ブラック企業で過労死した俺、今世はイリヤに転生しました。なお魔法少女業務は聞いてません。   作:健全な中に隠れた性癖

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第5話 友達は業務ではありません

 

 

 翌朝。

 

 目覚まし時計が鳴った瞬間、私は悟った。

 

 体が重い。

 

 重すぎる。

 

 布団が私を離してくれないのではない。

 

 私の体が布団と業務提携を結んでいる。

 

 離職の意思がない。

 

「……体が、退勤してない」

 

 昨日の初任務。

 

 ライダーカードとの戦闘。

 

 飛行。

 

 防御。

 

 魔力弾。

 

 恐怖。

 

 緊張。

 

 そして帰宅後の精神的疲労。

 

 全部がまとめて、朝の私に請求書を叩きつけてきた。

 

 筋肉痛。

 

 精神痛。

 

 あと、たぶん魔法少女痛。

 

 聞いたことはないけど、今の私は確実にそれだった。

 

「イリヤ様」

 

 扉の向こうから、セラの声がする。

 

「起床のお時間です」

 

「本日は有給休暇を申請します……」

 

「小学生に有給休暇はありません」

 

「学校にも労働基準を……」

 

「ありません」

 

 即答だった。

 

 この世界、子どもに厳しい。

 

 いや、学校は前世の会社よりだいぶ優しいけれど、今日の体調的には休みたい。

 

 全身が、昨日の戦闘を思い出している。

 

 特に腕。

 

 ライダーの鎖を防いだ時の衝撃が、まだ残っている気がする。

 

 あれ、本当に怖かった。

 

 当たれば怪我では済まない。

 

 冗談でも、ごっこ遊びでもない。

 

 命に関わるやつだった。

 

「イリヤ、筋肉痛?」

 

 扉が少し開いて、リズが顔を出した。

 

 私は布団から顔だけ出す。

 

「筋肉痛と精神痛の合わせ技」

 

「精神痛」

 

「心が筋肉痛」

 

「大変」

 

「分かってくれるの、リズだけかもしれない」

 

 リズは無表情のまま、こくりと頷いた。

 

 分かっているのか、いないのか。

 

 でも、深く追及しないその距離感がありがたい。

 

 その時、枕元の下から小さな声がした。

 

「おはようございます、イリヤさん!」

 

 私は無言で枕を持ち上げた。

 

 そこに、ピンク色のステッキがいた。

 

 マジカルルビー。

 

 契約詐欺師。

 

 魔法少女業界における労働環境悪化の象徴。

 

「……おはよう、ルビー」

 

「なんだか目が怖いですよ?」

 

「昨日の件、完全に労災だからね」

 

「魔法少女に労災はありません!」

 

「だからブラックなんだよ!」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 セラが扉の向こうで不審そうにする。

 

「イリヤ様?」

 

「な、なんでもない!」

 

 危ない。

 

 朝から喋るステッキと労災について議論しているのを見られたら、いろいろ説明が面倒になる。

 

 説明。

 

 そう、説明だ。

 

 昨日の件も、説明が足りなすぎた。

 

 契約後に説明。

 

 変身後に説明。

 

 空中連行後に説明。

 

 そして実戦で研修。

 

 思い出すだけで胃が痛い。

 

 前世のブラック企業と違うのは、業務内容が魔法で、敵が英霊っぽい何かで、命の危険がより直接的なことくらいである。

 

 悪化している。

 

 私は渋々起き上がり、着替えを始めた。

 

 体は痛い。

 

 でも学校には行く。

 

 昨日みたいな危険現場に比べれば、学校は安全地帯だ。

 

 授業。

 

 給食。

 

 友達。

 

 チャイム。

 

 なんて素晴らしい制度だろう。

 

 階段を降りると、お兄ちゃんが朝食を用意していた。

 

「おはよう、イリヤ」

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「……疲れてるのか?」

 

 さすがお兄ちゃん。

 

 保護者力が高い。

 

 顔を見ただけで疲労を察してくる。

 

 私は席につきながら、慎重に言葉を選んだ。

 

「昨日ちょっと……体育が激しくて」

 

「体育?」

 

「夜間の……いや、精神的な体育」

 

「何だそれ」

 

「私にも分からない」

 

 お兄ちゃんが心配そうに眉を下げる。

 

「無理するなよ」

 

「お兄ちゃんもね」

 

「俺は大丈夫」

 

「禁止ワード出ました」

 

「またか」

 

「“大丈夫”は要観察ワードだから」

 

