【完結】『理想郷』を求めて   作:hobby32

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36話:黒幕

救いの塔を出た後、タバサは急いで『ルーラ』を唱えた。もちろんアルテスタの家に向けて。

ユグドラシルのエターナルソードによる妨害は、なかった。

 

コレットを背負うロイドは蹴飛ばしてアルテスタの家の扉を開ける。

そして、必死の形相で叫んだ。

「アルテスタさん! コレットが倒れちまった!」

 

アルテスタは2つの材料が入った袋を持ってすぐさま動くと、ベッドまで案内した。この前、リフィルを寝かせたベッドである。

リフィルは、最後の材料であるマナのかけらを見せながら、アルテスタに頼みこむ。

「ルーンクレストを作って欲しいの。作り方は私の頭の中に入っていますから」

 

アルテスタは首まで結晶化し始めたコレットを険しい表情で見つめる。

「わかった。さっそく取りかかろう。他の者たちは部屋を出なさい」

 

 

 

それからはただひたすら沈黙の時間であった。

親しい人の手術中のように、ロイドたちは沈痛な表情でずっと祈りながら待っていた。

 

そのうちに、もしもコレットさんが死んじゃったらと思ってしまい、タバサは涙をこらえきれなくなり、こっそりと泣くべくアルテスタの家の外に出た。

 

しばらく夕方の空気に触れながら涙を流し続けていたタバサは、ハンカチで涙などを拭いたあと、呼吸を整えてからアルテスタの家の中に戻ろうとした。

 

すると、

「ひゃっ!」

 

タバサは家の玄関口に、相変わらず邪悪な気配をまとわすミトスを目にして、思わず後ずさった。

 

ミトスは安心させるような笑顔を向ける。

「びっくりさせてごめんね。コレットさんなら、きっと大丈夫だよ。だから安心して」

 

タバサは何度も頷く。嫌な冷や汗を背中に感じながら。

「う……うん、そうだよね」

 

ミトスは玄関口を開けた。それは男の子が女の子に対しておこなうものとしては紳士的な行為であったが、ミトスがやると、まるで地獄への扉を開けているようにしか見えなかった。

その中に信頼の置けるたくさんの仲間がいるというのに。

 

それからまた時間を置いて、コレットたちがいる寝室の扉が開かれた。

ロイドたちは皆、我先にと、出て来たアルテスタに詰め寄る。

 

ロイドが大声で訊ねる。

「コレットは!?」

 

アルテスタは落ち着いた声で言う。

「治療は完了した。今は眠っておるが、次に起きたときにはコレットの体は元通りだ。クルシスの輝石も要の紋によって完全に管理されている」

 

この言葉によって、ロイドたちの誰もが、安堵の息を吐いた。

 

タバサは即座に「よかった」と呟き、安心感から脱力してその場に座りこんだ。

 

ロイドも、「よし!」とガッツポーズをする。

「これでもうコレットは苦しまなくていいんだな」

 

ゼロスはいつものように笑いながらおねだりする。

「よかったよかった! んじゃ、メシにすっか。ジーニアスくんに、リーガルよ~、なんか作ってよ。俺さまも手伝うからさ~」

 

ここで『シスター』も、「私もお手伝いシまス」と言って台所へと向かう。

 

ロイドたちは、ジーニアスたちの作った料理を安心感からたくさん平らげた。コレットの席が空いているのが気がかりだが、リフィルもダメ押しで大丈夫だと言ったからには大丈夫なんだと誰もが思い、安心してベッドへと向かった。

 

 

 

 

その夜。誰もが疲労や安心感から安らかな眠りに就いていると、タバサは揺すり起こされた。

 

「タバサ……ちょっといいかな?」

微かなミトスの声であった。

 

「ん……!?」

タバサのまどろみは一瞬だけだった。ミトスの禍々しい気に当てられて、すぐさま覚醒した。

 

そして、慌てて訊ねる。

「な、なに、なんですか……?」

 

ミトスは安心させるような笑顔を向ける。ちっとも安心できなかったが。

「ちょっと『ルーラ』で行きたい所があるんだ。一緒に来てくれないかな?」

 

タバサは周囲を見回す。月明かりが窓から射し込む所以外は暗くて、他の人たちは寝息を立てるかいびきをかいていた。

「こんな夜中にですか?」

 

「うん、ごめんね……」

 

謝るミトスに、タバサは逡巡した。

こんな禍々しい気配を放つ少年と本音を言えば2人でなんかいたくない。

だが、ミトスは落石から『シスター』を庇い、リフィル先生を治すためのファンダリアの花を一緒に探してくれた。

……そう考えれば、たぶん善い人なんだろう。そう思うことにした。

ーーすぐに後悔することになったが。

 

 

 

「どちらに向かわれるんでスか?」

いつもの桃色のマントを羽織り、支度が完了したタバサは、ミトスと共に家を出る直前、椅子に座る『シスター』から声をかけられた。彼女が寝る必要の無い自動人形であることはタバサも知っていた。

 

