一年物語   作:りろぶこん

10 / 12
十月です。先日本作に初めての感想をいただき、励みになりました。
神無月という呼び名、ある地方にお住まいの方にはまた別の呼び方をご存知の方もいらっしゃるでしょう。さて……
いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。


十月の神無月ちゃん

 月の頭まで、あれほど暑い日々が続いたのだが、その猛暑はここ数日なりを潜めている。朝夕には涼しい風が吹き、夜は薄い布団が一枚欲しくなるほどに冷え込むのも珍しくはない。

「ん……」

 やや肌寒さを感じ、長月は横になっていたソファから身体を起こす。九月も末。決して温度調節が上手くできる訳ではないこの工場で、薄手の作業服だけでは心許なかった。

 寝ぼけた意識が、冷気に当てられ徐々に覚醒する。目をこすりながら、何の気なしに壁掛けカレンダーに目を向け……

「げっ……」

 思わずうめくと同時に意識が完全に覚める。作りかけの作品があったのだが、その製作途中で仮眠を取ろうと横になっていたのだ。だが気付けばもう時計の針は九時を回ろうとしている。納期は明日。できなければ比喩抜きで命に関わる。

 長月はふぅ、と一息つくと、落ち込んでいても仕方ないとばかりに作業へと戻る。

 

 小鳥の鳴き声が、朝の到来を告げる。

 二つの大きなジュラルミンケース前に、長月は疲れきった表情でため息をつく。

(いくら多目に仮眠してたとはいえ……徹夜はちょっと厳しかったかな……)

 何はともあれ準備はできた。月娘の仕事道具を脇に抱え、朝日が照らす道を目的地に向かって進む。

 

 そこは、素朴ながらも威厳と風格を感じる平屋だった。ここまで「和」を意識させる家に住むのは、巫女姉妹とこの家の主くらいであろう。

 家の一室に、畳が敷かれた八畳程度の和室がある。四方の内三方は竹が描かれた襖が囲み、直接縁側に通じる一方は障子になっている。中央に背の低いテーブル。その下に座布団を敷き、正座して静かに目を伏せる少女がいた。

 神無月。黒地に紅葉が散りばめられた風流な着物に身をまとい、肩よりやや下まで伸びる美しい黒髪はまるで上質の糸のようにサラサラと流れる。年はまず成人はしていないであろう。だが幼さの中に見える風格は、対面する者に甘えを許さないであろう。

 リン……と来客を知らせる風鈴の音が鳴る。神無月はその目を開くと、もてなしの為に玄関へ向かった。

 

「ようこそいらっしゃいました。長月」

「ああ……こりゃ丁寧にどうも。上がるよ」

 普段通りの神無月で、長月は心底ほっとした。出迎えの口調は他人行儀だが、これは神無月なりのルールであり室内に入ればもう少し柔らかくなるだろう。よそ行きだからと服装を変えず、いつもの作業服での訪問にも嫌な顔ひとつしない。

「あら……大荷物ですがお仕事の道具の方はそちらに入れてないのですね?落としてしまったらどうするおつもりですか?」

「んー……あたしは鞄とかに物詰めるより手元にあった方が安心なんだよね」

「そうですか。長月がそれで良いというのでしたら」

 女性にしてはそこそこ長身の長月。その頭ひとつ分低い神無月。両者は並んで和室へと向かった。

 

「一ヶ月間、お疲れ様でした。何か変わったことは?」

「あー……特にないかなあ。ちょっと最近機械の調子が悪いくらい?」

「あらあら、長月らしくありませんね?ちゃんとメンテナンスはなさっているの?」

「もちろんしてるんだけどさあ、まあやっぱり経年劣化ってのがあってね……」

 長月の機械の話にも神無月はしっかりと耳を傾け、時には質問をして会話を弾ませる。趣味が合わないからと相手を否定せず、受け入れられるのが神無月の長所だ。

「でさー、オイルが切れたら……あ、ごめん。話過ぎた」

「うふふ、楽しかったですよ。お茶にしましょうか」

 片袖を口元に当てて優雅に笑うと、ちょうど長話で喉が乾いた所で絶妙のフォローを入れる。とにかく気配りができた人当たりも良い。できることならずっと神無月と一緒に暮らしたい。だが……

(こんなのさえ……作らなくていいなら、ね)

