最期に一筆書き変えるだけの仕事です。   作:宇津木 沙坂

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依頼内容

 

 私志摩歌織(しまかおり)がこの男に仕事の依頼をするのは二度目。一度目の依頼は病死した母の幽霊を成仏させることだった。

 あの時は本当に大変だった。ただ、それは精神的に大変という意味であって、肉体的にはそんなことは全くなかった、ということは明言しておこう。

 つまり、怨霊と化してしまった母を祓うために霊能バトルを繰り広げた、とかそんな展開は一切なかった。アイツがしたことは母の幽霊を本に閉じ込め、読み込み、私と話し合ったりしながら、()()()()()()()()を書き変えただけ。

 そういう霊能バトルが必要になるような悪霊だったり怨霊を本に閉じ込めるのは不可能に近く、出来てもその記憶を読むだけで発狂したりするらしい。つまり、あの男に祓えるのは、()()()()()()()()で成仏できない霊だけだ。

 母との思い出だったりを話している時に、情けないところも色々見せてしまった。その時の経験から、この男の人格は最低最悪だが、その能力に関しては疑う余地もないことを知っている。

 だから今回も、その力を貸して欲しかったのだが……正直、賭けだった。

 

「嫌だね。前の依頼の時に言っただろう。俺は自殺した霊の成仏なんて手伝わん」

 

 どうやら、賭けには負けてしまったらしい。

 

 ライトノベル、文庫本、ゲーム雑誌、フィギュア、漫画、ゲーム機、缶バッチ、プラモデル、その他諸々が、そこら中に雑多に放置されている。壁にかけられたゲームや映画、アニメのキャラクターのタペストリーやポスターは、高さも傾きもバラバラだ。この男が言うには、これでも一定の規則性があるらしい。とてもそんな風には見えない。名目上探偵事務所とは思えない、片付けの出来ない子供部屋のような事務所の、それとは不釣り合いなほど高級そうなソファーに仰向けになりながら、横向きにスマホを持つ男、最果綴(さいはてつづり)はそう言い放つ。

 

「……知っているわ。それでもお願い。依頼を受けてくれたら何でもするわ」

 

 なら、もう一度勝負といこう。

 

「おいおい。うら若い女子がそんなこと言っちゃっていいのかい?もし俺がアレなことを要求したらどうするんだ?」

「……考えるだけで身の毛がよだつし、多分後で肌から血が滲むほど体を洗うでしょうけど、それでも世界を憎みながら諦めてその要求に応えるわ」

「全く。嫌な覚悟の決まり方だね。……おっ、最高レア演出……ちぇっ、またお前かよ」

 

 男は鳩尾の辺りにスマホを置いて、逆さまの顔でこちらを見る。その顔は、聞き分けの悪い子供への呆れが見てとれた。こんな奴が、自分は大人です、みたいな雰囲気を出しているのが腹立たしい。

 

「そもそも、自殺したような霊の未練が()()()()()()()()な訳ないだろ。自分の命を自分の都合で終わらせときながら、それに未練を残すなんて、そんな()()()()()()鹿()()鹿()()()()()を読みたく無いし、そういうのは大体怨霊か悪霊だから、本に閉じ込めることもできないし」

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()

 

 あぁ、コイツは、本当に。

 こういうところが、嫌いなんだ。

 

「えぇ。そうね。そうよね分かってたわよアンタがそんな奴だってこと。それはそれとして一回死になさい!」

 

 上を向いている顎に向けて振り下ろした踵落としは、寝っ転がったまま伸ばされた手に受け止められた。何なんだコイツ。

 

「何だ。やけに怒るじゃないか」

「当たり前じゃない!あんな、馬鹿にするようなこと……!」

()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()

「アンタ……!うゎっ…」

 

 寝っ転がったまま、奴は私を投げ飛ばす。そこらに積み上がっていた本の山にぶつかって、そのまま埋もれてしまった。くそ。冷静じゃない。悪いところだ。本に罪はないのに悪いことをしてしまった。申し訳ない。

 上体を起こして、私に背を向けながら、最果綴(さいはてつづり)は嘲笑する。

 

「別に自殺が悪いことだとは言わないさ。馬鹿だとは思うけどね。耐えられない奴もこの世には居るだろう。十人十色なんて言葉があるぐらいだ。ただね、覚悟は決めておくべきだよ。人生は一度、命は一つ、終わりまで走り続けるマラソンさ。ゴールに辿り着くことを放棄して、途中で勝手にゴールしたことにするなら、とっととコースに背を向けなよ。()()()()()()()()()()()()()()()がいるのに、そんなの失礼だろ」

 

 あぁ畜生。言い返す言葉が見つからない。この仕事をしているんだから、そんな人沢山見てきたんだろう。私の母もそうだった。あぁ、分かっている。分かっているさ。それでも、それでも──

 

「それでも、力を貸して欲しい。……助けたい人がいるの。このままだと、その人まで死んじゃう」

 

 固まった最果綴(さいはてつづり)は、静かにこちらを振り返る。ニヤケ面のままだが、その目は笑っていない。日本人とは思えない翡翠の瞳は、それまでの軽薄な、それでいて深い海の底の様に暗い目ではなく、夜空に輝く一等星の様に、暗闇を照らす鋭い光を宿していた。この目は見たことがある。母のことで話し合っていた時も、こんな目をしていた。

 この男が、命というものに向き合う時の、熱を帯びた光。

 この光を見て、私は賭けに勝ったことを悟った。

 

「……なるほど、なるほどなるほど。良いだろう。その依頼、受けてやる。だがその前に、その霊について、詳しく教えろ」

 

 

 

 

 

