一年の始まりに何かをやりたい……そう思って始めた作品です。
いつも通り多くは後書きで語るとしましょう。
月娘。
別に月に住んでいるということではなく、一年十二ヶ月のひとつひとつを守護し、象徴し、司る少女たちの総称である。
そして今宵、一年も残り数時間となった夜から、物語は始まる。
「……!……ちゃん!睦月ちゃん!起きて!」
「んぁ……?」
とても暗く、寒い夜だった。
時は十二月三十一日。世間一般でいう大晦日である。そんな日本中が慌ただしい雰囲気に包まれるなか、同じように焦った様子の白服の少女が巫女装束姿の少女を激しく揺さぶっていた。
睦月と呼ばれた少女は、板張りの床に布団を敷いただけの簡易寝床から上体を上げると、視界映った少女を寝ぼけ眼で見つめる。
自分より幾分低い体躯を純白の靴にレギンス、コート、手袋、耳当てと存在そのものが光輝いているようにも見える。しかし透き通るような肌が唯一露出している顔にある整った瞳は艶やかに黒く、肩に流す髪は外の景色と同じような闇色だ。
大慌ての少女に、睦月はおっとりとした調子で白服の少女にに語りかける。
「もう……まだ十二月でしょう?師走ちゃんは慌てん坊さんなんだから♪」
「そりゃあまだ日付の上では十二月だけど!その最終日の夜も更けてるんですよね!」
「あらあら、もうそんな時期かしら?もうちょっと寝ていたいのに……」
「もう軽く十ヶ月は寝てるよね!」
師走と呼ばれた少女はなおも慌てた様子で続ける。
「とにかく早く起きて!睦月ちゃんに『管轄権』を渡さないと大晦日が二日続いちゃう!」
「あらあら、それは大変ね」
急かす師走に睦月はさりとて慌てる様子もなく、のんびりと布団から全身を起こすと目尻に涙を浮かべながらひとつ伸びをした。それと同時に巫女装束の下からしっかりと存在を主張する二つの果実がたゆんと揺れる。
その姿を下から見ていた師走の表情が、じわじわと湿っぽくなっていく。
「……」
「あら、どうしたの師走ちゃん」
「……はっ!いや……あの……睦月ちゃんって、可愛いくて……おっきくて……その、羨ましいな、って」
「んー?」
師走の黒い瞳を通して、睦月は改めて自分の身体を見る。
二つ結びにした黒髪に茶色がかった瞳。師走が憧憬と嫉妬の念を抱いた双乳は立ってなお形を崩さず、悩ましいラインを腰にかけて作り出している。
世の中の女性が羨む体型を無意識の内に維持しながら、睦月はそれになんの興味も執着も示さない。
「私の身体に何かついてる?」
「も、もう何でもない!とにかく一年の始まりなんだからしっかりお願いね!」
脱兎の如く神社風の部屋から飛び出そうとする師走。それを睦月はがっしりと両腕でホールドし固定する。
「何するの~私は早く帰らなきゃ~」
「うーん、いいけどまだ『管轄権』を貰ってないような……」
「はっ」
師走はビクッと身体を硬直させると、じたばた暴れながら睦月の腕を振りほどこうとする。
「わ、忘れてた!放して睦月ちゃん!」
「はい」
「わぷっ」
急に解放されので、勢い余って床に顔面を叩きつける師走。びたんっ、と少々危ない音がしたが、睦月は相変わらず微笑みながら右手を頬に添えている。
「いひゃい……」
「あらあら、大丈夫?」
床に張り付く師走の懐から、なにやら白い封筒のような物がするりと流れてくる。それには毛筆で『お仕事』と書かれていた。
睦月はそれを拾い上げると、師走の手を取りひょいと立ち上がらせる。
「凄いわね師走ちゃん。私のお仕事はこれだけでいいの?」
「あう……うん。一応年の瀬の大仕事は霜月と私で終わらせるからね」
「やった、これでこのままそっくり如月に渡せそう」
「またそうやってサボろうとする!睦月ちゃんがその半分でもやってくれたら……」
「一月は忙しいの。初詣で変な輩が現れないか監視しなきゃいけないのよ?」
「こっちだってクリスマスっていう一大イベントがあるの!っていうか睦月ちゃん初詣終わったらほとんどすることないでしょ!」
「それはそうなんだけど……」
「とにかく!今回はその半分でも終わらせること!いいね!」
「はぁい……」
「それとこれ」
師走が取り出したのは手のひらサイズの白いサイコロだった。
六面の内、一周する四面に春、夏、秋、冬と書かれており、残る二面にはそれぞれ「四季」と達筆に書かれている。
「はい、これでちゃんと『管轄権』を渡したからね」
「確かに、受け取りました」
「じゃあまた来ね……」
「ねえ師走ちゃん」
一年の締めの仕事を終え、早く家に帰って身体を休めようとしていた師走。その矢先に呼び止められ、眠た気に目をこすりながら振り返る。
と、目に飛び込んできたのは、
「は~い師走ちゃ~ん、一緒に寝ましょうね~」
「ううっ!?」
師走の目の前には、柔らかそうな布団に横になり、その中から入ると二度と帰れぬ魔窟へと誘う睦月の姿。
入りたい。寒風吹きすさぶ道を歩いて家に帰って冷えた布団を自分の身体で寂しく温めるよりも、今目の前で人肌のぬくもりに満ちた場所で疲れを取りたい……!
