「直毘さー」
朔の何気ない声かけが集中力を乱す。直毘はハンドルを握りながら眼前の画面を食い入るように見つめる。
「ちっと黙ってろ。難しいんだよこれ」
「周回遅れされてるのに何言ってんの?」
自キャラが後ろから来た朔のキャラに撃墜される。なんだよ撃墜って。レースゲームじゃねえのかよこれ。
今度は久々利のキャラに踏みつぶされる。いや、おかしいだろ。なんだよそれ。
「直毘マジでゲームできないんだな」
「やったことねえんだよ。久々利はいい、朔はなんでできるんだよ。お前もできない組だったろうが」
んー、と一位でコースをクリアした朔が嘲るように笑った。
「家変わったら買ってもらった。あれ? 直毘は? 残念でしたー」
「ナチュラルに煽ってくるなこいつ。おい久々利、次こいつを仕留めようぜ」
二位で久々利がクリアする。
「え、やだ」
左に座った久々利が身を乗り出し直毘の画面を見る。
「だって、直毘イジメた方がおもしろいもん」
「地獄に落ちろ腐れ外道」
ひょい、と右から朔が顔を出す。
「直毘さぁ、高校生になったんだから買ったら? ひとりでやると結構楽しいよ?」
「金が! もったい、うげ、落ちた」
遅すぎたのかゲームが終わる。ダントツの最下位だ。CPUにすら負けている。なんだよCPUって。
「縁くん、これさー、直毘かわいそうだよ? レベルMAXで序盤の敵を最強技で倒してる気分なんだけど」
「え、超気分いいんだけど」
「うわ、性格わるいなぁ。これがトップカーストの真実だ」
「あはは、天照もさっき直毘に甲羅ぶつけてただろ?」
「私はいいんだよ。ほら、昔から似たようなことしてたし」
「仲良かったんだ? 中学から一緒だったり?」
「そう、小学校からずっと一緒。直毘はぼっちだった」
ボコりたい。でも絶対負ける。どうしてくれようこの怒り。
「結構想像つくかもそれ」
「まあ、私も似たようなものかな。直毘にべったりだったし」
「女子が苦手な直毘がねえ」
「筋金入りだよ昔から。あいつら意味分かんね、が口癖だったね。なんだっけ、ミソジニーだね」
「昭和だな直毘」
そう言った久々利が、既に始まっていた第二レースで直毘をコース外に落下させる。
「おまっ! 折角いい感じだったのに!」
あ、ごめーん、と朔の嘲笑。
「さぁぁぁぁくぅ!」
直毘のキャラが再び落下。なんのいじめだ。いや、いじめられてるんだった。
既に最下位だ。今度こそとハンドルをまっすぐに保ってコースを進む。頭上から雷が落ちてきた。キャラが小さくなる。理不尽だ。
「そういえば、二人ともペアはどうしたの?」
朔の言葉で、直毘の頭が一瞬真っ白になる。続いて久々利がうめき声をあげた。
「え、なに? どしたの?」
「やべぇ。かんっぜんに忘れてた。イチゴ買って帰らねえと殺される」
背を上げかけた久々利が、一度ため息して席に座り直す。表情には諦めしかなかった。
「直毘、開き直ろう。もう賽は投げられた」
「なにカッコつけてんだよ」
「よく考えろよ直毘。戻ったら鬼の形相の月読がいる。冬月は……木刀を抜くかもしれない。だったら、いまを楽しもうぜ」
少しゲームから意識を外す。月読は……怒る。雪那は……正直予想がつかない。つまり帰りたくない。
「だな、しばらくここにいるか」
「え、なに? なにがあったの?」
「勉強会しようとしたら、月読がイチゴタルトを作るっていいだした。で、作ってる途中で雪那がイチゴをみじん切りにして台無しにした。俺らはイチゴを買いに行こうとして、なぜかここにいる。以上だ」
「うわー、意味が全然分からないね」
「だろ? 俺はそんな生活を最近送ってる」
「リア充じゃん」
「おい、お前それやめろ。いつの言葉だよ。何年前だ」
「あーあ、直毘はそっち行っちゃったか。爆発したら?」
「絶妙に分んねえんだよそれ。ネットスラング使うなよ」
「さすがに学校じゃ使ってないから。男子と仲良いつるみやすい女やってるから」
「あ? そっちがお前の素だろうが」
「もう高校生だよ? そんな簡単に男女で友情築けるわけないよ」
「ほーん。で、いまは?」
朔が黙り、ぷいっと顔をそむけた。
「素。悪い?」
「別に、いいじゃね? 知らんけど」
「そういうとこ、直毘は変わってないよね」
朔が一位、久々利が二位。そして直毘は最下位で終わる。
朔が席から飛び出る。帽子を被った彼女の姿は、本当に一見すると男子高校生に見える。女性ものはよく分からないが、たぶん胸を押さえてる。
「で、次はなにで俺をボコす気だ?」
朔が大きな目をぱちくりした。
「帰らないの?」
「帰りたくない理由しかねえんだよいまの俺ら」
後ろに首だけで振り返ると、久々利が大きく頷いていた。若干恐怖で顔が強張っている気がしたが、気のせいだろう。
「で、朔は帰んの?」
「帰らない。だって帰ったってつまらないし」
「ペアと仲良くねえの?」
「別に普通だよ。たまに話して、それだけ。みんなそんなだよ? 直毘達が仲良すぎなだけ」
はっ、と息を吐きだす。手を伸ばして朔の帽子のツバを思い切り下げた。
「ちょっと、なにすんの」
「どうせ明日も休みだ。ちったー遊ぼうぜ。俺ら高校生だろ?」
帽子を直した朔の瞳が揺れる。
「……いいの? 私、ひどいことしたんだよ?」
「あ? いつまでノスタルジックに浸ってんだよ。つーかうしろの久々利を忘れてやるなよ。かわいそうだろうが」
ひょこっと久々利が隣に立つ。
「ああ、俺の存在忘れられてたと思ったよ。ふたりで空気作りすぎなんだよね」
「文句はこいつに言え。あれだ、ちょっと浸ってんだよ。ほれ、そういうときあるだろ。あれだあれ」
朔が一歩踏み出して直毘の足を蹴る。
「痛ってー……」
「直毘ってデリカシー置いてきたの? 拾ってきた方がいいよ」
「そんな機能搭載してねえんだよ。特にお前相手だと」
ふん、と顔をそむけた朔が歩き出す。それを追おうとする直毘の肩を久々利が叩いた。
「行こう直毘。俺いま楽しくてしょうがない」
「いい性格してんなお前」