一年物語   作:りろぶこん

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霜月……君は悪くない
悪いのは前話で本作始まって以来の一大イベントを起こした二人とその作者である私だ……すまない……すまない……
いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。


十一月の霜月ちゃん

 意識があった。自分は長月であるという、意識があった。

 次に感じたのは光。寝起きのように、視界が真っ白に染まっている。

「天……国……?」

 我ながらおこがましいとは思いつつ、勝手に天国行きと考えた。だが徐々に目が慣れてくると、ここが天国などではなく、つい数時間前までいた家の一室だということがわかる。

「ぐっ……!」

 とりあえず起き上がろうとした矢先、脇腹に激痛が走る。そのまま仰向けに倒れこんだ彼女の体を、柔らかい布団が受け止めた。

(えっと……確か神有月とゴタゴタがあって……それで……)

 記憶を辿る長月の耳に、廊下からの足音が聞こえた。その主は長月がいる部屋の前で一度止まり、ススッと襖を開ける音がする。

 首だけを動かしてその方向を見ると、ちょうど音の主、神無月と目が合った。

「あ……あ……」

「あ、えーとおはよう、かな?神無づ……」

「長月!」

 言うが早いか、神無月が半ば叫ぶ様にして長月の元へ駆け寄った。

「大丈夫ですか!?意識は!?怪我はもう痛くありませんか!?」

「ええと……あの……」

 普段の神無月からは想像もつかない程取り乱した姿に、さすがの長月も気圧された様に返答できなかった。良く見れば神無月の美しい黒髪は色褪せ、目の下には軽く隈ができている。まるでここ数日ろくに寝ていないかの如く。

「あのさ……状況があんまり掴めないんだけど……」

「はい、それは……」

 そして長月は道端で意識を失ってから今までの顛末を神無月から聞いた。

 彼女曰く、長月が帰路についた後、部屋に血痕を発見。それを長月の物と判断し後を追った所、道端に倒れる彼女を見つけ、自宅に連れ帰ったとのこと。

「あー、そりゃ迷惑かけたねー。でもありがとう。神無月のおかげでこうして生きてられるよ」

「はい……それと……長月に言わねばならないことがあります」

「ん?」

 屈託のない笑顔で礼を言ったのだが、どうも神無月は浮かない表情だ。その思い詰めた顔に二の句が告げずにいると、先に神無月が口を開いた。

「長月の怪我の原因ですが……それは……」

「ああ!気にしなくていいって。あたしが勝手に持ってきた機械が暴走して……」

「それは違います」

 きっぱりと神無月は断言した。

「違うって……それはどういう……」

「確かに長月の脇腹に刺さっていたのは機械の部品でした。しかしその怪我に至る原因を作ったのは……他ならぬ私、そして……」

「……」

「もう一人の私とも言える、神有月……のはずです」

「……知って……たんだね……」

「……はい」

 両者の間に気まずい沈黙が訪れた。互いに掛ける言葉が見つからなかったが、こういう時こそ明るくと長月が先に沈黙を破る。

「なあんだ、知ってたのかー。それならそうと言ってくれれば良かったのに」

 神有月の凶暴性にはあえて触れず、あくまで友人間の秘密を偶然知ってしまった体で話す長月。それに対して神無月は、沈痛な面持ちのままじわじわと目尻に涙を浮かべ始めた。

 それに慌てたのは長月。どこか自分の発言に神無月を傷つける様な言い回しがあったかどうか急いで記憶を辿る。

「あ!その!ええと……」

 結局何も思い浮かばず、しどろもどろで宥める結果となった。

「本当に……本当に申し訳ありません……!神有月は……彼女は本来なら私が抑えなければならないのに……!」

「……」

「でも長月に……自分の中の人格すら抑えられないなんて思われたくなくて……!ずっと隠して!そしたら貴女に手遅れ寸前の大怪我までさせて!」

 懺悔の最後の方は叫びだった。後悔で押し潰されそうな神無月に、長月はただ一言、

「いいよ」

「長……月……」

「気にするなって。今まで辛かっただろうに。これからも困ったらあたしに相談しなよ」

「長月……長月いいぃ……」

 涙で顔を濡らしながら、覆い被さる様に長月に抱きついた。脇腹が少し痛んだが、些細なことと割りきる。

 

