神がそれを仕組まれた   作:ユーカリの木

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第四章 01

 告白の翌日は朝は、剣呑な視線が痛かった。辿るまでもなく、視線のもとは女子生徒が多いだろう。予想はつく。学校までの道でこれだ。教室に入ったらなかなかの地獄具合だろう。

 

 今日の雪那は珍しいことに朝練をすることなく、直毘の隣にいる。表情は至っていつも通りの無だが、時折腰の左へ右手を持って行こうとぴくぴく動いていた。分かりやすくて結構だ。

 

「仮想の刀を抜こうとすんな。別に襲われかけてねえから」

 

「できれば今日、お前には休んでもらいたかったが」

 

「アホ、なにも起こってねえのに休むかよ。学費掛かってんだ。もったいねえ」

 

「昨日月読から聞いた。状況は良くないと」

 

「知らん。放っとけ」

 

「お前のことを悪し様に語られていることを良しとできない」

 

「言わせとけ。噂なんざいつか消える」

 

 風が吹く。五月だから、少し温かった。

 

「ならばいまは言うまい。男子(おのこ)側は久々利が動いていると聞く。案ずるな」

 

 どうやら、高校では人間関係に恵まれたらしい。こうして三人が動いている。多少の視線くらいで騒いでいられない。

 

 ぽん、と雪那の肩を叩いた。

 

「感謝してるよ。それだけはホントだ」

 

「なに、伝わっているとも」

 

「そか、なら今日は甘いもんでも作ってみるか」

 

「む、それはまことか? では、ではぷ、プリンを……」

 

「でかいやつを作るか」

 

 おお、と雪那が感嘆の声を漏らす。相変わらず食に純粋なやつだ。直毘は口元を緩める。

 

 校門を抜け、昇降口から校舎に入る。雪那と下らない会話をしながら教室に入った。途端、視線が圧力となって集まった。足が重くなるが表情を変えずに席についた。

 

 おはよう、と久々利が窓際で寄り掛かっていた。いつも朝は走っているらしいが、今日は教室にいる。世話焼きな奴め。

 

「久々利よ、斜めとはいえ、私の背後に立つな。誤って手を出しかねん」

 

「なにされるんだ俺は……」

 

 そっと雪那の隣へ久々利が動く。

 

「そこなら良い。それより久々利、手作りプリンを食べたことがあるか?」

 

「急に話が変わるね。ないけど」

 

 ふふん、とドヤ顔で雪那が胸を張る。

 

「そうか。私は今日食べる。しかも大きいプリンだ」

 

「え、急になんでマウントとってくるんだ? あれ、俺なんかした?」

 

 作るのやめようかな。

 

 ばちん、と直毘の机に何かが落ちた。月読だ。だらけた姿で上半身を乗せていた。だから近いんだよ。

 

「むっちゃ、眠い……。飯綱ちゃんの過去動画見てたら朝だった……」

 

「ほーん、で、感想は?」

 

「可愛かった。目と耳に幸せが残ってるー」

 

「あたりまえだな」

 

「ブラコン」

 

「うっせ」

 

 月読が手を差し出してくる。ため息して直毘はポケットからグミを取り出して手のひらへ落とした。

 

「今日はグミ~」

 

 月読が机に頭を乗せたまま、にこにこ顔でグミを食べる。髪が若干とんでもないことになっているが、指摘するのはやめておこう。頭を振り回してポニーテールが顔にばちん、はさすがに嫌だ。あれは痛い。

 

 ――犯罪者。

 

 空気に溶けるような声がした。

 

「なんでガッコ来てるの」「犯罪者」「女の子襲ったんだって」「人は見かけじゃよらない」「キモ」

 

 波紋のように言葉が広がっていく。

 

 随分と噂の方向が偏っている。理屈が理解できない。月読が身体をそのままに目を細めて首を振っていた。

 

「月読、俺にもプリン作ってくれないか? 冬月が直毘が作ってくれるってマウント取って来るんだ」

 

「いくら?」

 

「金要求するのか……」

 

「あったりまえでしょ。デザートっしょ? あれ手間かかるんだよねー。で、いくら?」

 

「な、直毘は冬月に、タダで作るんだってさ」

 

 あは、とひとつ笑った月読が態勢を元に戻す。

 

「あたし、なおびーじゃないし? なおびーは優しいだけだし? あたし、労力には対価を要求するたちだし?」

 

「別にプリンくらい時間かかんねぇぞ? 結構楽だし」

 

「しゃらっぷ! 料理得意男子は黙ってなって。これは簡単だからって対価も払わずデザートを要求してくる非常識な輩に説教してんのー」

 

「そうか、なら説教を続けてやってくれ」

 

 ちょ、と久々利が焦る。

 

「直毘、もっと俺のフォローをしてくれ」

 

「ならうち来い。お前のも作ってやる。どうせ手間は変わんねえよ」

 

 ごす、と足を蹴られる。

 

「なおびー、あたしも行っていいよねー?」

 

「蹴るなよ……。別に月読だけ呼ばないとか言ってねえだろ。好きに来いよ」

 

 中空を彷徨っていた雪那の焦点が定まる。

 

