再生の書にあった次なる封印解放の場として、ソダ間欠泉に行くべくソダ島遊覧船乗り場に行くため、一行が街道沿いに歩いていると、
「神子さま! 皆さま!」
突然武装したパルマコスタ兵が、背後からコレットたちに向けて叫んだ。
コレットたちが振り返る。
「どうしたんですか?」
兵士は息を切らしながら伝える。
「ドア総督からの伝言です。再生の旅、しばしお待ちいただきたいと」
ロイドが首をかしげる。
「どうしてだ?」
兵士は言う。
「実は、マーテル教会付旅業案内人がディザイアンに拉致されたのです。ドア総督はこれを契機にパルマコスタ軍の総力をあげて、マグニスが治める人間牧場を襲撃することをお決めになりました。それで、つきましては皆さまに、拉致された旅業案内人を救出していただきたいのです」
ジーニアスが閃く。
「マーテル教会付旅業案内人って、ショコラのこと?」
兵士はすぐさま頷いた。
「その通りです。神子さま、どうかよろしくお願いいたします」
頭を下げる兵士に、コレットは真剣な口調で、「わかりました」と告げる。
礼を言って去って行く兵士を見送るや否や、ロイドたちはパルマコスタの東の森の中にあるという人間牧場に急ぐ。
しかしパルマコスタ人間牧場に辿り着いてみるとーー
「お待ちください、神子さま方」
総督府にいたドアの側近と思しき若い男が、近くの茂みから話しかけてきた。
ロイドが目を向ける。
「あんたはーー」
若い男が答える。
「ニールです。……しかし、とても重大なことをお話ししなければなりませんので、ひとまずこちらへーー」
ニールはロイドたちを茂みへと手招きする。
それから小声で告げる。
「皆さまには、このままパルマコスタ地方を去っていただきたのです」
ロイドが怪訝な表情となる。
「どういうことだ? パルマコスタ軍と連携を取ってショコラを助けるんだろう?」
すると、ニールは苦い顔つきとなる。
クラトスがその先の答えを察した。
「やはり、罠か?」
リフィルも「きな臭い感じがしたと思ったわ」とため息をつく。
タバサは推しはかる。
「コレットさんを亡き者にしようとしている?」
ニールは頷いた。
「その通りです。ドア総督はディザイアンと通じています」
タバサは、ジーニアスとリフィルとクラトスを見つめる。
「ディザイアンって本当に何なんでしょうね? イセリアでは不可侵契約を結んでコレットさんに手を出さないようにしたり、かと思えばパルマコスタではワナにはめようとしたり、行動が首尾一貫していません。世界再生の旅の成功で神子さまがディザイアンを封印するのなら、狙われるのが通常なのですが……」
これにはジーニアスも「アイツらほんと意味わかんないよね」と頷いたり、リフィルも「確かに。イセリアとパルマコスタのディザイアンの意思決定に違いがあるのかもしれないけれど」と言ったりした。
クラトスは、ひとまずまとめる。
「組織内部の統率が取れていないことはあり得るだろう。ディザイアンの内情まではわからぬが、とにかく今は目の前のやるべきことに集中すべきではないか?」
タバサは、そうですね、と言って話を引っ込めた。イセリアにいた頃にジーニアスとさんざん議論をしていっこうに答えが出なかったので、ここで拘泥しても仕方がないと思ったのだ。
とはいえ、敵の目的が不明確だとやりにくいのは事実であった。
ニールは俯きながら言う。
「ドア総督は、昔はこんな方ではなかった。本当に街のみんなのことを考えていらっしゃったのです。5年前クララさまを亡くされた際も、ディザイアンと対決することを誓っておられたのに……とにかく、このまま牧場に突入しては神子さまの身が危険です。ショコラのことは私に任せて、皆さまは世界再生の旅を続けてください」
クラトスは冷静に言う。
「そうだな。ここを捨て置く方が合理的だ」
コレットは猛反対する。
「ダメです! このまま見捨てるなんてできない!」
ジーニアスもコレットに賛同する。
「そうだよ。もしこのままにしておいたら、パルマコスタはディザイアンたちの好き勝手にされちゃう!」
リフィルは、確かにそうね、と前置きしつつも、
「街が滅ぶのを厭うなら、今後は不用意にディザイアンと関わるべきじゃないわ」
コレットは激しく首を振る。
「それはダメです! 世界再生と目の前にいる困っている人を助けることは、矛盾することなのですか? 私はそうは思わない」
