いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。
ガッチャガッチャと機械音が薄暗い部屋に響く。壁から突き出たマシンアームがせわしなく動き、部屋の端にあるベルトコンベアは絶え間なく駆動音を鳴らす。
用途不明の機械に囲まれながら、その中央に立つ一人の女性。
「んーと……これで調整できたはずなんだけど……」
スパナ片手に汗を拭う。
名を長月。九月を司る月娘である。
やや茶色がかった髪をショートにまとめ、他の月娘よりも若干大人びた様子だ。パッチリと開いた栗色の瞳は若さと快活さを見る者に与えるだろう。着る服を考えればまた印象も変わるのだろうが、現在長月が着ているのは野暮ったい紺の作業服である。
汗が一筋、若い女性ならではの瑞々しい肌を伝う。それを上品にハンカチで……などはせず、雑に軍手の甲で拭う。代わりに油が黒い跡を頬に残した。
八月も末。
この時期にもなると、空が曇ればやや肌寒いとも感じる時がある。
「ここね……」
薄手の長袖シャツにショートパンツといった出で立ちの葉月は、仕事の引き継ぎのために長月宅にやってきたのだ。
家というよりは何やら工場とも取れる様子の長月宅。大きさ自体は一般的な一軒屋と大差ないのだが、四方の壁はシャッターになっており、屋根部分とシャッター部分の間にガラスが張られている。唯一まともな出入口は、葉月の正面のシャッターの右側にあるドアだけだ。
ピンポーン、とドアの横に備え付けられていたインターホンを押す。
反応、なし。もう一度押す。それでも反応はない。
「入るわよ」
数回ドアノブを回して鍵がかかっていないことを確認すると、そのまま引いて入室……しようとした矢先だった。
「危ない!」
「っ!」
運がよかったとしか表現できない。
シュッ!と何かが葉月の鼻先を掠めるようにようにして、金属音と共に足元へ落下した。見れば鋭い爪が付いたマシンアームが何事もなかったかのように静止している。
「何……これ」
「あー、ごめんごめん。防犯用にセッティングしてたんだけどさ、切るの忘れててねー」
「ごめんじゃすまないわよ!一歩間違えれば私ミンチになってたじゃない!」
苦笑いを浮かべながら姿を表した長月と、顔を青ざめながら激昂する葉月であった。
「……相変わらずね」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいね」
「別に褒めた訳じゃないけど」
危うく命を落とすところだった葉月だったが、どうやら落ち着きを取り戻したらしい。
間取りも何もあったものではない長月宅。機械いじりの趣味が高じて自作するまで至った長月は、仕切りの一切を取り払って、家を大きな一間にしてしまった。二人がいるのはその隅にある、ソファとテーブルのある区画だった。
ここにも機械が進入している。テーブルの横では、小型のマシンアームと給湯器などがごちゃごちゃ付いた、長月曰く『全自動お客様もてなし機』が稼働している。
「機械ってのはね」
唐突に長月が切り出した。
「言われたことは忠実にこなすけど、逆に言われたこと以外のことは絶対にしないんだ」
「それがさっきの凶行の弁明かしら?その言い草だと命令主のあなたに全責任が行きそうね」
ピー、という機械音に合わせ、両者の前に和菓子と緑茶が差し出される。
「なかなか渋い趣味してるわね。あなたのことだからワンホールのケーキとか持ってきそうだったけど」
「体動かしてたら甘いものが食べたくなるのさ。意外と頭も使うしね。手軽に食べられるこういうお菓子は必需品だよ」
そう言って小袋を破り、中のざらめせんべいをかじった。
「ふーん、そんなものかしらね」
適当に相槌を打ちながら、葉月はほのかに湯気立ち上る緑茶の入った湯飲みを口に運ぶ。そしてズズッとすすり……盛大にむせた。
「んぐっ!?苦い!苦いわこれ!」
「んー?濃度は機械に任せてるから同じはずだけど……これが苦いって?」
平然と自分の湯飲みから緑茶を半分飲む。
「あんた味覚おかしいんじゃないの!」
日々健康と美容に気を使っている葉月。味の濃すぎるものは極力避けてきただけに、久々の特濃飲料は刺激が強すぎた。
「し……舌が痺れりゅ……」
「そんなにかい?別に変な薬とかは入れてないんだがなあ」
「薬とか関係ないの!単純に濃すぎるのよ!」
のたうつ葉月を見かねてか、長月は何やら手元のコントローラーを操作した。すると間髪入れず、葉月の元へコップに入った透明な水が盆に乗せて運ばれてきた。
一瞬躊躇したが、とりあえず口の中をリセットしたい欲求には抗えなかった。
「んっ……うぇ……鉄臭い……」
「お嬢様だなあ。しかしそればっかりは勘弁して欲しいね。何分ここは工場みたいなものだからさ」
普段はミネラルウォーターなどで水分補給する八月にとって、純粋な水道水というのも久しぶりである。それにすら雑味を感じる自分はもしかしたら割と異常なのではと考え始めた。
「んで、今日はどこで寝る?一応二階にもベッドあるよ」
「泊まらないから。今日で帰るから」
先程の発言はただの生返事であったことが発覚したが、気にせず続ける。
「結構暑くしといたわ。一気に涼しくしたらいけないから……」
「機械の素晴らしさを理解するために一日泊まってくれないかなあ」
「却下。どうしてもと言うのなら空気清浄機五台は買ってフル稼働することね」
テキパキと仕事の引き継ぎを進める葉月。鉄粉と機械の駆動音はどうも肌に合わない。
本気を出した葉月によって、引き継ぎは滞りなく終わった。
「また来てねー」
出来れば二度と来たくはないが、適当に返事をして外に出る。
「空気が……綺麗」
まず最初に感じたのは空気だった。半密閉空間であった長月宅。そこに漂っていた鉄粉や油の臭いがない。当たり前ことをここまで感謝する時が来るとは思わなかった。
「ふぃ~」
ソファにもたれながら、長月は全自動お客様もてなし機に超濃度の緑茶作成を予約した。
久々の来客をもてなした後、一年に一度、一ヶ月間仕事期間に入る。だがそれよりも気になることがあった。
「さーて……今年はどんな『兵器』を作ろうかね」
自分の後を務める月娘の姿を思い浮かべながら、長月は一年で最も忙しい一ヶ月に身を投じる。
まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
さて九月。機械いじりが趣味のお姉さん、長月さんです。まあ趣味というよりはもう工場長みたいなレベルです。自作のマシンまで持ってます。
さてさて最後の一言が示す意味とは……?
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。