 脇に置いたジュラルミンケースは、障子から差す日光を浴びて鈍く輝いている。

 

「ごちそうさま。今日は一日ありがとね」

「あら、もう行ってしまわれるのですか?」

 日も傾きかけた夕暮れ。仕事引き継ぎを滞りなく済ませ、神無月から茶菓子等のもてなしを受けた長月。手荷物であるケースを両手に持ち、朝来た道を戻ろうとする。

「名残惜しいですが……そういえば、そちらのケースは?」

「ああ……えーと……」

 返答に窮する長月を見て、神無月は小さく笑みを浮かべると、

「はい、どうやらお答えできないようですね。これ以上詮索は致しません」

「……悪いね」

 本当によくできた娘だと感心する。どうやら今年は何事もなく帰宅できそうで、長月は胸を撫で下ろす。

「ではお見送りを……痛っ」

「あっと、ごめんごめん。大丈夫?」

 どうやら神無月は最後の見送りに玄関まで向かおうとしたらしい。そこで長月が振り返ったため両手のケースが振れ、膝に当たってしまったようだ。幸い大怪我などにはなっていない。

「神無月?神無月ー?」

 どうしたのだろう。神無月は膝にケースを当ててから、立ったままうつ向いて微動だにしない。表情は流れた髪で伺い知ることもできず、不審に思った長月は一端ケースを畳の上に置く。そして下から覗き……込もうとした瞬間の神無月が顔を上げた。

「もうどうしたの。急に黙っ……て……」

 長月の表情が強張る。語尾が弱まる。一歩後退る。

「ほう……随分と偉そうな口を叩くな小娘。妾は神ぞ?」

 先程までの『誰にでも優しく、それでいて芯の通った幼くもしっかりとした少女』の面影はない。今目の前にいるのは、長月のトラウマ権化と表現しても差し支えない……

「神……在……月」

 

 『神無月』の由来については諸説ある。一説には、出雲大社に全国の神様が集まり会議を行うため、神様がいなくなるから』という説が一般的だ。ただ神様が消失するのではなく集合する。故に集まる場所である出雲大社周辺では、神無月のことを神在月とも呼んだりする。

「仕舞いに妾の名を軽々しく呼ぶか……無礼な!」

 ヒュオッ!と室内にも関わらず突風が吹き荒れる。何の体勢も取っていなかった長月は、襖と共にいとも容易く吹き飛ばされた。

「ごふっ……!がっ……は……」

 どうやら柱に思い切り背中をぶつけて止まったらしい。幸い平面に当たったお陰で呼吸困難程度で済んでいるが、もしもう少し角度がずれて角に当たっていれば骨折は免れなかっただろう。

「去年は気絶程度で済ませたが……さて今年はどうしてくれようか」

 滅茶苦茶になった部屋の奥から、神在月がその姿を現す。姿形こそ神無月のままだが、長い付き合いの長月には、険のかかった表情から一目で違うと理解する。

(まったく……ちょっとした『きっかけ』で顕現する神様か……)

 ひとつの身体に二つの人格。普段は神無月がその精神力で抑え込んではいるが、ふと気を抜いたり、先程のように一瞬気が逸れると裏の人格が現れる。

 人を幸せにする表の人格から、触れるもの全てに災厄をもたらす神の人格が。

 

「いつまでもやられてばっかりな訳……ないでしょっと!」

 長月は素早く作業服の胸元のチャックを降ろす。そして内ポケットから銀色の拳銃のような物を取りだし、即座に神在月に向かって発砲した。

「むっ!?」

 パシュ!という軽い音が鳴り、銃口から格子状のネットが飛び出し神在月を絡めとる。四角いネットの四隅には小さな砲丸のような部品が付いており、それが後方でひとつに集まった。間もなくして、キュイィィ……とネットを巻き取る音が聞こえてくる。

「大人しくしててよ……それ、簡単には千切れないから」

 神在月を拘束するネットは、今も締め付けを続けていた。全身を絡めとられた彼女は床に倒れもぞもぞと身をよじっている。

(使いたくは……なかったけどね……)

 手にある拳銃型の拘束具発砲機を見ながら、心中で謝った。こうなった神在月が神無月に戻るには時間の経過しかない。今すぐ戻るかもしれないし、明日もこのままかもしれない。とにかく神在月の自由さえ奪っていれば……。