タバサは、普段は周りの意見に流されがちなコレットが、自ら芯の通った意見を言ったことに驚かされた。とはいえ、ここで困っている人たちを平然と見捨てられるのなら、それは世界再生の神子にふさわしくないと言えるが。
神子として敬われるだけの当然の精神を持っていることに感銘を受けつつ、タバサも頷く。
「コレットさん……。そうですね。コレットさんらしい考えです。わたしも賛成します」
リフィルは覚悟を決めたように頷く。
「コレットの意見がそうなのなら、私たちは止められません。この旅の決定権を持つのは、神子のコレットなのですから」
ニールはおずおずと訊ねる。
「よろしい……のですか?」
クラトスは頷く。
「私も神子の意見を尊重する」
ロイドは目の前にある人間牧場を一瞥してから言う。
「問題は、このまま人間牧場にそのまま突っ込むか、あるいはドアって奴のところまで戻るかか」
タバサは意見する。
「もうパルマコスタにもこの人間牧場にも『ルーラ』で行けます。このままワナの仕掛けられている牧場に突っ込むよりかは、いったんドアさんの話を聞いた方が良いと思います」
リフィルは、そうね、と頷く。
「彼がワナを仕掛けたのなら、当然知っていることも多いでしょうから」
ロイドも頷く。
「そうだな。ここはいったん戻った方がいいだろう。タバサの『ルーラ』がある以上、ドアを締め上げてからでも遅くはない」
コレットは付け加える。
「でもなるべく早くショコラさんを助けてあげようね。一人ぼっちでかわいそうだから」
ニールは言う。
「私はここにいます。後から来る軍の指揮もありますので……ドア総督をよろしくお願いします」
『ルーラ』でパルマコスタに戻った一行は、総督府へと走る。
総督府の中は誰もいなかったが、コレットが「地下から声が聞こえる」というので、地下に続く階段を下りた。
しかし階段を下りる途中で話し声が漏れ聞こえてきた。ロイドたちは息を殺して立ち止まる。
ドアがディザイアンにすがるように訊ねる。
「妻は……クララはいつになったら元の姿に戻れるのだ?」
ディザイアンは吐き捨てるように言う。
「まだだ。まだ金塊が少ないからな。最近は減ってきているしな」
ドアは必死に声を振り絞る。
「これが精いっぱいなんだ! 通行税に住民税、マーテル教会からの献金……これ以上はどこからも搾り取れん!」
ディザイアンは、そうか、と楽しそうに笑う。
「ひょっとしたら、次の貢ぎ物次第では、マグニスさまも悪魔の種子を取り除いてくださるかもしれんなぁ」
ディザイアンはそう言い残して出て行った。
娘と思しき子どもが心配そうに「お父さま……」と言う。
ドアは安心させるように屈んで笑顔を向ける。
「もうちょっとなんだ、キリア。あと少しでクララは元の姿に戻れる。今度は旅業の料金を値上げして……」
ここでロイドは足音を大きく立てて階段を下りる。コレットたちもそれに続いた。
ドアと娘のキリアは、驚きの表情でロイドたちに目を向ける。キリアはドアの背中に隠れた。
ロイドは刃のように鋭い眼差しをドアに向ける。
「悪いな。聞き耳を立てるつもりはなかったんだが……」
ドアは大いに狼狽える。
「なぜ、神子たちがここに? ニールはどうしたのだ!」
リフィルが言う。
「彼が教えてくれたのよ」
ドアはこれ以上ないほど顔を歪めた。
ロイドは問いかける。
「それであんたの奥さんがどうなったって? 人質にでもされているのか?」
ドアは開き直るように笑いながら言う。
「違うな。……見ろ! 妻のこの姿を!」
ドアが大きなカーテンを勢いよく開けると、そこには牢屋があり、人の2倍ほどの身長はある全身が毒々しい色の皮膚となっていて、手足の爪がまるで熊のように尖っている生命体が閉じ込められていた。
ロイドたちは一斉に息をのむ。ほとんど感情を出さないクラトスでさえ、表情が揺れた。
ロイドは驚愕とともに問いかける。
「ま、まさか……。あんたの奥さんは……?」
ドアは憤怒の表情で叫ぶ。
「そうだ。これが私の妻の、変わり果てた姿だ!」
リフィルは憐れみの目を向ける。
「だから亡くなったことにしていたのね……」
ドアは、もはや感情をこめずに淡々と言う。