(でも……でも……!)
師走は思う。これでは、この誘惑に負けたら……。
(前回と……同じに……!)
だが悲しいかな、身体はその誘惑の前に早くも屈しようとしていた。
ギリギリと錆び付いた機械仕掛けのロボットが無理矢理その身体を動かすように、少しずつ、だが確実に布団へと歩みを進める師走。
その足先が、睦月の射程圏内に入った。
「おいで~」
「ひゃあぁぁぁぁ……」
食虫植物の如く二本の触腕を伸ばし、師走を布団の中に引きずりこんだ。
(ああ……あったかい……)
ずるずると、意識が奈落の底に落ちて行く。もうここから抜け出せない、睦月と布団という魔物に呑み込まれてしまったのだから……。
「……!」
ガバッ、と師走は布団から上体を起こす。
周囲を見渡せば睦月の姿はなく、記憶に残る闇夜に代わって、ぼんやりとした薄青い光が障子を通して部屋を満たしていた。
ああ、と師走は思う。
また今年も、睦月宅で年を越してしまった、と。
「今年も変わらない初日の出……いい年でありますように」
睦月は深夜に就寝したにも関わらず、朝日が昇る前に起床していた。
そして屋外で初日の出を拝んでいたのだが、室内で物音がしたのを聞いて舞い戻ったのだ。
「師走ちゃん、起きた?」
「おはよ……睦月ちゃん……」
「どうしたの?元気ないよ?」
「あは……あははははは……」
生気のない表情で悲しげに笑う師走。睦月にその理由はわからなかったが、何か元気付けられる物はないかと探した挙げ句、重箱を取り出し、
「おせち……食べる?」
「……い、いらない!私帰る!」
急いで衣服を整えると、師走は部屋を飛び出そうとするが……、
「かまぼこあるよー」
「……うっ」
師走の足が止まる。
「黒豆あるよー」
「あうう……」
「栗きんとんもあるんだよー。何も食べずにこの寒空はきついよー」
「うあああああああ!」
ついに理性が崩壊した。空腹も相まって獣のようにおせちに襲いかかる師走。
対して睦月は大事なおせちが台無しになってはたまらないのでひょいと上に持ち上げた。
結果、師走は床にヘッドスライディングをかますこととなった。
「師走ちゃん、そんなに焦らなくてもおせちは逃げないよ」
「かまぼこ……黒豆……栗きんとん……」
「はいはい、お腹空いてたんだね、あーん」
優しいお姉さんのように、睦月は黒豆を師走の口へ運ぶ。
むぐむぐと口元を動かす彼女を見て、睦月は左手を突き上げると、
「よーし、三が日は食べまくるぞー!」
「お、おおー!」
釣られて師走も床に転がりながら右手を突き上げた。
彼女らが……特に睦月が三が日の間遊び呆けていたため、その間人間界は大雪が吹き荒れた。
「ばいばーい」
何か吹っ切れたような表情で睦月宅を後にする師走を見送る睦月。
時は一月四日。そろそろ正月気分も終わりを告げる頃である。睦月はどんよりとした表情で障子戸を開くと、師走と共に散らかした部屋を見回した。
「うー……仕事もあるのに……」
とりあえず散らかった床は諦め、師走から受け取った『管轄権』の所持者を表すサイコロを弄びながら、白い封筒の中身を広げた。
「うわあ……」
そこに入っていたのは一ヶ月分のカレンダーと三十一枚の紙。その内三枚は一月一日から三日までの気象が事細かに記録されており、見事に大荒れの雪だった。
本来なら一ヶ月の間の天候などを月娘たちがしっかりと管理しなければならない。それも一日一日コツコツやればそれほど苦にもならないはずだが、睦月のように溜め込むと大変なことになる。かといって何もしなければ今のように大荒れになるので、せめてその日の天気くらいは決めておかねばならない。
「うー……今日は晴れ!晴れでいいや……うん?夕方から曇りにでも……面倒」
ものの五分で飽きると、今日からの一週間の天気を『晴れ』と記入した。
「よし……これで一週間寝れるわね」
睦月は布団に潜り込むと、すやすやと寝息をたて始めた。
まずはここまでよんでくださった皆様に感謝を。
十二月の師走ちゃんと一月の睦月ちゃん登場です。本当は作中で一ヶ月終わらせる予定だったのですが……これだけで二月に繋げようと思えば繋げるし、もういくつか話を入れようと思えば入れられるし……という筆者も読者の皆様も後味の悪い終わり方となってしまいました。その辺りは他の連載作品との折り合いも考えて……です。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次話でお会いしましょう。