さて、イセリア人間牧場を潰し、マーブルたち収容されていた人間を解放して、イセリアの村まで護衛して連れて来たタバサたちは、村の英雄として万雷の拍手をもって迎えられるーーなどということはなく、コレットの家において、リフィル、クラトス、村長からしこたま怒られていた。コレットは困ったような笑顔を3人に向けていたが。
リフィルは怒りのあまり震えた声を出しながら、3人を見回す。
「なるほど。事情はわかりました。ーーつまるところジーニアス、あなたが半年前にマーブルさんにパンの差し入れに行ったのが今回の事件の引き金となったわけね」
ジーニアスは、後で何回お尻を叩かれるんだろうと恐怖しながらも認めた。
「そ、そうです、姉さん」
タバサは食らいつく。
「待ってください。ジーニアスが悪いというのなら、わたしも同罪です」
リフィルは鋭い睨みをタバサに移した。
「そんなことは百も承知よ。あなたがジーニアスを『ルーラ』で送迎しているところなんか簡単に想像できますから」
ロイドは、2人の12歳の少年少女に立ちはだかるように言う。
「そんなに2人を責めるなよ、先生。2人はかわいそうなマーブルさんにパンを差し入れていただけじゃないか」
村長は気色ばむ。
「その行為自体が、私が結んだディザイアンとの不可侵契約違反だと言うのだ。一歩間違えていたら、村は火の海だったのだぞ!」
クラトスが頷く。
「村長殿の言うとおりだ。おまえたちは、自分たちのやった行為とそれに伴う責任の結果について頭が回っていなかったと言える。最悪、おまえたちも殺され、村もディザイアンの襲撃を受けていただろう。いや、そうなっていた可能性の方が高いと言うべきか。とにかく、おまえたちは偶然生き残ったに過ぎん」
ロイドは不満そうに大声を上げる。
「なんだよ! じゃあ、2人がマーブルさんを見捨てて、知らん顔してりゃ良かったっていうのか?」
村長が平然とためらいなく頷く。
「そうだ。老婆1人の命と村人全員の命のどちらが重いと思っているんだ? 何もしなけりゃ平和なままだったんだよ」
ロイドは「なんだと!」と食ってかかりそうになるところを、リフィルが止める。
「待ちなさい、ロイド。ーーここで一つ授業をしましょうか。ジーニアスとタバサの行為について倫理的に考察しましょう。
功利主義、この場合は人命の数の観点から言えば、老婆1人のために多くの村人たちの命が失われる可能性の高い行為をしたのは、確かに愚行と評価されるわ。この点、村長さんの言っていることは正しい」
ロイドは「でもよぉ」と口を挟みかけたが、リフィルは制した。
「あなたの意見は、私の話を最後まで聞いてからにしてちょうだい、ロイド。ジーニアスとタバサのおこなった行為は義務論、すなわち目の前で苦しんでいる人間を助けるべきだというもの。ロイドとしてはこっちの観点から主張していることになるわね。そして、ジーニアスとタバサもそう」
リフィルはジーニアスとタバサを交互に見る。
「あなたたちは見方を変えれば間違っているし、見方を変えれば間違っていない。そもそも正解なんて存在しない領域に足を踏み入れたのよ。ーーその上で問いかけるのだけれど、あなたたちは自分のやろうとしていることの責任をどこまで自覚していたのかしら? マーブルさんを助けることは間違いではない。けど、村人たち全員の命を巻き込む可能性はあった。ーーその責任をすべて負う覚悟があなたたちにはあったの?」
ここでタバサは答える。
「以前から『ルーラ』で人間牧場を上空から眺めた時に、この規模なら潰せるかもしれないと思っていました。そのために、アップルグミやオレンジグミといった補給用アイテムを用意していました。いつ戦いになっても良いように、です。ーーですが、村人たちの命まで頭が回っていたかと言うと、わたしは“勝てる”としか考えていなかったので、そこに対する考察は足りていませんでした。その点は認めて、深くお詫び申し上げます」