「イリヤの中で俺の信用、どうなってるんだ……」

 

「信用はあるよ。油断してないだけ」

 

 お兄ちゃんは苦笑しながら味噌汁を出してくれた。

 

 温かい。

 

 朝ごはんが温かい。

 

 体は痛いけれど、心は少し回復する。

 

 ただ、箸を持ちながら、ふと昨日の美遊の声が頭に戻ってきた。

 

 問題ない。

 

 私は慣れている。

 

 必要なら、やる。

 

 あの言葉は、まだ耳に残っていた。

 

 任務に支障がない。

 

 だから問題ない。

 

 痛いかどうか、怖いかどうか、自分がどう思っているかは後回し。

 

 そういう考え方は、危ない。

 

 とても危ない。

 

 前世の私がそうだったから、余計に分かる。

 

 学校に着く頃には、体の痛みは少しだけ引いていた。

 

 ただし、眠い。

 

 とても眠い。

 

 龍子が私の顔を覗き込んで、元気よく叫んだ。

 

「イリヤ、目が死んでる!」

 

「前世ほどじゃないからセーフ」

 

「ぜんせ?」

 

「こっちの話」

 

 美々が心配そうに近づいてくる。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫って言うと怒られそうだから、大丈夫じゃない寄りの大丈夫」

 

「どっち?」

 

 那奈亀が首を傾げた。

 

「私も分からない」

 

「寝不足?」

 

 雀花に聞かれて、私は少しだけ遠い目をした。

 

「寝不足というか……昨日、命の洗濯ができなかった」

 

「命の洗濯?」

 

「お風呂は入ったんだけどね」

 

「イリヤ、今日も変」

 

 龍子が笑う。

 

 うん。

 

 それでいい。

 

 小学生の会話だ。

 

 平和だ。

 

 昨日の鏡面界の静けさとは違う。

 

 人の声がある。

 

 笑い声がある。

 

 この環境、やっぱり守る価値がある。

 

 そんなことを思っていた時だった。

 

 先生が教室に入ってきた。

 

「みなさん、今日は新しいお友達を紹介します」

 

 新しいお友達。

 

 転校生。

 

 普通ならわくわくする言葉だ。

 

 けれど、今の私は嫌な予感がした。

 

 扉が開く。

 

 入ってきたのは、青い髪の少女だった。

 

 静かな目。

 

 整った顔。

 

 感情の薄い表情。

 

 昨日、鏡面界でライダーカードを相手に一歩も退かなかった女の子。

 

 美遊だった。

 

「美遊・エーデルフェルトです。よろしくお願いします」

 

 教室がざわついた。

 

「すごい美人!」

 

「お人形さんみたい……」

 

「外国の子?」

 

 みんなが興味津々で美遊を見る。

 

 私は固まっていた。

 

 職場が学校に侵食してきた。

 

 いや、違う。

 

 ここは学校。

 

 ここは健全な日常。

 

 魔法少女業務の出張所ではない。

 

 そのはずだった。

 

 でも、目の前にいる。

 

 昨日の同業者が。

 

 いや、だから同業者って何。

 

 魔法少女を職種で見るな、私。

 

 美遊の席は、私の近くだった。

 

 先生の指示で、美遊が静かに歩いてくる。

 

 すれ違いざま、彼女はほんの少しだけ私を見た。

 

「イリヤ」

 

「……おはよう、美遊」

 

「おはよう」

 

 短い。

 

 でも、それだけでクラスメイトたちは目を輝かせた。

 

「え、イリヤちゃん知り合い?」

 

 美々が小声で聞いてくる。

 

「えっと……昨日、ちょっと」

 

「昨日?」

 

「いろいろあって」

 

 いろいろ。

 

 本当にいろいろだ。

 

 契約詐欺。

 

 空中移動。

 

 説明不足。

 

 ライダーカード。

 

 怪我。

 

 手当て。

 

 全部まとめて「いろいろ」で済ませるには、だいぶ情報量が多い。

 

 授業が始まると、美遊のすごさはすぐに分かった。

 

 先生に指名されても、淡々と答える。

 

 算数の問題もすぐ解く。

 

 国語の音読も綺麗。

 

 姿勢もいい。

 

 ノートも丁寧。

 

 優等生。

 

 完璧超人。

 

 美々たちが感心している。

 

 龍子も目を丸くしていた。

 

「美遊すごーい!」

 

「普通」

 

 美遊は短く答えた。

 

 普通。

 

 普通の基準が高い。

 

 こういう子は危険だ。

 

 できる子には、どんどん仕事が集まる。

 