「父が愚かだったのだ。ディザイアンと戦おうなどという馬鹿げた姿勢を見せたがために、先代の総督だった父は殺され、私の妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私がディザイアンと結託すれば、妻を助ける薬をもらえるのだ」
タバサはドアの心を抉るようなことを言う。
「あなたから強請(ゆす)れるかぎり、ディザイアンがそんなお薬を渡すとは思えませんが」
ドアは怒鳴り声を上げる。
「そんなことはわかっている! しかし、ならば他にどうすればよかったというのだ!」
ロイドは怒鳴り返す。
「うるさい! 確かにあんたの奥さんはかわいそうだ。けど、あんたの言葉を信じたばっかりに、あんたの奥さんのようにされた人だっているかもしれないんだぞ!」
ドアはそれでも引かない。
「黙れ小僧! おまえに私の気持ちがわかってたまるか!」
「だったら総督の地位を捨てて、奥さんを治すための方法を探せば良かったじゃないか! パルマコスタの人たちの金と命を奪ってんじゃねぇよ!」
ここでジーニアスが口を挟む。
「ロイド、もうやめてあげて! この人はマーブルさんにパンを差し入れていたボクとそう変わらないんだから! ボクも……不可侵契約を破って、危うくイセリアの人たちを巻き添えにしかけたんだから」
ロイドはやや熱が冷めたようにジーニアスを見つめる。
「ジーニアス……」
ジーニアスは続ける。
「ロイドの言い分は、イセリアの村長と同じなんだよ。大勢の命を優先するのか、たった1人の命を優先するのか。ロイドはマーブルさんのときはたった1人の命の方を優先したのに、ドアさんの場合は大勢の命の方が大事だって言っているよ。イセリアのときは、人間牧場を壊滅できたから両立できたけど、あの時だって偶然うまくいったようなものだし、この人にはそんな両立できるほどの力はないんだよ。そこは理解してあげないと……」
ロイドは、フェンス越しにパンを差し入れていたジーニアスとタバサの姿を思い出した。
しかしロイドがドアに謝る前に、リフィルがドアを非難する。
「いいえ、ジーニアス。あなたはタバサと半年間、マーブルさんにパンを差し入れていただけだけど、この人は違う。総督という立場で、パルマコスタの街の人々の支持を受けながら、お金と命を送っていたのよ。市民が信頼して努力して収めた血税と、恐らくは自分を信頼して集めたパルマコスタの義勇兵を、私たちのようにワナの張った人間牧場に送って、囚人にするなり無駄死にさせるなりしていたんじゃないかしら。それも5年間という継続性と反復性を持ってね。あなたのような何の権限も無い子どものルールを無視した善行と、公職にある人間が統治の責務を放棄して悪行を働くのは、全然意味合いが違うわ。履き違えないで」
ドアは観念したかのように目を瞑る。
「やはり、私は許されないのか……」
コレットはリフィルに懇願するように言う。
「でも先生……。クララさんを治す薬ぐらいは取ってきてあげてもいいんじゃ……」
コレットがそう言った途端、思いも寄らぬ声が飛び出る。
「そんな薬などあるものか!」
その鋭い声と共に、ドアが「ぐおっ!」と悲鳴を上げて倒れ伏した。ドアの背中にナイフが突き刺さっている。ドアの背後に隠れていたキリアの仕業だ。
牢屋にいたクララも悲鳴を上げるように吼えた。
タバサが驚愕の眼差しをキリアに向ける。
「あなたのお父さんでしょ! どうして……」
ジーニアスは即座に否定する。
「いや、違う。あいつは……」
キリアは、けたたましく笑い出す。
「あはははは! 誰がこんな奴の父親なものか! 私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマさまの忠実なるしもべ。優良種たるハーフエルフたる私に、こんな愚かな父親などいない!」
コレットが瞳に怒りを宿す。
「愚かな父親ですって……」
キリアの体はどんどん紫色に変化してゆく。ツインテールの部分が触覚に変わり、怪物へと変わってゆく。
「愚かとしか言いようがないではないか。娘が死んだことにも気づかず、怪物と化した妻を助けようとマグニスに貢ぎ続けて……こんな滑稽な劣悪種がどこにいる?」
ロイドが素早く剣を抜く。
「テメェ! 許せねぇ!」
キリアは嘲笑う。
「劣悪種と裏切り者どもめが。私が直々に闇に葬ってやろう!」
(裏切り者……?)