ミトスは笑顔を見せて答える。

「ちょっと、もう一回タバサの世界に行ってみたくなったんだよ」

 

『シスター』は深く追及することなく、「ソうでスか」と相変わらず機械的なイントネーションで返事をした。

「では、お見送りシまス」

 

ミトスは、「ああ、頼むよ」と言った。

 

『シスター』が一緒で、タバサはほんの少しだけ安心した。

 

 

 

ミトスとタバサと『シスター』は、アルテスタの家の外に出た。

 

ミトスは少し前を歩き、タバサに背を向けたまま、月明かりを独占するような位置に立った。

 

タバサは、ミトスに何の気なく訊ねる。

「それで、どこにーー」

 

しかし、タバサの声は途中で中断させられた。

それは、これまでに見たことがない邪悪な笑顔を浮かべたミトスが、異常な速さでタバサの細い首に手をかけたからだ。

「うっーー」

 

タバサは首を襲う強烈な締め付けに、瞬時に自分の不覚を悟ったが、もう遅かった。

ミトスの魔手によって、あっという間に足が地面から離れる。

タバサはミトスの手を、白い手袋をはめた両手で必死につかんで、宙に浮いた足を素早く動かしてもがいたが、その抵抗はあまりにも弱かった。

 

ミトスは、高らかに笑う。

「あははは。やっと捕まえたよ、『理想郷への鍵』。死なないかどうかずっとヒヤヒヤしてたけど、さすがだね、ここまで生き延びてくれてありがとう」

 

『シスター』は、ミトスが、自分を落石から身を呈して守ってくれた少年が、女の子の首を絞めて哄笑を上げる姿をにわかには受け入れられなかった。

 

それでしばらく呆然と見つめていたのだが、

「な、何をシているのでスか、ミトスサん!」

と、戸惑いながらも咎めの声を上げた。

 

しかしミトスは横目で『シスター』を汚らわしそうに一瞥すると、

「うるさい!」

左手の人差し指からまばゆい光弾を放って、『シスター』を開けっ放しだった玄関から大きな食卓を越えて奥の壁まで叩きつけた。

その瞬間、『シスター』が背中から壁に衝突する轟音が上がった。むろんこれもミトスの計算通りである。

 

ミトスは、意識に暗闇が混じり始めた少女に楽しそうに語りかける。

「きみはずいぶんと色んな人間牧場を壊したりしてくれたみたいだけど、きみが来てくれたらもう何もかもどうでもよくなったんだよ、千年王国計画なんてね。……ボクね、そろそろ生きるのに飽きていたんだ。それなのにエンジェルス計画は、まだボクに長生きしろと言わんばかりの長ったらしいもの。でも『差別のない世界を見たい』と言っていた姉さまのためには、仕方がないのかなと思っていた。けど、きみが『理想郷』からやって来てくれたおかげで全部が変わったよ。おまえと神子を捕まえれば、それですべてが済むんだからな!」

 

 

 

ロイドたちは、『シスター』が壁に叩きつけられる衝撃音で瞬間的に飛び起きた。

 

そしてまず、壁に背中からもたれかかるようにグッタリとしている『シスター』に駆け寄った。

 

両腕が外れて金属片や何本もの導線が見える『シスター』に、ロイドは屈んで呼びかける。

「おい、大丈夫か! 何があったんだ!?」

 

『シスター』は壊れかけの、途切れ途切れの声で答える。

「ミトスサん……私を助けてくれまシた……ミトス……ミトス……」

 

ロイドたちはその返事から、とっさにミトスに何かあったのかと思い、開けっ放しの玄関口に気付いて駆け寄った。

 

だがそこで見たものはーー

 

「ミトス……何を……しているの?」

ジーニアスが、全く信じられないという声で問いかける。

 

ミトスは、既に意識を刈り取ったタバサを肩に担いでいた。

 

それからジーニアスたちに向けて月明かりをバックに、酷薄な笑みを向ける。

「やあ、ジーニアス。おまえの存在は、このボクを見てビクビクしている『理想郷への鍵』と接触するのに、実によく役に立ってくれたよ」

 

プレセアが目を大きく見開く。

「その言い方……ロディルと同じ……」

 

ミトスはここでまたしても高らかに笑い声を上げる。

「あははは。ホントに、生きるのに飽き飽きしていたボクにとって、とんだプレゼントが舞い込んできたものだよ。こいつがいれば、『理想郷』へ行ける。こいつの『ルーラ』があれば……」

 

リフィルは、胸中の激しい動揺を抑えながらも、落ち着いた声で言う。

「無駄よ。『ルーラ』はタバサが連れて行きたい人しか飛ばすことができない。その子を捕まえて脅しても何の意味もないわ」

 

だが、それでもミトスの笑みは崩れない。

「そういう報告はとっくに受けていたさ。こっちとしても、この劣悪種が素直に『ルーラ』を使ってくれるとは思わなかったし、そもそもいちいち劣悪種に『ルーラ』を使ってくれとお願いするなんて反吐が出る。なら、話は簡単だ。こいつの『ルーラ』を“奪えばいい”。特殊な機械を作らせたんだ。ーー体内のマナを根こそぎ奪い尽くすことによって、他の奴から強制的に魔法を奪える機能を持つ装置をね」

