【完結】『理想郷』を求めて   作:hobby32

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38話:大いなる実りの間

「やあ、思ったより早かったね。ーークラトスの裏切りのおかげか」

ミトスは、駆けてくるロイドたちに満足げな笑みを向けた。周囲にはユアンとボータが控えている。

 

「でも、残念だけど、もうきみたちにとっては遅いよ。今ようやく姉さまが目覚めるところなんだ」

ミトスがそう言った途端、巨大な青い花に接続されたカプセルが自動的に開いた。すると、すぐにコレットが立ち上がり、そしてミトスを見つめて言う。

 

「ミトス。あなたはーー」

その声は明らかにコレットのものではなくて、ロイドたちに間に合わなかったことを否が応でも悟らせた。ミトスの姉のマーテルの声なのだろう。確かに綺麗で澄んだ声だったが、ロイドたちにとっては絶望的な声であった。

 

ロイドが「コレット!」と叫んでも、コレットの体のマーテルはロイドを一瞥することなくミトスを見つめたままであった。

 

ミトスはそんなコレットの手を握る。

「話は後だ、姉さま! ……『リレミト』!」

 

すると、瞬時にミトスとコレットの姿は消えた。

 

ジーニアスは、ハッとする。

「それは、タバサの呪文……。タバサは!?」

 

この問いかけに誰をも答えることはなく、ジーニアスは自分で視線を動かして答えに辿り着かなければならなかった。

 

すると、透明なカプセルの中にがんじがらめに束縛されていて、頭を垂れているタバサがいた。

 

「タバサ!」とジーニアスがすぐさま駆け出そうとすると、その行く手をユアンとボータが塞いだ。

 

ジーニアスは狼狽えながら叫ぶ。

「なんで、なんで邪魔するんだよ!?」

 

ユアンは、剣を2つくっつけたダブルセイバーを構えながら言う。

「その娘には死んでもらわなければならない」

 

「どうして!?」

 

これには、太く赤い剣を構えたボータが答える。

「おまえたちがこの子を救えば必ずやユグドラシルを追いかけるだろう。そうなると、奴がこの世界を逃亡先として戻ってくる可能性がある。せっかく諸悪の根源が消えたのに、それでは無意味だ」

 

ロイドが憤りを叩きつける。

「そんな理由でタバサを見殺しにするっていうのか!!」

 

ユアンはほくそ笑む。

「ああ、この異世界の王女が死ねばーー」

 

ここでクラトスが抜刀してから口を挟む。

「ロイド、ジーニアス、時間が経てばタバサは死ぬ。ここで奴らの長話に乗るな。急いで蹴散らすぞ」

 

ここで、思わぬ声がここ大いなる実りの間に響いた。

「その通りだ!」

 

その声が聞こえた瞬間、ユアンの背中をマント越しにナイフが貫く。

「ぐはっ!?」

 

ナイフで貫かれたユアンは膝をつく。

すぐさまボータが、「ユアン様!」と駆け寄る。

だが、ユアンはそれを制し、すぐさま立ち上がってダブルセイバーを構え直した。

 

「ふん。やはり裏切るか、神子よ」

ユアンは忌々しげにゼロスを見つめた。

 

ゼロスは上の階から跳躍して、剣を抜きながらユアンに斬りかかる。しかし、それをボータの曲刀が受け止めた。

 

ボータとつばぜり合いになりながら、ゼロスは叫ぶ。

「おい、クラトス! ここは俺が引き受けるから、とっととタバサちゃんにマナを注入しろ!」

 

ユアンはダブルセイバーをもって、駆け出そうとするクラトスに剣を叩きつけた。

「そうはさせるか!」

 

ガチン、とクラトスの長剣とユアンのダブルセイバーが交錯し、火花が散った。

「手負いでも、貴様を止めることぐらいはできる!」

 

ここでジーニアスはとっさに、プレセアに駆け寄りその腰にいつも差しているナイフを抜いた。

「プレセア、これ借りるよ!」

 

プレセアの返事を待つことなく、ジーニアスはナイフを持ったまま、縛られているタバサのもとに駆け寄った。

 

「させるか!」

ユアンは、すぐさま身を翻してジーニアスに迫ろうとする。

それをロイドの双剣が止めた。

 

ロイドはとっさに叫ぶ。

「クラトス! ここは俺たちが食い止める! タバサを頼む!」

ロイドのかけ声を合図に、しいな、プレセア、リーガルもユアンを囲んだ。

 

クラトスは「……わかった」と返して、ジーニアスの元に駆け寄る。

 