 優しく頭を撫でてやっていたのだが、程なくして神無月から反応がなくなった。もしやと一筋汗が頬を伝ったが、可愛らしい寝息が胸に収まる神無月から聞こえてきた。

 おそらくこれまでの疲れがどっと押し寄せてきたのだろう。真面目な彼女の性格上、ここ数日はほぼ寝ずの看病だったはず。

(まったく……無理しちゃって)

 しかしこのまま神無月を寝かせる訳にもいかないだろう。ふと障子戸を見れば外は暗闇に染まっている。相変わらず室内でも高級そうな着物姿の神無月だが、冷え込む夜に布団も被らねば風邪を引いてしまうかもしれない。

「あー……同じ布団で良ければ入れるんだけど……着物に変な折り目とかつかないかな……」

 年中作業着の長月には、この手の着付けなどの知識は一切ない。

 何はともあれ神無月の体の方が大事だ。痛む脇腹を庇いながら、何とか体勢を入れ換えて……と試行錯誤している中で、むくりと神無月が起き上がった。

「あっ、悪い。起こしちゃったかな」

「また会うたのう、小娘」

「……!」

 途端、背中に氷を流し込まれたが如き感覚が長月を襲う。

 咄嗟に内ポケットに手を伸ばす。かつて一時だけとはいえ神有月の動きを止めたネット弾小銃。すでに弾切れなのは承知の上。ただ丸腰で神有月と対面するのはなんとしても避けたかった。

 だが神有月は長月に対して危害を加える様子もなく、むしろ労る様に乱れた布団の位置を直している。

「まったく、そこまで気を張ることもなかろうに」

「……冗談にしては面白くないね」

「ふむ……冗談ではないぞ?今後は余程のことがない限り、お主を始め他の者には手を出すつもりはない」

「へえ……急な変わり身だ」

「ふん、随分と神無月に灸を据えられてな。今度他の者を傷つければただでは済まさぬと」

「神様でも抑え込まれることはあるってことかい」

「すべては神無月のためぞ。あやつは妾を抑える等と申しておったが……神である妾は止められぬ。じゃが妾のせいであやつが悲しむのは望まぬ」

 

 ここにきてようやく警戒を解く。どうやら嘘ではないらしく、何かを仕掛けてくる様子もない。

「さて小娘、隣を空けよ」

「はい?」

「二度も言わせるでない。隣を空けよと申しておる」

 何を言っているのかわからなかったが、神有月が堂々と長月の布団に侵入せんとしているのを見て察する。

「いやいやいや、何を」

「妾の中で神無月は眠っておる。ふと意識が戻った時にこの部屋から出ておったらあやつはまた妾を抑えられなかったと己の不甲斐なさを悔いるであろう。少しは考えい」

「……はいはい」

 言い方が高慢だが、要するに神無月が眠る前に近い状態にしろと言いたいのだろう。長月は渋々自分の位置をずらして添い寝の様な形を取った。

「ふむ……なかなかお主の暖かみも良いの」

「……気色悪い」

「なんじゃと!また腹に穴を空けられたいか!」

 神無月家の夜は、今日も更けて行く。

 

 寒空を元気良く小鳥が舞っている。その鳴き声と寒さ長月は目を覚ました。

「ん……」

 見れば隣にいるはずの人影がない。どうやら先に目覚めた様だ。

 腹筋に力を入れ、上体を起こす。軽く痛みは走ったが、全然問題ないレベルにまで治癒しているようだ。

 それ自体は喜ばしいことなのだが、あの大怪我がここまで治るほどの日数はどれくらいかと思考する。

(あんまり工場の方も空けたくないんだけどねー)

 製作途中の設計図を思い浮かべていると、襖を開けて神無月が入ってきた。

「おはようございます。その……昨日はあのまま寝てしまった様で……」

「ここんところ疲れてたんでしょー。ゆっくり眠れたかな」

「はい。それはもう……さあ、朝ご飯ですよ」

「おっ、ありがたい」

 神無月がお盆に乗せて持ってきた二人分の朝食を美味しくいただいている途中、何の気なしに質問した。

「そういえば今日って何日?」

「そうですね。もうすぐ月末です」

 危うく口の中の物を噴き出す所だった。

「んぐ!?嘘でしょ……」

「いえ……まもなく十一月ですが……」

 翌日。

「お世話になりました。また近い内に遊びにくるかもね」

「はい、是非」

 昼下がりの神無月家玄関前。笑顔で両者は別れを惜しむ。

 長月が持参したジュラルミンケースはさすがに持ってこれなかったようで、またあの道に落ちていれば儲け物くらいの気持ちだ。

「それじゃ、また」

「お気をつけて」

 神無月は長月の背中が見えなくなるまで、玄関前に立ち続けた。

 