 できるから任される。

 

 任されるから断れない。

 

 断らないから、さらに積まれる。

 

 そして、いつか潰れる。

 

 前世で嫌というほど見た流れである。

 

 もちろん、美遊は小学生だ。

 

 会社員ではない。

 

 でも、昨日の「問題ない」といい、今の「普通」といい、この子の基準は自分に厳しすぎる気がする。

 

 体育でも美遊は目立った。

 

 動きが軽い。

 

 無駄がない。

 

 龍子が本気で勝負を挑みにいって、あっさりかわされていた。

 

「うおー! 美遊すごい!」

 

「龍子も速い」

 

「ほんと!? やった!」

 

 龍子は褒められて喜んでいる。

 

 美遊の言葉は短いけれど、嘘ではない。

 

 その素直さは少しだけ可愛い。

 

 ただ、褒められた美遊本人は、やっぱりあまり表情を変えなかった。

 

 褒められることに慣れていないというより、褒め言葉を自分のものとして受け取っていない。

 

 そんな感じがした。

 

 給食の時間。

 

 美遊は自然に、私の近くへ来た。

 

「ここ、いい?」

 

「もちろん」

 

 私は席を少し空ける。

 

 美遊は隣に座った。

 

 周りの子たちも嬉しそうに集まってくる。

 

「美遊ちゃん、どこから来たの?」

 

「好きな食べ物ある?」

 

「髪きれいだね!」

 

 質問が飛ぶ。

 

 美遊は一つ一つ、短く答える。

 

 困っているようには見えない。

 

 けれど、会話に慣れているようにも見えない。

 

 私は少しだけ助け舟を出す。

 

「美遊、無理に全部答えなくても大丈夫だからね」

 

「無理ではない」

 

「それ、昨日から一番信用してない返答」

 

「?」

 

 美遊が首を傾げる。

 

 私は苦笑した。

 

 すると、美遊は少し考えてから言った。

 

「イリヤの近くの方が、効率がいい」

 

「何の効率?」

 

「分からない」

 

「分からない効率で近くに来たの!?」

 

 美遊は真顔だった。

 

 冗談ではないらしい。

 

 少し沈黙してから、ぽつりと言う。

 

「落ち着く、かもしれない」

 

「……」

 

 待って。

 

 真顔で破壊力のあることを言わないでほしい。

 

 これは友情。

 

 健全な友情。

 

 たぶん。

 

 いや、間違いなく健全な友情だ。

 

 私は心の中でそう確認しながら、給食の牛乳を飲んだ。

 

 喉に詰まりそうになった。

 

「イリヤ?」

 

「大丈夫。情緒が少しびっくりしただけ」

 

「情緒」

 

「私の心の安全装置」

 

「そう」

 

 美遊は分かったような、分かっていないような顔で頷いた。

 

 その時、私は美遊の腕に貼られた絆創膏に気づいた。

 

 昨日の傷だ。

 

「美遊、腕まだ痛い?」

 

 美遊は一瞬だけ視線を落とした。

 

 いつもなら、問題ない、と言いそうだった。

 

 でも彼女は少しだけ黙ってから、口を開いた。

 

「……少し」

 

 私は目を見開いた。

 

「ちゃんと言えた!」

 

「イリヤが、痛いなら痛いと言っていいと言ったから」

 

 美遊は淡々と言う。

 

 その声はいつも通り平坦だった。

 

 でも、私は少し嬉しくなった。

 

 覚えていた。

 

 昨日の言葉を、ちゃんと覚えていた。

 

 痛いなら痛いと言っていい。

 

 怖いなら怖いと言っていい。

 

 それを、美遊は持ち帰ってくれていた。

 

「よし。美遊さん、健全レベルが一つ上がりました」

 

「健全レベル?」

 

「大事なステータス」

 

「強くなる?」

 

「ある意味では、かなり」

 

 美遊は真面目に考えている。

 

 違う。

 

 いや、完全には違わないかもしれない。

 

 自分を雑に扱わないことは、たぶん強さの一種だ。

 

 休み時間。

 

 私はトイレに行こうとして立ち上がった。

 

 すると、美遊も立ち上がった。

 

「美遊?」

 

「何?」

 

「ずっと一緒にいる?」

 

「駄目?」

 

 直球。

 

 しかも真顔。

 

 私は慌てて手を振る。

 

「駄目じゃない。駄目じゃないけど、理由を聞いてもいい?」

 

「イリヤの近くにいると、判断しやすい」

 

「判断?」

 