キリアの言葉にタバサは引っかかりを覚えたが、そんなことを考える間もなく戦闘が始まる。
キリアは突進してきたロイドに電気を浴びせようとしたため、クラトスがとっさにロイドの首根っこを捕まえて制止させた。
キリアは舌打ちをする。
「ちっ! ……くうっ!?」
そこにタバサの『ヒャダルコ』が入り、怪物となったキリアは氷漬けにされる。
そこにクラトスから解放されたロイドの双剣が入る。
「ぐあっ!? くうっ!」
正面から斬りつけられたキリアに、ジーニアスの『サンダーブレード』が上空から降ってきて、串刺しにされる。さらにコレットの『エンジェル・フェザー』、リフィルの相手を光のエネルギーで包みこむ『フォトン』、さらにクラトスがキリアの背中を間断なく斬りつけることで、一行はキリアに主導権を握らせなかった。攻撃する暇もなく、キリアは完全に倒れ伏す。
「くそっ……! ただでは死ぬものか……!」
キリアは最期の力を振り絞って怪物化したクララの入っている牢屋を開けた。
キリアはほどなく事切れたが、クララがロイドたちに迫ってくる。
身構える一行であったが、クララは戦うことなくその脇を通り過ぎて逃げていった。
クララが去るのを見送ると、倒れたドアがかすれた声で問いかける。
「……キリアは無事か……?」
ロイドは屈み込んで優しく嘘を告げる。
「本物の娘さんは無事らしいぜ。安心しな」
コレットがリフィルに痛ましい表情で懇願する。
「先生、早く治療をお願い」
リフィルは無言で頷き、ドアの側に座りこんで杖を彼の背中にあてて治癒術をかける。杖の当てられた箇所が光る。
しかし、間もなくリフィルは立ち上がり、無言で首を振った。
ドアはロイドに呻いて懇願する。
「どうか、ショコラを、助けてやってほしい。君たちをおびき出すために利用されたあの哀れな娘を……これがカードキーだ。暗証番号は3341」
ロイドは不思議そうな顔をしてカードキーを受け取ったが、しかし力強く「わかった」と言い切った。
ドアは、「そ、それから、妻も……」と言いかけたところで事切れた。
ロイドたちは短く黙祷を捧げた後、総督府を後にして、タバサの『ルーラ』でパルマコスタ人間牧場に戻った。
人間牧場の入り口でニールは一行を静かに迎える。
彼は機先を制するように言った。
「何も仰らなくて結構です。皆さまの顔を見れば、ドア総督がどうなったのかはわかりますから」
コレットは静かな声で言う。
「でもドアさんは、ショコラを助けてほしいって言ってたよ」
ニールは胸に手を当てて「わかりました」と告げる。
「総督のためにも、ぜひ私を連れて行ってください」
ロイドたちが了承すると、ロイドはニールにドアからもらったカードキーを見せた。
「このカードみたいなやつと暗証番号3341って、最後にドアは言ってたんだけど、どういう意味かわかるか?」
ニールはカードキーを受け取ってから頷く。
「皆さまが来られる前に牧場の正門以外の入り口を探したのですが、このカードと対応しそうな穴と機械を見つけました。ご案内します」
ニールの先導でロイドたちが牧場の側面に行くと、開きそうな扉の前に奇妙な機械があった。
ニールはカードキーを差し込み、暗証番号をクリックすると、自動でドアが開いた。
リフィルとクラトス以外が驚愕する。
「すげぇ! 勝手に扉が開いたぞ!」
「どうなってるんだろ?」
「押したり引いたりしなくてもいいんだ」
「……勝手に開く扉なんて初めてです」
リフィルは、自動ドアぐらいで感動する子どもたちに、密かに「文明格差」というワードが頭に浮かんだ。
それから教師としてピシッと言う。
「みんな、そんなにはしゃがないの。これから敵の基地に潜り込むんだから気を引き締めなさい」
ロイドたちは素直に返事をしたあと、牧場内へと入っていく。
牧場内は内装からして、ロイドたちには意味不明な物質でできていた。今までは石造りとか、木造りとかそういう言葉を当てられたのだが、金属のように見えてそれでいて固すぎず柔らかすぎずの奇妙な床や壁の材質であった。これが敵の牧場内でなかったら、色々と感想を言い合っていただろうが、あいにくとディザイアンや光る投擲物を放つ変な機械がひっきりなしに追いかけてくるので、そんな暇はなかった。
ディザイアンの武器は、鞭とか弓とか魔法とかロイドたちにとっては原始的なものであったが、白い機械が撃ってくる弾に関しては全くの未知であった。リフィルがジーニアスに、『サンダーブレード』を放つようにとアドバイスすると、白い機械はあっという間に壊れたが。