しかし、ここでユアンが突如として天使の羽を広げた。

「……『シャイニングバインド』!」

 

「ぐああっ!?」

ロイドの悲鳴を筆頭に、一瞬で天使の鎖で絡めとられたロイドたちは、ユアンが自らを中心に放出した光の大爆発で、たちまち壁まで叩きつけられた。

 

クラトスはここで思わず、ロイドの方を振り返ってしまう。

「ロイド! ……くうっ!」

 

この隙によって、クラトスはまたしても、ユアンのダブルセイバーを長剣で受け止めなければならなかった。

 

ゼロスの方も、もともと単独で戦うことに慣れていなかったため、ボータの重量のある剣を受け止め続けるのは厳しかった。しかし、もはや執念で剣を振るって、ボータをタバサとジーニアスの元に近づけるのは辛うじて阻止し続けた。

 

リフィルはロイドたちに治癒術をかけるのに追われる。しかし、ユアンの『シャイニングバインド』は強烈な威力で、ロイドたちはにわかには立てなかった。

 

クラトスは戦況を見て、もはやジーニアス以外に縋る者がいないことを悟る。

「ジーニアス! タバサの縛めを解かなくてよい! 彼女を抱擁して、おまえの体内のマナを操ってタバサの体に注入しろ!」

 

「わ、わかった!」

ジーニアスはとっさにナイフを投げ捨てた。

 

ゼロスはボータの猛撃に耐えながらもクラトスに叫ぶ。

「おい、話が違うぞ! それだとジーニアスが死んじまうじゃねぇか! 俺は認めねえぞ、そんなの!」

 

クラトスは叫び返す。

「もはやタバサを救うにはそれしかない!」

 

ゼロスはあらん限りの声を張り上げて叫ぶ。

「やめろ、ジーニアス! おまえが死んだら、タバサちゃんが悲しむだろうが!」

 

ジーニアスは、あまりにも裏切りと寝返りが多すぎてすべての状況を飲み込めはしなかったが、剣戟が絶え間なく耳をつんざく音を聞きながら、場違いなほど晴れやかに笑った。

「ゼロス、ありがとう。……でも、いいんだ。今回のことはボクのせいだし、ボクよりもタバサが生きてくれた方がずっといい」

 

「ジーニアス! ……ぐはっ!」

ジーニアスを必死に止めようとしたことが仇となり隙ができたゼロスは、ボータの岩砕刃をまともに食らい、倒されてしまう。

 

ジーニアスは、カプセルを開けてタバサに抱きつき、冷たくなっている彼女の体を温めるつもりでーー自らの体内のマナを一気に放出した。

 

淡い水色の光が、2人の間で明るく輝く。

瀕死のタバサを救うべく、ジーニアスのすべてのマナを差し出した献身はーー確かにタバサに届いて、彼女の体がみるみるうちに温かくなっていく。

それと引き換えに、ジーニアスの体は前のめりに倒れていく。

 

「ん……」

心臓が動き出したタバサは、ゆっくりとまぶたを開けていく。

その途端に、自分が立ったまま縛られていることと、ジーニアスが目の前で倒れ伏していることに気が付いた。

 

「ジーニアス!? どうしたの!」

 

クラトスは哀しそうに呟く。

「……目が覚めたか」

 

タバサは、必死に呼びかける。

「ジーニアス! ねえ! 目を開けてよ!」

 

ユアンは、その少女の大声に「ちっ」と舌打ちする。

 

しかし、クラトスをいなすことはできず、代わりに向こうの剣戟が聞こえなくなったことに気付いてボータに指示を出す。

「ボータ、タバサを殺せ」

 

ボータはすぐさま頷く。

「了解しましたぞ」

 

ここで倒れているゼロスが、おぞましいほどの怒りの形相でボータの足をつかもうとするが、ボータは易々とかわしてゼロスの握る手は空を切る。

「くそっ!」

 

すると今度は、クラトスが鬼のような凄まじい形相でユアンを怒鳴りつけた。

「1人の少年が命を投げ出して救った少女を、貴様らはすぐさま殺すというのか!」

 

ユアンは冷徹に言い切る。

「それが世界のためだ」

 

タバサにもその言葉は届いてしまった。

「え、うそ……。ジーニアス!」

 

しかし床に倒れ伏してしまったジーニアスは、ピクリとも動かない。

「ジーニアス、ジーニアス!」とタバサがいくら叫んでも、愛する少年が起き上がることはなかった。

 

 