 広い家の中を、小柄な少女が忙しく駆け回っている。黒いニット帽に同色のコート、スカート、ソックスと、まるで闇に溶け込む様な出で立ちだ。だがその中で異彩を放つ銀色の髪。透き通る様な白い肌、澄んだ硝子玉をそのまま嵌め込んだが如き瞳が、衣装と相まって浮かび上がる。

 彼女……霜月にとって、十月末というのは一番緊張する時期だ。理由は当然、月娘としての仕事の引き継ぎ。そしてその相手である。

(神無月さん……だと……いいな……)

 すべてを破壊する神の人格を思い出し、背筋を震わせながらこたつの電源を入れた。

 

 ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。時刻は昼下がり。いつもよりやや遅い時間帯だが、まさか姉が遊びにきたわけでもあるまい。

 こたつで一息ついていた霜月は、身だしなみを整えるとそのまま玄関へ。

「いらっしゃい……」

「こんにちは。霜月さん」

「ど、どうも……」

 どうやらまだ神無月のようだ。これなら安心と家の中へ案内する。

 

 リビングのこたつにて。

「で、では早速引き継ぎの方に」

「あら、そんなに慌ててどうしたのですか?」

「別に、理由は、ないんですけど……」

 当然ながら理由は大有りだ。変に時間を引き伸ばせばそれだけ神有月が現れる可能性も上がる。それだけはなんとしても避けたかった。

「霜月さん」

「は、はい?」

「貴女が脅える理由はわかっています。神有月のことでしょう?」

「う……えっと……」

 予想外の言葉に、霜月は返答できなかった。ここではいと答える勇気を彼女は持ち合わせていない。

 目線が泳ぐ霜月に対し、神無月は微笑みながら続ける。

「今まで色々と迷惑をかけてきたと思います。でもこれからは、私が責任を持って危害を加えないことを約束します」

「うう……本当ですか?」

「はい」

 正直信用はしていない。だがこれからも、隣の月担当の月娘とこうして距離を測りながらの関係というのも何だか良い気はしない。

 当の霜月自身、神無月とはもう少しお近づきになりたいと思っていた次第。そして何より、今までになく芯の通った神無月の瞳に決意を感じた。

「そうです……か。私も神無月さんともっとお話してみたいと思っていましたし……」

「まあ、霜月さんがそう言ってくださるとは嬉しい限りですね」

「あのっ、それと……」

「はい?」

「霜月で、いいです。さんはいりません」

「……ふふっ、わかりました、霜月」

「……えへへ。そうだ、お茶持ってきますね」

 照れくさそうにはにかんだ後、霜月はこたつから抜け出し、冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。その前に神無月の方を振り返り、