自動ドアを抜けたり、ワープ装置で移動したり、ディザイアンが落としたカードキーを差し込んだりして、ディザイアンたちを打ち倒しながら牧場内を彷徨っていると、たまたま牧場内に収容されている人間たちを発見できた。
近くにあった機械をリフィルが操作すると、収容されていた人たちの前にあった窓ガラスの自動ドアが一斉に開き、人間たちが溢れ出て来た。
ニールが、解放されて喜んだり泣いたりしている灰色の囚人服姿の人間たちを見回してから言う。
「ここは私に任せてください。間もなく軍が到着しますから彼らと協力してこの人たちを救出します」
そこで一行は、ニールに後を託して、先に進むことにした。なお、ショコラはここにはいなかった。
ワープ装置であちこち迷いながら移動しつつ、ロイドたちはようやくたくさんの機械で囲まれている管制室に辿り着いた。
すると、上からマグニスの声が降ってくる。
「ようやくお出ましか。天から見放された神子と豚どもが」
マグニスには宙に浮かぶ巨大な椅子に足を組み頬杖をつきながら、一行を見下ろした。
クラトスは怪訝な表情となる。
「天から見放された……だと?」
ロイドたちは、数十人はいる武装したディザイアンたちによって囲まれる。
しかし、まだ彼らは仕掛けてこない。
マグニスが嘲笑いながら告げる。
「がはははは! 所詮、豚の浅知恵なんだよ。おまえたちの行動はみんなわかってるんだぜぇ。劣悪種どもが逃げようとしているのもな」
すると壁にかけられている巨大なモニターに、牧場を出ようとしているニールと収容されていた人たちが映る。
コレットは不思議そうに首をかしげる。
「どうしてあんなところにニールさんたちがいるの?」
リフィルが解説する。
「あれは投影機。遠くの人や物を映し出す装置よ。私たちはずっと見張られていたのね」
そのままモニターを見ていると、ニールたちのいる部屋の前後の扉が自動で閉じられる。慌てた人たちが扉をガンガン叩いても、扉は開かない。
マグニスは再び「がはははは!」と笑う。
「無駄無駄無駄、無駄なんだよ。おまえたちのやっていることはよぉ!」
ロイドはここで剣を抜く。
「無意味なんかじゃない! ここでおまえを倒せば、みんなを助けられるんだ!」
すると、後ろの方から「そうよ!」と女の強い声が響いた。ショコラの声であった。彼女は壁際に縛りつけられている。
「パルマコスタの時のように、あんたたちディザイアンが惨めに負けることになるのよ!」
マグニスは、三たび豪快に笑う。
「そうかそうか。おまえも、ばあちゃんのマーブルのように助けられると信じてるんだろうなぁ。……ハーフエルフどもに」
すると、ショコラの目が大きく見開く。
「え……ハーフエルフ?」
途端にジーニアスとリフィルが表情が一変して、急に慌てて大声を上げる。
「な、何を言うんだ! ボクと姉さんはエルフだ!」
「そうよ! 私たちは……!」
マグニスは相変わらず笑いながら言う。
「おいおいおいおい、悲しいこと言うなよ。自分を偽るのは良くないぜぇ。……なあ、ショコラ。おまえのばーちゃんは、俺たちディザイアンと同じハーフエルフに助けられたんだぜ」
ジーニアスが顔を赤くしながら、必死に叫ぶ。
「デタラメを言うなぁっ!! ボクは……ボクらは……!」
マグニスはジーニアスの言葉を無視してショコラに語り続ける。
「ハーフエルフがハーフエルフ同士を一目で見極められるっていうことは、よく知ってるよなぁ、ショコラ?」
タバサは、マズいと悟る。
これはマグニスの精神攻撃だ。この世界では、ディザイアンの構成員の大半がハーフエルフである。それが故に、人間によるディザイアン以外のハーフエルフ蔑視も凄まじいものがある。
タバサは異世界出身なので何とも思わないが、この世界に生きている人間は、ハーフエルフを恐れ、憎み、そして蔑んでいる。
そうなると、ショコラの反応は自ずと決まってくる。
「う……そ……私は……ディザイアンと同じ薄汚いハーフエルフと握手したっていうの?」
ショコラは、後ろの壁でジーニアスを握り締めた両手をゴシゴシと汚れを取るかのようにこすった。
タバサはその光景を見て慌てて叫んだ。
「違う、ショコラさん! それは違う! ジーニアスは本当にパンをあなたのおばあさんに半年間差し入れに行っていただけなの! 薄汚いだなんて言わないで!」
しかし、ショコラは聞く耳を持たず、金切り声を上げる。
