その後、たくさんのケガ人と共にタバサの『リレミト』でサンタローズの洞窟を脱出した一行は、彼女の発案でグランバニアに行くこととなった。
「グランバニアには、優れた治癒術士であるお兄ちゃんがいますから」ということで、『ルーラ』で飛び立った。
しかし、グランバニアの城門前に着いた直後、青を基調とした服をまとった、タバサと同じ髪色の兄レックスが立っていた。
タバサが、どうして、と思ったのは一瞬であった。『ルーラ』で飛び立てたことも含めてマスタードラゴンさまの取り計らいなのだろうと思ったから。
タバサに言われるまでもなく、ケガ人に気付いた双子の兄レックスは、ひとまず全員に『ベホマラー』をかけたあと、重傷者に個別に『ベホマ』をかけていく。たちまち全員、傷ひとつなくなった。
それからタバサが全員に、いったん休むか、今後のことを話し合うか問いかけたところ、全員が今後のことを話し合うことを選んだため、例によって食堂へと向かった。なお、レックスはどうせ言葉が通じないし、タバサが主役だしということで付いてこなかった。
さて、全員が食堂の席に着くや否や、ロイドが珍しく躊躇いがちにクラトスに顔を向けて切り出す。
「それで……あんたは、俺の父親、なのか?」
クラトスは、ロイドの方を向くことなく開き直るように答える。
「ならば何だと言うのだ。それが真実だろうが嘘だろうが、シルヴァラントにもテセアラにも何の関係あるまい」
タバサは即座に首を振る。
「そんなこと、ないですよ。私事で恐縮ですけど、生まれて8年経ってからお父さんに初めて会えた時、どんなに嬉しかったことか、今でも忘れられません。……まあ、わたしの場合とは、全然いきさつが違いますけど、子どもにとって親はすごく大事なんですから」
しかし、クラトスは顔色一つ変えない。ロイドの方を見ようともしない。
ジーニアスが楽しそうに話し出す。
「でも、クラトスさんがロイドのお父さんだとしたら、色々と辻褄が合うことが多いんだよね。ロイドへの剣の指導に熱心だったり、クヴァルに対してもの凄く怒っていたり、最初に救いの塔に入る前にタバサに『リレミト』の確認をしたり」
リフィルが弟に追随する。
「すべては息子を生き残らせるためなんだとしたら、まあずいぶんと愛情深い父親ね」
ゼロスは疲れたように言う。
「このおっさんは、テセアラでもやたらと俺たちの近況を聞きたがってたんだぜ。それはもうしつこいくらいにな。ま、クルシス幹部の間じゃ、コイツがロイドの父親っていうのは周知の事実だったけどな」
それでもクラトスは表情一つ変えない。
リフィルが推測を述べる。
「当初はクルシスからの命令でコレットの世界再生の旅の護衛に来たのだけれど、ロイドが息子だと気付いてからは色々と方針転換せざるを得なくなった、というところかしらね。……さぞやタバサを恨んだでしょうね。ロイドを世界再生の旅に付いて行くように仕向けたり、彼女のためにクルシスが大きく針路を変えたりするものだから」
クラトスはようやく口を開く。
「私がロイドの父親だとおまえたちに判明したところで、私の心は変わらん。私は明日、オリジンの封印を解放する。そうすれば、私は死ぬことになるのだから」
その言葉に、ゼロス以外は驚きを露わにした。
コレットが慌てて言う。
「そんなのダメです! せっかくお父さんだとわかったのに、すぐに死に別れるなんて、ロイドがかわいそうです!」
ロイドも、「そうだよ!」と大声で叫ぶ。
「まだ心があんたを父親だって認めることはできないけれど、すぐに死ぬっていうのは絶対ダメだ! あんたは、タバサもコレットもミトスから救い出してくれたじゃないか!」
クラトスは淡々と答える。
「どれも必要だからやったこと。いずれにせよ、オリジンの封印を解放してエターナルソードを使わなくては、2つの世界がマナを搾取し合う関係を変えられない。……ロイド、私はもう十分生きたのだ。おまえの理想とする世界のためなら、この命を散らしてもいい」
プレセアが悲しげに言う。
「理屈はわかりますが……それでもやっぱり、ロイドさんがかわいそうです」