タバサは、深々と頭を下げた。
リフィルは、なるほど、と頷く。
「12歳で大人のディザイアンの集団相手に勝てると思えるなんて、よほど自信があったのか、ただの傲慢なのか、あなたの場合は判断に迷うところね。備えをしていたのは間違いではないけれど、タバサの性格を考えると、人間牧場に囚われていた人をいつ救おうかとウズウズしていたように思えるわね」
タバサは、率直にそうだ、と思った。あんな人間牧場なんて絶対に潰してやりたいと、人間牧場の存在を知った時から思い始め、マーブルさんの窮状を知ってその思いをさらに膨らませたものだ。
とはいえ、“潰す”ことだけを考えて、不可侵契約違反によってイセリアの村人たちの命を考えていなかったのもまた事実である。その点は率直に認めて反省しなければなるまい。「助けたい」という感情が先走り過ぎたのは、確かに自戒すべきことであった。
リフィルは、ジーニアスの方を向く。
「ジーニアス、あなたは?」
ジーニアスは縮こまりながらも答える。
「ボクは……ただお腹を空かせているマーブルさんにパンを食べさせたい一心だった。少しでもマーブルさんに喜んでほしいと思っていて……でも不可侵契約を破ることは、悪いとは自覚していた。今にして思えば、タバサを巻き込んだのも、『ルーラ』が使えるから、マーブルさんを助けたい気持ちもあったけど、何よりもボクが逃げやすくするためだった。ボクはタバサのことを利用したに過ぎないんだ。姉さんの言う色んな視点なんてボクは考えていなかったよ。ーー自分のことしか考えてませんでした。ごめんなさい」
ジーニアスも深々と頭を下げた。
リフィルは、やれやれ我が弟ながら、と思いながらも村長に向き合う。
「今回の件は、教師として、またジーニアスの姉としての監督不行き届きがそもそもの根本原因です。私の教育がなっていなかった責任も重大です。村長さんには率直にお詫び申し上げます」
リフィルもまた深々と頭を下げて、ジーニアスは姉にそんなことをさせた責任から心が抉られる気がした。姉さんは悪くない、ロイドも悪くない、タバサも悪くない、悪いのは全部ボクなのに、と思わずにはいられなかった。
村長は3人の謝罪を見届けた上で処分を発表する。
「では、村長権限で処分を発表する。ロイド、ジーニアス、タバサの3人を1ヶ月の自宅謹慎の処分とする。3人ともその間、家でじっくりと今回の件を反省するように」
ここでクラトスが口を挟み、思いもよらぬことを言った。
「いえ、村長殿。この3人は神子の世界再生の旅に連れて行くことにします」
これには、その場にいた誰もが驚愕した。
ロイドが「いいのかよ!?」と思わず叫ぶ。
だがクラトスは厳しい目をロイドたちに向けた。
「おまえたちの魂胆はわかっている。世界再生の旅に同行したいからこんな無茶をしたのだろう。ーー特にタバサ。話を聞く限り、そなたはその気になれば、ロイドたちを逃がした後にマーブル殿を魔法で救うこともできたはずだ。それなのに人間牧場の制圧という大それたことをやってのけたのは、世界再生の旅に行くための実績を私たちに見せつけたかったからではないのか?」
図星を突かれたタバサは、慌てて首を振る。
「そ、それは違いますよ。わたしはそんなに頭の回転が速くないですし、マーブルさんが鞭で打たれているのを見ていられなかっただけで……」
クラトスは「フ」と微かに笑う。
「そうか。まあよい。とにかく、おまえたちを放置して旅立ったとしても、おまえたちは知恵を巡らせて、何としてでも我らに付いてこようとするだろう。それを逐一追い返すのも煩わしい。ならば問題児たちは、最初から監視下に置く方が良かろう」
ロイドは、目を輝かせて感嘆する。
「すげー、あんた話がわかるじゃねぇか!」
リフィルがピシャリと叱りつける。
