「救いの塔が消えたぞ!」
「神子様の世界再生の旅は、失敗したということなんですか!?」
「さっきの奇怪な樹はなんなんだ!?」
ロイドたちは、パルマコスタの宿屋前に押し寄せてくる街の人たちをどうにかしなければならなかった。
リフィルが宿の部屋で看ているコレットは、これでは到底落ち着けないだろう。
ロイドたちとて、どうして救いの塔が消えたのかなんて、わからない。クルシスに所属しているクラトスもユアンも去った以上、何を言えば良いのかわからないのだ。
そうして途方に暮れて人々の叫び声をそのまま聞いていると、よく通る若い女の声が響き渡った。
「みんな! 確証もないのに、失敗したなんて言うんじゃないわよ!」
それはショコラの声であった。かつてジーニアスとリフィルを鞭打った声が、今はコレットを守るために発せられている。
ショコラは叫び続ける。
「私はちゃんと見ていたわ! 神子さまたちのおかげであの樹の怪物が動きを止めたのを。救いの塔がどうして消えたのかはわからないけど、少なくとも倒れられた神子さまを鞭打つような真似はするもんじゃないわ! 神子さまはこの街を救った! それと同じように私は、世界も救ってくださると信じている! それでいいじゃない!」
「ショコラ……」
ジーニアスは、感動の面持ちで彼女を見つめる。
すると、宿に集まっていた人たちの不安が瞬く間に消えていった。
「そうだ。神子様は、この街を救ってくださったんだ!」
「救いの塔がなんだ! 神子さまはこの街を救ってくださったように、必ずや世界も救ってくださる!」
「疑って悪かった。神子様によろしく伝えておくれよ」
それで、宿の前に集まっていた人だかりはなくなっていった。理屈も大事だが、この場合はショコラの声の迫力で詰めかけた人たちは納得したのだろう。
それからショコラは、ジーニアスに頭を下げる。
「ごめんなさい。私、あなたにずいぶん酷いことを言ってきたわね。あなたはずっと私たちを助けてくれたのに……理解するまでずいぶんと時間がかかってしまったわ。本当にごめんなさい」
すると、後ろからマーブルがしっかりとした足取りでやって来る。
「ショコラ。一度口に出した言葉は、そんなに簡単に消えるものじゃないよ。けど、これでわかったでしょう。人とかエルフとかハーフエルフとか、種族で人を見るのは間違いだって」
ショコラは「うん……」と頷く。
それからマーブルは、ジーニアスたちにとてつもなく優しい笑顔を向ける。
「ジーニアス、タバサ、そして、皆さん。この街を救ってくださって本当にありがとうございます。救いの塔は消えましたが、私に不安はありません。神子様にはこんなにも素晴らしい仲間がいらっしゃるのですから、必ずや世界再生をしてくださると信じています」
ジーニアスは涙ぐみながらお礼を言う。
「マーブルさん……ボク、あなたと会えて本当に嬉しいよ」
マーブルはやはり微笑みながら頷く。
「私もよ、ジーニアス。……では、皆さん、苦労の多い旅になるとは思いますが、よろしくお願いします」
そうして、マーブルはショコラの背中に手を当てて去っていった。
リーガルはしみじみと呟く。
「天晴れな人たちもいるものだな」
プレセアも頷く。
「はい。ジーニアスが羨ましいです」
ゼロスは誰にも聞こえないように呟く。
「ハーフエルフと人間ねぇ。ったく、種族だけで見た方がどれだけラクかっつーの」
しかしゼロスは、泣いているハーフエルフの少年と、彼に優しい笑顔でハンカチを差し出す人間の少女に目を離せないでいた。
結局、一行はパルマコスタの宿屋で一泊することができた。
翌日、ひとまず痛みが引いたコレットを連れて、『ルーラ』でアルテスタの家へと向かった。
正直なところ、どういうわけか禍々しい気を放っているミトスの元に行くのが、タバサは嫌でたまらなかったが、コレットの病気を治す手がかりを求めるためには致し方なかった。
しかし、『シスター』と共に出迎えたくれたミトスは、頭に包帯を巻いていた。
ジーニアスが驚いて訊ねる。
「あれ、ミトス。どうしたの、その怪我?」
