神がそれを仕組まれた   作:ユーカリの木

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第三章 03

 夕食を終えてゆるりとした時間。結局めんどくさくなって肉に焼肉のたれをぶっかけただけの男料理だったが、雪那は大層喜んでいた。あれを美味というならかなり味覚が大雑把なのかもしれない。

 

「直毘、今日の料理も実に良いものだった。感謝が尽きない」

 

「そーか、そりゃ良かった」

 

 手の中で湯飲みをまわす。ほのかな茶の香りが頭を落ち着かせていく。

 

「やはり味噌汁の味が違う。鰹節からダシを取るお前の姿勢、料理に対する信念を感じる」

 

「昔からやってるから流れ作業みたいなもんだ。既製品使った方が楽なんだろうけど、なんか味が違ってな」

 

「直毘、お前の料理は至高と信ずる。いや、至高と断じよう」

 

 断じるな。その辺の料理人に簡単に負ける。

 

「ああ、そういや伊豆乃のイラスト集をチェックしないといかん。見るか?」

 

「む、飯綱殿の絵だと? ぜひ拝見する。すぐに片づけを終わらせよう」

 

 眼前から雪那の姿が消える。キッチンから水が流れる音がした。もういいよ。使えよ縮地。

 

 凄まじい速度でテーブルから食器が消えていく。直毘はえっちらおっちらと自室へ入り、本棚から画集を引っ張り出す。のっそのっそと戻ると、キッチンに立つ雪那の腕が四本に見えた。幻覚だろう。

 

 テーブルにぱたんと置き、雪那の仕事を待つ。一分で終わらせた武士が、新たにお茶を入れて急須を持ってきた。料理以外の家事が完璧すぎて困る。

 

 そそとした動作で茶を注ぐ雪那の姿は和の女だ。雅に見えるが、見間違いだ。こいつは武士だ。

 

 椅子の上で正座をした雪那が、テーブルに置かれた画集を恭しい動作で持った。

 

「おお、これが飯綱殿のイラスト集か……! 蒼穹へ羽ばたかんとする女子(おなご)の表紙。恐らく、胸に希望を秘め、未だ見ぬ世界へ行かんとする健気な姿を描いたのであろう。勇気を奮い立たせる良い絵だ」

 

 想像以上に感想が深い。直毘は、これ綺麗だな、くらいしか分からないというのに。

 

 テーブルに画集を置きなおした雪那が、胸の前で両手を重ねて礼をする。意味が分からん。

 

 雪那の指先が画集を開く。途端、弦を震わせたような声を漏らした。

 

「なんと……。森の中で迷う少女。しかし、瞳の底には力強い光が見える。恐れを廃し、ただ前へ行かんとする性根の強さを感ずる」

 

 うん、感想がすごい。森の中の女の子、くらいしか分からねえ。

 

 あらゆる情報を読み取らんとばかりに、雪那の瞳孔が広がっていく。月読もこのレベルで観賞しているのだろうか。ちょっと浅はかだったかもしれない。

 

 参ったな、と思わず重い息が出る。

 

 伊豆乃はイラストにおいてプロだ。そして配信者としても活動している。引きこもりになってしまったあの日から、随分と前に向かって走っている。一体どれだけの差がついたか、想像もつかない。

 

 もう兄貴面できないな、と自嘲気味に笑った。

 

 自壊の海に沈みそうだった。考えたってどうしようもないのに、考えることはやめられない。雪那は全力で伊豆乃の画集へ挑んでいる。その姿が眩しくて見ていられなくなる。

 

 頬を軽く叩く。後悔は当に済ませた。弟の作品を前に、こんな体たらくではいられない。

 

「凄まじいぞ直毘! 飯綱殿のイラストには、そこはかとない色香が宿っている! 雨に匂い立つクチナシがごとしだ!」

 

 ぜんっぜん分からねえ……。

 

 色香って、色気のことだろ。たぶん月読と同じことを言っている。マジかよ。これは女恐怖症が邪魔して見えていない。もう雪那と月読が会話した方がいいだろ。

 

 スマホを出して月読にチャットをする。雪那が画集に食いついてる、とだけ送っておいた。あとはどうにでもなるだろう。

 

 即座に雪那のスマホが鳴る。む、と反応した彼女が取り出し、おっかなびっくり操作して耳に当てた。

 

「誰だ。私は冬月雪那。果し合いか?」

 

 いまは令和だバカ野郎。

 

「む、月読か。すまない、スマホにはまだ慣れていなくてな。む、飯綱殿のイラストか? いま拝見している。かくも荘厳なイラストは初めて見た。芸術の扉を開いたと実感しているところだ」

 

 なんと、と雪那が驚愕の音を出す。

 

「月読も飯綱殿に心酔しているか。それは知らなかった。ああ、当然私も毎度配信らいぶとやらを拝聴している」

 

 月読によろしく頼む、と告げて直毘はリビングから退出して寮から出た。夜の帳が下りた外を歩く。

 

 この一月、人間関係に触れ過ぎていた。元々社交的ではないのだ。冬月雪那があんまりにも危なっかしいから世話を焼いて、気づけばひとりで立って、きっともう自分を必要としなくなった。

 

 雪那は、いい奴だ。月読も、久々利もよくしてくれる。返せるものが何もない。受け取ったら、何かを返さなければならないのに。

 

 良好な人間関係なんて知らない。分かっているのは、打算と、欺瞞。

 

「……ああ、クソ。こんな贅沢な状態で悩む必要ないんだがな」

 

 こういうときはコンビニだ。アイスでも買って、全部忘れればそれでいい。

 

 

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