 まず前提として、私の友達は少ない。

 数えるのに片手で事足りるし、動かす指は2本だけだ。まぁ、うん。かなり狭い交友関係だという自覚はある。

 だが仕方がないのだ。母は死に、頼れる親族はいない。家賃は母の保険金のお陰であまり気にしなくて良い。ただ、特待生の学費免除に頼らなければならない以上、成績は落とせない。その上で、生活費自体は自分で稼がなければならない。

 つまり必然放課後はバイト漬けであり、バイト終わりと授業合間の休み時間、そして休日はひたすら勉強。人と交流する時間など殆どない。

 それでも友達関係であると言えるのは、彼女達が中学からの同級生であり、それでいて、何というか、全員家庭環境に問題を抱えていたことから、強い仲間意識があったからこそだ。

 まぁ、その数少ない二人が、自殺しようとして、一人は死に、もう一人は入院中なのだけれど。

 母の病死から一年経たずにこれだ。私呪われてるんじゃないの。

 

「君が呪われているかどうかはどうでもいい。自殺しようとした二人のうち、一人は生存した、が、死亡したもう一人の霊に取り憑かれ、再び自殺しようとしている、ということか?」

「その認識で大まかにはあってるんだけど、取り憑かれているというわけじゃないの。霊側から干渉しているんじゃなくて、生者側がそっちに近付いている感じ」

 

 以前の依頼の時に聞いたことだけど、悪霊だったり怨霊は意思疎通できるらしい。まぁ基本的に悪意だったり怨念だったりを垂れ流すだけなので、とても意思とは言えないのだが。

 逆に、そうでない地縛霊やら浮遊霊は何も意思を発しないのだとか。ただ、そこにあるだけで、何か干渉しようと動くことはない。

 

「ほう。つまり怨霊、悪霊の類では無いと。念のため聞くが、何も聞こえなかったんだな?」

「えぇ。ただ入院中の彼女の傍でずっと佇んでいるだけ。私以外には一切反応していないわ。私を見た時は、悲しそうな顔をしていたけど」

 

 母の死以降、普通は見えない幽霊が私に見える様になった。某魔法学校の某黒い幽霊馬のように、親しい誰かが死んだ、それでいて元々そういう素質があった人が、幽霊を見れる様になるんだとか。

 バイト先に事情を話して見舞いに行った時、彼女が佇んでいるのが見えた。それを見て、あぁ本当に死んじゃったんだなと悲しくはなったけど、それよりも今は、すぐにでも彼女を追いかけてしまいそうな友達を、どうにかしたい。

 つまり。

 

「自殺した少女の霊を成仏させることで、死を望む少女から動機を取り上げるつもりかい?そう上手くいくとは思えないけどな」

 

 あぁ、もう。

 私が思ってたことをあっさりと突いてくる。

 そう、そうだ。自殺しようとしたのは、二人。

 どっちも死にたいと思っていて、一人は奇跡的に生きていた。

 最初から、霊に唆されたとか、そんな訳じゃない。

 つまり、私は。

 

「んー、何というか。中々我儘だね君は。ただの友達なのかすら怪しいくせに、その人生に割り込もうってのかい?

 君も、彼女の家族ですらも、その人生を続ける理由にはなれなかったのに」

 

 あぁ。そうだ。

 自分で自分の人生を終わらせようとして、本気で行動する様な奴を、そう簡単に止められるわけがない。

 特に、その人生を続けても良いかな、と思わせる様な、そんな細やかな希望にすらなれなかった、ただの他人でしかない私には。

 

 まぁ、多分。私にとっては、たった二人の友達だけど。 

 一緒にいられたら、それだけで良かったと思えるぐらいだったのだけれど。

 二人にとっては、きっと、そうじゃなかったんだろう。

 そんなことは、とっくのとうに分かってたけど。

 

「それはそれとして、アンタにそれを言われると殴りたくなるわ」

「んーーー。これはまぁまぁ理不尽じゃないかな?」

「いえ、一から百まで論理的な正当性で満ちているわ。取り敢えずその頬を差し出しなさい」

「衝動的な不適当に満ちているなぁ。絶対嫌だね」

 

 本日三度目のゴングが鳴った。この男といると一日平均五回は鳴る。母の成仏の為に事務所に泊まり込んでいた時は、一日最高九回を記録した。

 私の勝率は、名誉の為に伏せておこう。

 

 

 

 

 

「それじゃ、まずはその生き残った方に会いにいこうじゃないか。その子の傍に霊もいる様だし、一石二鳥という奴だね」

「……えぇ。そうしましょう」

 

 体力の限界を迎え、手も足も出ずに埃と本まみれで足の踏み場もない床に倒れながら、合意の声を上げる。

 コイツはこんな奴のくせに、殴り返したりはしてこないのだ。本人曰く、大人だから、らしい。

 それなら少しは配慮と自制を身に付けてくれ、切実に。

 

「それじゃあ、彼女の元に案内するわ」

「あぁその前に、その子達の名前を教えて欲しい。絶対に必要なことだからな」

「……名前がそんなに重要なの?」

 

 元々教えるつもりだったけど、態々絶対なんて言葉を使うぐらいだから、何かあるんだろう。母の時はそんなこと言われなかったけど。

 

「あぁ重要だとも。そうしないと本が読めないからね」

「……?霊を閉じ込めれば読めるんじゃなかったの?」

「正確には、霊を閉じ込めて、題名をつけることで、だな」

「そう。なら、教えてあげるわ」

 

「死んでしまった方が、『伊吹楓(いぶきかえで)』。奇跡的に生き残った方が、『九重渚(ここのえなぎさ)』よ」

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