ミトスは誤魔化すように首を振る。
「これは、その、大したものじゃ……」
しかし『シスター』は正直に答える。
「昨日の地震で、外の岩が降ってきて私にぶつかりソうになったのでスが、ミトスサんが突き飛ばシてくれて、助けてくれたのでス」
ロイドは感心して称賛する。
「そうか! えらいじゃないか、ミトス! おまえ、すごくいい奴なんだな!」
それを聞いてミトスは赤面して俯く。
「そ、そんなこと……ないよ……」
ジーニアスも、手放しで絶賛する。
「すごいよ、ミトス! ボク、ミトスと友達になれてとっても嬉しいよ!」
「そんな……恥ずかしいよ……」
こう誉められ慣れていないミトスのうぶな仕草を見ていると、タバサは自分の感覚の方を疑ってしまう。
やっぱり、自分の方が間違っているのかな、と。
こんなにも、人のことなんか塵芥にしか見ていないような魔王ミルドラースやゲマと本当に雰囲気がそっくりなのに、身を挺して『シスター』を助けるなんて悪人にはできないはずだ。
ミトスはヘンだ、おかしい、怖いと言うのは間違っているのだろうか。
やっぱり、自分の感覚なんてあてにならないものなのだと、タバサは再考することにする。わたしさえ我慢すれば良いのだから。
……そうタバサは不吉な予感にフタをした。
奥からやって来たアルテスタが訊ねる。
「それでおまえさんたち、今日はどうしたんじゃ?」
リフィルが話し出す。
「コレットの体の一部、肩から背中にかけて結晶がビッシリと覆っていて、時おりひどい痛みを訴えるのです。それでクルシスにいたドワーフのあなたなら、何かご存知ではないかと思いまして……」
アルテスタは即答する。
「永続天使性無機結晶症じゃろう」
ロイドは、ユアンの言っていたとおりだ、と思った。
アルテスタの解説は続く。
「百万人に一人という輝石の拒絶反応じゃ。じゃがその治療法は、遙か昔に失われたと聞いている。古代大戦時代の資料を見ればあるいはわかるかもしれぬが……」
ロイドは訊ねる。
「古代大戦の資料ってどこを探せばいいんだ?」
これにはリーガルが答える。
「確かサイバックにミトスの足跡を中心とした資料館があった」
ゼロスも、「そういや見た覚えあるな」と頷いた。
ここでミトスがおずおずと手を挙げる。
「ボク……知ってます、そこ。もしよかったら、案内します」
それを聞いた途端にジーニアスの顔は輝く。
「ホント!? じゃあ、お願いしようよ!」
はしゃぐジーニアスを見ながら、タバサは気のせい気のせいと心に何度も言い聞かせなければならなかった。
ロイドたちは、学術都市サイバックに『ルーラ』で向かう。
資料館を訪れたミトスは、さっそく「ミトスとその仲間の資料」のコーナーに赴いた。
一行が資料を漁っていくと、しいながめぼしい記述を発見した。
「ちょっとこれを見てくれよ。ミトスの仲間にも体中が結晶化する病になった人がいるみたいだよ」
一行はその資料に群がる。
リフィルはホッとして呟く。
「ちゃんと治ったみたいね」
ロイドが貪るように訊く。
「どんな治療法なんだ!?」
リフィルは資料を読み解く。
「ユニコーンが乙女を救ったとあるけれど、これはユニコーンの角のことのようね。でも、あの治癒術だけじゃコレットは救えないわ」
ロイドが付け加える。
「でもクラトスのやつ、ユウマシ湖のユニコーンの言葉を思い出せって言ってたぜ」
タバサは目を閉じて思い出す。
「あの時ユニコーンは、『私が生かされていたのは、目覚めたマーテルの病を治すため』と言っていました」
ジーニアスが呟く。
「マーテル……あの樹の中心にいた人のことなのかな?」
リフィルは資料を高速で読み込んだところで本を閉じる。
「ダメね。もっと詳細な資料が必要だわ」
ミトスは言う。
「ボク、カーラーン大戦の資料の大部分は、テセアラ王室が編さんして保管しているって聞いたことがある」
ロイドは目を見張る。
「ミトスって、ほんと物知りだな。……まあいいか。なら、次はメルトキオに行かなきゃいけないってことか?」
しいなが唇をかむ。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってことだね」