「小娘……妾にこのような屈辱を与えるとは……命をもって償う覚悟はできておろうな!」

「悪いけどあたしも死にたくないもんでね。さっさと神無月に身体を返しな」

「くくく……余裕じゃのう」

「……」

 ギリリ……と嫌な音がした。神在月の全身を覆うネットが悲鳴を上げているのだ。

「……よした方がいい。余りやり過ぎると肉に食い込んで裂けるよ」

「妾を……誰と心得る!」

 ギチギチ!ブチィ!とどこかの部分が千切れる音がした。

(冗談でしょ!?ウチの工場で三時間かけて編み込んだ鋼糸を引きちぎるなんて……)

 ネットの限界は近い。それを察した長月は元いた和室へ飛び込んだ。

 直後、ネットが千切れ飛ぶ音と共に突風が廊下を襲った。遅れて何か巨大なものが長月の頭上を掠める。振り返れば廊下に置いてあった大きな壺。やがて響いた割れる音が、どこか遠くの気がすると同時に背筋を汗が伝う。

(殺しに……きてる)

 一歩一歩。神在月の歩みが、長月に直接的な死を連想させる。

 だが易々と死を受け入れる訳にはいかない。そのために今日はこれを持ってきたのだから。

 部屋に散ったジュラルミンケースの内のひとつ。長月はケースを開けると中に納めていた器具を腕に装着した。

 指先から肘辺りまでを覆う銀色のマシンアーム。長月特製、身体の一部のみに採用可能なパワードスーツだ。正式には全身を覆っていないので『スーツ』という表現はおかしいが。

 

「ほう……妾にその珍妙なもので刃向かうか」

「自信作でね」

 和室にて、テーブルを挟んで向かい合う。神在月が使える『力』は突風を引き起こすことだけ。念力などやられたらどうしようもなかったが、それだけなら対策はできる。

「散れ!」

 神在月が腕を一凪ぎすると、またも突風が吹き荒れた。その煽りを受けて中央のテーブルが長月に向かう。だがそれが彼女の身体を砕くことはなかった。

 ガシッ、と長月はテーブルをその腕で受け止めていた。本来なら指の一本や二本失ってもおかしくはなかったが、それをパワードスーツはしっかりと守っている。

(いける……順調!)

 長月は手にあるテーブルを逆に神在月に投げ返す。パワードスーツの力もあり、相当な速度で飛んでいったが……、

「下らぬ遊戯よ」

 テーブルは神在月に届く前に風で叩き落とされた。だがそれで終わるはずもない。

「食らえ一発!」

 投げられたテーブルという目隠しが取れ、神在月の視界に入ったのは拳を突き出す長月の姿。その拳からロケットパンチよろしくパワードスーツごとブースターを伴って神在月を襲う。

 左右合わせて計二発。だがどちらも彼女の肌に触れることさえ敵わなかった。

「終わりか小娘」

「まさか、隠し玉もあるよ」

 言うが早いか長月はせめてもの目眩ましにと足元のケースを放り投げる。どうせ届きはしないので、そちらには目もくれずもうひとつのケースを開けた。

 中にはアメリカのSF映画で見かけるような、巨大なバズーカ砲に似た代物だった。長月はそれを担ぎ上げると、振り返り様に狙いも定めず発砲した。

 長月の拳ほどもある銃口から、それに見合った球形の砲弾が発射される。神在月はつまらなさそうにそれを風で叩き落とした。

 瞬間、叩き付けられた砲弾が破裂し、中に充満していた大量の白い粉が粉塵となって視界を奪う。

「むぅ……?」

 互いに姿は見えない。だが神在月からすればいつでも風で視界は確保できる。その一瞬の隙が長月には欲しかった。

 バズーカの左側に取り付けられたスコープを覗きこむ。熱源探知機能も備えるこのスコープで神在月に『当たらないように』周辺を狙って連射する。パシュン!という軽い音が響く。

「さて、児戯に付き合うのもそろそろ飽きてきたぞ」

「終わらせるさ」

 風が吹き、視界が晴れる。すると神在月の周囲に数本の黒く長細い針が刺さっている。それがちょうど彼女を囲むように……。

「大人しくしてな!」

 長月はバズーカの側面にある赤いボタンを押した。これはあの針と連動しており、これによって高圧電流が流れる。そして針同士が脱出不能な電気のフィールドを作り出し、目標の意識を奪う。手荒故に使いたくはなかったが、たとえ神在月と言えど……

 バスン!と黒煙を吹き上げ、全ての針が粉々に砕け散った。

「……あれ」

 予想外の結果に呆然とする長月。もちろん神在月は平然と立っている。

(まさか……電圧の調整ミス!?昨日徹夜だったからその辺チェックしてなかったけど……こんな時に限って……!)