「ウソだわ! ハーフエルフが人間なんかを助けるはずがない! そのハーフエルフの子どもがみんなでっちあげたのよ! ハーフエルフはみんなディザイアン! 悪魔の種族! そんな奴らがおばあちゃんを助けただなんて、私は認めない!」
タバサは必死に否定する。
「違う! わたしはちゃんと見てた! ジーニアスが禁忌を破ってまでマーブルさんを助けに行くのをずっとずっと見てた!」
ロイドも追随する。
「俺は1回しか見てないけど、でもジーニアスは確かにマーブルさんにパンを差し入れていた! 2人ともすごく仲が良さそうだったぞ!」
ショコラは、ブンブンと首を振りながら泣き喚く。
「そんなのあり得ない! みんな作り話よ! ハーフエルフが人間なんかを助けるわけがない! ハーフエルフなんてみんな地獄に落ちればいいんだわ!」
そこまで言われて、心がズタズタになったジーニアスは、過呼吸の状態になりながら床に両手と両膝を付いた。
リフィルも顔面蒼白の状態となって立っていられず、膝から力が抜けて座りこんでしまった。その体は小刻みに震えている。
「ジーニアス!」
タバサは大慌てでジーニアスの肩を掴もうとするが、その手は振り払われた。
ジーニアスは息をゼーゼーつきながら、拳を握る。
「そうだよ……わかっていたことじゃないか……人間なんて助けたって、こうなることぐらい……」
手を振り払われたタバサはかなりのショックを受けながらも、ジーニアスを必死の形相で励ます。
「それは違うわ、ジーニアス。マーブルさんは確かにあなたに感謝していた。あなたがいなければ、マーブルさんは今もあの人間牧場に囚われていたままだった!」
しかしジーニアスは顔を上げようとしない。
そこにマグニスが憐れむような声をかける。
「かわいそうになぁ、ジーニアス。これでわかっただろ。俺たち優良種が劣悪種どもを助けても、何の見返りもねぇってことがな。恩知らずの人間なんざ、みんな牧場で管理した方がいいだろう!」
ここでロイドが全てを斬り裂くような大声を上げる。
「それは違う! ジーニアスや先生がハーフエルフでも、俺の大切な仲間であることに変わりはない! おまえらディザイアンと一緒にするな!」
コレットも大声を張り上げる。
「私だって! 神子として特別扱いされて寂しい想いをしていた時に、同じ人として接してくれたジーニアスや先生に感謝してる! エルフかハーフエルフかなんて関係ないもん!」
マグニスは相変わらず笑いながら言う。
「そうかそうか。じゃあ試してやるよ。ジーニアスにリフィルよ。おまえらがこの劣悪種どもを葬ることに力を貸してくれたら、俺はおまえたちをディザイアンとして受け入れてやるよ。イセリアの人間牧場でのことも水に流してやる。どうだ?」
その言葉が合図だったかのように、数十人のディザイアンが包囲網を狭めてくる。
クラトスは取り乱すことなく言う。
「来るぞ」
タバサはその声でジーニアスをいま起き上がらせることは諦めて、戦士の顔となり詠唱を開始する。
「『イオナズン』!」
「ぐああっ!?」
マグニスの悲鳴を筆頭に、30人以上のディザイアンが悲鳴と共に巨大な爆風によって壁まで叩きつけられた。
マグニスは空飛ぶ椅子ごと壁にぶつかってから放り投げられるように椅子から転落する。
「くそっ! あの魔法はおまえだったのか!」
その言葉からすると、イセリアの人間牧場を攻撃した爆発魔法はジーニアスが唱えたものだと思ったらしい。だからジーニアスを精神攻撃で潰しにかかったのか、とタバサは判断する。
一瞬にしてそこまで考えたタバサは、身を翻して残ったディザイアン兵に『ヒャダルコ』を放った。『イオナズン』が当たらなかった兵士たちは一斉に氷漬けにされて倒れていく。
今さらながら、全体掃討を得意とする魔法を数多く持っているタバサであった。
マグニスはさすがにリーダーというだけあって、一発では倒れなかった。走って接近するロイドやクラトスを目にしながら、巨大な斧を片手で握りつつ詠唱を開始する。
「『ファイアボール』!」
3発の火の玉がタバサに向けて高速で放たれた。しかしこの程度の攻撃は、魔王ミルドラースの放った『しゃくねつの炎』よりは大したことはない。
タバサが熱さを覚悟に身構えているとーー
「『フォースフィールド』!」
いつの間にか立ち上がっていたジーニアスが、タバサを守るべく彼女の前に出て防御技を展開し、3つの火の玉を自らの身で受けきった。
「ジーニアス……」
タバサは一瞬『しゃくねつの炎』を受けたかのごとく、胸が焦がれた。ジーニアスはまだ味方でいてくれる!