「む、ならば私も料理を――」

 

「やめろ、それはやめてくれ。俺が作るから」

 

「だが、集まるのならば私も是非にこの手腕を――」

 

「やめろ。お前の料理は……あれだ、月読とか久々利の誕生日に奮ってやるんだ。だから今日はやめてくれ」

 

 久々利がガン見してきたが知らん。雪那の料理の腕を一連の流れで察したのかもしれないが、犠牲になってもらう。

 

「ゆきなん。久々利がさー、ゆきなんの料理食べたいって、この前言ってたんだよねー」

 

「ちょ、ま……!」

 

 おお、と雪那が喜びの声。

 

「案ずるな久々利。私の料理を所望するならば、今度作ってやろう。なに、私は実は料理が得意なのだ」

 

 哀れ縁久々利。爽やか金髪イケメンもこれで終わりか。

 

 予鈴と共に教室に佐藤教師が入ってくる。あくびを噛み殺して教壇に立った。

 

「眠い朝だな、ほれ、席につけー。朝のHRだ」

 

 相も変わらずいつも眠そうだ。教師は大変らしい。

 

 ふいに、女子生徒が声を上げる。

 

「ちわわセンセ! 眞守がマコを襲いました! そのせいでマコは今日休みです」

 

「あん?」

 

 教室内がざわめく。あまりにも突飛な言いがかりに直毘はぼけーっとした。理屈が繋がらない以上、考えても無駄だ。

 

「待て、いきなり物騒な話をこんなところでするな。あとで聞く」

 

「警察を呼んでください!」

 

「ああ? 待て待て待て、なにを言っている?」

 

「マコが襲われたんです! あれからずっと泣いてるんです!」

 

 佐藤教師が出席簿で自分の頭を叩く。

 

「なんだ、そんな話が出回ってるのか? お前ら……あー、少し待て」

 

 佐藤教師がスマホを操作して教卓の上に放り投げる。教室のドアを勢いよく締め、教壇に戻った。

 

「HRと一限目は取りやめだ。本当は個別に聞きたいところだが、変に噂が広まっているようだからな。仕方ない、ここで話を聞かせろ」

 

 女子生徒が立ち上がる。

 

「昨日マコが眞守に告白したんです。そしたらあいつがマコを襲った!」

 

「落ち着け。ペラペラと繊細なことを話すな。眞守、言いたいことがあれば言ってくれ」

 

 はあ、と口の中でため息を殺した。

 

「前者はなんとも、とだけ。後者は違うと言わせてください。色々あって目の前で泣いたからハンカチを渡した。それだけです」

 

「それを信じろって? ふざけないで!」

 

 随分と暑い女だ。そっちの発言を信じる根拠もないのだが。議論するだけ無駄だ。

 

「マコが言ってた、眞守にひどいことされたって!」

 

 昨日の少女がそんなことを言うはずがない。ああ、これはどうやら何かに利用されているらしい。

 

 周囲の少なくない生徒が女子生徒の発言に頷いている。

 

 そのとき、雪那が立ち上がった。

 

「ひとつよろしいか? その女と直毘の証言は食い違っている。だというのに、何ゆえそこの女の言葉のみを信じる?」

 

「女の子が泣いて訴えてるんだから信じるのは当然でしょ?」

 

「涙が信用に足ると?」

 

「当たり前でしょ! 訴えるのにどれだけの勇気が必要だったか……」

 

「ふむ、泣いている女は正義、そういうことだろうか?」

 

「性犯罪者の言うことなんて信用できる訳ないでしょ!」

 

「私には理解できかねる。性別、そして涙、このふたつが証言の信にたる理屈が分からない。性犯罪者などと言っているのはそこの女だけだが、目撃者はいるのか?」

 

 沈黙。

 

「いないようだ。これでは客観的に直毘が悪いとは言えまい。この議題をつづけるならば建設的な議論が必要だと私は判断するが、いかがか?」

 

「マコが嘘をついてるって言うの?」

 

「そうは言っていない。私には外野が感情で悪と断じているようにしか見えないと言っている。人を裁く、これはとても重いことだ。ただの感情と推論で人を裁いて良いはずがあるまい」

 

「あんた、そいつと仲良いからって肩を持ちたいだけでしょ!」

 

「これは異なことを。私が真に信奉するは破邪顕正。直毘が悪をなしたのであれば私が斬ろう。だが、いまの証言で直毘を悪と断ずるのは道理に合わない」

 

「道理とか、そういうの関係ない! 女子が男子に悪いことをされて泣かされた! なら男子が悪い! そんな当たり前なことも分からないの⁉」

 

「それはどこの常識だろうか? 経緯が分からなければどちらが悪など分からないではないか」

 

「結果を見れば分かるでしょ! あんたバカじゃないの⁉」

 

「ふむ、話が通じん。馬耳東風とはこのことか。どうせこの学校のことだ、防犯カメラのひとつでもあるのだろう? 先生、どうだろうか。いっそそれを見てはいかがだろう」

 

 ふぅ、と佐藤教師が額を押さえた。

 