 固まる長月。打つ手を失った。

「終わりのようじゃの」

「あ……あ……」

 いつの間にか目の前に立っていた神在月。だが今どうすることもできない長月に、逃げるという選択肢は取れなかった。

「失せよ」

 今日一番の突風が、無防備な長月を吹き飛ばした。

 

(生き……てる……?)

 背中に鈍痛が走っている。口内には血の味。だが逆にそれが自分の生存をはっきりさせた。

 辺りを見回す。どうやらここは台所のようだ。神在月が吹き飛ばした壺が割れて床に散乱している。かなりの距離を飛ばされたようだ。足元には精魂込めて作ったバズーカが、見る影もなく砕け散っている。

「しぶといのう」

 半ば呆れた様子で神在月が長月の前に現れた。

「そういうあんたは……しつこいね」

「減らず口を叩く余裕もあるか。妾も随分と手加減してしまったようじゃな」

 スッ……と神在月の手が長月の顔に向く。

 何か最後に一矢報いてやろう。そう思った長月は、何かないかと辺りを見回した。だがあるものと言えば壺の破片と砕け散ったバズーカの残骸くらいで……。

(ん……?)

 視界の端に、青白く点滅する物体がある。バズーカの残骸、その一部のようだ。

(動力は……まだギリギリ生きてる……)

 小型だが強力な電力を持つ動力源だ。あれを使えば……。

 気付けばもう飛び出していた。最後の希望、それを手にするために。

「小賢しい!」

 風だ。

 残骸も破片も等しく巻き上げ吹き飛ばす。だがそのUSBメモリ型の動力源だけは……長月が掴み取った。

 ザシュ!と音がする。

 振り向き様、神在月の喉元。バチィ!と弾けるような音。

「っ……っ……」

 ガクガクと身体を痙攣させ長月に身体を預けるようして崩れ落ちる神在月。

 どうやら気絶で済んでいるようだ。破壊されたあと、しばらく経過し弱まっていた動力源だからこそこの程度で済んだと長月は推理した。だが目覚めたらまだ神在月のままでした……なんて可能性もあるが……。

 

「長……月……」

「……!」

 一瞬身構えたが、自分のことを長月と呼んだ。つまり今は神無月に戻ったということだ。

「私は……何を……え、あ、何が……」

「あー、えと、それは……」

 周囲を見回し唖然とする神無月。それもそうだろう。気付けば家が荒らされ台所にいれば混乱するのも無理はない。

「長月……?お帰りになったはずでは……」

「あ、その……あのケースがあったじゃん?中に入れてた機械が暴走しちゃって……本当にごめん!」

 かなり苦しい説明だったが、どうやら神無月は納得してくれたらしい。自分の足で立ち上がると、

「お気になさらないでください。襖も大きく壊れてはいないようですし、修復も簡単ですよ」

「ああ、そうだね……痛っ!」

 突如左の脇腹に激痛が走り、長月は苦悶の表情で膝を付く。

「長月!?どうしました!?」

「なんでもない……ちょっと……ぶつけちゃってね」

「そう……ですか。それはそうと、余り女性が胸元を開けるものではありませんよ」

「あー悪い悪い」

 長月は苦笑いを浮かべながら、神在月と対峙した時から開けていた前のファスナーを上げた。

 

修復作業は以外と楽に終わった。襖自体は外れただけで、あとはテーブルを和室の中央に移動させ、簡単に掃除を済ませた。

 そして日も暮れた夜。

「じゃあね……今日は迷惑かけてごめん」

「いえいえ、ちょうど私も一度部屋を掃除したかったことですし、良い機会でした……長月?凄い汗ですが、そんなに暑いですか?」

 指摘されて初めて自分が大粒の汗をかいていたことに気づく。軽く笑いを浮かべながら作業服の袖で拭った。

「あはは……頑張りすぎた……かな」

「まあ、ありがとうございます。今日は夜も遅いことですし、泊まっていきませんか?」

「えーと……ごめん、急いで帰らないと」

「そうですか。ではまたいつでもいらしてくださいね」

「ありがとう。それじゃ」

 やや慌てた様子で、長月は神無月宅を後にする。もちろんジュラルミンケースは両手に持って。

 

