最期に一筆書き変えるだけの仕事です。   作:宇津木 沙坂

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面会

 

 渚と楓に会ったとき、私はこの二人は双子なんだと思っていた。それぐらいそっくりなんだ、この子達は。

 実際には実は血の繋がりがあったりだとかは無いらしい。私たち三人は、家庭環境に問題を抱えていたけれど、生き別れの兄弟姉妹がいた訳じゃ無い。

 私は、物心ついた頃には父親がいなかった母子家庭。中学からバイトしていた。

 死んでしまった『伊吹楓(いぶきかえで)』は、私と同じ様な母子家庭で、これまた同じように中学からバイトして、家計を支えていた。ただ、私とは違って母親がだいぶアレだったようで、せっかく稼いだお金も、若い男に貢ぐのに使い込まれてしまっていた。

 奇跡的に生き残った『九重渚(ここのえなぎさ)』は、私たちとは違って、両親こそ健在で、裕福ではあったのだけれど、俗に言う教育虐待というか、特待生の為に頑張らないといけない私や楓以上に勉強を強制されていた。それでいて、ネグレクトというか、一度も誕生日プレゼントも貰ったことはないし、授業参観や入学式、卒業式といったイベントに親が来たことは無く、ご飯を一緒に食べたことも年に数回あれば良い方なのだとか。

 三人とも、それぞれ別種の地獄の中にいた。

 それでも、楓はいつも明るかった。どんなに辛い時も笑顔で、泣き言一つ言わなかった。………あの時も、笑って堪えていた。

 渚はいつも強かった。凛としていて、まっすぐ前を見ていて、苦しさも悲しさも乗り越えていた。

 

 きっとそれは、私の錯覚でしかないのだろうけど。

 

「まぁ、自殺するような人間が、いかにも自殺します、みたいな気配を漂わせているとは限らないさ。親しい人間から見たら、とてもそうは思えないくらい楽しそうにしていても、実際、本人が楽しいと感じていたとしても、自殺するような人間だっている」

「……慰めてるの?一応、礼を言っておく、ありがとう」

「違うよ。君のそれが、錯覚とは限らないと言っているだけだ」

「……どういうこと?」

 

 男は察しの悪い愚か者を見るような目で、コイツそんなことも考えつかなかったのか、と嘲るような口調で、自身の推理を話した。

 

「君は家庭環境をこそ自殺の原因だと思っているようだが、それ以外の可能性もあるだろう?何せ二人で自殺しようとしていたんだ。………心中の線だって、十分にあるだろう」

 

 ……なるほど。それは考えつかなかった。

 

 だが、つまり、そうなると。

 こう、私だけ仲間外れのような。

 孤独感というか、疎外感というか、何というか、こう、私の知らない間に、二人だけがそこまで深い仲になっていたと考えると、その、気まずさの様な、そんな感覚になる。

 

「ははぁ。つまり君は今あれか、俗に言う脳破壊の様な状態な訳だ。つまりは寝取られだな」

「最低ね」

 

 別に私が感じていたのは友情であって、恋愛感情でこそないのだけれど。

 流石に病院でゴングを鳴らすわけにはいかない。脇腹に肘打ちを入れてやるのでこれで勘弁しとこう。

 普通に防ぎつつ、男は詭弁を弄した。

 

「恋愛感情でも友情でも、執着が強ければそれは何も変わらないだろう?」

「……いやそれは割と変わるんじゃないかしら?」

「同じさ。相手を自分の思い通りにしたいという気持ちに違いはない」

「……まぁ、貴方はそういう人だものね」

 

 隔離病棟の病室に辿り着く。そこの名札は、『九重渚(ここのえなぎさ)』。

 私にとっては、大切な友達だ。

 

「渚?入るわよ」

 

 扉を開ける。渚は上体を起こして、窓の外を眺めていた。窓は施錠されていて、紐やコードもこの病室には無い。強化ガラスだから人の力では割れない。おまけに、内側からは鍵がないと開かない。

 つまり、自殺したくても出来ないわけだ。

 