 

ロイドたちはたじろぐほど驚愕する。

 

ロイドは眉を尖らせて叫ぶ。

「テメェ! そんなことのためにタバサを殺す気か!!」

 

ここで初めてミトスは、笑みを消した。

「“そんなこと”? “そんなこと”だと? ボクが4000年間、どれだけ待ち焦がれたと思っているんだ。ハーフエルフの差別のない世界を! 薄汚い人間から虐げられる世界から脱却することを!」

 

リーガルがここで気付く。

「4000年間? まさか貴様が勇者ミトスなのか!?」

 

ミトスはさらりと答える。

「そうだよ。ほら……」

 

ミトスの体が白い光に包まれると、その背中から虹色の透き通った羽が生えてきた。

 

それからミトスはロイドたちに背を向ける。その肩には意識のないタバサの姿があった。

「じゃあ、そろそろ行かないと。これ以上、話すこともないからね」

 

ほとんど音もなく飛び立とうとするミトスに、ジーニアスは「待って!」と叫んだ。ミトスはそれで動きを止める。

 

ジーニアスは涙ながらに懇願する。

「ミトス! タバサを返して! タバサは、ボクたちハーフエルフを分け隔てなく受け入れてくれるんだから。こんなことはやめて、フウジ山岳に行った時のような幸せな時間を……」

 

ここでミトスは少し寂しげに言う。

「そうだね、ジーニアス。4000年前にきみとタバサが生まれていたら、そんな時間も幸せだと思えたかもしれない。けれど、もう遅い、遅いんだよ」

 

そう言い残して、ミトスは天使の羽をはばたかせて飛び立っていった。タバサを担いで月の方角へと。救いの塔の方へと。

 

ロイドは、すぐさまウィングパックからレアバードを取り出す。

「急ごう! このままじゃタバサが殺されちまう!」

 

 

 

レアバードでの飛行中、リフィルはみんなに叫んで警告した。

「これは、ワナよ! ミトスは静かにタバサをさらうこともできたのに、わざわざ私たちに長話をした! これは私たちを、いえ、コレットを救いの塔に誘き寄せるためのワナなのよ! みんな、そこは重々警戒して!」

 

ジーニアス以外は、各々返事をした。

 

ジーニアスは、姉の警告を聞きながらも、地獄のどん底に叩き落とされたかのように絶望していた。

 

レアバードに乗ると、いつも背中に抱きついてくる、高いところが苦手な女の子の温もりが、今はない。

友達だと思っていた少年は、クルシスの首魁で、あろうことか自分の恋人をさらっていき、『ルーラ』を奪うためだけに殺そうとしている。

 

これが夢なら、すぐに覚めて欲しい。こんな悪夢は要らない。起きて、病気が治ったコレットがいて、タバサも含めたみんなで喜んで、ミトスとも『シスター』とも喜んで……。そんな当然のように思い描いていた時間は、もはやとてつもなく遠い『理想郷』のように思えてきた。

 

(ボクは……良いように利用されていただけなんだ……)

ジーニアスは悔しさを超えて、不甲斐なさで胸中が満たされる。

 

そうなのだ。ボクの存在が、ボクたちの中にミトスが入り込めた大きなきっかけをつくったんじゃないか。ミトスの天使からオゼット焼き討ちを受けたというデタラメを鵜呑みにして、初めてのハーフエルフの同年代の友達だとはしゃいだのがいけない。

ボクはーーさぞや美味いダシだっただろう。アイツは最初から、コレットとタバサをさらうことしか考えていなかったのに、ハーフエルフの友達として夢中になったのが痛恨の極みであった。

 

タバサはミトスと接する時、いつもどこかおかしかった。ハーフエルフにも平等に手を差し伸べる彼女が、ミトスにはどこかビクビクして落ち着きがなくなっていた。根拠はなくとも、タバサは気付いていたのだ。ミトスが、邪悪な奴らしかいなかったディザイアンと人情味なき天使たちで構成されるクルシスの首魁であることに気付いていたんだ。

 

ああ! タバサは本当の意味でジーニアスだった。それに比べてボクは、ボクは……キスをしてくれた女の子の悩みにも寄り添ってあげられなかった、どうしようもない愚か者だ。それどころか邪悪極まりない敵の首魁が入り込みやすいように利用されて……! ジーニアスなんて名前はふさわしくない。唾棄すべきなんだ。こんな愚者に天才の名前なんて、最悪レベルで合わないんだ。

 

でも、どんなに惨めでも、どんなに辛い想いをすることになってもーータバサだけは救わなきゃ! それだけが彼女にできる唯一の罪滅ぼしだ!

 

ジーニアスは涙を空中に流しながら、レアバードのグリップを強烈に握り締めた。

 

 

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