「ロイド! クラトスはちっとも誉めてませんし、そもそも私は本当のところ今でも反対です。……まったく、大騒ぎを引き起こして世界再生の旅に付いてこようとするなんて、本来あるまじきことなんですからね。3人にはこれまで以上に厳しく接します!」
クラトスがコレットに目を向ける。
「神子に異存はないか?」
コレットは無邪気に喜んだ。
「ロイドたちとまだまだ一緒にいられて、私はとっても嬉しいです!」
リフィルは、「そういう意味じゃないんだけど……」と深々とため息をついた。
それからは人間牧場を破壊したことによる後始末が続いた。
クラトスは人間牧場内にはエクスフィアがあるはずだということでタバサと『ルーラ』で再び人間牧場に行って、ディザイアンの死体があちこちに横たわる中、要の紋のついたエクスフィアを回収して村に戻り、タバサ、ジーニアス、リフィルが装着した。タバサは左利きなので、左手の甲に付けた。
エクスフィアを装着すると、確かに体全体から力が漲るような気がする。タバサはまるで常時、力の増幅呪文の『バイキルト』がかかっているかのように感じた。
それからロイドがマーブルに説明したとおり、要の紋の無いエクスフィアは体に毒なので、イセリア人間牧場内に収容されていた人間全員の分のエクスフィアを取り外すため、クラトスはロイドの義父でドワーフであるダイクを、ロイドと共にタバサの『ルーラ』で飛ばしてもらって訪ねることとなった。
ダイクは、人間牧場を制圧したロイドを叱りつけたあと、その倍以上に誉め称えた。それから収容されていた人たちのエクスフィアの安全な取り外しについてはすぐさま快諾した。
それからクラトスが帰る際、ダイクの家の脇にある大きな墓に目を留めた。
クラトスは、自分を村まで見送りに来たロイドに訊ねる。
「あの墓は誰のものだ?」
ロイドはしんみりとした表情で答える。
「俺の母さんの墓だよ」
クラトスは「……そうか」と呟いたあと、おもむろに墓の方に向かい、しばらくじっと墓石を見つめた後、祈りを捧げた。
ロイドが静かな口調で「ありがとな」とお礼を言うと、クラトスは無言で首を振った。
一方でイセリアの村では、『ルーラ』でロイドとクラトスを送ったタバサが、夜に一人でベンチに座るジーニアスを見かけて、パタパタと走り寄ってきた。
「どうしたの、ジーニアス?」
暗い顔でうつむいていたジーニアスが、タバサを見上げる。
「ん……ああ、タバサか。さっきはごめんね。悪くもないのに謝らせちゃって。全部ボクのせいなのに……」
タバサは、ジーニアスの隣に腰かけながら笑顔で首を振る。
「ううん。人間牧場で苦しめられていた人たちはこれで解放されたわけだし、あれくらい大したことじゃないよ」
しかしそれでもジーニアスの顔は晴れない。
「タバサは……強いよね」
タバサはキョトンと首をかしげる。
「どうしたの、突然?」
ジーニアスは心の中に溜まったものを吐き出すように言う。
「だって、人間牧場を本当に潰しちゃうし、強そうなクラトスさんからも認められているし……ボクはタバサと同い年なのに、出来ないことばっかりだ。弱いよ」
タバサは笑顔で言う。
「今はそうかもしれないけど、ジーニアスはわたしよりこれからずっと強くなるよ。それに強さよりもずっとずっと大事なものをジーニアスは持っている」
ジーニアスは、「え?」と目を丸くしてタバサを見つめる。
タバサは自嘲して答える。
「わたしは弱虫なんだ。誰かが側にいないとすぐに不安になっちゃう。だから、ジーニアスが禁忌を破って1人でマーブルさんにパンを差し入れているって知った時、わたしよりずっとずっと勇敢だなって思ったの。わたしなら、わたし1人なら、人間牧場って聞いただけですくみ上がって、絶対に近づけなかったから。昔からずっと、わたしは心が弱いまま。誰かにすがりついていないと生きていけないの。今回のことだって、まずジーニアスがマーブルさんと人間牧場で友達になってなかったら、こんな結果にはならなかったよ。わたしはジーニアスに引きずられただけ」