「あら、また来たの歌織。もう来なくていいって言ったじゃない」

「そんなの知らない。私はまた来るって言ったわ」

「あらそう。それでまた、随分と顔の良いお友達ね。ふふ。美人局のつもりかしら?」

「何で私が詐欺なんかしなきゃいけないのよ。まぁ、詐欺師だと思うくらいには胡散臭いけど」

「随分と、ひどいことを言うじゃ無いか。今時の女子高生ってそんな感じなのかい?」

「「私たちは例外よ」」

 

 家庭環境がこんなに悪いのがありふれてたまるか。私たちは例外側に決まってるだろう。

 咳払いを合図に話を進めることにした。

 

「この人は『最果綴(さいはてつづり)』、自称探偵兼作家。本業は一筆者(いっぴつしゃ)。簡単にいうと霊を成仏させるのがこの人の仕事よ」

「この子の依頼でね。君に取り憑いた『伊吹楓(いぶきかえで)』を祓いに来た」

「……だから、話して欲しいの。どうして、飛び降りたりしたのか」

 

 そこまで言うと、渚は絶対零度の視線を私に向けた。

 

「へぇ、そう。随分と余計なお節介を焼くのね。そんな無駄なことに時間を使ってたら、奨学金貰えなくなるわよ。話すつもりはないって、何度も言ったわよね。

 貴方、そんなに馬鹿だったかしら」

 

 渚は私の行動を無駄と笑った。

 私の気持ちは、もうどうでもいいのだろうか。

 悲しくないと言えば、嘘になる。胸が張り裂けそうな痛みとかよく聞く表現だけど、今はそんなレベルじゃなかった。胸がミンチにされている様な痛みだった。

 言いたくないのに、私たち友達じゃなかったのって口から出そうになる。

 

 その後が、怖い。

 もし、友達なわけないでしょう、なんて言われたら立ち直れる気がしない。この場で泣き崩れて膝を着くだろう。

 そんな私を見下ろして、邪魔だからさっさと帰って、とか言われてしまったら。

 もう、どうなってしまうのかわからない。

 多分、床の上で突っ伏して泣き喚くと思う。

 

「ま、君の言うことも最もだね。コイツは馬鹿だ」

 

 ねぇ、何で今私を背中から撃ったの?

 最低最悪だとは思ってたけど、ここで裏切るほどだとは思わなかった。私の理解はまだ足りてないらしい。一生理解したくはない。

 

「しかも馬鹿なだけじゃない。超弩級の変態だ。大した金も無いのに五万円も貢ぐし、身体を売ろうとするし、挙げ句の果てには暴力を振るう。

 貢ぎマゾの癖にDVとか、ドMなのかドSなのか、はたまた両方なのか。どっちにしても、終わり尽くした性癖だね」

 

 私の頭は、一周回って冷静だった。

 冷静に、理性的に、落ち着いて、この男の言葉を反芻した結果。この男をここで殺すことこそが、世界平和に繋がると確信を持って言い切れる。コイツはきっとこの世界の疫病とか戦争とかの悲しみに繋がる全ての主であり、コイツをここで徹底的にぶちのめしてぶち殺すことで、世界はきっと今よりも平和になる。それほどの悪性でなければ、コイツの存在に説明がつかない。きっとコイツはこの場で殺される為に生まれたんだ。私はここでコイツを殺す為に生きてきたんだ。コイツは魔王で私は勇者なんだ。

 そして同時に、私の本能が叫んでいる。今ここでコイツを殺せと。殺さなければならないと。既に私の尊厳には、コイツがたった今吐瀉物をぶちまけた。ならばその報いを受けさせなければ。攻撃されたら反撃しなければ。まずは、そう。殺そう。

 私の理性と本能は、今までの人生において、最も完璧なコンビネーションを見せた。

 ミンチにされた胸に、怒りの炎が灯り、瞬く間にハンバーグを作り上げる。ただのハンバーグじゃない。このクソやろうへの殺意と敵意と憎しみとその他諸々を丹念に練り込んで、頭をかち割れるぐらいに硬くなるまで火を入れた、殺意の爆弾ハンバーグだ。

 私の尊厳をこれ以上汚させないために。

 私の心に消えない傷をつけた報いを、今、ここで!!!!