「冬月が冷静で助かるよ。当然、この学校にはいたるところに監視カメラがある。で、場所を教えてもらえるか眞守。あと時間もだ」

 

 直毘が答える。

 

「よし。上から許可が下りた。私が見よう」

 

 教卓に寄り掛かった佐藤教師がスマホを眺める。倍速で観たのか、五分としない内にスマホを置いた。

 

「眞守、私にはお前が言った通りのことが起きているようにしか見えない」

 

「そりゃそうでしょうね」

 

 バン、と机を叩く音。

 

「学校が証拠を消したんだ!」

 

「落ちつけ。入学前にも、入学後も定期的に伝えているが、ここはいじめも、異性絡みの事件も厳格に扱われる。警察の介入とて辞さない。監視カメラの証拠を消す? あいにくだが、監視カメラを管理しているのは学校じゃない。そうほいほい学校の教師が弄れる権限なんて持ってないんだ」

 

「マコが嘘ついてるって言うんですか!」

 

「神薙が本当に言ったのか? このあと確認しに行くが、本当に言ったんだな? 間違いないな? もし間違いだったなら、我々学校は君を処罰する必要がある。注意なんて生ぬるい処罰じゃない。嘘でひとりの人生を破壊しようとしたんだ。退学ものだぞ?」

 

「私は、噓なんて……」

 

「悪いが妄言や癇癪に付き合うほど我々は甘くはない。確固たる証拠の下に動く。こうして証拠が提示され、眞守の冤罪は晴らされた。あとは私がいまから神薙へ確認しに行く」

 

 ことん、と女子生徒の腰が落ちた。

 

「すぐに別の教師が来る。君は別室だ。それからお前ら、軽はずみにこうした噂に乗るな。真実か嘘かも分からんのに片方の意見だけを鵜呑みにするな。そんなバカはこの教室にはいらん」

 

 教室のドアが開き、女性教師が女子生徒を連れ出す。それを見送った佐藤教師が出席簿で教卓を軽く叩く。

 

「じゃ、二限目まで自習だ。遊ぶなよ? 今回の件、よくよく自分の頭で考えてみろ」

 

 ああ、とドアを開く寸前に佐藤教師が立ち止まって振り返る。

 

「冬月、眞守、荷物もってちょっと来い。仕事を手伝ってくれ」

 

 返事をしてカバンを持って雪那と共に廊下に出る。佐藤教師がひとつ笑って歩き出す。後を着いていくと、ついこの間借りた生徒指導室に招かれた。

 

 どかっと椅子に座った佐藤教師が顔を片手で覆った。

 

「悪かった。他にやりようはあったと思うんだが、失敗したな。君にいらない心労を掛けた。申し訳ない」

 

「いや、瞬殺で解決したからびっくりしたんですが……」

 

 直毘も椅子に座り、雪那も隣に腰掛ける。

 

「あのな、これでも私はまだ二十代後半のペーペーだ。あんなのパニくるんだよ。冬月がいい仕事をした。あれは私の仕事だった。冬月にも申し訳ない」

 

「む、なにを言うか先生。私は成すべきことを成した。むしろあの手腕、ますます先生に尊敬の念が深まる。やはり狼の意味を教えてくれた人は違う」

 

 教えたのか、狼の意味。たぶんまだ分かってないぞこいつ。

 

「狼の件は、小学校と中学校の教師どもに言いたいことはごまんとあるが……いや、それはいい。なんにせよ二人とも大人の対応をした。そこは誇ってくれ」

 

「私は私なりの道理を説いたに過ぎん。だが、先生がそう言うのならば誇ろう。やはり、先生は尊敬すべき人だ」

 

「冬月は本当に、一本の刀のような生徒だな。芯が通っている」

 

「おお、実に嬉しい言葉だ」

 

「だがちと硬すぎるきらいがある。もう少し柔らかくなってもいい」

 

「その忠告、しかと胸に刻むとしよう」

 

 それが硬いんだが……。

 

「眞守、大丈夫か?」

 

「大丈夫もなにも、面倒事を目の前で全部片づけられたんです。なにかを感じる時間もありませんでしたよ。助かりました」

 

「そうか。だが色々思うところもあるだろう。しばらく私も学校内の動向は注意深く観察しておく。さて、私は神薙のところへ行ってくる。この部屋は今日中押さえておいた。授業に戻るなり、一日ここでのんびりするなり、いっそ寮に戻るなり好きにしてくれ」

 

「適当に過ごしときます」

 

「ああ、それでいい。ではな」

 

 片手をあげて佐藤教師が出ていった。カッコ良すぎる。

 

 いまになって重いため息が出た。知らず、天井を仰ぐ。

 

「直毘よ、これは、先生から正式な休暇を得たと受け取っても良いのではないか? であればだ、学校を抜け出してぷ、プリンの材料を買いに行く、というのはどうだ?」

 

 そわそわするな食いしん坊め。

 

「それもそうだな。買いに行くか。で、四人分でかいの作るか」

 

「わ、私も作ってみた――」

 

「やめろ、触るな、俺がやる」

 

 むぅ、と雪那が頬を膨らませた。それがたまらなく面白かった。

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