戦闘中ゆえにマグニスから視線を外さなかったタバサであるが、口元のほころびは抑えきれなかった。
マグニスは憤怒の表情で叫ぶ。
「くそっ! 同族のくせに、結局裏切るのかぁっ!」
ロイドがマグニスに告げる。
「言ったろ。ジーニアスはおまえらディザイアンとは違うんだって!」
「くそっ! ……ぐおっ!?」
悪態をついたマグニスにタバサの『ヒャダルコ』が襲いかかる。氷漬けにされ、氷解したあとのマグニスは隙だらけであり、容易くロイドとクラトスの剣を食らう羽目になった。
それでも筋骨隆々とした体には結構な耐久力があったのだが、ロイドとクラトスの剣による連携が途切れるとタバサの『ヒャダルコ』が待っており、そのせいで反撃の糸口すらマグニスは見出せなかった。
とうとう五度目の『ヒャダルコ』を受けたマグニスは、斧を握る力を無くして倒れこんだ。
「くそっ! 神子抹殺を果たせなかったか……!」
仰向けに倒れこみ無念そうに言うマグニスに、クラトスは告げる。
「クルシスはコレットを神子として受け入れようとしているが?」
ロイドも、そうだ、と叫ぶ。
「コレットが世界を再生するんだ! おまえらなんかに負けてたまるかよ!」
すると、マグニスは意外なほど穏やかな声で言う。
「そうか……。では俺は、騙されていたのか……」
「騙されていた?」
ロイドが首をひねるも、その時、機械の操作音が響く。
リフィルが管制室の機械を操作していたのだ。
すると、モニターに映っている、閉じ込められていたニールたちが解放されてゆく。彼らはあっという間に走り去っていった。
コレットが心配そうに訊ねる。
「先生、大丈夫ですか?」
リフィルは、声を震わせながら「……ええ」と答えたあと、あちこちの投影機の映像を見て、収容されている人々が残っていないかを確認していく。
その間にタバサは怒りのこもった表情で、壁際に捕縛されているショコラに近づいてゆく。
ショコラはそれを見て、「ひいっ!」と悲鳴を上げる。それから泣き叫ぶ。
「来ないでー! あんな魔法が使えるってことは、あんたもハーフエルフなんでしょう! 化け物が近寄らないで!」
タバサは深々とため息をついた後、一言、
「うるさい」
と言った。
そして、ショコラに『ラリホー』をかけて眠らせる。ショコラが床に崩れ落ちるのを確認してから、タバサは妖精の剣でショコラの縛めを解いた。
それからロイドを呼んで、眠らせたショコラを背負うように頼む。ロイドはためらいなく引き受けた。
リフィルは皆に告げる。
「もう他に誰も収容されている人はいないようです。なので、ここを自爆させます。自爆時間は10分後です。ーータバサ、『リレミト』をお願い」
タバサは、「はい、先生」と言うと、仲間たちがタバサの周囲に集まる。
ジーニアスが視線だけで「ボクもいいの?」という問いかけをしたが、タバサは笑顔で頷いた。
そして、一行はパルマコスタ人間牧場を後にする。