リーガルも頷く。
「まったくだ。せっかく親子として再会できたというのに」
クラトスは言う。
「ミトスの罪は、彼だけに背負わせるべきものではない。それを黙認し、見て見ぬふりをしてきた私もまた罪深い存在なのだ。歪んだ世界を解消するためにも、私自身の罪を清算するためにも、私はやはり死ななければならぬのだ」
ロイドが圧倒されながらも言う。
「それが……あんたの生き方なのか……」
コレットは必死の形相で叫ぶ。
「やっぱりダメです! そんなの認められない! クラトスさんはずっと私たちを助けてくれました! クラトスさんの命を犠牲にしなくてもいい方法を探してからでも遅くはないはずです!」
「良いのだ、神子。そこの幼き少年少女とは違って、私自身に輝かしい未来があるわけではない。……他人からマナを分け与えられてまで生きたいとは思わぬ」
タバサは、涙を流しながら言う。どういう種類の涙なのかは自分でもわからなかったが。
「……そのために、わたしに『ルーラ』を使わせるのですか。あんなに優しかったクラトスさんを死に導くために……」
「………………」
これには、クラトスは何も答えなかった。
ゼロスが真剣な口調で言う。
「あんたが本気で決意したなら、俺は止めねぇよ。さもなくば、シルヴァラントとテセアラがマナを搾取し合う関係を変えられねぇからな。でも、4000年も生きたあんたのことだから、生への執着はあるだろ。そう簡単に命を投げ出せるものなのかね?」
ここでクラトスはロイドの方を向いた。
「ロイド」
「……何だ?」
「おまえの剣の腕がどれほど上がったのかこの目で見てみたい。おまえの強さが私に通じるのならば、私はすべてをおまえに託せる」
「それはつまり、俺とあんたで決闘しろっていうことか」
クラトスは頷く。
「そうだ。それが私の……最後の願いだ」
ロイドはにわかには答えられなかった。瞳を閉じて、唇を真一文字に結び、やや俯いた後に、顔を上げる。
「……わかった。やってやる。あんたに俺の強さを見せてやる」
クラトスはここでようやく微かに笑った。
「……フ。楽しみにしているぞ」
翌日、タバサはかなり逡巡したが、結局グランバニアいても何も変わらないため、『ルーラ』でオリジンの封印があるというトレントの森のあるヘイムダールへと向かった。
ヘイムダールは、ハーフエルフの立ち入りを禁じる村であった。なので、ジーニアスとリフィルは村の入口で待っているはずであった。しかし、ここでロイドが彼らを迎えた族長に懇願した。
「待ってくれ、族長! お願いだから、2人を入れてくれ! 俺とクラトスが決着をつけるところを2人にも見届けてもらいたいんだ。2人とも、俺の大切な仲間だから」
しかし門番はすぐさま拒絶する。
「何を言う。ハーフエルフがこの村に入るなどもっての他だ」
ここでロイドが、ミトスの哀しみを思い起こし、唸るような声で言う。
「あんたたちのその態度が、クルシスを生んだんじゃないのか」
門番が「何っ!」と聞き咎め、一触即発の雰囲気となったところを族長が抑えた。
「待ちなさい。確かに我々とハーフエルフの間の溝は大きい。しかし、おぬしの言うことにも一理ある。よって、おぬしがクラトス殿との決着をつけるまでの間、2人の入村を認めよう」
ここで2人の門番が「族長!」と大声を上げたが、族長は手を上げてそれを制した。
「ただし、2人はいかなる施設を使うことも許可せぬ。それは認めてもらおう」
リフィルは、「けっこうです」と頷き、ジーニアスは不満げながら「わかったよ」と言った。
タバサは、ロイドを大したものだと思った。
村には特に立ち寄るところもないため、ロイドたちは真っ直ぐトレントの森へと向かった。
道中、誰も何も声を発しなかった。話しても良いほど軽い雰囲気ではなかったから。せいぜいトレントの森の魔物を追い払う時に声かけする以外には言葉を発することはなかった。
やがて、クラトスの先導で、ロイドたちは人の丈ほどある細長い石碑の前に辿り着いた。
クラトスは皆に背を向けながら言う。
「これが、オリジンの封印だ」