ジーニアスは言う。
「なら、ミトスを巻き込むわけにはいかないよ。……タバサ、『ルーラ』でアルテスタさんの家に送ってあげて」
「うん、わかった」
こうしてタバサは、ミトスと2人で先に資料館の外に出る。この邪悪極まりない雰囲気が一向に消えない少年とともに。本音を言えば、彼を遠ざけられるのは精神的にとても嬉しかった。
外でミトスは、ふとタバサに訊ねる。
「ねえ、タバサ。ジーニアスのことが好き?」
神経過敏になっていたタバサは、その突然の問いかけに過剰反応する。
「へ!? あ……! ……うん」
フラノールでのキスのことを思い出して赤面しながら、タバサは頷いた。
ミトスはそんなタバサを見て、淋しげに微笑む。
「そっか……。じゃあ、コレットさんだけじゃなくて、きみもちゃんと生き延びないとね。気を付けて」
「あ……ありがとう……」
不吉な予感しかしない男の子からこんな言葉をかけられるとは思わず、タバサは本当に何を信じれば良いのかわからなくなる。
ミトスは、じゃあお願い、と言ってタバサは『ルーラ』を唱えて、ミトスだけをアルテスタの家に飛ばした。
飛び上がって遠ざかる少年を見つめて安堵のため息をつくタバサに、
「行ったか」
という声が聞こえた。
タバサが振り返ると、忌々しげな表情で上空を見上げるゼロスの姿があった。
「ゼロスさん?」
ゼロスはいつもの軽薄な雰囲気を微塵も出さずに告げる。
「いつかのお返しになるけどよ、おまえ、そろそろ元の世界に帰った方がいいんじゃねぇの? なんならジーニアスと一緒に永久に」
タバサは目を見張る。
「クラトスさんと同じことを言うんですね。どうして急に?」
ゼロスは言う。
「それは、おまえ自身がいちばんよくわかってんじゃねぇのか? あのハーフエルフのガキを見て、露骨に怯えているおまえさんなら」
タバサは、「……気付いていたんですね」と俯きながら呟く。
ゼロスは、ふーっと、ため息をつく。
「クラトスの野郎と同じことを言うのは癪だが、おまえはもうそろそろ手を引いた方がいい。理屈はすっ飛ばすけど、俺もおまえが危険な気がするからよ」
タバサは、真剣な表情で頷く。
「わかりました。ではコレットさんの治療が終わったら、決断します」
タバサはゼロスに頭を下げて、資料館の中に戻っていった。
ゼロスは、タバサと分厚い扉一枚の距離ができた後に付け加える。
「ったく、今すぐにでも帰りゃいいのに。……コレットはどうにでもなるかもしれないけど、おまえはマジで危険なんだから」
その後、『ルーラ』でメルトキオに飛んで、相変わらず下水道からロイドたちは街中に入ろうとした。
ところが出口に続くマンホールの直前で、思わぬやり取りが聞こえてきた。
「これが約束の金だ」
「確かに」
一人の方は知らないが、もう一人の男の声には聞き覚えがあった。エクスフィアブローカーのヴァーリの声だ。
ヴァーリと因縁のあるプレセアとリーガルは、急速に怒りの感情がこみ上げてきた。しかし怒りで理性が埋め尽くされることはなく、前回逃げられたからこそ、確実にここで奴を仕留めようという冷静さも出ていた。
一行はその場で立ち止まり、息をひそめる。
何も気付かないまま、二人のやり取りは続く。
「あとどのぐらいで国王は死ぬんだ?」
ヴァーリは、「一ヶ月だろうな」と説明する。
すると相手はじれったそうに、「まだそんなにかかるのか」と言う。
ヴァーリはなだめるように言う。
「我慢してくれ。国王を病死に見せかけるためだからな。だが遅効性でも、確実にくたばる毒なのは保証するぜ」
相手はそれを聞いて納得したようだ。
ここで、ゼロスがリーガルとプレセアの肩を叩く。もう行こうぜ、という合図であった。
「健康優良体の王様が病気だなんて、ヘンだと思ってたぜ」
ゼロスに押されつつ、プレセアとリーガルは足音を大きくしながら近づいていく。
ここで覆面を被った男とヴァーリが驚いて振り返る。
ゼロスは場違いなほど陽気に挨拶する。