「イリヤが危なくないか」

 

「待って。初日から見守り対象になってる?」

 

「昨日、危なかった」

 

「それはそう」

 

「だから、見る」

 

「見るの方向性がちょっと重い!」

 

 美遊はやはり不思議そうにしている。

 

 この子、距離の詰め方が独特だ。

 

 たぶん悪気はない。

 

 むしろ真面目に心配してくれている。

 

 それは嬉しい。

 

 嬉しいけど、少し重い。

 

 まだ軽い方だとは思う。

 

 でも、芽がある。

 

 何の芽かは分からない。

 

 いや、分かりたくない。

 

 私は心の中で、健全な友情、健全な友情、と二回唱えた。

 

 放課後。

 

 龍子たちと別れたあと、私は校門を出た。

 

 当然のように、美遊が隣にいた。

 

「美遊、ルヴィアさんの家はこっち?」

 

「違う」

 

「じゃあ、なんでこっちに?」

 

「イリヤと帰りたいから」

 

「……」

 

 直球。

 

 また直球。

 

 社会人時代には受けたことのないタイプの攻撃だった。

 

 前世では「帰りたい」と言っても仕事が帰してくれなかった。

 

 今世では「一緒に帰りたい」と真顔で言われている。

 

 人生、落差がすごい。

 

「それは……うん。いいけど」

 

「いい?」

 

「友達なら、一緒に帰るくらい普通だし」

 

「友達」

 

 美遊がその言葉を繰り返した。

 

 まるで初めて触れるものを、そっと確かめるみたいに。

 

「そう。友達」

 

「イリヤと私は、友達?」

 

「私はそのつもりだけど」

 

「そう」

 

 美遊は短く答えた。

 

 表情はあまり変わらない。

 

 でも、少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がした。

 

 帰り道。

 

 車通りのある横断歩道で、私は美遊の手を取った。

 

「こっちだよ」

 

 信号が青になる。

 

 私が歩き出そうとすると、美遊が一瞬だけ固まった。

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

 

「嫌ではない」

 

「そっか」

 

 美遊の手は少し冷たかった。

 

 細くて、小さい手。

 

 昨日、あの手でサファイアを握って戦っていた。

 

 痛いとも言わずに。

 

 怖いとも言わずに。

 

 そのことを思い出すと、胸が少し苦しくなる。

 

「イリヤの手は、温かい」

 

「真顔でそういうこと言わないで。情緒がびっくりするから」

 

「情緒」

 

「そう。私の心の安全装置」

 

「大事?」

 

「かなり大事」

 

 横断歩道を渡り終える。

 

 私は自然に手を離そうとした。

 

 けれど、美遊の手は離れなかった。

 

「美遊?」

 

「何?」

 

「もう道渡ったよ?」

 

「まだ、少し」

 

「……少しだけね」

 

「うん」

 

 美遊は頷いた。

 

 健全。

 

 これは健全な友情。

 

 手を繋いで帰る小学生。

 

 何もおかしくない。

 

 おかしくないはずなのに、私の内心だけが少しうるさい。

 

 前世の記憶があるせいなのか。

 

 今世の体に引っ張られているせいなのか。

 

 それとも、単純に美遊の真っ直ぐな言葉が強すぎるのか。

 

 たぶん全部だ。

 

 少し歩いたところで、美遊がぽつりと言った。

 

「友達は、何をすればいい?」

 

「え?」

 

「イリヤの役に立てばいい?」

 

 私は足を止めた。

 

 美遊も止まる。

 

 繋いだ手が、少しだけ揺れた。

 

「違う」

 

「違う?」

 

「友達は、役に立つためにいるんじゃないよ」

 

 美遊は私を見る。

 

 その目は静かだった。

 

 でも、どこか戸惑っているようにも見えた。

 

「でも、役に立たないと」

 

「役に立たなくてもいい」

 

「……」

 

「一緒に帰ったり、ご飯食べたり、どうでもいい話をしたり、怖い時に怖いって言ったり」

 

 私は少しだけ笑う。

 

「そういうのでいいんだよ。むしろ、そういうのがいい」

 

 美遊は黙っていた。

 

 風が通り過ぎる。

 

 車の音が遠くで聞こえる。

 

 いつもの街の音。

 

 鏡面界とは違う、人のいる世界の音。

 

「役に立たなくても、いい」

 

 美遊が小さく繰り返した。

 

「うん」

 

「……難しい」

 

「難しいなら、少しずつでいいよ」

 

「少しずつ」

 

「そう。まずは一緒に帰るところから」

 

