タバサは、ロイドさんのことだから何百年も失敗している世界再生の旅でも、出発に際してはしゃいで元気いっぱいに「わくわくするなぁ~。早く行こうぜ!」と言うものだと決めつけていた。
だが、その予想は裏切られた。皆と同様に頑丈なブーツを履いてきたロイドは、決意のこもった真剣な表情で皆に「必ず世界再生の旅を成功させて、ディザイアンたちを封印しようぜ」と言ったのだ。
いつもと雰囲気が違う理由は、最初に辿り着いた砂漠の街トリエットの宿『オリーブ亭』で夕食を食べている時に判明した。
今日の出発前に義父のダイクが語ったというロイドの話を聞き遂げたコレットは沈痛な表情となる。
「そっか。ロイドのお母さまもディザイアンに殺されたんだね」
「ああ。母さんの形見となったこのエクスフィアを狙ってな」
ロイドは左手の甲に装着されたエクスフィアを見せながら、憤りをむき出しにしていた。
クラトスは、あまり表情を変えずに「そうか……」と静かに言ってから、
「森で母親とノイシュが一緒に倒れていたところをドワーフである義父に拾われたのだな」
と反芻した。
それから「父親はどうしたのだ?」と訊ねた。
ロイドは「そこまではダイク親父でもわからねぇって」と首を振った。
クラトスは、「可能性としては、ディザイアンに殺された可能性が高いように思えるな。おまえの人生もまたディザイアンによって翻弄されてきたということになるな」と静かに告げた。
タバサは、クラトスが昨日からロイドには強い関心を抱いていることに気が付いた。ただ、クラトスのことをよく知らないので、知り合った人に強い興味を持つのが彼の地の性格なのかな、と今のところは思った。
その時、ジーニアスが複雑そうな表情で呟いた。
「ディザイアンが全ての悪の元凶か……」
隣に座っていたタバサが目を向ける。
「うん? どうしたの、ジーニアス?」
ジーニアスは慌てて首を振り、努めて明るく言った。
「あ、ううん、なんでもないよ。世界再生の旅を成功させて、必ずディザイアンを鎮めようね」
タバサは、「う、うん」と戸惑い気味にうなずいた。
それから男部屋と女部屋に分かれて、一行は休息を取ることとなった。明日は旧トリエット跡にあるという火の封印の解除に向かうことと出発時間を確認してから、それぞれの部屋へと入っていく。
コレットは出発直前にロイドから、一晩で作りあげたであろうネックレスを首にかけ、何度もいじって上機嫌であった。
タバサはそのネックレスを見つめながら、やれやれと言う。
「昨日の人間牧場の件で、ひょっとしたらロイドさんもネックレス作りが間に合わないかもしれないと思いましたが、そんなことはありませんでしたね」
コレットは、エヘヘ、と緩みきった顔を隠しはしない。
「ダイクさんもロイドも大変だったろうに、私なんかのためにね」
その後、コレットはポケットからクシを取り出した。すると今度はタバサが甘える小犬のような目となって、コレットに近づいていく。
椅子に座ったタバサの丁寧に短く切り揃えられた金髪をコレットは丁寧に梳いていく。タバサは安心しきった顔になる。
その様子を見て、リフィルは微笑みながら呟く。
「本当にあなたたちは姉妹みたいね。同じ金髪で仲が良いし」
ついでに、世界再生の旅の主役と昨日人間牧場を潰した主犯の少女とは思えない、とリフィルは思ったが口には出さない。
リフィルの呟きを耳にした2人は仲良く言う。
「だってコレットさんといると楽しいですし」
「タバサはとっても甘えんぼうさんだし」
それから2人して、「「ね~♪」」と声を揃えた。
リフィルは呆れるように苦笑する。
「本当に世界再生の旅の一行とは思えないわ」
翌朝、一行は火の封印の解放へと向かう。
ところでこの旅に加わっているのは人だけではない。ノイシュという愛嬌のある顔つきに、大きな耳と尻尾を持つ四足の動物もいた。ロイドはノイシュを「犬」と言い張るが、タバサは犬にしては大きすぎると思っていた。何しろロイド、コレット、ジーニアス、タバサの4人を乗せても平気だったのだから。