 

「殺す。絶対に殺す。何があっても殺す。その頭かち割って脳味噌ぶちまけて殺す。その腹掻っ捌いて内臓全部引っ張り出して殺す。その胸に風穴開けて心臓ぶっこ抜いて殺す。とにかく殺す何としてもころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス、殺すっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい歌織」

「止めないで渚。世界を救う為にはここで殺さないとダメなの。貴方のためにも必ずなるわ」

「いや私のことを考えるなら生かしておいたほうが」

「死に晒せクソやろぉぉぉぉ‼︎‼︎」

 

 ここは病院だと理性は言っていた。

 つまりは好都合だと。死体の処理は楽に終わるし、瀕死の重傷を負わせて治してを繰り返して苦しみを与え尽くせると。

 開幕のゴングは過去最高に高らかと鳴った。

 今、ここで、私はもぎ取る!初勝利を!

 

 

 

 

「なんで、なんでなのよぉ」

 

 母の葬式でも泣くことは無かったのに、今私はさめざめと泣いている。まるで幼稚園児みたいで情けない。でも涙は止まらない。床にうつ伏せになりながら、顔の周りに水溜りができる。

 私の上に腰を下ろしたあのクズは、私の頭をポンポン叩く。

 

「ま、まだまだお子ちゃまだってことだ。もっと精進しなさい。後飯も食え。その無駄にでかい脂肪以外にも筋肉つけな」

「流石に引きます」

 

 渚はベッドの上からこれ以上ない軽蔑の目を男に向けた。そして私には憐れみの目を向けた。やめて。見ないで。こんな私を見ないで。

 

 ベッドから降りた渚は、膝をついて私の顔を覗きながら。慰める様に頭を撫でる。ダメだ。そんなのダメだ。友達に母を重ねるなんて。あまりにも変態すぎる。 

 

「ままぁ」

 

 くそう。この口め。いつか縫い付けてやりたい。でも、でもでも仕方ない。渚の抱擁力が強すぎるのが悪い。私は悪くない。そうだ。友達におぎゃりそうになってるのも、こんなに情けない姿を晒してるのも、全部全部全部、このクソやろうのせいだ。

 

「その、苦労してるのね」

「うん。うんうんそうなの。あのね、コイツひどいの。ゴミクズなの」

「そのゴミクズに頭を下げた君はなんだろうね?吐瀉物か何かかい?」

「ゔぉおおおおん、……っぐ、ひっぐ、ぅええええん、うわぁぁぁぁん、なぎさぁぁ、コイツがいぢめるぅぅぅ」

「よしよし。大丈夫。大丈夫よ歌織。吐瀉物はコイツよ。貴方はちゃんとした人間だわ。今まで頑張ってきたじゃない」

「ゔん。そゔだね、ぞゔだよね。わだじなにも悪くないもん」

「うんうん。貴方は何も悪くないわ」

「よし。なら可哀想な歌織くんに免じて、君たちが飛び降りた当時の状況を、詳しく話してもらおうじゃないか」

 

 私の上から立ち上がると、ベッドの傍らにいてあるパイプ椅子に勢いよく座り、足を組むと、暴君のように尊大な態度で、私たちに視線を向けた。

 

「こんなにも哀れな子のためにも、少しはちゃんと話してあげるべきじゃないかい?」

「……マッチポンプって知ってます?」

 

 ……………なるほど。

 渚に口を割らせる為にこんなことをした、ということだろう。

 その、何というか。もっとやりようはあっただろう?

 

「……お願い渚。ぢゃんど話しで」

「……分かったわよ。話すわ。話すからまず鼻かみなさい」

 

 ベッド脇のサイドテーブルからティッシュ箱を取り出して私に差し出してくる渚。

 勢いよく鼻をかんで、ベッド脇の椅子に座る。

 座る時に、もちろんクソ野郎から人三人分は離れて座る。当たり前だ。

 ベッドに腰掛けた渚は、私たちの方に向き直り、薄く笑う。

 

「さて、それじゃあ可哀想な歌織の為に、無駄話を始めましょう」

 

 ……ここまでやっても、こんなに冷たいままなのか。

 私の尊厳穢され損なんですけど。

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