そして、クラトスは、燃え盛る炎の時を止めたかのような剣を抜いた。
それから振り返ってロイドに告げる。
「さあ、ロイド。私を倒してみせろ。おまえにエターナルソードを扱う資格があるかどうか試してやろう」
ロイドも双剣を抜く。
「ああ、わかった。やってやるよ!」
一騎打ちということで、他の者たちは2人から距離を取った。
タバサにとっては、自分が目の前の戦いを傍観するのは旅を始めたばかり、まだサンチョやお父さんが仲間にした魔物たちに守られていた頃以来である。
それも親子が本気で剣を交えるなんて、まったく信じられない想いであった。
クラトスは、息子のロイドに一切容赦しなかった。
遠距離の素早い詠唱から『グレイブ』や『エアスラスト』といった中級系の魔術で攻撃し、近距離では炎が舞うかのような見事な剣さばきを見せつけた。
「剛・魔神剣! 雷神剣! 風雷神剣!」
剣での叩きつけ、雷を落とす刺突、さらに強力な雷を落とす刺突。
クラトスのこの強力な連携をロイドが防げたのは、彼自身がこの旅の間鍛えられただけではなく、彼の母親たる左手の甲に宿るエクスフィアが力をくれたからかもしれない、とタバサは思った。
反撃に転じたロイドの剣も負けていなかった。
「魔神剣! 綜雨衝! 猛虎豪破斬!」
剣圧、無数の突き刺し、跳躍を繰り返しての斬りつけ。
しかし並大抵の敵ならあっという間に散るロイドの双剣の連携をクラトスは冷静に読んで盾で受けきった。
タバサとしては、クラトスさんの風のように速い攻撃を受け止め、互角に渡り合えるだけロイドさんは本当に見事だと思ったものだ。
しかしそれが故に、なかなかと決着がつくことはなく、タバサたちは無数の剣戟の音を耳にすることとなった。
見ているこちらがピンと張りつめた緊張の糸に耐えきれなさそうになるのだから、顔が上気し汗が噴き出ている2人はもっと凄まじい緊張感を抱えていることだろう。
ここで埒があかないと思ったのかロイドは、「裂空斬」でクラトスの背後に回りこんだ。
むろんクラトスはすぐに振り返り、
「『グレイブ』!」
を唱えて、ロイドを大地の槍で串刺しにしようとする。
ロイドは地面から槍が飛び出た瞬間、それに乗って、高々と舞い上がった。それはもうトレントの森の高木よりも高く。
そして、
「飛天翔駆!」
急降下で滑空する突進攻撃を仕掛けてきた。
クラトスは慌てることなく、防御の態勢に入った。そして、重力加速されたロイドの剣を盾で防ぐーーことはなかった。
「何っ!」
クラトスは動揺した。
ロイドの姿が見えず、それを再度捉えた時にはーー
「魔神剣!」
ロイドの地を這う剣圧がクラトスの足下を襲った。
「くうっ!」
クラトスは初めて仰け反った。その隙を見逃すロイドではない。
「たあっ! はっ! でやっ!」
クラトスの剣を目がけて、ロイドの双剣が繰り出される。
クラトスは強く握って剣を手放すまいとしたが、敵わず、魔剣は弾き飛ばされて、クルクルと舞いながら遠くの地面へと突き刺さった。
ロイドは無防備となったクラトスに剣を突きつけて言う。
「決着はつけたぜ……」
「……見事だ」
クラトスは微笑みながら、息子の突き出す剣を見つめた。
ロイドは静かに告げる。
「……あんたのおかげだ。あんたが剣を教えてくれたから」
「とどめを……刺さないのか?」
ロイドは、ゆっくりと首を振った。
クラトスは「……そうか」と呟いたあと、おもむろに石碑の方へと向かう。
ロイドは大いに慌てる。
「待てよ! 本当に封印を解放する気か!?」
クラトスは、何も言わなかった。
コレットが「ダメ!」と言う間もなく、クラトスは天使の羽を広げて石碑に向け一気に体内のマナを放出した。青白い光がクラトスから石碑へと流れ込む。
そしてゆっくりと膝をついたところを、たちまちユアンが現れてクラトスの体を受け止めた。
それからまた、ユアンはクラトスにマナを分け与えたようで、青白い光が流れ込んだ。
今度はユアンが崩れ落ちる。
「今……そちらへ向かうぞ……マーテル……」
そして、ユアンは動かなくなった。
クラトス以外、誰も彼もが目の前の光景に目が離せなかった。