さすがに6人も乗せられないので、常に砂嵐の舞う砂漠地帯を交代交代でノイシュに乗って一行は進むことにした。ただクラトスは「私のことは気にするな」と言い、ノイシュに乗ろうとしなかった。
タバサはこういう動物と戯れるのが大好きなので、村にいた頃からノイシュを撫でたり、エサを与えたりして可愛がっていた。
さて、トリエットから暑い砂漠を水分補給を欠かさずに歩いたが、一歩踏み出すたびに足首まで沈み、引き抜くのに余計な力がいる。同じ距離でも、倍の時間を歩いている気がした。距離としては大したことはなかったが、思った以上に時間がかかって旧トリエット跡に着いた。
一見したところ他の建物などは無くて(みんな砂の下に埋もれてしまったのだろうか?)、大きな石版しか見当たらなかったがーー
「素晴らしい!!」
リフィルが突然大声を上げて石版の前に膝をつく。
「見ろ、この扉を! 周囲の岩とは明らかに異なる。くくくく……思った通りだ。これは古代大戦時の魔術障壁として開発されたカーボネイトだ! ああ、この滑らかな肌触り。見事だ!!」
豹変したリフィルに誰もが唖然とする。それから、弟のジーニアスに視線が集中する。
クラトスが訊ねる。
「……いつもこうなのか?」
ジーニアスは、やれやれと言った具合でうなずく。
「あーあ。隠していたのに……」
しかしその間もリフィルの遺跡探求は止まらない。目敏くくぼみを発見して、コレットに強い口調で命令する。
「コレット! この神託の石版に手を当てろ! それで扉は開くはずだ!」
「あ、はい!」
コレットはパタパタと走って、リフィルの指示した石版に手を置いた。
すると確かに巨大な石が独りでに動き、地下へと通ずる扉が開いた。
コレットは、大いにはしゃぐ。
「すごいすごい! なんだか私、本当に神子みたいです!」
ロイドは苦笑する。
「だから神子なんだろ、おまえは」
コレットは「エヘヘ、そうだったね」と照れながら笑ったあと、一行は地下へ入ってゆく。
地下遺跡は熱気がこもっていて、かなり息苦しいほどであった。ただ溶岩による明るさのおかげでそこまで暗くはない。暗所恐怖症のタバサにとっては、それが幸いであった。
遺跡のあちこちに燭台があり、燭台の火の有無で通路が昇降する仕掛けがあった。とはいえ、ソーサラーリングの炎を全部の燭台に灯せば道はできたので、仕掛けとしては単純であった。
魔物はやはり火系統の魔物が多かった。封印されていた地下ということで、生物系の魔物はおらず、無機物の魔物だけであった。彼らは遺跡の守護者という感じであったが、ジーニアスの『スプレッド』やタバサの『ヒャダルコ』でその長きにわたる守護の運命を次々に終わらせていった。
そうして遺跡の最深部まで辿り着くと、クトゥグハという炎のオオカミのような魔物が待ち受けていた。やはり水や氷系統の魔法に弱く、ロイドやクラトスが前衛として時間を稼いでいる間に、ジーニアスとタバサが魔法で攻撃するというパターンで十分だった。
タバサとしては、神子の試練というからにはコレット1人で戦わないといけないのかなと心配していたが、どうもそうではないようで安心した。もちろんコレットもチャクラムを投げつけて攻撃していたが。
さてクトゥグハを倒しきると、どこからともなくあのレミエルという天使の声が響いてきた。
「再生の神子よ。祭壇に祈りを捧げよ」
コレットが魔物が守っていた祭壇の前に進み出て、手を合わせる。
「大地を護り育む大いなる女神マーテルよ。御身の力をここに!」
すると、天井から黄色く眩い光と共にレミエルが降臨してきた。
そして、穏やかな笑顔でコレットを讃える。
「我が娘コレットよ。見事な働きだった」
「ありがとうございます。お父……さま……」
コレットは、レミエルを父親と認めることにまだ抵抗があるようであった。
しかしレミエルは特に意に介さない。
「第一の封印は解かれた。程なくイフリートも目覚めよう。クルシスの名のもと、そなたに天使の力を与える」
