翌日、確かに顔色が良くなったコレットの状態を確認してから、一行はトリエットを出発した。
東の山脈を抜けるオサ山道へと足を進めると、山道の入り口でタバサは、それほど急ではないが斜面を見上げて苦い顔となりため息をついた。
ジーニアスが不思議に思って訊ねる。
「タバサ、どうしたのさ?」
タバサは慌てて答える。
「べ、別になんでもない。これより高いところに行ったこともあるし、この程度平気だから!」
リフィルが即座に指摘する。
「声が上ずってるわよ、タバサ」
タバサは、「うっ……」と言って沈黙する。
ロイドはズバリと言う。
「要するに、タバサは高所恐怖症なんだな」
タバサは大慌てで首を振る。
「だ、大丈夫ですよ! これより高いところに行って戦ったこともあるし、移動や戦闘では足を引っ張らないもん! ただ……」
クラトスはとっとと言う。
「それなら構わん。先に進むぞ」
タバサは「う~」と呻きながらも、震える足を進めようとする。
ここでコレットが、笑顔で助け船を出した。
「ジーニアス。タバサと手を繫いであげて」
するとたちまちジーニアスの顔が真っ赤になる。
「ええ! ぼ、ボクが!?」
タバサも赤面しながらも首を振る。
「いえ、そこまでじゃないです。ただちょっと服を引っ張らせて……」
タバサが背中からジーニアスの水色の服の裾を引っ張ろうとすると、ジーニアスは振り向いてタバサの手を握った。
するとタバサはたちまち首元まで真っ赤になる。
「え……ジーニアス……」
ジーニアスはすぐにそっぽを向きながら赤い顔で言う。
「そ、そういえば、まだマーブルさんを助けてくれたお礼をしてなかったなあって……」
タバサは、父親と双子の兄を除く異性と手を繫いだのは初めてで、いつもより心臓がバクバク鼓動する音を感じた。
ジーニアスも姉以外の異性と手を繫ぐのは初めてなので、体温が急上昇していくのを感じる。
クラトスが淡々と言う。
「タバサはジーニアスと後方から魔法を唱えてくれればいい。私とロイドがいつも以上に2人に魔物や盗賊が近づかないように気を使おう」
タバサは慌てて言う。
「戦いのときは大丈夫です。迷惑かけてごめんなさい」
ロイドが明るく励ますように言う。
「何言ってんだ。タバサがこれまでどれだけ俺たちを助けたと思ってる。これくらい、大したことじゃないぜ」
ジーニアスは赤い顔ながらも、少々むくれながらツッコむ。
「ロイド……。それ、ボクのセリフじゃないかな?」
一行は進んでいく。リフィルは後ろから手を繫ぐ2人を見て思う。
(やれやれ……。弟の相手は決まったのかしらね。確かにタバサは良い子だけど……)
リフィルは、未だに謎多き少女に疑問を抱いていた。とはいえ、それは自分たちも同じように秘密を隠しているので、深くはつつけなかったが。
そしてその秘密を知った際に訪れそうな破局に、弟の精神的な傷を想像して胸を痛めた。
離れさせた方がジーニアスのためかもしれない、と思いつつも、そのきっかけを見出すのもまた厄介であった。
(わぁ……ジーニアスと手を繫いでいるよぉ……)
タバサは、同い年の好きな男の子の手の温もりを感じながら歩いていることに嬉しさと恥ずかしさが爆発しそうであった。山道を登っているのを忘れそうになるくらい。
でもジーニアスは、わたしが異世界の王女だと知ったらどう思うかな。お兄ちゃんが結婚するかはわからないけど、もし結婚しなかったら、わたしとジーニアスが結ばれてジーニアスがグランバニアの将来の王族になってしまう立場になってしまうことを伝えるのは難しかった。
けど、そう簡単なことじゃないよね、とタバサは今だけの幸せになるかもしれないことに心の中でため息をついた。
そう憂鬱な気分になりかけていたときーー
「待ちな!」
上空から鋭い女の声が降ってきた。
ロイドたちが見上げると、黒い髪に紫色を基調とした服を着ている女が崖の上に立っていた。
ロイドが「誰だ!」と叫ぶ。
しかし女はその問いかけを無視して、一行に訊ねる。
「この中に、マナの神子はいるか?」
コレットは、「あ、それ、私です」と元気に手を挙げたところ、
「覚悟!」
女はすぐさま崖から飛び降りて、コレットに向かって突撃してきた。
コレットが慌てて尻もちをつくように転んでしまうと、その弾みでたまたま近くにあったレバーを引いてしまった。
すると襲ってきた女の足元がパカッと黒く開いた。
ロイドたちが、「あ……」と声をかける頃には、もう遅かった。女は真っ逆さまに穴へと落ちていった。
コレットは、真っ暗な穴の下を屈んで見つめながら嘆いた。