クラトスは、束縛されて動けないタバサに駆け寄っていくボータに近づこうとした。しかしそれは、ユアンに阻止される。

「くっ! 邪魔だ!」

 

感情に飲み込まれて目の前の強敵に隙を見せるクラトスではなかったが、しかしこの状況を打開できるほどの力の差がない。

 

タバサは、大剣を持って近づいてくるボータに涙声で叫ぶ。

「わたしのことは殺してもいいから、ジーニアスを助けて!」

 

ボータは、ふっ、と笑いながら呟く。

「……おまえたちは、本当にそっくりだな」

 

ここで、ドンと大剣が床に落ちる音が響く。ボータが剣を落とした音だ。

 

そして、ボータはクラトスと戦っているユアンに振り返って、謝罪する。

「ユアン様。申し訳ありませんが、私事ながら、やらなければいけないことができました故、あなた様からの任務を果たせぬことをお詫び申し上げます」

 

ここでユアンは、初めて驚愕の表情を浮かべた。

「ボータ! どういう意味だ! くっ!」

 

ユアンのできた隙を見逃さず、クラトスはユアンのダブルセイバーを弾き飛ばした。ダブルセイバーはぐるぐると回り、大いなる実りの間と奥の壁へとぶつかった。

 

ボータは、ユアンに背を向けて続ける。

「私の命はこの2人ーージーニアスとタバサに救われました。絶海牧場での恩を私は忘れられぬのです」

 

ボータは床に座りこみ、小さなハーフエルフの少年の瀕死の体を優しく抱き起こした。仰向けにして、瞳を閉じているジーニアスの顔に付いているホコリを払う。

 

タバサは、感動の面持ちでボータを見つめる。

 

ボータは、ロープで縛られているタバサを見上げて言う。

「……マーテル教会の聖堂で祭司たちを殺して申し訳なかった。私にはこれ以上の償いはできぬが、許してほしい」

 

それからボータは、自らのマナをジーニアスに注入していく。

青白い光が2人の間を包みこんだ。

 

 

そして、ボータはジーニアスを潰さないように最期まで気を付けながら、彼の脇にうつ伏せで倒れ込んだ。

 

間もなく、ジーニアスの心臓が動き出し目が覚める。

 

「うっ……あれ?」

ジーニアスは、生きている自分を不思議に思いながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「ジーニアス!」

タバサは、よかった、とは言えなかった。ジーニアスの足下に命を投げ出したボータの体があったのだから。

 

ジーニアスは縛られているタバサを目に留めて、すぐに彼女の脇に落としたプレセアのナイフを手に取る。

「今、ほどくから!」

 

タバサは、「その前に」と首を振った。静謐な声でジーニアスに呼びかける。

「見て、あなたの足下のボータさんを」

 

ジーニアスは足下に目を向け、ボータのたくましい体が倒れていることを認めた。

 

タバサは悼む声で言う。

「ボータさんは、倒れているあなたにマナを注入してくれたの」

 

ジーニアスは一瞬だけ驚きで目を見張ったが、すぐに納得する。

「そうか、ボクらがロディルの牧場でガラスを破ったから……」

 

タバサは小さく首を縦に動かす。

「そう。マーテル教会の聖堂で祭司さんたちを殺したことも謝ってくれたよ」

 

ジーニアスはそこまで聞くと、申し訳なさそうに目を伏せる。

「……それでボクのために命を投げ出してくれるなんて、想像もしなかった」

 

タバサはここで体を揺する。

「さあ、私のロープを切って。それから一緒にお祈りをしよう」

 

ジーニアスは「……わかった」と力強く頷いて、タバサの体に傷を付けないように、慎重にナイフでその縛めをほどいてゆく。

 

解放されたタバサは、体全体の強い痺れを我慢しながら、ジーニアスと一緒にボータの側に跪いて祈りを捧げた。

 

2人が祈っている空間は、先ほどまでの激戦が嘘のように静まりかえっていた。

 

クラトスは、呆然と座りこんでしまっているユアンに問いかける。

「貴様はどうするのだ?」

 

ユアンは、すでにロイドたちが起き上がって、それぞれの武器を構えながらこちらを睨んでいる姿を一瞥してから答える。

「もはや、おまえたちと事を構える力も動機も無い。私に逆らった部下の墓作りでもするさ。ーーああ、おまえたちは手伝うな。私一人でやる。おまえたちは、ミトスを追うがいい」

 

そうしてユアンは、天使の羽を出してボータの遺体を抱え上げながら、大いなる実りの間から去っていった。

 

 

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