「いやー、どうもどうも! 教皇さまが城門から出入りできないようにしちまったもんだから、俺さまたちこの下水道から街に入る必要があってな~!」
ヴァーリは、ちっ、と舌打ちしてからナイフを抜く。しかし、
「ぐおっ!?」
タバサの『ヒャダルコ』で二人もろとも氷漬けにされて、ヴァーリはナイフを落としてしまう。
あとは、プレセアとリーガルの独壇場であった。
プレセアが、
「消えなさい!」
と叫んで、ヴァーリを『孤月閃』で下から上へと斧で斬り裂くと、
「飛葉翔歩! ……三散華!」
背後に回りこんだリーガルが鋼鉄の付いたレガースで三度蹴りつけ、ヴァーリを下水道の床に叩きつけた。
ヴァーリは最期の最期に悪態をつく。
「馬鹿な……この俺が……腐ったアリシアのように……」
プレセアがトドメの斧を振るう。
「アリシアを侮辱しないで!」
ヴァーリは背中を真一文字に斬り裂かれて、永遠の闇の世界へと向かった。
もう一人いた男は逃げようとしたところをゼロスの魔神剣による剣圧に足下をすくわれて、彼に背中を踏みつけられる。
「ひい……殺さないで……」
ゼロスはその男を見下ろしながら言う。
「殺さねぇよ。テメェが教皇さまの元に案内してくれればな」
男は、何でもします何でもします、と繰り返した。
ここで書くのは憚られるヴァーリの死体処理をしたあと、ロイドたちはマーテル教会の奥の部屋へと向かった。
捕らえた男に「教皇様、ドップです。例の件で参りました」とドアをノックさせて、「遅かったな、入れ」という了承を得た後、ロイドたちは教皇の部屋に雪崩れ込んだ。
「な、なんだ!?」と金色の法衣をまとって座っていた教皇は、素早く回りこんだロイドによって、床に顔から叩きつけられた。
ゼロスは床に倒れた教皇に対して屈み込む。
「これはこれは遅れて失礼しましたね、教皇さま♡」
教皇はゼロスを認めて大きく目を見開く。
「貴様ら! 指名手配犯どもがこのわしに……!」
ゼロスは、実に楽しそうに言う。
「いやいやいやいや。さすがに国王陛下を毒殺されようとしている教皇さまには敵いませんよ。……この男がみんな証言してくれました。毒薬もあなたの机の引き出しにあるそうですね。さらに解毒薬も」
教皇の顔が、これ以上なく醜く歪む。
そんな教皇を射貫かんばかりの目で睨みつけながら、ジーニアスは問いかける。
「ボクもあんたに訊きたいことがある。ーーどうしてケイトさんを処刑しようとしたの! あんたの娘だろ!」
教皇は、ジーニアスに目を向けることなく怒鳴りつける。
「うるさい! 貴様に何がわかる! 自分だけが年老いていき、自分の血が流れる子どもが年を取らずにそのままだという気持ち悪さが……」
ジーニアスは思わぬ反撃に顔をしかめながらも、顔を赤くして怒鳴って反論する。
「そんなの……。だって、ハーフエルフはそういう生き物なんだ! エルフの1000年生きる長命の性質を継いでいるんだから!」
教皇は忌々しげに語る。
「わしだって若い頃はハーフエルフを差別する制度は間違っていると思っていた。だが、自分がハーフエルフの娘を持って実感したよ! 薄気味悪いハーフエルフは虐げられるべきだとな!」
ロイドがここで、「黙れ!」と教皇を怒鳴りつける。
「テメェが感じたことをハーフエルフ全員にぶつけてるんじゃねぇよ! おまえみたいなのがいるから、クルシスやディザイアンのような人間に復讐するハーフエルフが現れるんじゃねぇか!」
しかし教皇は、一片も悔悟の言葉を述べることはなかった。
「ちっ、これで終わりか。ハーフエルフをもっと虐げる仕組みを早急に進めるべきだったな……」
その後、教皇は国王を毒殺しようとした罪で拘束された。リーガル曰く、死刑はやむを得ないだろうとのことであった。
ロイドたちは、王女ヒルダ姫を介して毒に苦しむ国王に解毒薬を渡して、その病気を回復させた。
国王はそれでも自らを救ったゼロスに憎々しげな目を向けたが、ロイドたちのテセアラに対する反逆罪の認定の取り消しの決定と、勇者ミトスとカーラーン大戦の資料の閲覧の許可は認めてくれた。
ひとまずロイドたちは大手を振って、テセアラ中を歩けるようになったのである。