タバサの『リレミト』で一行は脱出したが、脱出直後にタバサは地面に膝と両手を付いて倒れてしまう。
ジーニアスが慌てて駆け寄るも、彼もまたタバサの近くで転んでしまった。
クラトスは2人の様子を見て言う。
「おそらく、他人のマナを注入されたことにまだ体が慣れていないのだ。時間が経てば大丈夫だろうが」
リフィルは提案する。
「なら仕方ないがないわね。ここから近いサイバックまで行きましょうか。ロイドはジーニアスと、私がタバサと一緒にレアバードに乗るわ」
ロイドは訊ねる。
「コレットは大丈夫なのか!? マーテルと同化しちまって……」
これにはゼロスが、コレットの胸元にあったクルシスの輝石を取り出して答える。
「このおっさん曰く、コレットちゃんのクルシスの輝石を元通り装着すれば、大丈夫らしいぜ」
クラトスは付け加える。
「コレットのクルシスの輝石に彼女の精神が宿っている。だが、死んだ人の精神を固有マナの近い肉体に移すことは、前例のないことだ。何が起こるかはわからん。急いだ方がいいのは変わりない」
リーガルはそれでも言う。
「だが今は、この天晴れな子どもたちを休ませることを優先すべきだ。我々も消耗しているから、このままではミトスと戦っても負けるだろう」
しいなは、そうだねぇ、と同意したあと、ゼロスを睨みつけながら言う。
「このアホ神子から聞きたいこともたっぷりあることだし、さっさとサイバックに行こう」
それで一行は、レアバードでサイバックに向かった。
サイバックの宿屋で、ロイドたちは、クラトスとゼロスとユアンとミトスについて順々に訊ねた。
ロイドはクラトスに、どういう目を向ければ良いのかよくわからないまま訊ねる。
「……結局、クラトスのおかげで救いの塔は何とかなったけど、あんたはなんでミトスに協力しなかったんだ?」
クラトスは答える。
「私は、ミトスがこの世界を無視して、『理想郷』に旅立つことが許せなかったのだ。クルシスの指導者としての役割を放棄し、自ら発案した千年王国計画をも投げ打ち、そして直接・間接的に数多の人間を殺戮しておきながら、あまつさえ2人の少女を利用して、姉のマーテルと共に『理想郷』に逃避することなど、到底承認できなかった。だから今回、おまえたちと協力したのだ」
リフィルは、なるほど、と頷く。
「ミトスにとって、『理想郷』はそれほどまでに魅力的に映ったのね。何もかもを投げ打っても構わないほどに」
クラトスは付け加える。
「あれは、マーテルの遺言の『誰もが差別されることのない世界を見たい』というのを歪めて解釈したとおりのことをやったのだ。全ての知的生命体を天使化する千年王国計画もその一貫だった。だが、タバサの『ルーラ』でハーフエルフ差別の無い世界に行けることを知って、ミトスは全てを変えてしまった。……私は元より千年王国計画に賛同していなかったが、それでも夥しい数の犠牲を出しておきながら、その罪を清算しようともせず、『理想郷』にミトスが逃げることはどうしても許せなかった」
タバサは申し訳なさそうに目を伏せる。
「……ごめんなさい。だから、わたしに元の世界に帰るように何度も勧告したんですね」
クラトスは落ち着いた眼差しでタバサを見つめた。
「そなたが人々を救えば救うほど、私の中でも迷いが生じた。例えば、ロディルの人間牧場では、奴は囚人どもをまとめて海水に注入して殺す手段を持っていたことから、そなたの魔法なしでは300人以上も救えなかったかもしれぬ。しかしいくらこの世界で人助けをしたからといって、ミトスがそなたの魔法を奪い、『理想郷』へ逃避する計画自体は変えられない。帰らなければ、そなたはいつでも危険な状態であった」
ゼロスが付け加える。
「実際、コレットちゃんは俺さまが奪い返したクルシスの輝石を付ければどうにかなると思ったけど、タバサちゃんに関してはあの装置にかけられちまったら、誰かがマナを注入するしかなくなる。そんで、このおっさんがマナを注入して、命を落とす計画だったんだよ、当初は」
これには一同驚愕を露わにする。
ーーなぜクラトスがタバサのためにそこまで、という視線にクラトスは淡々と答える。
「私は、エターナルソードを扱えるようになるオリジンの封印そのもの。私が死ねば、封印は解除され、オリジンと他の者が契約することが可能となる。だから、タバサのためにマナを注入しても構わぬと判断した」
ここでゼロスは、「ほらよ、ロイド」とロイドに白い鉱石を放り投げる。
ロイドはそれを両手でキャッチする。
「これは?」
「そいつをドワーフの技術で精製すれば、人間でもエターナルソードが使えるようになるらしいぜ。このおっさん曰くな。エターナルソードが使えれば、2つの世界がマナを搾取し合う関係を改善できるってよ」
しいなが、大きく目を見開く。
「あんたたちは、ずっと裏切ったフリをしてたのかい?」
ゼロスは、これには首を振る。
「いいや。俺はずっとクルシスとレネゲードのスパイだった。今までさんざん足を引っ張ってきたのは、本当だ。だから、クルシスとレネゲードがやたらとこっちの動きを掴むのが早かったのは全部俺のせい。タバサちゃんが狙われるようになったのもな」