コレットがありがとうございますとお礼を述べると、天からコレットへ光が降り注いだ。コレットの体が光に包まれた後、その背中から透き通るようなピンク色の羽が現れて、コレットの体はふわりと宙に浮かんだ。
クラトス以外は感嘆したが、儀式の最中につき余計な声は漏らさない。
レミエルは告げる。
「天使への変化には苦痛が伴う。だがそれも一晩のこと。耐えるのだ」
コレットは、「わかりました」とうなずいた。
レミエルは続ける。
「次の封印はここよりはるか東。海を隔てた先にある。彼の地の祭壇で、再び祈りを捧げよ」
「はい、レミエルさま」
「次の封印で待っている。再生の神子にして最愛の娘コレットよ」
そう言い残して、レミエルは飛び立ち、光の中に消えた。たくさんの天使の羽を降り注がせながら。
レミエルが去ったので、一行はコレットの羽に注目する。
まずジーニアスが感嘆の声を上げる。
「コレットに羽が生えたよ! すごーい!」
タバサも一見して綺麗なコレットの天使の羽に目を奪われる。天空城にいた天空人の羽は鳥の羽のようだったので、美しいチョウチョのような羽は、コレットの可愛らしさも相まって、とても幻想的に映った。
「コレットさん、素敵です!」
コレットも少し自慢げに羽を見せつける。
「ほらほら。しまうこともできるみたい」
コレットの意思に応じて、パッと羽が消えたり、現れたりする。ロイドとジーニアスとタバサは、「すごい、すごい」と素直に喜んでいた。
はしゃぐ子どもたちに背を向けて、クラトスはリフィルに言う。
「次は海を渡るようだな」
するとリフィルの声がやや震えた。
「海ね……。このご時世に船は出るのかしらね」
まるで船が出て欲しくないような言い方である。
クラトスは言う。
「ひとまず海岸線に向かうのがよかろう」
クラトスたちの話を耳にしたロイドが興奮しながらコレットたちに言う。
「次は船旅か! よしっ、みんな早く行こうぜ!」
そうして、一行の子どもたちはウキウキしながら振り返った。
タバサは笑顔のまま、クラトスに訊ねる。
「『リレミト』でこの遺跡から出ても構いませんか?」
クラトスが首肯すると、タバサはさっそく『リレミト』を唱えてみんなと遺跡の入り口へと出た。
遺跡の外に出たら、またクラトスに確認をとってから、タバサは『ルーラ』でトリエットの街まで戻っていった。
しかし、休息を取ろうと宿屋に向かう途中で、コレットは突然膝をついて座りこんでしまう。
真っ先にコレットの異常に気付いたのは、ロイドだった。
「コレット! 大丈夫か!」
タバサはコレットの顔色を見て驚く。
「コレットさん!? 顔色が真っ青ですよ!」
リフィルが慌ててコレットの近くに駆け寄る。
「唇が紫色になってるわ! 早く医者に診せないと!」
しかしクラトスは冷静に告げる。
「いや、医者はいい。宿で休ませるのがよかろう」
ロイドが「どうして!」とやや声を荒げて訊ねる。
「先ほどの天使の言葉を思い出せ。天使への変化には一夜の苦痛が伴うのだと。だから、宿で安静にしておいた方がよい」
コレットは明らかに顔色が悪いのに、無理して笑いながら言う。
「うん……。だいじょぶ。ちょっと休めば良くなるから……迷惑かけてごめんね、みんな」
ロイドは荒っぽい言葉で気遣う。
「バーカ。いちいち謝んなって。急に天使って奴になったんだから、しょうがねぇよ」
コレットはなおも「うん、ごめんね」と謝る。
タバサは呆れながらも「早く宿屋に行きましょう」と言って、リフィルがコレットに肩を貸して引きずるように宿屋まで連れて行った。
「はあ……」
宿屋の1階の食堂の席に座りながら、タバサは大きくため息をついた。
2階の昨日泊まった所と同じ部屋ではコレットをリフィルが看病している。リフィルには回復術の心得はあるが、自分にはさっぱり無いので、タバサは部屋を出たのである。部屋にいてもグッタリしているコレットに不安な表情を見せるだけだと思ったから。
(マスタードラゴンさま。やっぱりお兄ちゃんの方がこの世界に向いていたのではありませんか?)
