中が明るくなった!」
リフィルは微笑みながら言う。
「ただのロウソクじゃないってことね。魔科学の産物だわ」
闇の神殿は予想外なことに、最深部まではタバサにとっては楽しかった。
ここでは要するに、シャドウの分身を全部で五体、最深部まで運ぶのだが、この分身が小っちゃくてカルガモのヒナのように後ろにくっついてくるものだから、タバサにとっては可愛くてたまらなかったのだ。
シャドウの分身もタバサによく懐き、はぐれそうになるとタバサが注意してくれるものだから、ロイドたちは魔物退治に専念すればよかった。コレットは、たまにはタバサを戦闘に参加させないで楽しませてもいいよね、と微笑んで提案しても、誰も反対する者はいなかった。ジーニアスはシャドウの分身と戯れるタバサに頬が緩みっぱなしであった。まるでお花畑で小犬とはしゃぐ女の子のように輝いて見えたのである。もちろんここには花など一輪も咲いておらず、相手は可愛らしく鳴くこともない精霊で、ブルーキャンドル以外、ロクな光源がないのであるが。
なお、闇の神殿ということで、光の魔法に弱い魔物が多く、コレットの『エンジェル・フェザー』や『ジャッジメント』、リフィルの『フォトン』や『レイ』が本領を発揮した。
しかしまあ、動物というのはたいがい子どもの頃は可愛らしく、成長すると可愛げがなくなるように、最深部まで着くと、シャドウの五体の分身が合体して、紫色のヘビに二本の腕が付いたかのような姿となってタバサは落胆した。
「えー、可愛くなーい」
頬を膨らますタバサをしいなが呆れながら一喝する。
「あのねぇ、別に精霊を愛でるために来たんじゃないんだよ!」
例によって、契約に際してシャドウと戦うことになったのだが、懐いていた頃の思い出があるのか、シャドウはタバサには全然闇の魔術を放つことなかった。タバサはシャドウを遠慮なく『ヒャダルコ』で攻撃して前衛を戦いやすくしたが。
そしてシャドウを倒してしいなが契約した後、小っちゃくて可愛かったシャドウの分身がどこにもいないことを残念そうに確認すると、タバサはとっとと『リレミト』を唱えて闇の神殿を後にした。