プレセアは頰笑む。
「でも結局、ゼロスくんは私たちの味方をすることを選んだんですね」
クラトスは言う。
「この神子は、妹の居場所をクルシスに捕捉されていたのだ。それに、タバサの『ルーラ』が異世界に繫がることで、クルシスをここまで激変させるとは当初は考えていなかった。……少なくともミトスが消えるまでは、スパイ活動をやめるわけにはいかぬ。致し方なかったのだ」
ゼロスがクラトスを睨みつける。
「ベラベラ喋りすぎだ、おっさん。……俺なんて、最低の裏切り者の称号で十分なんだよ。俺がいなけりゃ、ロイドたちはもっとスムーズに旅を進められていたんだから」
ロイドは、「それは違うぞ」と否定する。
「ゼロスがいてくれたから、俺たちはテセアラ王室ともスムーズに渡り合えたし、タバサも助けられた。俺はゼロスがいてくれて良かったと思っている」
ゼロスはロイドに背を向けた。
「……ハニーはお人好しだねえ~、つくづく」
クラトスが切り替える。
「さて、おまえたちとしては異世界に逃げたミトスを打倒し、コレットの精神を取り戻さなければ、成功とは言えまい。そこで訊ねたいのだが、タバサよ、ミトスが使えるようになった『リレミト』や『ルーラ』を封じ込めるすべはあるのか? あれらの魔法があれば、ミトスはいつでもどこでも逃げられてしまう」
タバサは自信なさげに答える。
「グランバニアのお城のわたしの部屋に魔封じの杖、というのが置いてあります。でも、呪文封印の対策や耐性がある場合、効かないですよ。実際、わたしの世界では強大な魔物たちに、呪文封印の魔法が効いたことはありません。仮に効いたとしても、ミトスがパナシーアボトルを飲んだら解除されるでしょうし」
クラトスは瞳を閉じる。
「そうか。敵が手にすると、厄介なものだな」
タバサは少し考えてから、再び口を開く。
「ただ、マスタードラゴンさまにお願いすれば、ひょっとしたら一時的にミトスの『リレミト』や『ルーラ』の力を打ち消すことができるかもしれません。元の世界での旅の最中、何度かそういう経験をしましたが、それは神さまの力なのではないかと思われます。確証はありませんし、マスタードラゴンさまがお力を貸していただけるかどうかはわかりませんが……頼めるだけ頼んでみます」
クラトスは目を開けて頷いた。
「そなたの世界の神頼みというわけか。それしかなさそうだな。ミトスを放置すれば、そなたの世界も大いに荒らされるやもしれぬ。奴は確実に仕留めなくてはならない」
タバサが了承すると、その日は早めに休むこととなった。
翌日、何とか体調が元に戻ったタバサとジーニアスの状態を確かめてから、タバサの『ルーラ』で皆、天空城へと向かった。
天空城はふだん『ルーラ』では行けない。“行ける”ということは、マスタードラゴンが招待しているということだ。
ロイドたちは初めて会う神さまに少し恐縮したが、マスタードラゴンは、実に楽しそうに異世界人たちを迎えてくれた。
そしてタバサが話し出す前に、ロイドたちが来た用向きを知っていた。ミトスはサンタローズの村にいること、戦いの際はあの一帯の『リレミト』と『ルーラ』は封じておくことを述べた。これにはロイドたちも驚かされたものである。スパイを放ってコソコソ情報収集をしていたクルシスとは大違いで、やはり本物の神さまは全知全能で格が違った。
マスタードラゴンはついでとばかりに微笑みながら付け加える。
「タバサよ。そなたは実によくやってくれている。そなたが無意識に救った街や人を挙げると、そなたたちがイセリアの人間牧場を破壊していなければ、マナの照射が続いて大樹の暴走が激しくなり、パルマコスタの街は壊滅していただろうし、そなたがミトスに拉致されることで、本来ならミトスの攻撃を受けていたアルテスタが重傷を負うことなく、彼はそなたと同名の自動人形の修理に勤しむことができている。そなたには苦労ばかりかけるが、礼を言うぞ」
クラトスは訊ねる。
「あなたにはすべてを予見できるのですか。ではこの先のミトスとの戦いの帰趨も見えているのですね」
マスタードラゴンは、むろんだ、と答えた後、真剣な眼差しになる。
「だが、未来とは無数に存在する。その全てを私は知ることができる。結局のところ、いま挙げた結果は、そなたたちがその都度その都度、奮闘努力した末に1つの道を選びとったものなのだよ。もちろんそなたたちの誰かがが旅の過程で死ぬ未来も私には視えていた。しかし、そうはならなかった。私はそなたたちの無数の未来を知ることはできても、どの未来を選べるのかはそなたたちの選択次第だ。これは私でもどうすることもできぬのだよ」
ロイドは納得する。
「やっぱり、そんなもんなんだな。俺たちが動かなければ未来は変えられないんだ」
マスタードラゴンは満足げに頷いたあと、
「さあ、もう行きなさい。私なんかと話すよりも、大切な仲間を早急に救いたいであろう」
タバサは深々と頭を下げて、「わたしを異世界に派遣してくださり、本当にありがとうございました」とお礼を述べたあと、天空城を出て、サンタローズ村へと『ルーラ』で飛んだ。