タバサは少し心の中で愚痴る。
『伝説の勇者』であるタバサの双子の兄は、父親ともども回復魔法のスペシャリストだ。それに体術は兄の方が自分よりもずっと優れているし、剣の腕は比べものにもならない。せいぜい攻撃魔法のレパートリーでタバサが豊富な程度である。しかしそんなことは大したメリットではない。性格面でも、臆病で他人にすがらないといけない自分と違って、『伝説の勇者』らしく勇猛果敢でどんな時も自分の足で立つことができる兄の方が、ずっとずっとこの世界に向いていると思う。
確かにコレットさん、ジーニアス、ロイドさんにリフィル先生と一緒にいられるわたしは幸せだけれど……。
そんな風にマスタードラゴンの思し召しに内心で首をかしげているタバサの元に、クラトスがやって来た。
「タバサ、神子の容態はどうだ?」
クラトスは表情をほぼ変えずに、わずかな憂いを声に乗せてタバサに訊ねた。
タバサは、こんな風な話し方のできるクラトスさんは凄いなと思いながらも答える。
「まだ良くないです。『一晩限り』というレミエルさまの言葉を信じるしかないです」
クラトスは、「そうか」とやはりほとんど表情を動かさずに頷いた。
「そなたの『リレミト』や『ルーラ』がなければ、我らはあの地下遺跡か砂漠で野営することになっていただろう。当然、神子もベッドにありつけなかったな」
タバサは、クラトスさんは暗に自分を励まそうとしているのかな、と思った。とはいえ、タバサの悩みの核心はそこにはない。
「わたしには回復魔法の心得がないので、とても歯がゆいです」
クラトスは即答する。
「人は全ての力を己のものにすることはできぬ。そのことを受け入れて、自らの才を伸ばすしかないのだ」
タバサは、「そう、ですね……」と言った。
クラトスの言葉はタバサにとって重たかった。その剣さばきを一目見て、すぐに相当な強者だとタバサは見抜いたが、人生経験の差も全然違うことを思い知らされる。
クラトスはタバサの向かい側に着席する。
「2つほど訊いても構わぬか?」
タバサは驚きの表情を浮かべたが、「どうぞ」と返事をした。
「『リレミト』と『ルーラ』についてだが、それぞれどういう魔法の性質なのだ?」
タバサは、そんなことか、と思いながら答える。
「『リレミト』は、洞窟とか塔とかのダンジョンからその入り口まで瞬く間に脱出する呪文です。でもなぜか街や村では発動しないんですよね。『ルーラ』は飛ぶことができれば良いので、天井さえ無ければどこからでも発動できます。わたしの行ったことのある場所にしか行けませんが」
「『リレミト』の発動条件の『ダンジョンの定義とは何か』を厳密に説明できるか?」
タバサは首を横に振る。
「厳密にはわからないのですが、魔物たちのいるところならたいてい発動できますよ」
クラトスは、「そうか……」と呟いて少し考えこむ仕草を見せる。
「では、神子たちが危難に遭った場合に2つの魔法を使えば緊急脱出できるのだな」
「そうなりますね。もっともクラトスさんがいれば、そうそう危ういことはなさそうですけど」
「私は傭兵だ。命の危険があれば成功報酬を顧みず逃げることがあるかもしれぬ。しかし依頼人が死ななければ、それに越したことはないともまた思っている」
「だから、わたしに確認をとったのですね」
「そうだ」
クラトスは小さく頷いた後、また問いかける。
「今ひとつは、どうしてそなたは魔法が使えるのだ? エルフの血を継いでいるのか?」
これにはタバサは、キョトンとした顔つきとなる。
「いえ、わたしはエルフでもハーフエルフでもなく、ふつうの……人間ですよ」
『伝説の勇者』の血筋を引く者ではあるが、お兄ちゃんとはちがって特別な才能の無い自分は、ふつうの人間だと思っていた。とはいえ、世間一般からすれば「ふつうの人間ではないかもしれない」とちょっと思ってしまったが。
その辺りの微妙な間を突かれるかな、とタバサは思ったが、クラトスはそんなことはしなかった。
「では、そなたの魔法は先天的なものということか。何か特別な鉱石を飲んだから魔法を操れるようになった、というものではなく」
「特別な鉱石? いえ、わたしはそれこそ3歳の頃から魔法を使えますし、そんな鉱石を飲んだことはないはずですが」
そこまで聞き遂げると、クラトスは立ち上がった。
「そうか。ありがとう。参考になった」
そうして食堂から去って行く。
「……なんだったんだろう?」
タバサは1つ目はともかく、2つ目の質問の意図は理解できなかった。
それからタバサが部屋に戻ろうとすると、コレットがちょうど部屋を出てきたところであった。
「あ、コレットさん。もう大丈夫なんですか?」
コレットはさっきよりはマシになったとはいえ、未だ青い顔であったが気丈に振る舞った。
「うん、だいじょぶ。だからちょっと外におさんぽに行こうかな、って思って」
「なら、一緒に行きますよ」
しかしコレットは首を振った。
「ううん。今は1人で外の空気を吸いに行かせて。……ごめんね」
タバサはコレットに断られて寂しげな表情を浮かべた。けど、「はい……」と答えてから、「いってらっしゃい」と言った。
コレットは笑顔で「行ってきます」と言ってから、宿の階段を急いで下りる。
それから外に出て、人けのない宿の裏手で、嘔吐した。
「う……私の体、どうしちゃったの? どうなっちゃうの?」
その不安でいっぱいの表情や声を見聞きする者は、誰もいなかった。