タバサはジーニアスの水色の服のそでをつかんだ。
ジーニアスは、「そ、そんなことないよ。ボクは臆病さ」と照れくさそうに否定した。
タバサは少し頬を膨らませる。
「ちがうって言ってるのに……。まあいっか。それなら臆病者同士、これからの世界再生の旅をがんばろう……あれ、マーブルさん!」
タバサは、よろよろと、しかし笑顔を見せながら近づいてくるマーブルに駆け寄った。ジーニアスもすぐに続く。
マーブルは近づいてきた2人をギュッと抱き締めた。
「……こうして、フェンス越しじゃなくて、あなたたちを抱きしめられるなんて夢のようだわ。……ほんとにありがとうね、2人とも」
タバサは、はしゃぎながら「どういたしまして!」と叫んだ後、マーブルの体を気遣った。
「マーブルさん、お体は大丈夫ですか? かなりディザイアンたちに酷いことされてましたけど」
「大丈夫よ。お医者さまに診てもらったから……それより、どうしてもあなたたちにお礼を言いたかったの」
マーブルは、ジーニアスの銀髪をくしゃくしゃと撫でる。
頭に優しく温かい感触を受けたジーニアスは、突然体の中から涙がこみ上げてきた。
そして「マーブルさん!」と叫んで、マーブルに強く抱きついた。
マーブルのまだ人間牧場にいた頃から着ている灰色の服に、ジーニアスの涙が染み込んでいく。マーブルは微笑みながらずっとずっとジーニアスの後頭部を優しくさすり続けた。
タバサは、そんな2人を真心からの笑顔で見つめていた。
ジーニアスが泣き止むまでかなりの時間が必要だった。
それから3人はベンチに腰かけて、ジーニアスとタバサは自分たちも世界再生の旅に同行する許可が下りたことを告げた。
マーブルは哀しそうな笑顔となる。
「そうなの。私は傷が癒えるまでイセリアにいようと思っていたのだけれど、あなたたちは明日旅立っちゃうのね」
ジーニアスは申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。神子さまのコレットもボクらの友達だし、姉さんも旅に同行するって言うから……。マーブルさんはこれからどうするの?」
「私はもともとパルマコスタで雑貨屋を営んでいたの。だから体力が戻ったら、パルマコスタに帰ろうと思うわ。あそこには、娘も孫も待っているから」
タバサは顎に手を当てる。
「パルマコスタだとけっこう距離がありますね。海を渡らないといけないですし」
タバサはこの1年でシルヴァラントの地理を地図に載っている限りは頭に入れていた。未踏の地の分まではわからないが。
ジーニアスは訊ねる。
「タバサの『ルーラ』じゃ行けないの?」
タバサは、ごめんね、と言う。
「わたしはパルマコスタには行ったことがないから。仮に行ったことがあるにしても、街の記憶が不鮮明な状態で『ルーラ』を使うのは危ないのよ」
パルマコスタが世界最大の都であるということは、タバサも知っている。しかし、流浪の旅をしてきたとジーニアスたちには説明しているため、「『ルーラ』で行けないのか?」と追及されると、こうやって誤魔化す必要が出てくる。この1年ではあまり突っ込まれたことはないが、これからの世界再生の旅では訊かれることが増えるかもしれない、と覚悟した。
マーブルがゆっくりとベンチから立ち上がる。それをジーニアスが反射的に支えた。
「じゃあ、そろそろ私は学校に戻るわね。2人とも、旅の道中気を付けてね。世界再生の成功を私は毎日、マーテル様にお祈りするわ」
そして、ジーニアスが牧場収容者だった人間たちの一時宿泊施設となっている学校まで、マーブルを送っていった。
『シンフォニア』の物語は、「個人の命か、多数の命か」という倫理的問題が多く出てきたことが、プレーヤーの心に突き刺さったのかもしれませんね。
もっとも原作の展開だと、「マーブル事件」は倫理的問題には成り得ませんでしたが……。