クラトスだけは、自分が生きていることを不思議に思って傍らを向いた時、ユアンの遺体を目に入れた。
それから呟く。
「これが……おまえなりの罪滅ぼしなのだな……ユアン……」
ゼロスは口を閉じられないまま、「なんてこった……」と呆然と呟いた。
ロイドはクラトスの元に駆け寄る。
「父さ……クラトス……大丈夫なのか?」
クラトスはよろめきながら立ち上がろうとする。それをロイドがとっさに支えた。
「ああ……。ユアンのおかげでな……もはや、4000年生きた者で、生き残りは私だけとなってしまったが……」
クラトスは、さすがに感傷的に呟いた。
ロイドは近くの木まで、クラトスに肩を貸して座らせる。
ロイドは何かを言いかけたが、クラトスは苦しげな声で言う。
「……私のことはいい。おまえはオリジンと契約しろ……」
そう言われたロイドが振り返ると、石碑の上に浮かぶ精霊が見えた。金髪で厳めしい顔の男で、筋骨隆々とした姿であった。四本の腕で、独特なオーラを出していなければ、人と見間違えてもおかしくはなかった。
その精霊ーーオリジンは、ロイドたちを睥睨してから言う。
「資格なき者よ。私はすべてに失望している。おまえたちも私を失望させるために現れたのか?」
ロイドは即座に首を振る。
「違う。2つの世界がマナを搾取し合う関係を改めるために来たんだ! そのためにエターナルソードの力を使いたい!」
オリジンは蔑むように訊ねる。
「そうしてまた我を騙して、絶え間のない醜い争いにエターナルソードの力を使うつもりか?」
ロイドは瞬時に反論する。
「それも違う! 俺は、神子制度なんてものを廃止して、エクスフィアなんてものを作らせないで、そして、人もエルフもハーフエルフも誰もが差別なく生きられる世界を作りたいんだ!」
オリジンは冷たく言い放つ。
「人という生き物は、自らと異なる者を認められぬ生き物だろう。おまえの言っていることは、幻想だ」
ここでジーニアスが前に歩み出る。
「オリジン。それは、ミトスが4000年間、ハーフエルフたちが受け入れられるように歩み寄らなかったのが原因じゃないのかな? ボクたちハーフエルフが人間を見下し、人間牧場をつくってエクスフィア製造のために人間を殺す。……そんなことをしていれば、ボクたちハーフエルフが嫌われても仕方がないと思う。ーーでも、これからは違うんだ! ボクたちはミトスのようにはならない。ミトスみたいに、復讐するように人間を差別するなんてことは絶対にしない! 時間はかかっても、ハーフエルフが歩み寄って、人間にもエルフにも受け入れてもらえるように、ボクらは努力するんだ」
しかし、オリジンは簡単には同意しない。
「かつてのミトスもそうであった。差別を無くそうと、受け入れてもらおうと必死だった。しかし結局、おまえたち狭間の者を受け入れてくれる場所はなかった。人は変わらぬのではないか?」
ロイドは啖呵を切る。
「確かに時間はかかるかもしれない。でも俺たちは、この旅の中でハーフエルフの仲間を受け入れてきたし、ジーニアスの親切さがちゃんと人間に響いたのを目にしてきたんだ! ハーフエルフを嫌っていた女の子が心変わりする瞬間もこの目で見た! 大丈夫だ、オリジン! 人は変わる! いや、いくら時間がかかっても、俺が、俺たちが、差別のない世界をつくってみせる!」
オリジンはしばらく黙考してから告げる。
「召喚の資格を持つ者よ、誓いを立てよ」
ジーニアスの顔は歓喜に煌めく。
「オリジン! いいんだね!」
オリジンは淡々と告げる。
「今一度、人を信じてみよう。おまえたちの言う差別なき世界、人が異なる者を認められる世界を見るために、私自らも動こう」
しいなは前に歩み出て厳然たる口調で宣言する。
「契約者しいなの誓いはただひとつ。誰もが差別なく生きられる世界を、誰かが無意味な死の犠牲にならなくてもいい世界をつくる!」
オリジンは告げる。
「では、その誓いを元に契約を行う。我と戦え」
オリジンは、四本腕に槍のような武器を構える。
ロイドたちも、それぞれの武器を抜いた。