「ああ~、どうしよう。やっちゃった~」
ロイドは呆れる。
「おいおい、おまえ襲われるところだったんだぞ」
しかしコレットは、穴を見下ろして暗殺者の女の身を案じる。
「死んじゃったりしてないかな……」
リフィルが穴に近づいて調べる。
「これは山道管理用の隠し通路ね。まあ、死んではいないと思うわ」
クラトスが皆に告げる。
「では、そろそろ行くぞ。どうせまた襲ってくるだろうからな、注意を怠らぬようにするぞ」
異論はなかったので、一行は山道を登ってゆく。
オサ山道では、巨大な怪鳥のホークが襲撃してきたり、アックスビークが飛び蹴りしてきたり、ナイフや弓矢で攻撃してくる盗賊が襲ってきたりしたが、一行の敵ではなかった。コレットが天使化したことで習得した『エンジェル・フェザー』という複数の光輪で敵を貫き、前衛のロイドとクラトスが敵を引きつけている間に、ジーニアスとタバサは(戦闘時は手を離して)魔法を放って仕留めていった。リフィルは、『ファーストエイド』で傷ついた者を癒していった。
そうして大して長くもない山道を通過して平坦な道に入ると、タバサがジーニアスと、双方名残惜しげに手を離すのとほぼ同時に、バタンという音がした。
どうやら木の扉が開かれた音のようである。そしてそこには、埃まみれの先ほどの女がいた。
女は慌てて叫ぶ。
「ま、待ちな!」
「本当に追いついてきたよ」
とロイドが呆れながら言う。
「ああ、よかったです」
とコレットはズレた反応をして女に近づこうとする。
「く、来るな!」
と女は叫んでから、何やら紙のようなものを1枚投げる。
すると、タバサには何と形容していいかわからない、宙に浮かぶ赤く異形の怪物が出てきた。
「さあ、あんたたちには死んでもらうよ!」
そう言って敏捷な動きで女は迫ってきた。
たぶん、赤い怪物にコレット以外の相手をさせている間に、女がコレットを狙うつもりだったのだろう。
だが、赤い怪物をクラトスとジーニアスが長剣と魔法で抑えこんでいる間に、女をロイドとタバサがコレットを守るように双剣と魔法で抑えこんだ。
クラトスが剣を振るっている間に、ジーニアスが『アイストーネード』で赤い怪物を切り刻み、コレットの前にロイドが立ちはだかっているところを、タバサは『イオラ』で女を吹き飛ばした。
「くっ、やるねぇ!」
地面に叩きつけられた女は、相手が悪いと察した。チラッと脇を見ると召喚した赤い怪物こと式神も、クラトスとジーニアスの連携でほとんど身動きが取れていない。
さすがは世界再生の神子の一行というわけか。強力な護衛を何人も用意している。
だが、神子の暗殺はこちらも簡単には放棄できない任務であった。
なので式神が倒されて撤退する際も、女は捨て台詞を忘れなかった。
「ちっ! 覚えていろ! 次は必ずおまえたちを殺す!」
すると、煙幕に包まれて女は姿を消した。
ロイドは驚く。
「消えた? タバサの『リレミト』みたいなものか?」
タバサは首を振る。
「わたしは、あんな無詠唱で姿を消すことはできません」
ジーニアスは首をひねる。
「ディザイアンの一味だったのかな? それにしては服とか武器の感じが違ったけど」
クラトスは冷静に言う。
「この場で推測するには材料が足りぬ。何にせよ、我々は常に狙われているということだ。行くぞ」
そして一行は、オサ山道を通過する。
その後、一行は小さな漁村のイズールドに到着した。色々な漁民たちと交渉したが、マックスという人だけがパルマコスタまで船を出してくれることとなった。最初はマックスからも海は魔物でいっぱいだと断られたのだが、ライラとアイフリードとマックスはねじれた人間関係のようで詳しい事情はよく飲み込めなかったが、ライラが強引にマックスに船を出すよう押し切ったのだ。
マックスは渋々と船に帆を張り、ロイドたちは乗船した。初めての船ということでロイドやコレットやジーニアスは興奮していたが、タバサはこんな小さな船に乗るのは初めてだわと思い、リフィルは顔を青くしてなるべく船の真ん中で座りこんでいた。クラトスは、そんな一行をただじっと見つめていた。
追記:この二次創作を書くにあたって『シンフォニア』(GC版)をリプレイしたのですが、特にシルヴァラント編では徒歩での移動ばかりで、「タバサ、カモーン! 『ルーラ』、プリーズ!」と本当に何度も思いました。
特に次からのパルマコスタでは、イベントの発生の関係上、パルマコスタ周辺をあちこち移動することになるため、『ルーラ』があったらどんなに重宝しただろうかと思わずにはいられませんでした。