「冷たいのと温かいの両方ありますが……」

「そうですね。では冷たい方をお願いします。お部屋も暖かいので」

「わかりました!」

 嬉々としてお茶を取りに行く霜月。

 戻ってきた彼女の手には、コップと二人分の茶菓子が乗ったお盆がある。

「よければこれを……この前如月さんに頂いたんです」

 それは椿を型取った見事な逸品だ。しかし色合いは赤や白ではなく茶色。この辺り、チョコレートに目がない如月の性格をよく表している。

「まあ、美味しそうですね。いただ……」

「……?神無月さん?」

 自分もこたつに入り、早速話をしようと思っていた矢先、何やら神無月がぶつぶつと独り言を言い始めた。

「……わかりました。約束ですよ」

「えーっと……どうしたんです?」

「霜月、落ち着いて聞いてください。今から神有月が『表』に出ます」

「う……」

 にわかに霜月の表情が強張る。

「ですが安心してください。神有月は貴女に一切危害を加えません。ただお菓子を楽しみたいだけのようです。余り気負わずに応対してあげてくださいね」

「ま……待ってくださ……!」

 ガクンと神無月の首が下を向く。そのままほとんど間を置かずに首を上げると、そこにはもう神無月はいなかった。

「ほう……妾が怖いか童」

「あぅ……ぐ……」

 口元に裾を持ってきて妖しく微笑む。それだけで霜月は心臓を直に掴まれた様な錯覚に陥った。

「安心せい。神無月が言うた通り手は出さぬ」

「は……はい……」

 こたつに加えて暖房まで入れているのに、霜月の体感的には真冬の冷気が襲ってくる様にも感じる。

 そんな状況を知ってか知らずか、神有月はまず手元のコップを手に取った。中身は何の変哲もない麦茶である。だが神有月はそれを一口啜ると、

「ほう……!何やら見慣れぬ色合いの液体じゃが、味がないようで風味がある。雑味のない味わい……童、これは何と言う?」

「えっ……ただの麦茶ですけど……」

「麦茶……茶の一種か。緑茶とはまた違うのう」

「はあ……」

 毒気を抜かれた霜月は、呆けた顔で神有月のその後を見守る。

 続いて彼女はチョコレートでコーティングしたお菓子を口に運んだ。

「ふむ、外はしっかりとしておるが中身はなんと柔らかい……そして強い甘味じゃが癖はないのう。それにこの麦茶が自己主張せずに口の中を洗うてくれるわ。この二品はお主が作ったのか?」

「えっと……麦茶は私の家のですけど、お菓子は如月さんという方の手作りで……」

「うむ、その菓子作りの如月とやら、そしてこの茶を淹れた霜月と言ったか、お主ら誠に天晴れよ」

「あ、ありがとうございます……」

 如月は菓子作りが本業ではないのだが、友人が褒められたのは素直に嬉しい。同時に自分も褒められた様だが、霜月はスッと神有月から目を反らし、

(言えない……ふらっと人間界に遊びに行った時に寄ったスーパーで買った水に入れて数時間で完成の麦茶パックだなんて言える訳がない……!)

 如月と同列に扱われたことに妙な罪悪感を覚える霜月。そんな心中とは露知らず、神有月は続ける。

「さて、茶も菓子も堪能した。そろそろ体を返すとするかの」

「あ……はあ……」

「神無月を頼むぞ童。さらばじゃ」

「……」

 再びガクンと神有月の首が下を向き、戻った時には神無月に変わっていた。

「ふぅ……問題はありませんでしたか?」

「あっ、はい。その……面白い方だなあと」

「面白い?神有月がですか?」

 余りにも予想の斜め上を行く霜月の感想に若干面食らった神無月だったが、彼女がそう言うのならそうなのだろうと納得した。

 ふと窓を見れば既に日がとっぷり暮れている。そろそろ帰らねばならないようだ。

「では霜月、仕事の引き継ぎを終わらせましょう」

「はい。それと神無月さ

ん」

「何でしょう?」

「今日は日も暮れましたし……泊まって……いきませんか?」

 思ってもみない提案に、しばし悩み、そして、

「そうですね、お世話になってもよろしいでしょうか」

「もちろんです!家に姉さん以外が泊まるなんて久しぶりだなあ……!」

 目をキラキラさせながら喜ぶ霜月。

『良い友を持っておるようじゃの』

「……ええ」

 唐突に神有月が心の中から話しかけてきた。だが内容は今までより随分と柔らかい。

『これでは妾も用なしかのう』

「そんなことはありませんよ。確かに大変なこともありましたが、貴女がいたおかげで長月や霜月ともっと仲良くなれた……少なくとも私はそう思っています」

『ふっ……お前は優しすぎるわ。まだ妾の手が必要やもしれんな』

「はい、お願いしますね」

「神無月さん?神無月さーん!」

「はい、何ですか?」

 いよいよ厳しさを増す冬の寒さ。その中で『三人』の暖かな夜は更けていく。




まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
予想はしてたけどね……案の定こうなったね……。主役であるはずの霜月は空気と化し、その座を奪う神無月。
一度霜月家に神無月と長月が一緒に行くストーリーもあったんですが……それやってたら間違いなく霜月が埋もれる。ごめんね長月!無理矢理退場させてしまって!そしてポンコツ神様に成り下がった神有月!威厳はどこにいったんだ!
さて、気づけば来月で一区切り……ですか。長いようで短かった。この言葉がこれほどマッチする日がやってくるとは……ね。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。
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