 長月の姿が見えなくなって数分後。神無月は和室で自分自身に問いかけていた。

 正確には『中の人格』に。

「神在月」

『……なんじゃ』

 問いからしばらく遅れて、頭に直接声が響く。

「また、暴れましたね」

『暴れたのではない。お主を守っただけじゃ。この世でお主を守れるのは妾を除いて他におらぬ』

「誰も頼んでいません。そんなことのためにまた……長月を……」

『あの小娘は必ずやお主に害をなすぞ。滅するのは必然』

「馬鹿なこと言わないでください……!」

『あやつは妾に手を出しおった。つまり危害を加えようとしたのじゃぞ?』

「それはあなたが先でしょう!」

 ついカッとなり、目を見開いてテーブルに両手を叩き付けた。すると和室の隅に、先程まで気付かなかった赤黒い染みがある。

 気になって近寄った。指の先で軽く擦るが落ちない。何か液体が染み込んだようだが……。

「血……?」

 別に誰も鼻血を出した訳ではない。神無月自身も出血した様子はない。すると導きだされる結論は……。

 弾かれるように神無月は家を飛び出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 段々と呼吸が荒くなっている。足取りもおぼつかない。

「ちょ……休憩……」

 神社だろうか。境内横の壁に背を預け、長月は座り込んだ。見渡す限りの田園風景。所々民家が見えるが、誰が住んでいるという訳でもない。つまりまだここが、神無月の『領域』であることを示している。

(うぅ……ヘマしたな……)

 痛む左の脇腹。長月は前のファスナーを降ろすと、そこに目を向ける。

 深々と突き刺さった金属棒。シャツはとっくに血に染まり、ポタポタと鮮血を滲ませる。

 神在月を気絶させる直前。巻き上がったバズーカの残骸の内のひとつが、長月の脇腹に突き刺さったのだ。あの時のザシュ!という音は、切り返した時靴底が床に擦れたからだと思っていた。だが実際はこれである。当時はアドレナリンが出て痛みを感じなかったが、立ち上がろうとした時の痛みでこの惨状を知った。もしこれがパイプ状であれば、あの場で絶命していただろう。今はこれが栓をしている状態だが、その分体内の異物感が凄まじい。

 これが突き刺さったまましばらく神無月家の修復を手伝ったが、さすがに不味かったようだ。あの場で神無月に明かしてもよかったが、それでは必ず神無月が治療すると言い出すだろう。

 月娘は基本的に医者を必要としない。自分の『領域』にさえいれば、大抵の怪我は跡形もなく治るからだ。今回は程度が深いのでやや時間はかかるだろうが、それでも必ず治るだろう。

 だがここは十月担当である神無月の領域。ここではその超自然治癒力は得られない。

 

 ふと眠気に襲われた。一端落ち着こうかとその微睡みに身を任せようかとしたが、

(っ!これ寝たら一生起きることができないんじゃないかな……それにここで野宿は風邪引くね)

 心の中で軽口を叩く余裕はあった。ふと気付けば脇腹の痛みや異物感も薄まっている気がする。

「さすが月娘。普通の人間とは違……う……あ……」

 立ち上がろうとした矢先、力が入らず横に倒れてしまう。そして来る急激な脱力感と睡魔。

(ちょ……嘘……そ……んな)

 薄れ行く意識の中で、思考だけははっきりしていた。痛みや異物感の減少は治癒ではなく、もう手遅れになりつつある証拠であった。

(あれ……もう……限界?はは……は……まだ……あたしは……)

 抗えない睡魔。目を閉じる直前、どこか遠くでよく知った声が聞こえた……そんな気がした。




まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
神無月と神在月。二重人格少女の登場です。普段は気配りのできる素晴らしい娘。しかし一度裏の人格が現れると災厄をもたらす神の人格に。
元々神無月は、ぽけぽけふわふわ娘という設定でしたが、睦月とややキャラが被るので、急遽本編のような性格になりました。これはこれで神在月との性格の対比ができているので個人的にはお気に入りです。
さてお察しの通り長月さんは次回にも登場します。三話連続です。最長です。だからなんだという話ですが。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。