 美遊は繋いだ手を見た。

 

 それから、ほんの少しだけ指に力を入れた。

 

「分かった」

 

 その時、少し先に黒塗りの車が停まった。

 

 扉が開き、ルヴィアさんが優雅に姿を現す。

 

「美遊さん、お迎えに参りましたわ」

 

「あ」

 

 そういえば、美遊はルヴィアさんのところにいるのだった。

 

 美遊は私の手を握ったままだ。

 

 ルヴィアさんはそれを見て、口元に微笑みを浮かべた。

 

「まあ。仲良くなれたようで何よりですわ」

 

「健全な友情です」

 

「あら、わたくしは何も言っておりませんわ」

 

「先手を打ちました」

 

 ルヴィアさんが楽しそうに笑う。

 

 この人、絶対分かっていて言っている。

 

 油断ならない。

 

「ちょっとルヴィア! あんた、何当然のように車で迎えに来てんのよ!」

 

 別方向から凛さんの声がした。

 

 振り返ると、凛さんが腕を組んで立っている。

 

 なぜいる。

 

 いや、魔術師だからだろうか。

 

 魔術師は突然現れる生き物なのかもしれない。

 

「遠坂凛。あなたこそ、こんなところで何をしていらっしゃるの?」

 

「カード反応の確認よ。ついでに様子を見に来ただけ」

 

「ついでにしては、随分と必死ですわね」

 

「はあ!?」

 

「保護者間トラブルは子どもの前でやめましょう」

 

 二人が同時に黙った。

 

 今日も私は現場整理役である。

 

 なぜだ。

 

 小学生なのに。

 

 そこへ、ルビーとサファイアさんも姿を見せた。

 

「いやあ、イリヤさんと美遊さん、手を繋いで下校だなんて青春ですねぇ!」

 

「健全な友情です」

 

「私は何も言ってませんよ?」

 

「ルビーは何か言う前から信用できない」

 

「ひどい!」

 

「姉さんには前科がありますので」

 

「サファイアちゃん!?」

 

 サファイアさんが静かに光る。

 

 美遊はまだ手を離さない。

 

 ちらりと見ると、美遊は真顔だった。

 

「友達なら、普通」

 

「学習が早い。でも適用が少し強い」

 

「強い?」

 

「うん。少しだけ」

 

「弱くする?」

 

「いや、今はそのままで大丈夫」

 

「そう」

 

 美遊は頷いた。

 

 何だろう。

 

 だんだん、美遊が言葉を覚えたての子どものように見えてきた。

 

 実際、友達というものに関しては、そうなのかもしれない。

 

 凛さんが咳払いをする。

 

「ライダーは回収できたけど、残りのカードはまだあるわ」

 

「やっぱり継続案件なんですね」

 

「当然です!」

 

 ルビーが元気に言った。

 

「当然です、じゃないよ。契約期間の説明、やっぱりなかったよね?」

 

「……」

 

「凛さん?」

 

「ま、まあ、それはまた説明するわ」

 

「また後出し!」

 

「うっ」

 

「遠坂凛、また押されていますわね」

 

「ルヴィアさんもです」

 

「……」

 

 ルヴィアさんが黙る。

 

 よし。

 

 両方に刺す。

 

 大人は自分の責任を自覚するべきだ。

 

 特に魔術師は。

 

 別れ際、美遊が私を見た。

 

「イリヤ」

 

「何?」

 

「明日も、一緒に帰れる?」

 

 まっすぐな声だった。

 

 短くて、静かで、でも不思議なくらい真剣な声。

 

 私は少しだけ笑った。

 

「うん。帰れるよ」

 

「そう」

 

 美遊の表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

 

 本当に、見逃しそうなくらい少しだけ。

 

 けれど、確かに安心したように見えた。

 

 この子はたぶん、まだ友達の作り方を知らない。

 

 だから、距離の詰め方も少し変だ。

 

 近くにいる理由を効率と言ったり。

 

 心配の仕方が少し重かったり。

 

 手を離すタイミングが分からなかったり。

 

 でも、それでいい。

 

 少しずつでいい。

 

 役に立つとか、必要だからとか、そんな理由じゃなくて。

 

 ただ一緒に帰るだけの日が、あってもいいはずだから。

 

「これはもう、魔法少女友情契約ですね!」

 

 ルビーが満面の笑みみたいな声で言った。

 

「契約って言葉を使うな!」

 

 私は即座に叫んだ。

 

 美遊は、そんな私を見て、ほんの少しだけ首を傾げていた。

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